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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第二章 初心者と電波系マーメイドと空の島の秘宝
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B26 出陣、アーチャートーナメント

「さてー、そんじゃあ『スカイゲート』へと向かうとしようか」


 俺はうんと伸びをして、ササナにそう言った。今日も天気が良い。別に何がある訳でもないけれど、心なしか風車の回転も昨日より歯切れが良いように感じた。


 相変わらず、リヒテンブルクでは『リヒの風』と呼ばれる風が吹いている。気候と魔力の関係がどうとかで、育つ作物と育たない作物が明確に別れるので、農業は大変らしいとかなんとか。詳しい事は分からないけど。


 あれ、もしかしたら俺、ギルド・イーグルアーチャーに今から雇って貰えたりするのかな? 弓は得意と言う程のモノではないけれど――……それでも、今日から弓士でも悪くはない。


 いっそ、アーチャートーナメントに参加してみようか。好成績を残せば、認めてくれたり……


「って、俺如きが弓一本で勝てるわけねーか」


 自分に自分でツッコミを入れて、俺は歩き出そうとした。そんな事より、スカイガーデンに向かわないと。旅がいつまで経っても終わりゃしないぜ。


 不意に、その背中が引っ張られる。強制的に後ろ体重にされ、俺はシャツの首回りが詰まったせいで呼吸困難に陥った。


「服を引っ張るなよ……ササナ?」


 ササナは頼りない顔をして、儚げに上目遣いで俺を見詰めていた。マリンブルーの長い髪が、ふと俺の目の前で揺れる――――顔が近い。


「ラッツ!!」


 ササナは俺の胸に突っ込んで来た。服の両脇を捕まれ、キスするのでは無いかと思える程に寸前の所まで唇を近付ける――何!? どうしたの!?


 静かに、しかしバクバクと心臓は動いた。


 ササナは目を潤ませていた。僅かに上気した頬が動き、小さな唇から言葉が漏れる。


「サナ、『アーチャートーナメント』見てみたい…………。ダメ…………?」


「ぐはぁっ」


 ラッツ・リチャードは精神に何ポイントかのダメージを受けた。


 全国の冒険者諸君。このように至近距離で迫られて、ノーと言える男が存在するだろうか? ……答えはノーである。ノーの反対はイエスであるからして、このササナのおねだりに対する俺の返答は、


 …………何を慌てているんだ、俺は。


「な、何で? 見たいの?」


「…………みたい…………」


 こいつ、そんなに弓士に興味あったんだっけ? いや、聞いたことはない。そもそも、あの場所に暮らしていたら弓士なんて見ないだろうし。ササナの故郷に名手が居るとも思えないし。


 ササナは熱っぽい吐息を漏らして、俺の胸に顔を擦り付けた。


 くそっ。クールになれない自分が恨めしい……


「ま、まあ、別に急いでる訳じゃないし、一日や二日停滞しても悪い訳じゃない……み、見てみようか?」


「…………ほんと?」


「ほんと、ほんと」


 瞬間、ササナは打って変わって涼しげな――嘲笑? を浮かべた。


「ぶふっ…………。ちょろすぎる…………」


「はっ!? ……ええ!?」


 無表情なのに嘲笑だと分かるのもこれ如何に。


 何だかよく分からないけれど、まんまと嵌められた気がして悔しい俺だった。




 ○




 出店の立ち並ぶ通りの中心へと目指して行くと、海に最も近い場所に位置する、『リヒテンブルク・コロシアム』がある。所謂円形の闘技場で、年を通して色々な催し物をやるのだ。ここ最近の目玉は勿論、『アーチャートーナメント』。弓士同士が一対一の対決を行うというもので、狙撃の技術よりは戦闘力の高さを競う競技だ。


 但し、武器として使用するものは全て、弓でなければならない。サブウエポンを持つのもダメだ。


 許可されるのは『モンスターロック』、他は弓職が一般的に使う特殊なアイテムのみ。攻撃魔法は矢に付与するものなら使用可能で、支援魔法だけがフリー。


 別にイーグルアーチャー所属でなければいけないとか、そういう制限はない。あくまで、参加した弓士の中から最強を決める戦いである。


「おお、賑わってるな」


 開口一番、俺はコロシアムを前にしてそう呟いた。立ち並ぶ出店もコロシアムへと向かう毎に食べ物が減り、代わりに特殊な矢やら弓やら、武器売りの露店が目立つようになっていた。


 歩いているのも、殆どが『ギルド・イーグルアーチャー』の戦闘服を着た男、女。中には強者と思われる、独自の戦闘服を着こなす弓士もいる。あれは多分、無属性ギルドの連中だろう。


 コロシアムの大門は開放されているので、俺は中に入ってみた。チケットが一枚七千セル……こういう出し物って、良い商売してるよなあ。


 ササナは受付に走って行き、戻って来る。俺の分のチケットも買ってきてくれたようだ――って、あれ?


「これ、トーナメントの参加申込書じゃないか」


 ササナは無表情のまま、俺を下から見上げた。……なんだよ。どうした。


「その参加申込書を書いて……『私めはササナ様のヒモであり、ササナ様が居なければ何も出来ません』……と言え……」


「いや、書かねえけど……」


 あ、少し悲しそうな顔になった。叱られた子犬のようだ。


「……じゃあ、百歩譲ってやるから……『ササナ、愛してる。俺、ササナのためにトーナメントに出るよ』って言え……」


「それは譲歩とは言わねえ!!」


 ササナは唇を噛んで、今にも泣き出しそうだった。その手に乗るか。どうせこれも演技だって俺には分かってる。


 無視を決め込む俺。


 ……いけない、周りの視線が俺達に集まってきた。……俺、何も悪い事してないのに。


「優勝賞品……『虹色の指輪』……」


 ふと、俺はチケット売り場の隣に貼ってある、優勝賞品のリストを見た。『虹色の指輪』か。確か、あれも取得が困難な宝石の指輪だったような。


 なんだよ、賞品が欲しいのか。……しかも、優勝って。


 あ、やばい。こっちを見ているカップルがひそひそと話し始めた。


 ……あー、もう。


「わかった、わかった。トーナメントには出るよ。でも、優勝できるとは限らないからな。負けても文句言うなよ」


「……百歩譲ってやった……から、台詞……」


 そこも強制なのかよ!


「…………ササナ、愛してる。俺、ササナのためにトーナメントに出るよ」


 周りの目があるだけに、かなり恥ずかしい。だが、言い切ってやった。


 ササナは俺の顔をぼんやりと見詰め、無表情でいた。微動だにせず、その場に固まっている。


「……ササナ……?」


 直後、瞬間的にササナの顔が真っ赤に染まった。湯を沸かすよりも圧倒的に早い。


 心なしか、「ぼん」という効果音が聞こえたような気がした。


「っへ…………へへへ…………」


「ササナ……? 大丈夫か……?」


 ササナは俺の手を握り、ぐいぐいとコロシアムに進んでいく。……極度のニヤけ顔で、どうしようもなく緩んだ頬をそのままにして。




 建物の中に入ると、周りの人物の五割程度が弓士、五割程度が観客という構図になっているようだった。……すごいな。こんなにも沢山の人が見に来るのか。


 ササナに手を引かれながら、俺は周りを見回した。壁に集まって作戦会議をしている者、喫茶店に入って談笑している者。中央の闘技場を取り囲むように、ドーナツ状に道は伸びている。更に内側へと続く扉は、そこかしこに設置されていた。


 どこからでも観客席には入れる、という事だろう。階段もあり、二階にも向かう事が出来るようになっている。かなり大型の建物だ。


「ラッツ…………あれ、見て…………」


 ササナが俺の服の裾を引っ張り、指差した。ササナの指の先を追い掛けると、南国気質の喫茶店の中で、数名の弓士が楽しげに談笑していた。


 いや、違うのか。ササナが指差したのは、その隣に居る少年、ロイス・クレイユだ。静かにジュースのようなものを飲みながら、座り込んでいる。


 どことなく、機嫌が悪そうな雰囲気だ。


 ……ちょっと、近くに寄ってみるか。この人混みなら、バレる事はないだろうし。


「ササナ、少し様子を見てくる。ササナは俺の目の届く場所に居てくれ」


「ロイスと……接触する……?」


「かもしれない。まあ、そんなに時間は掛からないと思う」


 俺は頷いて、ササナの手を離した。ササナは少し寂しそうな顔をしたが、俺はどうしても確認したい事が一つ、あったのだ。


 出会ってすぐのササナが魔族であることに気付き、攻撃を仕掛けた原因のことだ。


 何か、理由があったに違いない。


「しかしロイス、お前本当にトーナメントに出場する気かよ」


 テーブルを囲んでいる弓士パーティーの一人。筋肉ダルマのようなスキンヘッドの男が、ロイスに声を掛けた。


 何だ……? 隣の弓士連中とロイスは知り合いなのか? その割には、少し席が離れているようだが……


 俺は人影に紛れ、そのやり取りを見守った。ロイスが面倒そうに、顔を上げる。


「……勿論、出場しますよ」


「ハッハ!! ビビリのお前に、トーナメントが勝ち抜けるか?」


 ビビリ? ササナと戦った時は、全然そんな風には見えなかったけど……ロイスは口ごもってしまい、目を背けていた。


「今のうちに辞退しておいた方が良いんじゃねえか? 今回はガチだ。おしっこちびっちまうかもしんねえぞ」


 スキンヘッドの隣に居た妙に顔の長い男が、狐のような目を見開いて、阿呆を丸出しにしたような顔を作った。


「ごっ……ごごっごっ……ごめんなさひっ」


「あっはっは!!」


 どうにも、ガラの悪そうな連中だ。同じ喫茶店に入っている所を見ると、ロイスも同じパーティーだったりするんだろうか。属性ギルドのパーティー構成って、当人の意思とは無関係に決まる事が多いから、レオの件のように上手くいかない場合も多くあると聞く。


 しかし、実際のロイスは少なくとも、この小物臭半端ない奴等よりは――特に顔の長い男よりは、強そうに見えるが……


 スキンヘッドの筋肉男にしても、弓士と言うよりは武闘家っぽい。迫力はあるが、椅子に掛けてある弓はあまり手入れがされていない様子だ。


「俺達のパーティーに入るための登竜門、魔物討伐試験もクリア出来ないようじゃなあ……低級の魔物しか出ないリヒテンブルクとレインボータウンの間で、何で気を失っていたんだ?」


 スキンヘッドの隣に居た妙に顔の長い男が、狐のような目を見開いて、阿呆を丸出しにしたような顔を作った。


「兎が怖かったんですぅー」


「ぎゃはは!! お前そりゃねーよ!!」


 ロイスは惨めな様子で俯いていた……ああ、なるほどね。そういう試験だったのか。それで、ササナに本気で向かって行ったんだな。


 あの戦闘を見る限りでは、ササナに攻撃を与える事は困難だ。運悪くも、ロイスは大変な選択をした、というところだろう。


 パーティーになっている男達は、どうもロイスの先輩みたいだ。


 あの、ダンド・フォードギアと同じタイプなのだろうか。


「トーナメント行って駄目だったらさ、マジでお前、一旦アカデミーに帰れよ。悪いが、今のお前は根性から叩き直した方がいい」


 ロイスは我慢ならなくなったのか、跳ねるように立ち上がり、パーティーの男達を睨み付けた。怒った顔もまた、怖いと言うよりは可愛らしい。


「僕はっ……!! 戦えますっ……!!」


 スキンヘッドの隣に居た妙に顔の長い男が、狐のような目を見開いて、阿呆を丸出しにしたような顔を作った。


「僕は、戦えますっ!!」


「くはは、似てねーよ!!」


 ……顔の長い男は、完全に阿呆丸出しだった。


 遠目に、ロイスではなくパーティーの男たちを憐れむ俺だった。


 ん……? 顔を傾けた瞬間、ロイスの耳が光った。ピアスか……俺は何気なく、そのピアスを視界に入れてしまった。


 そうして、目を見開いた。


「――――あれは」


 間違いない。あれは、『スカイゲートパス』。卵のような形をした、スカイガーデンの住人が使う専用パスだ。『スカイゲート』を利用するのにもそれなりの金が掛かるから、住人は『スカイゲートパス』を買って、年間に幾らかの費用を払って大陸とスカイガーデンとを行き来する。


 あいつ、スカイガーデンの住人なのかよ……。あの場所はすごく土地が高いって聞いたぞ。セレブめ……。


 ……ん? いや、待てよ? スカイゲートパスって確か、利用者の連れなら何名でも無料で通過できるんじゃなかったっけ? だから家族は一つ持っているだけで、『スカイゲート』を使えるようになるんだ。


 ササナがどのくらい金を持っているのも分からない……なるほど。仲良くなっておくのが吉か。


 顔の長い男は、相変わらずへらへらと笑っている。


「俺と当たったら降りろよ、先輩命令な」


「そ、そんなの卑怯じゃないですか!! 弓士なら正々堂々と戦いましょう!!」


「どうせ戦ったって勝てねーから良いんだよ!!」


 俺は不敵な笑みを浮かべて、ふらりと弓士パーティーと、ロイスの間に立った。




「なるほど、事情は分かった。なら、俺と賭けをしないか」




 ギルドリーダーと思わしきスキンヘッドの男が、金魚のように間抜けな口を開けて俺を見た。


「え? ……お前、誰?」


「初めまして、俺はラッツ・リチャード。かの有名な『ライジングサン・アカデミー』の首席卒業者だ」


 そして丁寧に自己紹介をする男、俺。


「ラッツ・リチャード……!? 聞いたことあるぞ、確かセントラルで、あのフィーナ・コフールに求婚されたっていう――――」


 胸を張る男、俺。


「首席卒業者で初めて、どこの属性ギルドにも入れなかった男だ!!」


 全力で崩れ落ちる男、俺。


 そうだよね、そっちが有名になるよね。俺だってびっくりだよ。


「ラッツさん!? どうしてここに……?」


 俺は後ろ目にロイスを見据え、ふ、と笑みを作った。


「ロイス。お前とは、仲良くやれそうな気がしたんだ……ここは、助太刀させてくれ」


 ロイスの顔が、少女のそれのように赤く染まった。……本当に、女の子ではないかと勘違いしてしまう。


 スカイゲートパスが目的だとは、敢えて言う必要はなかった。


「……それで、何を賭けるんだよ」


「ロイスがもし、お前達全員が負けるまで生き残ったら、俺達の勝ち。そうしたら、ロイスの事をパーティーメンバーの一員として認めてやれよ」


 アホそうだし、ロイスの方が強いって事さえ証明できれば、ダンドのように面倒な事にはならないだろう。


「じゃあその逆で、俺達が負ける前にロイスが負けたら、どうするんだ?」


「俺が責任を持って、ロイスを引き取ろう」


「ぎゃはは!! 引き取るって、お前ギルドも何もねえじゃねえか!!」


 まあ、そうなんだけどね。良いんだよ、その時はフィーナの名前を出して、イーグルアーチャーのギルドリーダーにパーティー変更を頼み込めば良いんだから。


 誰も損しない、最高の賭けの誕生である。


「ところで、お前はトーナメントに出るのか?」


「え? ……まあ、出るよ」


 出るつもりは無かったんだけど。うちのお姫様がうるさいもんで。とは、言わなかったが。


「面白え。俺達を『ギルド・イーグルアーチャー』きっての最強パーティーだと知っての挑戦か」


 えっ。


 いやまあ、そりゃ確かにロイスは強かったけども……え、何? こんな煽り下手なパーティーが実は強いとか、そういう事ってあっていいの? ……どうなの?


 そういえば、煽っていたのは顔の長い男だけだった、かもしれないけど……


「良いだろう――その賭け、乗ってやるぜ。但し、条件がある」


 …………うーん。これは。


「俺達三人、お前達は二人。ロイス一人じゃ分が悪いだろ、お前と組ませてやるよ。負けたらロイスをパーティーに入れて、お前にも褒美をやるよ。但し俺達が勝ったらロイスは追放、お前は――――」


 スキンヘッドの男は、テーブルに拳を振り下ろした。ガツン、と音がして、喫茶店のテーブルが揺れる。


 これは、もしかしなくても俺、かなーり余計な事をしたんじゃ…………


「――――有り金全部、置いて行きな」


 ロイスを除く弓士の『最強パーティー』とやらは、大声で笑いながら喫茶店を後にした。慌てるロイス、遠くから静かに見詰めるササナ。


 俺、スカイゲートパスひとつの為に、全財産を賭ける事に? ……金なんて持ってない。何が奪われるんだろうか。……身包み剥がされる、なんてこともあるかもしれない。


 いや、やっぱりやめよう。分が悪すぎる賭けだ。


 滝のように汗を流し、俺はロイスを見た。


 ロイスは不安気な眼差しで、上目遣いに俺を見ていた。


「…………僕の事、応援してくれるんですか?」


「あ、ああ。パーティー入ったばっかりで、馴染めないんだろ? 協力してやるよ」


 ふと、ロイスは可憐な花のように頬を赤く染めて、はにかんだ。


「噂には聞いていたけど、やっぱり良い人なんですねっ、ラッツさん!!」


 ササナの件といい、下手に首を突っ込むと裏目裏目に出るな……覚えておこう……。


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