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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第二章 初心者と電波系マーメイドと空の島の秘宝
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B25 月明かりに光る紅い瞳、蒼い鰭

 リヒテンブルクには幾つもの出店が立ち並んでいた。


 どうやら、近いうちに『アーチャートーナメント』なるものが開催されるらしい。その張り紙を確認して直ぐに、思い出した。イースト・リヒテンブルクには『ギルド・イーグルアーチャー』の本拠地があるのだ。


 何も、全ての属性ギルドがセントラル・シティに集結している訳じゃない。収集品の売値事情や初心者の育てやすさ、必要アイテムの手に入りやすさ等の理由で、ギルドは度々本拠地を変える事もある。


 新しいダンジョンも次々と生まれる事だし、それを考えると日々冒険者は成長しているのだなあ、などと感心してしまう。


 ダンジョンがいつ生まれていつ消えるのか、その予測は地形学者や魔力学者でも解明できない程に難しいと言われているので、当分俺達ソロや属性ギルドの連中が、固定の場所に拠点を構える事は無いんだろうけど。


 特に弓士は足の遅い魔物に限定する事が多いから、場所は重要なんだろうな。


「それにしても、でかい催し物だなあ。街中出店で賑わってる」


「地方から訪れる者も多いようだな。主よ、私も少し楽しくなってきたぞ」


 人が多い事を良いことに、堂々とはしゃいでいる野太い声のゴボウ。その声色と発言はなんともミスマッチで、何だか妙な気持ちにさせられる。


 ひとまず、宿を探さなければならないが――……大丈夫か? こんなに人が多いんじゃ、今夜の宿なんて今から手配して見付かるのかな。既に日もかなり落ちてきているし、早めに探さないと今夜も野宿だ。


 ササナから渡された三万セルごと左手をポケットに突っ込み、俺は辺りをきょろきょろと探し始めた――……お、あれは宿屋じゃないか。階段上になっている街の上の方にあるから、さぞ見晴らしも良いだろう。


 一人頭一万五千セルなら、そこそこ良いところに泊まれそうだしな。


「……主よ、一旦どこかに隠れた方が良いかもしれん」


「え? なんで?」


 ゴボウが不意に忠告を促したので、俺は宿に向かう足を止めた。……宿屋の方に、向かって行く影があった。緑髪の、少女のような美少年。


 げっ、あれは……ロイス・クレイユ?


 いや、待て待て。ロイスはレインボータウンの方に向かっていたんじゃなかったっけ? 何でこんな所に――あ、そうか。『思い出し草』か。


 元々、リヒテンブルクに拠点を構えていたんだな。道理で、着る物を何も持っていない訳だ。よく考えてみれば、あいつもかなり腕の立つ弓士のようだし……戦闘服もイーグルアーチャーの標準装備だし、間違いない。


 ロイスもまた、イーグルアーチャー在籍で『アーチャートーナメント』に参加する弓士なのだろう。


 それならどうして、レインボータウン側に向かって歩いていたんだろう。あんなに遠くまで……あ、俺が入ろうとしていた宿屋に入っていった。あの場所に泊まっているのかな。


「ぴと」


 ――――――――冷たっ!?


「おわあ!?」


 驚いて振り返ると、ササナがアイスキャンデーを俺の首筋に当てたようだった。……お前かよ。びっくりした。指の間に器用にも三本ほど挟んで、もう片方の手には包装紙を外したアイスが……お前、何本食うんだ。


「おひとつ……いかが……」


「いらんよ。……すっかりエンジョイしていらっしゃる」


「ここ最近、ずっと小屋暮らしだったから…………フラスコレーション?」


「フラストレーションな。今、宿屋を探してるんだよ、ササナも手伝え」


 夕暮れ時、マントとターバンは木製のトランクに詰めたようだった。以前も見た、群青色と白のストライプの入ったワンピースを身に着け、ササナは俺の視線の先を追う。


 そうして、ロイスの入った宿屋に視線を留めた。


「宿屋…………? 探す…………?」


 俺と宿屋を交互に見ていた。俺が言っている言葉の意味が分からなかったようで、ササナは首を傾げた。


「ラッツ…………ばか?」


「ド直球だな!! ちなみにあの宿屋はたった今、ロイスが入っていったからナシだ!!」


 そりゃ、宿屋見ながら『宿屋探してる』は変かもしれないけど。


 出店の脇に屈んで隠れている俺、どうしても前屈みになっているササナの胸元がちらつく。……やっぱり、下着は今日も付けていないんだろうか。こいつ、人間的常識をあまり知らないみたいだからな……


 スレンダーだが、引き締まったボディーラインに目が行ってしまう。ササナは胸はそれ程でもないが、とにかく尻の形が素晴らしい。元々そこ、魚の尻尾があった部分だしな。


 ササナは二本目のアイスを頬張りながら、俺をジト目で見た……いや、普段通りか?


「……目が……えろい」


「えええろくねえよ!!」


 なんで分かったし!!


 軽く咳払いをして、俺は立ち上がった。フルリュのように純情的ならともかく、こんな電波女に欲情する訳にはいかん。女の子は見た目よりも中身が大事なのだ。


 そう、かのフィーナ・コフールでさえ、あの性格が無ければ可愛いのだからな。


「ついうっかり名前を思い浮かべてしまったら、辺りに居るのではないかと錯覚する……」


 言いながら、俺は左右を確認した。……うん、よし。近くには居ないようだ。


「私、ササナ……いま、あなたの後ろにいるの……」


「知ってるよ。思い浮かべてねえよ」


 何故胸を張る。


「ところで…………あの宿屋は…………どう…………?」


 あの宿屋? 俺は顔を上げて、ササナの指差した先を見た。




 ○




 その宿屋はボロかった。


 ……とにかく、ボロかった。


 一応掃除はされているみたいだったが、如何せんベッドはカビ臭いし、しかも一つしかないし、恋人と間違えられて安易にダブルベッドにされたのも非常に気に食わない。


 加えて室内設置のシャワーも湯船がないから疲れは癒されなかったし、バスタオルは小さいし、なんと目覚まし時計がない。


 これで明日の朝飯が不味かったら、一泊七千セルってのはちょっと高いような気がしないでもない。素泊まり五千セル程度のものだろ、ここは。


 まあ、窓の向こうに見える景色だけが唯一の救いだが――――


 俺は窓の外を見た。


 海とは反対側に位置しているのか、林しか見えない。


「最悪だァ――――――――!!」


 思わずこめかみを両手で押さえて、俺は叫んでしまった。


 なんだよ!! 海沿いの街で海が見えない窓とかナメてんのかコラ!! そんなんだから日が入らなくてカビ臭くなるんじゃ!!


「倉庫か若しくは……禁断の……愛……」


「ラブホテルじゃねえんだぞ!!」


「永遠の愛を誓って……背中から、ぐさり……」


「密室殺人じゃねえか!!」


 ササナが少し嬉しそうに微笑んで、ダブルベッドに突っ込んで行った。……こいつは楽しんでいるのかもしれない。まあ、よく考えればあの林の中の小屋に比べれば、この宿の方が幾分マシだ。


 ベッドも古いが素材は良さそうだし、辺りの宿屋は粗方埋まっているようだったから、入れただけラッキーなのかもしれない。


 ササナがマーメイド姿に戻り、ベッドに顔を埋めてもぞもぞと動いていた。


「おいササナ、まだ誰か入って来るかもしれないだろ。人の姿になっとけよ」


「じゃあ……ラッツ、鍵……閉めて……」


 やれやれ。ササナは俺の事を警戒しなくなって、すっかり甘えっ子になってしまったか。言われるままに扉へと歩き、鍵を閉めた。


「はい、これで良いのか――――」


 その言葉を喋ろうとして、俺は思わず中断した。


 素早いもので、ベッドに突っ込んでまだ幾らも経っていないのに、もう寝息を立て始めていたのだ。子供のような寝付きの早さに、思わず微笑みを浮かべてしまった。


 まあ、そうだよな。ササナにとっては小屋から出て久しぶりに色々歩き回ったんだろうから、疲れるのも当然かもしれない。


 ササナを独りにして、俺が出て行く訳にはいかない。少し、寝る前に『スカイガーデン』の情報を調べたかったが――俺は仕方なく、電気を消灯した。


「ラッツ……そばに……いて……」


 寝言だろうか。俺はバスローブのままで、ベッドで眠るササナの隣に寝そべった。今のササナはバスローブから魚の尻尾が覗くという、なんとも奇妙な格好になっているが――……


 横になると、ササナは手を伸ばして俺に抱き付いてきた。ふわりと、シャンプーの香りが鼻をくすぐる。


 フルリュと出会った時もそうだったが、魔族というのは就寝前に寄り添う習性でもあるのだろうか。……俺の理性との戦いになることを、もう少し理解して欲しい。


 まあ、本能でそうしているなら仕方ないが……


「そのまま……サナに、キス……」


「起きてんじゃねえか」


 引き離そうとしたが、ササナは頑なに腕を離さなかった。


「だって、サナ……レインボータウンに置き去りにされてから、ずっと……ひとり、だったから……」


 不意に、ササナはそんな事を言う。


 だから、なんだろうか。やっぱり、人肌が恋しくなる事もあるということなのかな。俺なんかで良いのであれば、ササナの望みを叶えることは大した事ではないが。


 いや、キスはしないけれども。


「ササナ、置き去りに……されたのか?」


 意思表示として通用するかどうかギリギリの、極めて小さなモーションでササナは頷いた。電気は消してしまったのでササナの表情が見えなかったが、どことなくその顔は、不機嫌になっているように感じられた。


 ササナは何も言わず、俺の服の裾を握り締めた。


「夜の街……人間の街に、行ってみようって……言われて……」


「誰に?」


「友達……」


 ふと、ササナは起き上がった。窓から月明かりが漏れて、ササナの顔を僅かに照らした。


「迂闊…………だった…………サナ、自分が嫌われてるって…………知らなかった…………」


 声は暗く、怒りと言うよりは悲しみに満ちていた。闇に染まる部屋の中で月明かりに反射した紅い瞳だけが、まるで生者を襲うアンデットのようにゆらりと揺らめいた。


 そう、だったのか。ササナは自分から進んでレインボータウンに入った訳ではなかった。あの場所で孤独に生きていく事になったのは、不可抗力で。


 行くのはいいが、帰りはない。そんな場所に、独り。


 だから、くだらない出来事を切っ掛けにして、俺に近付いた。


「みんな……サナがマーメイドだと分かったら……逃げていった。近寄ってきたの……ラッツだけ、だから……」


 その言葉は断続的に語られたり、止まったりを繰り返していたが。少なくとも、迷いのない言葉のように感じられた。


 まだ大した事ができている訳ではないのだけど。まあ、隣を歩かせるだけでササナがちょっとでも楽になるんだったら、それも良いか、なんて。


 しかしそうすると、今ササナが人魚島に帰ったとして、平和に暮らすことは出来るのだろうか。


『真実の瞳』を手に入れた後の事だけは、少し考えておかなければならないかもしれないと。


 俺は、そんなことを考えていた。




 ○




 ササナが夜通し抱き付いていたので、眠るに眠れなかった俺。何故か宿屋に入ると、そんな出来事が多い。


 朝方になってようやく微睡み、日が昇ってからようやく浅い眠りに。幾らもしていないうちに再び目覚め、今に至る。


 なんと表現したら良いのか分からないが、気が付けば俺のバスローブは剥かれていた。ササナは俺の胸に直に顔を擦り付け、嬉しそうに眠っている。


 …………いつの間に? 少なくとも朝方までは着ていたんだ、俺のバスローブ。


 何があって俺は今、服を剥かれているのだろう。まあ、行動を起こしたのはこの目の前に居るマーメイドの娘で間違い無いのだろうが――……


 趣味なのだろうか。別に俺の上半身が剥かれた所で、何のサービスにもなりゃしないが。


「……朝から何考えてんだ、俺よ」


 溜め息をついて、ベッドから出た。


 とにかく、シャワーを浴びよう。寝汗を流して、今度こそ今日は『スカイガーデン』のダンジョンについての情報を調べなければ。


 漫然と考えながら、シャワー室の扉を開いた。


「――――えっ」


 瞬間、目が合う。


 ダークブラウンの髪色をした、女の子だった。頭の両脇に闘牛のように立派な角が付いていて、ルビーのように紅い瞳がその存在を主張していた。


 かなり小さい。身長は高く見積もっても、百五十……いや、五十はない。ロイスよりも小さいから、百四十センチ程度ではないだろうか。俺を見るなり目を丸くして、シャンプーを出した状態のまま固まっていた。


「ら、ラッツ……!?」


 あれ?


 俺、この娘と知り合いだった? ……アカデミー時代に会ったこと、あったかな……いや、それ以前にどうしてこんな場所に居るんだ。ここ、昨日借りた宿屋の俺の部屋だぞ。


 謎のシチュエーション。娘がどうしようもなくその場所に存在しているという現実に、俺は頭の上に疑問符を浮かべて固まった。


 瞬間、少女は立ち上がった。がば、と頭の両脇にある二本の角を隠した。


 いや、隠すトコロはソコじゃないでしょうよ。


「なっ、なななんな、なんでなんで……さっきまで寝てたのに……」


 顔を赤くして、わなわなと震える少女は。……いや、何故俺も少女の入浴をまじまじと眺めているのだろうか。


「失礼」


 俺は別にロリコンではないので、そのまま扉を閉めた。


「待てぇ――――い!!」


 勢い良く扉が開き、全裸の少女がマジギレ状態で俺に近寄って来る。……何だよ。そんなに俺に裸を見せたいのかよ。


 あれ、よく見たらただのロリじゃない。胸はうっすらとふくらんでいるし、顔も身長の割には大人びているような――――ああ、身長が低いだけか。そうなんだ。……そうなの?


「人のみそぎに立ち入った挙句、何の謝罪も感想も無しか!? 主の常識はどこまでかけ離れておるのだ!!」


「禊ってアンタ……まず、ここは俺の部屋なんだけど」


 いや、それより感想を言うべきだったのか……? 突っ込み所が多すぎて、全くツッコミが追いつかない……


「だったらどうした!!」


「いや、だったらどうしたってあんたねえ……部屋間違えてるんだよ。ちゃんとお母さんの所に戻りなさい」


「おかっ……!? 人を馬鹿にするのも大概にしろ!! ていうか、なんで裸なのだ!?」


「そりゃ、シャワー浴びようと思ってたから……」


 騒ぎに目が覚めたのか、ササナが寝ぼけ眼で起き上がってきた。頭はボサボサで、大きく生欠伸をすると俺を見た。


「ラッツ……何、騒いでるの……?」


「いや、なんか女の子が部屋間違えてきてさ」


「どこにいるの……?」


 え? どこってそりゃ、ここに――……あれ?


 見下ろすと、そこに少女の姿は無かった。床は僅かに濡れていて、少女が風呂場から出てきた事は間違いが無いのだが……ササナは発見出来なかったからか、目をぱちくりとさせて俺を見ている。


 でも、扉が開く音もしなかったし……あれ? もしかして俺、何かに化かされていた? ……そんな馬鹿な。幻覚攻撃なんて人間は使わないし、ここはリヒテンブルクの敷地内だぞ。魔物なんか早々来やしない。


「いや、今までここに居たんだけど、どっか行っちまったわ」


 ササナはふと、俺の事を悲壮な瞳で見詰めた。


「ラッツ……ついに幼女……ゆうかい……?」


「お前は俺の事を一体何だと思ってるんだ!!」


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