B24 激昂のイーグルアーチャー
ロイスは続け様に弓を引き、矢を射る。
「まさか、こんな所で魔物と出くわすなんて……!!」
そう言うロイスの言葉は、何故か安堵しているようにも聞こえた。
道具を使う分、遠距離魔法の飛距離を超えて遠くまで届く弓職の戦闘は、姿が見えない最遠距離での狩りが中心の筈だ。だが、ロイスは互いの距離を明確に認識する事の出来るこの距離で、怯む事もなく攻撃を仕掛けてくる……この少年、近接戦闘も経験しているのか。
溢れ出る魔力は、俺のそれとは比べ物にならない。
魔法を使わなくても攻撃できるから楽だ、なんて勘違いをされがちだけれど、弓職って実は凄く要求レベルの高い職業なのだ。
<レッド・アロー><ブルー・アロー><イエロー・アロー>の通称三色矢と呼ばれるスキルは<レッドボール><ブルーボール><イエローボルト>からの派生スキルだし、身軽に動けなければならないから鎧系の装備は出来ない、従って防御力に欠ける装備になってしまうし、かといって攻撃力もない。
その攻撃力を補うのが俺も使う<ダブルアクション>なんだけど、ぶっちゃけ元から大した事ない矢の火力が二倍になったところで、破格の威力にはならないもんだ。
「<トリプルアクション>!! <ホークアイ>!!」
そこで、『ギルド・イーグルアーチャー』では俺が使う<ダブルアクション>を更に磨き、<トリプルアクション>を使って三倍にまで跳ね上げる。<ホークアイ>は<イーグルアイ>の上位互換で、狙撃の飛距離も命中率も上げて、かつ攻撃力と速度を早める。
職人技を使いこなす事で、ようやくソードマスターやマジックカイザーなんかの一流と張り合うまでになるのだ。
「<ライトニング・アロー>!!」
属性付与なんてレベルじゃない、最早雷の狙撃と呼ぶに相応しい<ライトニング・アロー>。ロイスの上空に黒雲が浮かび、ロイスの周囲を影にする。
……おいおい、あんな規模の<ライトニング・アロー>なんて見たことないぞ。イーグルアーチャーの中でもかなり腕が立つ方なのかな。
ササナがロイスの攻撃に焦りを見せて、全身に魔力を展開した。ロイスの<ライトニング・アロー>のアクションに合わせて両手を組み、すう、と息を吸い込む。
……げっ。このモーションって、まさか歌系の技じゃ……
「<シンクロ・ノイズ・ノイズ)>」
超音波のような音がして、俺は慌てて耳を塞ぎ、ササナから逃げるように離れた。ロイスも顔を顰める。
隣に俺が居るってこと、少しは気にしてくれよ!!
しかし、聞いたことのないスキルだ。ササナから飛び退きながら、俺は二人の戦闘を注意深く観察した。音は具現化し、ササナの周囲に纏わり付く。灰色の、雲のような物体となった。
ササナはその『見える音』とも呼ぶべき謎の物体を、カーテンを引くように動かした。
……あ。ロイスの<ライトニング・アロー>が、ササナの作り出した物体に吸い込まれるように逸れて――……
「なっ……!?」
ロイスの攻撃が弾かれた。いや、弾かれたと言うよりは『流された』。鋭い雷の矢は、地面に突き刺さると雷の効力を失った。
ササナは鋭い目つきでロイスを睨んだ。その剣幕に、ロイスが少し怖気付いた様子で身を引く。
「サナ、何も…………してない。どうして、攻撃するの」
何だか、ロイスの様子が少し変だ。切羽詰まったような顔で、一刻も早くササナを倒そうとしている。
「僕はできる、僕はやれる、僕は戦える……!!」
冷静なササナの諭しも聞かず、ロイスは再び弓を構えた……まずいな。ササナが魔族だとバレた事は仕方がないとしても、このロイスという少年、結構強いぞ。
どうして襲うのかと言えば、それは魔物だから、だろうけど……それにしても、随分と余裕がない。何か、魔物を狩らなければならない理由でもあるのだろうか。
とてもではないが、好戦的な性格だとは思えないけれど……
推測をあれこれ立てていても埒が明かない。どうにかして、ロイスを止めなければ。
「<ホワイトニング><キャットウォーク>」
俺は支援魔法を自分に使い、静かにロングソードを抜いた。ロイスの奴、全身から迸る魔力を弓に集中させて、恐ろしい程の殺気を放っている。
とても、道端で出会った魔物に向けるような魔力じゃない。この辺りは、あまり強い魔物も出ないというのに。
次第に、余裕が無くなってくる。目の前の少年が類稀な実力の持ち主だということを、肌で感じ始めたせいだ。
明らかに、普通じゃない。
流石のササナも、その様子に焦り始めているようだった。
「――今度は小手先では防げないぞ。大人しく殺されろ、さもなくば――死ねぇっ!!」
どっちも同じ意味だよ!!
しかし、まずい。ロイスは弓ごと全身ごと雷の力を帯びて、矢を引いた。あんな規模のもの、俺にだって防げない。一体何者なんだ、こいつも……!!
「ゴボウ、今の俺に<重複表現>は……」
「まともに機能しない、無駄だ。魔力を使い切るのがオチだ」
だからって、これを黙って見ている訳にはいかないだろう……!!
「<重複表現>!!」
急速に魔力を失い、悪寒がした。どろどろとした黒いものが押し寄せてきて、俺は影を掴まれるような感覚に身を震わせた。
何だ、こりゃあ。フルリュはこんなのに耐えていたというのか。……<マジックリンク・キッス>の効果がどれだけ偉大だったのか、身を持って思い知らされる。
しかし、俺は全身の気力を振り絞り、ロイスに向かって走った。
「<ライトニング・アロー>!!」
先程よりも巨大な雷の矢が、ササナに向かって放たれる。俺は瞳孔を開き、両手に魔力を展開した。
「<ホワイトニング(+1)>!! <キャットウォーク(+1)>!!」
瞬間、放たれた雷の矢がスローモーションのように見える。血反吐を吐くような思いで、俺は大きく弧を描くように<ライトニング・アロー>と、その向こうにいるロイス・クレイユを捉え――――
「<ソニックブレイド>おおおおお――――!!」
最速に至るまでの数秒もない間に、俺は意識を半分以上失っていた。ロイスの放った<ライトニング・アロー>を<ソニックブレイド>で一刀両断し、勢いに任せてロイスの頭部を剣の腹で殴り付ける。
鈍い音がして、ロイスが白目を剥いた。
俺はその姿を確認してから力尽き、完全に意識を失った――――…………
○
パカラ、パカラ、と大地を蹴る動物の音がする。俺は何か、柔らかいモノの上に頭を置いて、今の今まで寝息を立てていたようだった。
目を開いて、状況を確認した。俺は今、馬車の中に居るらしい――すぐ目の前に、ササナの顔があった。
「……あ、おきた」
後頭部に、柔らかい太腿の感触があった。せっかくなので暫しの間、その余韻に浸る事にさせてもらう。
心地よく断続的に得られる衝撃は、荷車が小石を踏み付けて跳ねる衝撃だった。規則正しい上下の揺れと太腿の柔肌に、俺は再び微睡みを覚える。
ササナは珍しく、無表情を崩して柔らかい微笑みを浮かべていた。屈託のない笑顔は、初めて見るのではないだろうか。
母親のような笑みに恥ずかしくなって、俺は起き上がる事に決めた。
「ここは……?」
「『スカイゲート』に続く馬車の中。……途中、後ろから走ってきたから……乗せてもらった」
ということは、俺達は着実に進行方向へと向かっている、ということか。このまま進めば、海沿いの街『イースト・リヒテンブルク』へと辿り着く筈だ。
身体を起こす。ちくちくとした、身体の痛みに顔を顰めた。魔力が完全に切れて倒れた後の症状。回復まで動けないばかりか、こうして運動に制限が付いて来てしまう。
……しかし<重複表現>ひとつで、こうも魔力を消費するとは思わなかった。そんなにも魔力を使う魔法だったということに、今更ながら恐怖を覚える。
魔力だって完全に枯渇してしまえば、他の臓器と同じで、疲弊も機能停止もするのだ。限界を超えて使えば死んでしまう。
危ない所だったな。
「目覚めたか、主よ」
リュックに刺さっていたゴボウが、俺に声を掛けた。
「だから私の話を聞けとあれほど」
「いや、仕方なかっただろ? 止める為にはあれしかなかったんだから」
「危険過ぎる。これでも、私は心配していたんだぞ」
そりゃどうも。こんな野太い声の奴に心配された所でどうだ、という事はあるけれど。しかも見た目はゴボウである。
……改めて考えてみると、こいつが世話焼きでも全くうまみがないな。
まあでも、その実体はとてつもなく可愛い、とかだったら俺的には完璧なので、今の所は何も言わずにおいた。
「……しかし、何だったんだろうな、あのロイスって少年は」
「何か……焦ってた。ラッツが危なかったから……だけじゃ……ない」
確かに、その勢いは尋常ではなかった。俺や誰かの話なんて聞く余裕はないように思えた――何か、あったのかな。そもそも、どうして何もない荒野を一人、歩いていたんだろうか。
考えても埒が明かない事は隅に置いておく事にして、俺は馬車の窓から首を出し、外を見た。
おー、随分と近くまで来たじゃないか。
レインボータウンと同じで海の近くだが、観光地と言うよりは商業都市に近い街、『イースト・リヒテンブルク』。年中必ずと言っていいほどに柔らかい風が吹いていて、風力発電が盛んだ。
更にその向こう側に見えるのは、空に浮かぶ島『スカイガーデン』。特に大地と繋がれている事もないので、そのままでは行き方が分からない。
レインボータウンからなら歩いても一日程度なので徒歩で向かおうとも思ったが、なんだか都合よく馬車に乗れたので半日程度で着いてしまった。
「ササナ、まだ水に入らなくて大丈夫か?」
「うん……こないだ泳いだから……当分は……大丈夫」
でも、スカイガーデンに行くまでには一度、水に触れておかなければ駄目だろうな。下手をすれば、数ヶ月以上も海に浸かる事が出来なくなってしまう。
一応風呂でも良いのかな……? 広めの温泉で、俺が扉の前で番をしている間に、姿を戻して……
……何を恥ずかしい事を考えているんだ、俺は。
「ところでラッツ……さっきの、<重複表現>って、どんな魔法……?」
見ていないようで、しっかり見ていたのか。
「ああ、このゴボウが教えてくれた魔法で。自分に重ね掛けするんだよ、付与魔法を。魔力をアホほど使うんだけどな」
俺がそう答えると、ササナは眉をひそめて怪訝な表情になった。
「あんな公式……見た事もない……」
まあ、そりゃそうだろうな。俺も知らなかったし、このゴボウは魔族にして有名な魔法使いだったらしいから。
有名って、一体どの程度まで有名だったのだろう。まあ、どうでもいい過去の話なんだけど。
「あれは、私のオリジナルの魔法だからな。当然だろう」
「他にも……ある……? サナにも……できるもの……」
「魚娘よ、あまり強い魔法に頼り過ぎるな。<重複表現>もエンドレスウォールと戦うために、止むを得ず教えたものだ」
ゴボウがそう言うと、ササナは目を丸くして俺を見た。ターバンから出たマリンブルーの髪が、驚きに揺れる。
「ラッツ……エンドレスウォールと……戦ったの……?」
「ああ、まあな。本当に、止むを得ず」
ササナは目を丸くしながらも無表情で、両手を合わせて首を傾げた。こいつも顔の固さに関しては筋金入りだな。
「すごい…………。ちょっと、尊敬した…………」
「ああ、もっと尊敬しろ。めっちゃ尊敬しろ」
鼻高々、俺。まあでも、その褒美とも言える『ゴールデンクリスタル』は、かの有名なギルド・ソードマスターのギルドリーダー、シルバード・ラルフレッドに没収されたんだけどね。
やはり、悪い事はするべきではない。金輪際、名前を偽るのはやめよう。
何事も経験である。
「懐かしい話だ。私も嘗て、空の神イングリナムと共に」
「到着しましたよ、お二人さん」
俺はリュックを背負って、馬車から降りた。
○
『イースト・リヒテンブルク』へと降り立つと、俺とササナはその大都市を見上げた。
「おおー……!!」
沈黙を守っていたササナが、ターバンを巻いた頭を上げて感嘆の吐息を漏らした。
幾つも聳える背の高い建物に、世にも巨大な風車。青々とした空に向かい向日葵のように同じ方向を向いた風車は、リヒテンブルクの象徴だ。
山の斜面に街を作っているため、海に向かって下りの階段を描くような造りになっている――俺も写真で見たことはあるけど、来るのは初めてだ。
全体的に、爽やかなイメージを覚えるな。風車を見上げ、俺は微笑んだ。
「よーし、それじゃあリヒテンブルクを探索するとしようか」
「御意であります、隊長……」
地味にユーモア溢れる返答をするササナを見ていると、一緒にいて飽きない。少しずつ、俺もこの電波発言に慣れてきたな。
「ヒゲダンスで、街を練り歩くと……宇宙人に会えるって、本当……?」
「試してみれば分かると思うぞ」
気のせいだった。
スカイガーデンへ向かうにしても、今日はもう遅い。今夜は宿に泊まって、明日の朝からスカイガーデンへと向かうのが吉だろう。
しかし、街から街まで一日で行けるこの利便性。改めて、セントラル・シティという街の偉大さを感じる。
この辺りは街が密集していて、しかもセントラルの管理下。比較的治安も良い方なのだ。俺が居た北部地方の炭鉱なんかは、よく暴動が起きていたからな。
セントラルの治安保護隊員は冒険者から転職してくる輩が多いので、迂闊に戦えないということも、治安の良さに繋がっている。
「ササナ、ひとまず宿を探そう。寝床がなくちゃ始まらない」
声を掛けたが、既にササナはそこに居なかった。……あれ……? さっきまで隣に居たのに。
辺りを見回すと、娘はすぐに見付かった。この薄着が目立つ海沿いの街で、丈の長いマントにターバンだ。見付からない筈がない。
そして、その娘は出店のペティネクレープ屋の前にいた。俺は黙ってそこまで歩き、リヒテンブルクのタウンマップを丸めて、娘の頭を叩いた。
「何してんのお前」
「はっ…………!! ラッツ…………!!」
振り返ったササナは、どうしようもなくだらしない顔をしていた。
「……食いたいの?」
「そんなこと…………ない。サナ、見てるだけ…………」
「あのな、ササナ。見てるだけで満足する奴ってのは、そんなに涎を垂らしていない」
表情筋(主に口周り)に、全く説得力が無かった。ササナは不機嫌にも鼻を鳴らして、肩に掛けていた小さな鞄から財布を取り出した。
「別に……サナのお金……。ラッツ、サナのヒモ……」
「いちいちそういう事は言わんでいい!!」
俺だって財布を落として『ゴールデンクリスタル』を奪われる前は、それなりに小金を持っていたわい!!
……今は本当にササナのヒモなので、何も言えないが。
ササナはペティネクレープを二つ買って、一つを俺に寄越した。俺も無関心を気取っていたが、実は少しだけ食べてみたかった。ペティネクレープというのは、リヒテンブルクでしか栽培できない『ペティネ』という果物を使ったクレープだ。柑橘系の絶妙な酸味と、メープルシロップのような濃厚な甘みを併せ持つ。
うん、うまい。流石は美食の境地、リヒテンブルクだな。
「今夜の宿代も…………ツケ…………」
「えっ……!? マジで!? 俺、お前を人魚島に帰す手伝いをしてるのに!? セコいな!!」
ササナはくすりと笑って、俺の手を握った。僅かに頬を染め、上目遣いに流し目を送る。
「…………冗談。…………ラッツ、おもしろい」
必死で笑いを堪えようとしているようで、空いた右手で口元を押さえていた。その姿は妙に愛らしく、思わず頭を撫でてしまった。ササナは気持ち良さそうに、俺に頭を擦り付けてくる。
意外と、可愛いかもしれない。
「…………顔が」
気のせいだった。