B28 イチャッデ・イカッチとササナのツイート
対戦開始の笛が鳴った。俺はすぐに初心者用弓を構え、ピニヨンの足元に向かって数発、矢を放った。
ピニヨンもまた、俺に弓を構えていた。同じ事を考えていたかどうかは分からないが、ピニヨンが弓を構えるよりも速く俺は動く。第一手のスタートダッシュは大切だ。
弓同士の戦闘は、アカデミーの時に何度か行った。授業でやった訳ではないけれど、同じ冒険者として競い合っていれば、手合わせのタイミングってのは自然とあるものだ。
その経験から言うと、遠距離攻撃を主として戦う弓という武器は、対象が近過ぎると照準が合わせ辛くなる。ということは、別の側面から言えば近くで素早く動き回られる事で、攻撃が出来なくなるということだ。
前に進むよりも速い、俺が持てる最速の先手。ピニヨンは予定通り、避けるためにバックステップをするしかない。
そこが、距離を詰めるための鍵だ。
「<ホワイトニング><キャットウォーク>」
素早く二つの支援魔法を使い、俺は矢を構えた。まず、絶対的に必要なのは速度と動体視力を上げる支援魔法<キャットウォーク>。俺が弓士に対して、一歩先を行くことのできるスキルだ。
そして、物理攻撃・打撃防御を高める<ホワイトニング>。これも、アローヘッドが殺されているこの大会には必要不可欠な魔法だ。
聖職者のスキルを自分に掛けられるというのは、冒険者として大きなアドバンテージだ。奴等、付与魔法に掛けてはダントツに効果の高いスキルをいくつも持ち合わせているからな。
まあ、それは即ち中・近距離で戦うという事なので、弓士としちゃどうかという話は付いて回るんだけど。
「なっ……!? <キャットウォーク>!?」
ピニヨンが驚いているうちに、俺はもう一つ猫騙しを仕掛ける。とは言っても、<レッドトーテム>や<ブルーカーテン>みたいな、相手を直接攻撃する魔法は使えない。
だが。
俺はにやりと笑い、ピニヨンに向かった。
規制されているのは『サブウェポンの禁止』、『弓を使わない攻撃魔法の禁止』だったな。
なら、これはどうだ。
「<ソニックブレイド>!!」
弓を剣代わりに持ち、相手を一直線に撃ち抜く。大したダメージにはならないだろうが、驚きから精神的なダメージは大きくなるのではないだろうか。
予想通り、ピニヨンは何が起こったか分からず、腹を抑えてその場に蹲った。実はあまり痛くない、という事実に気付くのは、もう少し後だろうか。
「弓が近接攻撃を仕掛けてくるなんて、思わなかったろ?」
「くっ……!! 小細工が……!! <フレイム・アロー>!!」
<レッド・アロー>の強化版、<フレイム・アロー>。業火を纏う矢が構えられ、俺に向かって放たれた。俺は素早くバックステップし、その矢の攻撃を躱した。
跳ねる動きに合わせて髪の毛が揺れる。だが、決してピニヨンから視線を外す事は無い。
俺には、ロイスのように火力の高い弓攻撃はない。ということは、どの道手数で押さなければ話にならない、ということだ。しかも圧倒的自信で、相手を精神的に圧殺した上でそれをやらなければならない。
不敵な笑みを浮かべ、俺は真正面からピニヨンに向かい、確実に狙いを定めて弓を引いた。
明らかな、固定されたモノに対する狙いの定め方。その様子に、ピニヨンが嘲笑を浮かべる。
「ハッハ!! そんなバレバレの弓攻撃が通じるか!! さてはてめえ、初心者だな?」
まあ、初戦ならこんなものだろうか。
「そう――――『初心者』だけど?」
「当たるかってんだ、そんな攻撃。今度は撃ち抜いてやるぜ……<ライトニング・アロー>!!」
やっぱり、<ライトニング・アロー>と言ったらこういうモノだよな。ロイスがおかしいだけだ。
ロイスの使うそれよりは格段に威力の抑えられた、<ライトニング・アロー>が構えられる。だが、俺はその場から動く気配を見せなかった。
「馬鹿にしやがっ――――…………」
直後、ピニヨンの<ライトニング・アロー>はあらぬ方向に向けて放たれ、ピニヨンは膝を突いた。
俺とて、こんな序盤であっさりと負ける訳にも、全ての手の内を晒してギリギリで勝つ訳にもいかない。
ガンドラとロイスの戦いの土俵には、上がらせて貰わないとな。
「んー? 俺は、誰も馬鹿になんかしてないぜ?」
狙い、よし。的はでかいし、ど素人でも早々外さない。……だって、相手は動いていないのだから。
「『初心者』だから、何なんだ? 馬鹿にしてたのは、お前の方じゃねーのかよ」
俺は、矢を放った。動かなくなったピニヨンの腹部に、矢が当たる。ピニヨンは強く息を吐き、もろに俺の矢の攻撃を受けた。
今頃は身体の自由が効かなくて、訳も分かっていないといったところだろう。
右肩、左肩。続け様に二本の矢を、俺は放った。
ピニヨンがその攻撃を受け、後ろに倒れる。そして、円形のステージから落ちた。
笛が鳴らされる。
「勝者!! ラッツ・リチャード!!」
俺は弓をリュックに仕舞うと、ポケットに手を突っ込んでピニヨンに近寄った。身体の自由は、後五分くらいは効かないんじゃないだろうか。
円形のステージに立ち、俺は手袋を無言で外した。解毒剤を染み込ませた布で弓を拭きながら、場外に落ちて身動きが取れなくなったピニヨンを見下ろした。
「まー種明かしをするとさ、<ソニックブレイド>を弓で撃つ瞬間、通り抜けたろ? あの時に、<ストップ・アロー>で使う痺れ薬をアンタの親指に塗っておいたんだ」
「し、痺れ薬……?」
だから、今回は指貫グローブでは駄目だったんだよね。
「アンタ、素手で弓を引くだろ。照準がブレないようにそうしているんだろうけど、特に魔力を使う弓攻撃を素手で引くとどうしても、摩擦で擦れて小さな傷が付いちまうもんだ」
「そ、そんな――――」
<ストップ・アロー>は本来、魔物を足止めする攻撃スキルだ。だから毒性もそこまで強くないし、一定時間痺れる程度で済む。
一応調べてみたところ、『アーチャートーナメント』でも使用可能になっていた。俺は痺れ薬の瓶をピニヨンに見せ、悪戯っぽく笑った。
決め台詞を吐くとしたら、今しかない。
「『ライジングサン・アカデミー』きっての手品師、ラッツ・リチャード。弓スキルの授業で痺れ薬を仕込んで、女生徒のおっぱいを揉んで回った男の実力を、お前は測り損ねていたようだな」
決まった――――――――
絶句し、可哀想な目で俺を見ているピニヨンを横目に、俺は意気揚々と控えの席へ戻った。
○
予選もある程度進み、半数以上が脱落していた。俺は痺れ薬作戦を用いて、どうにか予選を勝ち進んでいた。
「んー、好調」
何しろ、他の連中が使うような高等スキルを俺は一つも使う事が出来ない。元よりスキルでは負けているので、他の部分で勝たなければならないのだった。
控えの席に戻ると、ササナが勝手に控えの席に座っていた。
どこも予選が進むにつれて脱落者が増え、控えの席も空席が目立ってきた。そのため、下に降りても問題無くなってきたのだろう。許可を取って来たのかどうかは知らないが。
俺が隣に座ると、ササナは控えめに視線を向けてきた。
「おう、ササナ。楽しんでるか?」
「うん…………ロイス、すごく強い…………」
ここまでは、全く問題無しだな。実力差が圧倒的ということもあるが、ロイスも落ち着いている。ササナは珍しく微笑みを見せて、ロイスの戦闘を見守っていた。
対戦が終わるまで、決して途切れない集中力。ロイスはちょうど、『モンスターロック』をうまく相手の真下に誘導し、動きを封じているようだった。ロイスの頭上に黒雲が現れ、ロイスの全身が光に包まれる。
「<ライトニング・アロー>……」
「ちょ、ちょっと待て!! 何だそりゃあ!? ギブアップだ!! ギブアップ!!」
まあ、あんなモノを直に受けたとあれば、アローヘッドが殺されていようがいまいが関係ない。当然のギブアップだろう。
笛が鳴り、ロイスの右腕が審判によって上げられる。ロイスはふう、と可愛らしい溜め息をついていた。
「それに比べて…………ラッツは…………」
ササナが俺の事を薄目を開けて睨んでいるのを、俺は気付かない事にした。
視線が、痛い。痛い痛い。
「男は驚かして場外に放って……女は乳と尻ばっか追い掛け回して……」
「仕方ねーだろ!! 初心者スキルだけで勝とうと思ったら、半端な覚悟じゃやれねえんだ!! ソコは寧ろ、ここまで勝ってきている事を尊敬して貰いたいね!!」
……あれ? 反応、無しか?
ササナは足を組み、膝を両手で抱えるようにして座り直した。ぼんやりと他者の戦いを見詰めている。……何だろう。何か、まずい事を言ったかな。
と思っていたら、不意にササナが呟いた。
「ラッツは……どうして、属性ギルドに入らなかったの……?」
何だ、そんな事が気になったのか。
俺はスポーツドリンクを飲みながら、ササナの問いに答えた。
「入らなかったってか、入れなかったんだよ。色んな職業のスキルを取得していたのが、逆に仇になったみたいでさ」
「仇……?」
まあ、ササナには分からないか。俺は苦笑してスポーツドリンクの瓶に蓋をすると、リュックに戻した。
「ほら、競合他社からの人材を引き入れたくないみたいなの、あんだろ。近接戦闘職が攻撃魔法を使えたり、魔法職がバリバリの聖職者魔法を使えたりするのはさ。嫌われたみたいで」
ササナは特に何も喋らず、ステージに視線を向けていた。……興味を失ったのだろうか? ササナが何を考えているのか、さっぱり分からない。
まあ、こいつはいつも分からないけれど。
「そんなはず…………ない」
そう思っていた矢先、ササナはふと、そんな事を呟いた。
「え?」
「もし……それが理由だとしたら……弓職はどうして、攻撃魔法が使えるの……」
「どうしてって――――」
目を丸くしてしまった。
確かに、そうだ。
……あれ? 俺がギルドに入れなかった理由って、それじゃあ他にある、という事なのか? いや、そんな筈はない。だって、冒険者アカデミーでも屈指の有名校で一番を取った男だぞ。それ以外に、どんな拒絶理由があるって言うんだ。
ササナは決して、俺を見ない。何かを深く考えているようにも見えた。
「レインボータウンで、人間の情報を集めていたから……ちょっと、知ってる……『リクルート』では、冒険者としての経験より……アカデミーでの意欲の強さが……試される……」
ステージを見詰めるササナの真紅の瞳には、しかし戦闘は映っていない。その向こうに見えているのは、俺の不自然な出来事に対する疑惑と不安。
何かを悟るように、ササナは言った。
「どこのギルドにもパーティーにも、相反する職業のスキルが使える人間……居ること、ある……どちらかと言うと……その人は……貴重……」
俺は、思わずササナの言葉に集中してしまった。
ササナの言葉には、説得力があった。俺もまた、ギルドリーダーに言われた言葉を鵜呑みにして信じていたけれど――……客観的に見るなら、初心者スキルの数は多い方が良いに決まっている。
即戦力になる。それは、間違いないのだ。
「ラッツが嫌われた原因…………他に、ある…………」
「他に、って――――」
「お疲れ様です、ラッツさん。次、ラッツさんの出番ですよ」
ふと声を掛けられ、顔を上げた。俺の椅子の隣に立っていたのは、背の低い緑髪の少年――ロイスだった。
「あ、ああ……」
俺は立ち上がり、ロイスに軽く手を振ってその場を離れた。
どうにも、気持ちの整理が付かない。ササナが呟くように俺に話し掛けた言葉が、渦を巻くように俺の頭の中を回っていた。
それでも、アーチャートーナメントは続いていく。気持ちは切り替えなければ。両手で頬を叩いて、俺はステージを見た。
おお、もう決勝トーナメントへの参加者がある程度決まっているのか。大きなトーナメント表には印が付いていて、それぞれのブロックの優勝者が書かれていた。
うちのブロック、少し遅れているな。長引いた戦闘が多かったのか。見れば、騒がしかった観客も三割程度は減っていた。負けた弓士の親族なんかが帰ったせいだろう。
ガンドラは……やっぱり、勝ち抜いているな。ロイスもさっきの戦闘で、決勝入りしたらしい。影の薄い男は……名前が分からん。先の喫茶店でも一言も喋らなかったし、今頃どこに居ることやら。
俺達の組も、予選の決勝戦。これを勝てば、晴れて俺も決勝トーナメント入りだ。肩を回して、俺はステージに上がった。
相手は――――
「――オフッ。まさか、こんな所で当たるなんてなァ」
俺は、顔が歪んでいく事を抑えられなかった。
顔の長い男。
決勝トーナメントよりも早く当たるなんて。顔の長い男はベロベロと舌を出して、奇妙な顔で俺を挑発していた。
「ロイスちゃんはお元気でちゅかー? 早く帰らないと、ママが心配しまちゅよー」
……俺は、この変な顔の男にどう反応したらいいんだ。
しかし、勝ち上がってきているとは予想外だった。俺はてっきり、もうとっくに落ちているものだと……ガンドラが『面白いからパーティーに入れてる』と言っていたが、実力はそれなりにあるということか。
……何故か、全身を白いタイツのような服で包んでいた。網目状の黒い線が入っていて、果てしなくダサい。
全く、やんなっちゃうぜ。場合によっては、少し手の内を見せないといけなくなるか――……
「ハドゥバ・ウォークス。ラッツ・リチャード。予選の決勝トーナメント進出戦を始めます」
名前まで変だ……
ハドゥバは自身の身長に不釣合いなほど小さな弓を持っていた。……いや、あまりに小さ過ぎる。手のひらに収まるくらいのサイズじゃなかろうか。
ニヤニヤと気持ちの悪い笑みを俺に向けながら、噛んでいるのは――ガム?
顔が長いだけに、その咀嚼の動きもやたらとオーバーだ。
「それでは――――始めっ!!」
試合開始の笛が鳴った。同時に俺は、常套手段である矢の早撃ちをハドゥバに向かって放った。
ハドゥバは俺の事を軽く笑って眺めながら、その場を動かない――なんだ? 当たるぞ。という、もう動いても遅――――
「<イチャッデ・イカッチ>」
俺は目を丸くして、その場に呆然と立ち尽くした。
ハドゥバの姿が――――消えた。まるで元からそこには居なかったかのように、ステージには俺だけが立っている。
……なんだ? 何が起こったんだ?
「<フレイム・アロー>」
どこからか声がして、俺は殺気を感じてその場から飛び退いた。今まで俺が居た場所に、何処からか炎の矢が飛んできて、空へと向かっていく。
「惜しかったなァ。一発で終わりかと思っていたが、カンの鋭い奴め」
なんだ――――透明人間、ってことか!?