B32 ロイスのパリィ!
俺は決勝トーナメントの一回戦、残りの面子の試合を見ずに、ステージを取り囲んでいる建物へと戻っていた。
試合中のため客一人居ない喫茶店に入り、ササナとリトルを向かい合わせに座らせる。俺はそのテーブルに着き、二人の様子を見守った。
リトルはキラキラと目を輝かせ、ササナの手を握りしめながら涙を零している。
ササナは――――今までに見たことがないほど、青い顔をしていた。
「ササナ様っ……!! よくぞご無事で……!!」
「うん…………リトル、ひさしぶり…………」
リトルはササナの手をぶんぶんと振って、とても嬉しそうにしていた。……俺はどうして良いのか分からなかったので、一先ずこの場は何も言わすに黙って座っておくことにする。
リトル・フィーガードは、ササナのことを『王妃』と呼んだ。この事から、推測される事柄は一つしかない。
――――ササナって妃だったのかっ!? こんな電波な娘が妃でいいのか、人魚島っ!!
いや、それ以上にササナに相手が居たこともかなり衝撃的だが……王妃って、王様の第一夫人……正妻って奴だよな。
「私はもう、ササナ様が心配で心配で夜も眠れず……何年も見付けられず、申し訳ありません。こんな所まで来てしまったことを、お許しください」
「うん…………大丈夫。何も問題なかった」
いつになく、ササナの元気が無い。と言うより、魂が抜けたみたいになっていた。リトルは足を組んで様子を見ている俺を一瞥すると、丁寧に俺へと向き直り、深々と頭を下げた。
「申し訳ありません、リチャード様。王妃のご友人とは知らず、とんだご無礼を」
「あ、いや、そんな事は良いんだけどさ。ラッツでいいよ」
リトルは意気揚々と立ち上がると、ササナに笑顔を向けた。ササナの左手を引き、立ち上がらせる。
「さあ、ササナ様。我々の住処へ帰りましょう。王様が心配しておられます」
「……王妃と呼ぶのは……やめて……まだ、正規の呼称じゃ……ない」
「似たようなものです。ササナ様はこれから王妃になるのですから」
なんだ、まだなのか。びびった。婚約者みたいな扱いなのかな……
ササナは服の裾を握り締めて、何も言わずにいた。その様子を見て、俺はササナが宿で言っていた言葉を思い出した。
ササナは、人魚島の面々から嫌われている。だから、友達に『サウス・レインボータウン』へと連れられ、その場に放置された。きっと、どこに置き去りにしたのかも公開しなかったのだろう。そうでなければ、王妃候補のササナが放置される筈がない。
俺達の旅の目的は、スカイガーデンで『真実の瞳』を見付け出し、ササナを元の場所に帰す事だった。……だが、どうだろうか。ササナはレインボータウンを出てからずっと、人魚島には帰りたくない素振りばかり見せている。
「リトル……サナ、ラッツの『アーチャートーナメント』、見に来てる」
誤魔化すように、ササナは笑った。リトルは目を丸くして、その場に立っていた。
「ラッツが優勝するか負けるまでは、見守りたい。……駄目?」
それは、人魚島に帰らないため、その場しのぎで発された言葉だっただろうか。
それとも、いくらかは本当に俺の試合を見たいと思っていて、そのために発された言葉だっただろうか。
リトルは苦笑して、ササナの頭を撫でた。
「まったく我儘ですね、ササナ様は。……良いですよ、王様の目の届かない所ですし、責任をもって私が護衛いたします」
俺は足と腕を組んだまま、二人の様子を見守っていた。ササナが少しだけ明るい表情になって、俺をちらりと見た。
笑顔を返すことは、できなかった。
「それでは、ラッツ様。私とササナ様は二階の客席で見ておりますので、どうか全力を尽くしてください」
「……おー。まあ、言われなくても全力でやるけどさ」
礼をして、ササナとリトルは喫茶店の会計を済ませ、階段を上がって二階へと向かった。俺はその様子を、何をするでもなく見守っていた。
「主よ、不服か?」
ふと、ゴボウが声を掛けた。
「いや……なんつーか、な」
もやもやとして、胸の奥につっかえたような何かを、俺は表現できずにいたのかもしれない。
○
決勝トーナメントも進み、見れば一回戦の最終戦が行われようとしていた。
戦っているのは、ロイスともう一人。二回戦目に入るとまた対戦相手がシャッフルされるから、俺が誰と当たるかは分からない。まあロイスがここで負ければ、俺が勝ち上がらなければいけなくなるが――……その必要も無さそうだ。
ロイスは身長から考えると幾らか大きな白銀の弓を構え、宣言した。
「ここで決めます――――<トリプルアクション>!!」
矢筒から取り出したのは、鉛の矢だ。やはり、普通の矢に殺傷能力がないトーナメントでの対戦において、打撃として攻撃するなら鉛の矢が一番勝手がいい。
だが、ロイスはそれを三本同時に指の間に挟んだ。おいおい、鉛の矢って結構重いんだぜ。それを、敵の女性目掛けて思い切り引く。
見たことのないフォームだ――……
「<シャイニング・アロー>!!」
ロイスが構えた三本の矢が雷を帯び、同時に発射される。まるで一本の巨大な矢と化したかのように、閃光の矢は一つの大きな波動になり、それは女性に放たれた。
波動砲のような、とてつもない威力。それは<ライトニング・アロー>さえ比較にならないほどで、ステージが円柱状に削れてしまっている。波動はコロシアムの防壁に当たり、防壁さえも抉れていた。
女性は――――あ、いた。ステージの外で腰を抜かしていた。
「そこまで!! ――――勝者、ロイス・クレイユ!!」
ロイスの右腕が上がり、ロイスはふう、と溜め息をついた。勝利宣言をされ、ステージから降り、とぼとぼとこちらに向かって歩いてくる。
「なんだなんだ、<ライトニング・アロー>の上位技まで飛び出したのか」
俺が声を掛けると、ロイスはあは、とくたびれ混じりに笑った。
「雷系だけですけどね、使えるのは。一応、僕が使える最強のスキルで……決勝トーナメントなので、使っていこうかと」
末恐ろしいな。まだ隠し球があったとは……。俺も決勝トーナメントまで手の内を隠していたとはいえ、ロイスも大概油断は出来ないぜ。
当然のように、ガンドラも勝ち上がってきている。もう一人は――まだ女性が残ってるのか。やっぱり結構、強いんだろうか。誰と誰が当たるだろう。
ロイスはカモーテルを飲みながら、トーナメント表の書かれたボードを眺めていた。何やら審査員が数名ほどで、クジのようなものを行っているようだ。
じっと、その様子を眺めた。大きなボードにトーナメントの線が引かれ、左端から順番に、名前が書かれていく。
第一回戦――最初に書かれた名前は、『ガンドラ・サム』。
喉を鳴らした。
「よし、それじゃあやるか!」
ガンドラが腿を叩いて、勢い良く立ち上がった。ガンドラの対戦相手として書かれた名前は――……『ロイス・クレイユ』。
準決勝にして、ガンドラとロイスが当たる事になった。俺は、四人目の女性……か。桃色の髪をポニーテールにした女性だ。俺を見ると、ウインクをした。全体的にスレンダーな印象で足が長い。
名前は、『パフィ・ノロップスター』。……ノロップスター? どこかで聞いたような名前だな……あれ、こっちに向かって歩いてくる。
「こんにちは、キミが噂のラッツ君?」
「あ、はい。噂のラッツ君です」
思わず、堂々と恥ずかしい事を言う俺。パフィは俺の事をまじまじと眺め、俺の周りをぐるぐると回る。
「……ほう! ……ほほう! ほう!」
……なんか、このテンション、身に覚えがあるぞ。俺は苦笑して、桃色の髪のお姉さんの頭を捕まえた。
「あいたっ!」
「人を美術品みたいにまじまじと見るんじゃない」
「へへ、これは失敬」
パフィは立ち上がって――俺の前に、仁王立ちをした。元気系か。……やっぱり、これってアレだ。
「初めまして、ラッツ君。あたしはパフィ・ノロップスター。妹がいつもお世話になっております」
チークの姉だ。良かった、母親じゃなくて。これが母親だったら、俺は卒倒している所だった。この姉にしてこの妹あり、といったところか……
「ちなみに、イーグルアーチャーのギルドリーダーだじょ」
「…………えっ」
決めポーズで、俺に爆弾発言をするパフィ。妹はスピードマーチャント所属だが、姉はイーグルアーチャーのギルドリーダーだったのか。
このハツラツとしていて、軽い態度。否が応でもチークを連想させる。
「おうパフィ、順当に勝ち上がって来ているようだな」
ガンドラがパフィに声を掛けると、パフィは余裕の笑みでガンドラを見た。……なんだ? ガンドラって、イーグルアーチャーの所属なんだろ。仮にもギルドリーダーに向かって、どうしてこんなにフランクな会話なんだ。
「あんた達が勝ち上がって来てんのに、あたしが負ける訳にはいかんでしょ」
「まあ、確かになあ。しかし、今日は勝たせて貰うぜ」
ああ、つまりアレだ。ガンドラって、イーグルアーチャーのギルドリーダーと並ぶ程度には強いってことだ。
…………やばいかも。
合図があり、ガンドラとロイスが審判の下へと向かった。ロイスは、大変に緊張しているようだが……何だ? さっきまでと、随分様子が違うな。……あれが、怯えてるって事なんだろうか。
俺は控えの席に座り、二人の様子を見守る事にした。パフィは俺の隣に座る――……豪快に股を広げて、堂々と座っていた。
「あれ、なんだ。まだ残ってたのか、あのコ」
まだ残ってたのか、ということは、パフィはとっくに脱落しているという認識だったんだな。
「ガンドラもそう言ってたんですけど、彼に何か問題ありますかね? 俺にはさっぱり……」
「あー、いや、強いんだけどね。大きいものとコワいものが苦手でさー」
……なるほど。そういえば、ここまでロイスと当たってきたのって、見た目はそこまで恐ろしい雰囲気ではなさそうだったからな。
ガンドラみたいな見てくれの相手だと、厳しい。そういう事なのだろうか。
「それでは、ガンドラ・サム、ロイス・クレイユ。決勝進出戦を行います」
連続して戦う事も厳しいと言えばそうだが、それは相手も同じこと。条件はお互いに同じだ。ガンドラが恐ろしくも挑戦的な瞳で、ロイスを見据えていた。
ロイスはその視線に、苦い顔をした。
「ロイス、やっとお前と対戦だな。俺は嬉しいよ」
「……勝ちます、今回は」
ガンドラはロイスの言葉に、全身から恐ろしい程の殺気を放った。ロイスだけでなく、俺でも少し恐ろしいと思ってしまうほどに。
「殺すつもりで来い。――――俺も殺すつもりでやる」
そうか。ガンドラにとっては、競技以上に『戦闘』。魔物と対峙する時もそうだが、これにロイスは勝てないんだな。
試合開始の笛が鳴った。
ガンドラはすぐに、背中に背負っていた巨大な弓を電光石火の速さで抜き、ロイスに向かって構えた。ロイスも負けじと弓を向けるが――――なるほど、問題はすぐに分かった。
動きにキレがない。後手を取り、ロイスは舌打ちをした。
「<スマッシュ・アロー>!!」
なんだ、あの矢は。通常の矢の三倍程度に大きい。材質は鉄か、鉛か……あの矢を撃つための、巨大な弓。そういう事なのだろうか。
瞬間、ガンドラの放った<スマッシュ・アロー>が、ロイスを襲った。
<スマッシュ・アロー>は弓士のスキルで、専用の弓が必要だが威力が高い。『鉛の矢』なんかと組み合わせて、強打を狙うスキルだ。
ロイスはガンドラの攻撃に、全く反応できない。矢はロイスの隣を通り抜け、ステージの壁に激突した――――げぇっ!?
おいおい、鉛ってレベルじゃないぞ……
ステージの壁がまるで隕石でも激突したかのように抉れた。鉛の矢はめり込み、矢羽さえ見えない。ロイスが後ろを振り返り、避けた矢を追い掛けて――青い顔をした。
ビリビリと、ガンドラの気迫が伝わってくる。……弓は、手入れがされていなかったんじゃない。
「おうロイス、当たらなかったみたいだな」
手入れをしていても、ガンドラのパワーが強すぎるのだ。
「<トリプルアクション><ホークアイ>」
更に、ガンドラのスペックが上がる。ロイスは慌てふためきながらも、全身に魔力を展開した。
「とっ、<トリプルアクション>!! <ホークアイ>!!」
弓士同士の対決だ、必然的に使われる技は弓士のそれになる。自分も相手も、ある程度の手の内は分かっているということだ――しかし、この二人。まるで戦い方が違い過ぎる。
俺の隣で見ていた『ギルド・イーグルアーチャー』のギルドリーダー、パフィ・ノロップスターが、ヒュウ、と口笛を吹いた。
「相変わらず、おっそろしいパワーだねえ。ガンちゃん」
ガンちゃんって……そんなに可愛い感じじゃないだろ。どちらかと言うとガンさんだろ。
「いくぜロイス!! これが俺の本気の<スマッシュ・アロー>だ!!」
ガンドラは直立不動で立っているだけだと言うのに、全く攻め入る隙がない。少しでも動けば射抜かれてしまいそうだ――そして、一度でもあの攻撃を喰らえば、ただでは済まないぞ。
弓を引いた時の反動で、ガンドラの足下が削れる。<スマッシュ・アロー>ってただの強打じゃなくて、矢の重みを魔力で水増しして放つ、上位スキルなのだ。撃てる弓も限定されるし、何より使用者の筋力と魔力のバランスが重要だったりする。
今、ガンドラは一体何キログラムの矢の重さに耐えているのだろう。
「<スマッシュ・アロー>!!」
そして、矢は放たれた。ロイスの所に来るまでは、ほんの一瞬。ロイスは弓を前に出し、そして、
「<パリィ>ッ――――!!」
俺は思わず、席を立った。
ロイスに向けて放たれた矢は、ロイスの<パリィ>によって受け流され、再びステージ脇の壁を目指す。ガンドラも目を丸くしていたし、パフィも驚いていた。
だが、無傷とはいかなかったようだ。受け流した反動で、ロイスの右腕は一瞬にして傷だらけになっていた。
「<パリィ>か。すげーじゃねーか、ロイス」
ガンドラの賞賛の言葉に、ロイスは至って真面目な顔のまま、言った。
「一回戦でラッツさんがやっていた、技です……。僕も一応、やり方くらいは知ってます」
だからって、使い慣れていないスキルを決勝トーナメントで使って上手くいくもんかね。
まあ、基礎スキルだからね。別に俺の専売特許って訳では、ないんだけどさ。