B29 決勝トーナメントに行くための鍵は
「<キャットウォーク>!!」
事情が分からない俺は、とにかく自身を強化する事しか出来ない。最も必要な移動速度強化の魔法を使い、俺はその場から動いた。対象を絞られないよう、ステージを走り回る。動体視力アップの効果で、矢を視認する事さえ可能なら、避ける事もできるだろうか。
……改めて、盗賊のスキルって便利だよな。公式のギルドではないから、アカデミーで覚えられるものは限られているが。<キャットウォーク>にしても、時間が掛かるから取得される事は少ないけれど、一応武闘家のために用意されたスキルだしな。
しかし、これだけでは状況は好転しない。透明になったのなら、どうにか居場所を特定させないと……どうする。いや、そもそも透明になったのかどうかも、まだ分からない。
くそ、<レッドトーテム>か<ブルーカーテン>さえ使えれば、話は早いのに……
苦し紛れに、俺はステージ中に矢を乱発した。
「無駄無駄無駄ァ!! さっさと場外に行っちまえよォ!!」
<イチャッデ・イカッチ>。……聞いたことがないスキルだ。アカデミーだけでなく、俺が知る限りの『ギルド・イーグルアーチャー』内部でも――御当地スキルみたいな、ものすごく珍しいものだろう。若しくはオリジナルのものか。
限りなく名前がダサい所だけは、当人の顔を受け継いでいる。
「<ブリザード・アロー>!!」
やばい、凍結系の矢だ!! 一体どこから!?
対象が見付かる筈もなく、俺はズボンの裾を撃ち抜かれ、その場に前のめりに転んでしまった。
撃ち抜かれた足下を中心に、凍結が広がっていく――足を封じられた。まずいぞ、この状況は……頭では分かっていても、何か対処法が見付かる訳じゃない。
「ハッハー!! お前には俺がどこに居るのか、分かんねえだろうなァ!! 俺にはお前の居場所が手に取るように分かるぜ!!」
唐突に発生した『対戦相手の喪失』という現象に、パニックを起こしそうになる。危うく踏み止まり、俺は思考を巡らせた。
侮った。ただの煽り下手な男だと思っていたが、予想以上に厄介なスキルを持っていた。一体どうすれば。
このままじゃ、一方的にやられるだけだ……!!
「死んじゃえよォ!! <スピリット・アロー>!!」
足首が凍結した事で起き上がれない俺に向かって、魔力を込めた威力の高い矢が水平に飛んでくる。どうにかうつ伏せのままそれを視認した俺は、左手に構えている弓を矢に向け、狙いを定めた。
「<パリィ>!!」
角度は充分。威力は弱い。俺の弓がハドゥバの放った矢に当たり、進行方向を逸らして外へと逃げる。その隙を使って、俺は右手に構えた矢で足首の氷を叩き割り、うつ伏せの状態から起き上がった。
「<パリィ>だとォ!? そりゃ、剣士のスキルじゃ……」
寝転んだ事で、相手の声に違和感がある事に気付いた。はっきりとは言えないが、何かが妙な……。
…………いや、待て。おかしいぞ。
『寝そべっている俺に向かって、水平に矢が飛んで来た』……だと?
「<レッド・アロー>」
俺は自身の足下に向かって、炎の矢を放った。炎の矢はステージに突き刺さり、凍結した俺の足を溶かしていく。
そうして俺は今一度、ステージを広く見渡した。……やっぱりか。初めて<フレイム・アロー>で攻撃された時、俺が避けた矢は空に向かって行った。
足下を狙われる事が多いこのゲームで、ステージに一本も矢が刺さっていない。
そして――――
俺は、その男と目を合わせた。
「ま、まあいい。今度こそ、その脳天をブチ抜いて…………」
消えたのではない。
「…………あ、あれ? なんでお前、俺のこと見てるの?」
小さくなったのだ。
瞬間的に小さくなったので、恰も消えたかのように錯覚したらしい。ハドゥバは手のひら程度のサイズになり、網目模様のステージに溶け込むように這いつくばったまま、弓を構えていた。
そのための、ダサいタイツか……
小人か。<イチャッデ・イカッチ>という魔法は、自身を小さくするスキルだったんだな。そのための服と、小さな弓――……
「くだらねえ…………」
「くっ!! くだらないとか言うなァ!! 俺はこのスキルでここまで勝ち上がってきたんだぞォ!! しかも矢は発射すると大きくなる魔法が掛けてある!! 攻撃力もバッチリダァ!!」
バッチリダァ!! ……とか言われてもなあ。
俺は黙ったままで、小さなハドゥバを囲うように、矢を放った。
「<レッド・アロー><レッド><レッド><レッド・アロー>」
「わっ!! ひっ!! 待て、落ち着け!! そう!! 俺が悪かったァ!!」
小さなハドゥバにとっては、俺が放つ<レッド・アロー>は隕石にも等しい。そして突き刺さった矢は、檻のように見えている事だろう。燃えているから、気安く触れることもままならない。
「あっづァッ!! や、やめろお前ェ!! この俺様に……ギャー!!」
……確かに、この反応は少しだけ面白いかもしれない。俺はくたびれた笑みのまま、屈んでハドゥバを見下ろした。
「どーする? お前このままじゃ、酸欠で死ぬけど。まだ続ける?」
ハドゥバはすぐにゼエゼエと息を切らし、苦しそうに地面を転がっていた。喉を押さえ、その小さな身体でぎろりと俺を睨み付ける。
「俺をここまで追い詰めたのは、お前が初めてだぜ……!!」
本当かよ。大丈夫か、こいつに負けた弓士諸君。苦笑を禁じ得ないが、しかしまあ種と仕掛けが分からなければそのままやられてしまうタイプのスキルかもしれない。
分かってしまえば、ただの身体を張ったギャグでしかないが……
「コケにしたことを後悔させてやる!! <イチャッデ・イカッチ>!!」
瞬間、ハドゥバの身体が大きくなった。元の姿に戻って――――あれ? まだ大きくなっていく。小さくなるのは一瞬だが、大きくなるには時間が掛かるのか。
いや、しかし、これは。……でかすぎじゃないか? 俺は下がりながら、ハドゥバの様子を見守った。やがて俺の身体の二倍、四倍。それ以上に大きくなっていく。
俺は、ハドゥバを見上げた。
「どうだァ!! これが俺の本気……!! そして、<イチャッデ・イカッチ>の本当の実力だァ!! 踏み潰されたくなかったら、降参しろォ!!」
既に弓は、どこにも見当たらない。見れば、既にハドゥバの足に踏み潰されて壊れていた。
うーん…………
「<レッド・アロー>」
俺は容赦なく、その足に向かって<レッド・アロー>を放った。連続して放つと、大きな靴がやがて燃えていく。
「なっ!? お前、何しやがるっ!!」
「いや、何しやがるも何も……」
身体が大きくなっても、許可された攻撃方法は弓に関係するものだけだからな。これがフリーの戦闘だったら多少面倒かもしれないが、今は身体の大きさはデメリットでしかない。
小さい身体の攻撃の方が、まだ少しだけ賢かったかな。俺は冷静に、そんな事を考えていた。
「あちぃ!! ちょ、おま、靴燃えてんだよォ!! やめろこの野郎ォ!!」
俺は白々しくも、今気が付いたかのようにハドゥバの足下をまじまじと見て、言った。
「……あれ? そこにあるお前の弓、壊れてるぞ?」
「えっ? マジで?」
ハドゥバが左足の炎を消し、下がって足下を確認した。
「うおォ!! 本当だァ!?」
下がった左足は巨大化しているため、当然ステージの外に下がる事になる。
そして、笛が鳴った。
「そこまで!! ハドゥバ・ウォークス、場外!! ラッツ・リチャード、決勝トーナメント進出!!」
ハドゥバは魔力が尽きたようで、その身体を小さくしていった。……しかも、時間制限が随分と短い。やはり、あの大きな身体を制御するためには結構な魔力を使うのだろうな。
……さて。
戻るか。
ハドゥバは何が起こったのか分からないといったように目を丸くして、俺と審判を交互に見ていた。
「……あれ? ……俺、負けた?」
「うん、俺の勝ちだよ」
分かっていないようだったので、俺は説明をしてあげることにした。
「まっ……まさか俺は、コイツの言う事を真に受けて、ぬけぬけと引っ掛かりやがったのか……」
「いや、俺は弓が壊れてるって言っただけだよ」
「あァ――――!! 俺様の弓が何者かに潰されているァ!!」
「何者でもない、お前の左足だよ……」
自分の小さな弓を抱き締め、ボロボロと涙をこぼす顔の長い男、ハドゥバ・ウォークス。俺はその姿を見て――――不思議と、少しだけ申し訳ないことをしたような気持ちになった。
「おのれ……!! おのれラッツ・リチャード……!! この借りはッ……!! 必ず返すッ……!!」
「いや、俺は何も……」
「覚えてろォォォ――――!!」
俺が静止を掛ける前に、ハドゥバは全力で泣きながらステージから逃げて行った。呆然とハドゥバを追い掛けた左腕が、どこに行く当てもなく宙を彷徨った。
いやあ…………わからん…………
○
というわけで、決勝トーナメントに残った俺。本戦とも呼ばれる決勝トーナメントは翌日開催で、ロイスの話によれば本戦は今日とは比べ物にならない程に賑わうらしい。
まあ、今日は観客が多かったのは最初だけで、見る見るうちに減っていったからな。ここから先は、本当に弓を見るのが好きな奴が来るって所だろう。
例年楽しみにしている連中も多いみたいだし、リヒテンブルクにとっても年に一度の大切な催し物だからな。
決勝トーナメントに残った八人。ちゃんと勝ち上がる事が出来れば、俺は決勝戦でガンドラと当たる事になるだろうか。
俺の初戦は、影の薄い男。その名前を、ドリトル・ガフィーと言うらしいが――白い布で眼以外は露出しないように顔を隠しているし、発言をしない。奇妙な男だ。
こうして見れば、俺が居なければハドゥバ・ウォークスが勝ち上がって決勝に残る事も十二分に考えられた訳で。ガンドラのパーティーは、やっぱり何だかんだ言っても優秀だったということが分かる。
そして、ロイスも。
決勝トーナメントに残るメンバーは明日の説明会を受けて、コロシアムの控室を出た。明日はもう少し、面倒な戦いになるかもしれない――……俺はすぐに扉を開いて、控室の扉の前で待っていたササナに声を掛ける。
「ごめんな、ササナ。待たせちまって」
俺がそう言うと、ササナは壁に背中を付けたままで、俺に首を振った。
「ううん……ラッツ、決勝に残った……それは……カッコいい」
改めてそう言われると、少し……いや、かなり照れる。ササナは長いマリンブルーの髪を緩く左右でまとめていて、なんともお洒落な髪型になっていた。
簡素なワンピース姿だが、これはこれでそそられるモノがある。と思っていたら、ササナはにやりと、暗い笑みを浮かべた。
「決勝まで残ったなら…………何をしようと勝てば正義、というのは…………個人的には、嫌いじゃない…………」
怖いよ。お前、それはフィーナが言うべき台詞だから。
「ラッツさん!」
振り返ると、緑髪の少年が僅かに頬を染めて、俺の下に駆け寄ってきた。俺は軽く手を挙げて、ロイスに挨拶を返す。
「やっぱり、ラッツさんも残ったんですね。……すごいです、弓士じゃないのに」
悪気は無いのだろうけど、やっぱりイーグルアーチャーに入れなかった身としては、その言葉は胸に突き刺さる。
同時に、ササナが予選中に言った言葉を思い出した。俺が属性ギルドに入れなかった、本当の理由――――……イーグルアーチャーのギルドリーダーにでも出会えば、何かが分かるのだろうか。
イーグルアーチャーの時はリヒテンブルクから採用担当が来たから、俺はギルドリーダーと話したことがまだ無いんだよな。どんな人なんだろう。
「ロイスも、ちゃんと残ったな。本戦、頑張ろうぜ」
ロイスは上目遣いに俺を見詰め、だらしなく頬を緩めてはにかんだ。
「……へへ、ラッツさんと一緒だと、心強いですね」
おいおい、どうしてこいつはサラリとこういう事を言うんだ。……男だからだ。
ササナが冷たい瞳で睨んでいるのが分かるが、俺は敢えて気付かないフリをした。
「ちゃんと勝ったな、ロイス」
ロイスの後ろから、ガンドラ・サムが歩いてきた。相変わらず、でかい身体だ――上半身裸のまま、まだ全身の熱が冷めないらしい。
……一体、どんな戦い方をするんだろうか。ロイスは振り返り、その男の姿を確認する。
「ガンドラさん」
「俺は、ちゃんと分かってるつもりだからな。本戦で俺と当たった時、おしっこちびんじゃねーぞ」
そう言って、ガンドラはロイスの頭を乱暴に撫でた。僅かにロイスの髪の毛が跳ね、衝撃でロイスがくらくらと揺れる。
だが、ロイスは笑顔のままで、ガンドラに言った。
「――――はいっ!!」
なんだ。もう、問題は半分以上解決しているようなものじゃないか。後は、俺が本戦でガンドラに負けなければ良いだけ――――…………あの人、戦いを楽しむタイプの人間っぽいからな。きっと、相当強いぞ。
……ハハ。身包み剥がされるのだけは、勘弁だ。
「さあ、行くぞ。ハドゥバは残念だったが、本戦に向けて一杯やろうぜ」
ガンドラに引っ張られて、ロイスも連れられて行く。あの影の薄い男――ドリトル・ガフィーも、無言で付いて行っていた。……なんだ? あいつ、妙にササナを見詰めていたような……
ハドゥバは――……魂が抜けたような顔をしていた。顔が長い――元からか。
ふと、ロイスがガンドラの腕から離れ、ガンドラと何かを話しているようだった。そして、俺を見て――俺? 駆け寄ってくる。
「あ、あの、ラッツさんっ!!」
僅かに息を切らし、頬を染めていた。
なんだ……?
「お、おう?」
「こ、今夜の宿って、もう決まってますかっ!?」
「決まってないけど……」
ロイスは俺の胸に、両手でぐい、と何かを突き付けた。これは――……宿屋の鍵?
あ、そうか。これって、一番最初に俺とササナが泊まろうとしていた、リゾートホテルっぽい建物の――……
「ぼ、僕、ラッツさんには大変お世話になって、もっとちゃんと、仲良くなりたくて、それでですね!!」
「お、おう」
ロイスは涙目で睨むように俺を見る。……可愛く見えるのは、俺の気のせいだろうか。
「きっ、今日、ぼくの部屋に……泊まりませんかっ!?」
――――それは、例えるなら冒険者アカデミーにあった『告白の木』の下に、男の子を呼び寄せた女の子のような。
ロイスの見た目、顔、背の小ささからしても、それは完璧に女の子の告白のそれであった。
思わず胸が高鳴り――しっかりしろ、俺。相手は男だぞ。
「うん、まあ……それは別に、良いけど」
ロイスは花のように可憐な笑みを浮かべ、俺から数歩、後退った。その小さな桃色の唇が動き、俺に好意のアピールをしてくる。
「よ、良かった……へへ、じゃあ後で、部屋で、また」
俺はぎこちない笑みで、ロイスの後ろ姿を見守った。
ロイスが完全に柱の影に消えた頃、隣に居たササナの恐ろしいオーラに気が付いた。
「ちょっ、おま、痛い、痛いって!!」
ササナは無言で、ただ俺の耳を引っ張る。何度も舌打ちをして、今にも唾を吐きそうな雰囲気さえあった。
「サナの方が…………可愛い…………」
「お前、男と比べてどうするんだよ」
……女の子って難しい。