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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第一章 初心者とベタ甘ハーピィと山の上の城壁
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A03 喋るゴボウと友達になろう

 …………どうしよう。


 俺は木の影に隠れ、叫び声を発した主を発見し、様子を伺っていた。しかしながら、出て行く事は叶わずにいる。


 そこには、凶暴なリザードマン(レベル十六)が、あろうことか俺の探しているハーピィを襲っていた。既に攻撃した後なのか、ロングソードに血が滲んでいる。


「グルルルルルルル……」


 なんだか低い唸り声も出していた。理性のある雰囲気ではなさそうだが……リザードマンって、そういう魔物なんだっけ。


「どっ、どうか、どうかお助けください……」


 そりゃ通じないだろ、グルルルとか言ってる時点で。そう思ったが、何も手を出す事はできない。


 娘っ子のハーピィが、その体格の二倍以上はあろうかというリザードマンに襲われているのだ。今の俺では、あれは相手に出来ない。出来るかもしれないけど、あまり戦いたくないのだ。


 極稀に、魔物が魔物に狩られるという話を聞いたことがある。何でも、多種多様な魔物を一括りに『魔物』と言う事はできず、ダンジョンの中には狩り狩られる関係も存在する、とのことだ。


 その光景は初めて見るが、しかしこれもまた食物連鎖よ。仮に俺が出て行ってリザードマンを倒せた所で、あのハーピィが襲って来るとも限らんしな。


 ……ハーピィの娘は、左足が無くなっていた。どうやら既にリザードマンに食べられてしまったのか、それとも他の原因で身動きが取れなくなってしまったのか――……見ていて痛々しい。


 リザードマンは今にも、ハーピィの娘に襲い掛からんとロングソードを構えて舌なめずりをしている。


 しかし、えげつねえな。魔物って言葉を喋るのかよ。アカデミーの教科書にはそんな事、一言も書いて無かったぞ。


 まるで人が魔物に喰われる瞬間を呆然と眺めているかのような、痛々しい気持ちになってくる。


 案ずるな。相手は人間ではない。魔物なのだ。俺だって、そもそもハーピィを狩る為にここに来たのだ。


 何れにしたって、俺は黙って見ている事しかできない。


 できない……


「ひいい、お母様――……」


 …………居た堪れない。


 よし、今日をもって人型の魔物を対象にするのはやめよう。俺は言葉を発しない、獣のような魔物を相手にするハンターになるんだ。


 あ、もしかして腹が減ってるのか? だとしたら、このゴボウを投げればハーピィの代わりに喰ってくれたりしないかな。


 俺は魔物図鑑を開き、リザードマンの項目を探した。普通のリザードマンは緑色だけど、あれは青色だ。色違いの魔物って、理由は分からないけれど何となくヤバい気がするのだ。


 うーん……


「グルルルルァァァァ!!」


 リザードマンがハーピィに狙いを定め、ロングソードを振り上げた!!


 ――くっ。


 俺には、このゴボウを投げる事しかできないっ――……!!


 ゴボウを右腕で構え、リザードマン目掛けて軽く放った。


 ビシュッ。


 風を切る音と共に、俺の右腕からゴボウが飛んで行く。


 えっ。


 速っ――――




「ギャアアアアアアア!!」




 刺さったァァァァァ――――!!


 ゴボウ刺さったアァァァァァ――――!!


 ど、どうしよう。どうしようこれ。俺はリザードマンの足元にゴボウを捨てるつもりだったのに、どうしてあんなにスピード速いんだよ化物か。


 ……よく考えれば、宝箱の中に入っているゴボウがただのゴボウだとは限らない。もしかして、あんな見た目でもそれなりに使えるアイテムだったり、するのか?


 あれか!? ゴボウアロー的な何かなのか!?


「……あ」


 ……あ。


 ハーピィの娘と、目が合った。否応無しに、木の影から出て行かざるを得ない俺。


 リザードマンはゴボウ攻撃程度では当然死ぬ筈もなく、脳天に俺のゴボウが刺さったままこちらを睨んでいる。


 俺のゴボウって。俺のじゃないけれど。


 これはいけない。どうしよう。振り返ったハーピィの娘は腹が引き締まっているのに胸がでかくて、しかも金髪で幻想的で大変俺好みだが、そういう問題じゃない。死んだらそこまでなんだぞ。


 この色違いリザードマンと戦うなんて、今の俺には出来るはずもない。第一、さっき初めてダンジョンに潜ったんだ。


 くそ、ゴボウのせいでエラい目に……責任転嫁も良いとこだな。


「お願いします!! 助けてください!!」


 ハーピィの娘が、必死で叫んでいた。


 聞いた事ねえよ、魔物が冒険者に助けを求めるなんて。こいつ、本当に魔物なのか? アカデミーで聞いた事と全然違うような……。


 ゴボウが刺さっているが故に見た目がかなり間抜けなリザードマンは、瞬時に狙いをハーピィの娘ではなく、俺に合わせる。


 こんなんじゃ、既に逃げる事も敵わないのか。辺りを見たが、未開拓のダンジョンだからか人は全く居ない。


 何なんだよ、この状況。……こういう戦略なのか? 弱っている振りをして、背中からグサリ、とか――……馬鹿にするなよ。嘘を吐いているかどうかくらい、アカデミー首席卒業者の俺に掛かれば……


 ハーピィの娘の、美しいエメラルドグリーンの瞳が視界に入る。


 …………ああ、もう。


 言いたいことは山程あるが、リザードマンのターゲットが彼女から俺に移行した時点で戦闘は避けられない。戦闘なんてアカデミーの訓練以来だけど、やるしかないか。


「<ホワイトニング>!! <キャットウォーク>!!」


 俺は両の手を広げ、それぞれ自分に向かって支援魔法を使った。<ホワイトニング>は対象者の武器攻撃力・打撃防御力を上げる魔法。<キャットウォーク>は対象者の移動速度を上げる魔法だ。


 リザードマンが大きくロングソードを振り上げ、俺目掛けて振り下ろす。俺はそれを、素早くリザードマンの背後に回るように回避した。<キャットウォーク>の効果で、動体視力も上がっている。


 一応ダンジョンレベル四程度の魔物なら、訓練で戦わなかった事も無いが。相手はそれなりのレベルだしなあ……


 思いながら、ドリフト走行のように地面を軽く滑り、背後に回った勢いを殺す。モーションの間に背中から初心者用ナイフを引き抜いた。


 砂埃が舞う。


「<マジックオーラ>!! <ダブルアクション>!!」


 脳天にゴボウが刺さった間抜けなリザードマンが、俺の位置を確認して振り返る。その間に、俺は更なる支援魔法を自分に向かって発動させた。


<マジックオーラ>は対象者の魔法攻撃力・魔法防御力を上げる魔法。<ダブルアクション>は、アタックダメージを二倍に跳ね上げる魔法だ。


 俺の初心者用ナイフに、<ダブルアクション>の効果で残像のような影が纏わり付く。俺は真っ白な光――聖職者系の支援魔法の光だ――に包まれ、振り返る瞬間のリザードマンを視界に捉える。


 滑る身体が止まると同時に、俺はリザードマンに向かって照準を合わせた。……なんだ、レベル十六って言っても意外と遅いじゃないか。この程度なら俺にもやれるかな。


 どこのギルドの加護も受けられなかったから、体力も魔力も冒険初心者。もしかして一撃喰らえば即死かもしれないんだけど、文句は言ってられない。


「グルルルルァァァァ!!」


 リザードマンが唸り声を上げ、再び俺をロングソードの射程内に入れた。振り被ったその瞬間、俺は中指をリザードマンの足元に突き付け、魔法を放つ。


「ちょっと<レッドトーテム>!!」


 リザードマンの目の前に、小さな炎の柱が伸びた。俺を斬り付けようとした右腕は、もろに炎の柱の中へ。


 軽く屈んで、リザードマンの斬撃攻撃を避けた。


「ギャオオオオオオ!?」


 よし、効いてる効いてる。森系のダンジョンに火の魔法は山火事の危険があってあまり良くないけれど、うまく使えば森に生息する魔物によく効くのだ。


 魔力の制御が難しいから、初心者はあまりやらないように……俺か。


「<ソニックブレイド>っと」


 素早く斬撃を行うソードスキル。ここまでに登場したスキルは全て冒険者アカデミーで教えて貰える、誰もが覚えられるスキルである。


 自分が進むべきギルドを想定せず、全てを覚える馬鹿は早々居ないが……俺か。


<ソニックブレイド>を使うなら、ナイフじゃなくてロングソードの方が良かったかな? でも、ナイフの方が小回りが効くのだ。


「多種多様なギルドのスキルを統括したような戦闘方法だな。さては主、伝説の勇者か」


「そんなに大したもんじゃねーよ。全部初心者用スキルだっての」


 野太い男の声が聞こえて、俺はそう返答した。伝説なんて、冗談じゃない。俺はこれから、ギルドに入ってプロの技を教えて貰う予定だったのに。


 あれ? 今の誰だ?


「やはり、主であったか……」


 リザードマンは腹から血を流しながらも俺を睨みつける。まだ、戦闘の意思があるようだ。なら、もうちょっとだけ続けても良いかな。


 俺は左手に構えた初心者用ナイフを、背中のリュックに戻した。右手もリュックに突っ込み、取り出したるは初心者用の弓矢だ。


 剣使いが弓を持てるなんて、知らなかったろ? 俺は矢を構え、リザードマンに不敵な笑みを浮かべた。


「<ストップ・アロー>。――――時よ止まれ!!」


 因みに、中身はただの痺れ薬を塗った矢で、時を止める事なんて出来なかったりする。弓職の基本行動だ。


 その矢はリザードマンの太腿に刺さり、リザードマンはロングソードを取り落とした。


「……ガッ……ガアア……」


 俺は弓を仕舞い、両手に魔力を込める。


「<レッドボール>!!」


 小さな火の玉が、リザードマンの足首にヒットした。


 まあ、一発の威力はこんなものだろうが……


「<レッドボール>!! <レッドボール>!! <レッドボール>!! <レッドボール>!!」


 俺は雪合戦将軍の如く、魔力で火の玉を生成してはリザードマンに投げ付けた。さあ、百本ノックの始まりだ。


 オラオラオラオラ――――――――!!


 為す術もなく、リザードマンは火の玉の豪雨を浴びていた。戦闘意思はあるようだけど、もう身体が付いて来ないのだろう。


 こんなものか。正直、ガタガタ震えて隠れている必要なんか無かったかもしれない。中級者が苦戦するって聞いたから、どんなもんかと思ったけれど。


 いけね、既に魔力がやばい。全身に僅かな気怠さを感じて、俺は立ち止まった。これがあるから、属性ギルドでは魔力の加護を受けて、魔力を増大させるんだよなあ……。羨ましい。


 んじゃまあ、いきますか。俺は初心者用ロングソードを取り出し、魔法をロングソードに『付与』した。


 最後は自分が編み出した技で葬る事にさせて貰おう。


 アカデミーでは習っていなかったけれど、対象が人間じゃなくてもうまくいくコツみたいなものを、ある日掴んだのだ。


「――――剣に<ホワイトニング>!!」


 付与魔法ってのは『ギルド・マジックカイザー』の上級魔導師が使う秘密のスキルらしいけど、武器に支援魔法の組み合わせはまだ聞いたことがない。つまり、この世で俺だけのオリジナルスキルだ。


 剣は輝き出し、勇者の剣もかくやと言ったような風貌に変化する。


 そして、武器に<ホワイトニング>を掛けると、どうなるかという話なんだけど。


 俺は駆け出して、初心者用ロングソードを中段に構えた。まるで光の剣のような、素晴らしい美しさだ。中身はただの初心者用武器にも関わらず、だ。


「強化版<ソニックブレイド>!!」


 これがオリジナルの<ソニックブレイド>。どういう訳か<ホワイトニング>を武器に付与すると、何だか妙に急所にヒットするようになるのだ。


 最初はただボケッと光っているだけかと思った。別に武器攻撃力が上がった訳でもない、硬いものは相変わらず斬れないにも関わらず、バッタバッタ敵が倒れるときたもんだ。


 これはそう、例えるならば――『クリティカル』。そう呼ぶべきなのだろう。


 さて、オリジナルの技はもう一つだけあるのだけど。燃えている相手に『水素』を出現させると、どうなるかという。俺は初心者用ロングソードをリュックに戻し、左手をリザードマンに向けた。


「すごい――……」


「頭を抱えて、伏せて」


 ハーピィの娘が、何やら呟いている。俺はそんなハーピィの前に立ち、そう合図した。


 しかし、よく考えたらダンジョンレベル四なんていう半端な場所にハーピィが居るもんかね。人型の魔物と中級ダンジョンで出会すのは、人類のエルフくらいのものだと教わっていたけれど。


 俺は魔力量を調節し、『水』ではなく『水素』を出現させた。


「見えない<ブルーボール>」


 チッ、というような、火花の音が最初に聞こえる。これこれ。この僅かに水素が出現する瞬間の、直前のモーションが堪らないのだ。


 俺は指を鳴らして、合図した。


「その名も――<強化爆撃イオン>!!」


 ドカン、と大きな音がして、リザードマンを中心に爆発が起きる。……わっ。こっちまで衝撃が。


 俺は左腕で顔を隠して、爆発の瞬間を捉えていた。巻き起こる煙と風が通り過ぎるのを待ち、俺はそっと――――リザードマンを見た。


 爆発に焼かれ、倒れたリザードマン。その額には、先程投げたゴボウが……


 ……どうしてゴボウは無傷なんだ。


 まあ、いいや。俺はすぐにハーピィに向かい、振り返った。


 奇跡的に、何もされなかったのか? ……それとも、本当に弱っていて動けないのか。


 ハーピィの娘は、目尻に涙を浮かべて俺に微笑み掛ける。


「ありがとうございます。貴方は命の恩人です」


 …………こいつは、魔物だぞ。


 無残にも無くなって、血が流れる左足の付け根が痛々しい。とりあえずリュックからタオルを取り出して、僅かに出ている足の付け根を縛った。血を流し過ぎると、何もしてなくても死んじまう。


「痛っ……」


「ちゃんと助けられりゃあ、確かに命の恩人だけどな」


 俺は苦しむハーピィの感謝を、適当に茶化した。


 ……俺は、何をしているんだ。こいつは人をたぶらかして喰うバケモンだぞ。そうは思ったが――身体は、俺の意思に反して動いた。


 人体構造として、エルフなんかよりも人間から離れるハーピィやラミアの種は、女性が中心で狩りをする。人をチャーム系の魔法で魅了して喰っちまうもんだ。


 まさにアカデミーで授業を受けている間も、セントラル・シティで被害に遭った男がそれなりに居たと、ニュースで聞いた。


 でも俺の知っている奴等は、言葉を喋らなかった。たまたまそうだったのか、それとも。


 …………考えたって、答えなんか出ない。


 とにかく、この娘が嘘を吐いているようには見えない。俺を殺そうともしていない。


 それは、確かだと感じた。


「結構、すげえ傷だな……」


 思わず、そう呟いた。まあ、左足が無くなっているので当たり前なのだが。


 この手の大怪我はパペミント系の薬草じゃあ治せない。聖者の加護レベルの超回復が必要だ。かといって、魔物を聖職者ギルドに連れて行く訳にはいかないし……


<ヒール>は使えるけど、そんな低級魔法じゃ気休めにしかならないだろう。重ね掛けする魔力も残ってないし……。


 ギルドの加護を受けられない事が、こんな所にも響いている。


「……わたしは、もう、だめなんでしょうか」


 まずい、ハーピィの顔色が悪くなってきた。このままじゃ、助けた事が本当に無駄になっちまう。


 えっと、アイテムでこの手の傷を回復させるためには……。俺はリュックを漁り、アカデミーの回復薬について書かれた教科書を広げる。


「そうか、パペミントじゃなくて、再生系のアイテムか。『ルーンの涙』辺りがあれば、治せるんだな」


 しかし、この教科書が魔物に通用するのかもよく分からないけど。


 それにしても、『ルーンの涙』はマーメイドの住処辺りにあるもんだ。間違ってもこんな森系ダンジョンには無いだろうし、一旦セントラル・シティに帰らないといけない。


 なら、『ルーンの涙』じゃダメだ。事態は一刻を争うんだから。


「一先ず、街まで戻って魔力を回復させ、<ヒール>重ね掛けで傷を塞ぐというのはどうだろうか?」


「ああ、なるほどね。それで、改めて『ルーンの涙』を取りに行けば良いのか」


 ……あれ? そういえば、さっきも聞いたこの野太い声は一体何なんだ?


 俺は振り返り、声の主を見た。


「とりあえず、このトカゲから引き抜いてくれ。気持ち悪くてかなわない」


 ゴボウか? ゴボウが喋ってんのか?


 ちくわの方がまだ喋りそうなもんだけど……



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