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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第二章 初心者と電波系マーメイドと空の島の秘宝
23/174

B22 今日、麩の味噌汁で殺します

「……右向け右……左向け右……上や下やの影法師……」


 何の歌だよ。


 ササナ・セスセルトという大変噛みそうな名前の娘に連れて来られたのは、森の中にある一軒家だった。レインボータウンの外れ、とてもではないが人が立ち入る事は無さそうな場所だ。そこに到着する頃には海風を受けて、ササナの着ていたワンピースも乾いていた。素足のまま歩いていたが……あまり、気にしない性格なのだろうか。


 人が隣に居るのに、常に鼻歌を歌っているのもどうなんだろう。扉の前まで来ると、ササナは無表情のままで振り返った。


「…………入って」


「お、おう」


 演技でも良いから表情を付けてくれ。ほんと頼むから。


 いきなり家に呼ばれたかと思えば、「入って」ときた。益々何を考えているのか皆目見当も付かないが、俺は断る理由も無く、ササナ家に邪魔する事にした。


 例えば、今日の宿として貸してくれたりとか――いや、そもそもこの娘が何者なのかもよく分かっていないのに、何を考えているんだ俺は。よもやこの娘も、こんな時間に泊まれる宿が無くて街をうろついていたとは思うまい。


 何の変哲もない、木造の小屋だ。中に入ってもその様子は変わらず、とてもではないが女子の部屋とは思えない。ササナは濡れた身体のまま、調理場から鍋を取り出した。


 何を入れているんだ……。いや、どうして入れているんだ。


 直ぐに、ササナは鍋をぐつぐつと煮込み始めた。ガスも水道も、使えているのか。食卓と思わしきダイニングの椅子に座らされ、ただ呆然とその様子を見守る俺。


 ……どうしよう。


 展開が電波過ぎて、全く付いて行けない。


「味噌汁でいい?」


「寧ろ、味噌汁でいいのか? そこは」


 訳が分からなかったので、俺も訳の分からない返答をすることにした。


「お麩、入ってる……よ」


「……うん。……で?」


「好き?」


「嫌いじゃないけど」


 ササナはカップに味噌汁を掬うと、俺に差し出してきた。……味噌汁って。発祥地どこだっけ……東の島国だっけかな。そっちの出身なんだろうか。


 訳も分からず、味噌汁を受け取る俺。


 座っている俺と対面の椅子に座り、ササナはじっと俺を見詰めてきた。……これ、飲めって事だよね。何故に。


 どうして良いのか分からず、戸惑う俺だったが――……一応、一口。


「美味しい……?」


「……うん、うまいよ。たぶん」


 味なんて分かる筈もない。


 ササナふと、微笑んだ。初めて見せたその表情は、ちょっとだけ可愛い。


「薬味にリバース・パペミントが……入ってるの」


 俺は味噌汁を吹き出した。


 可愛いなんて、完璧に幻想だった。


「毒じゃねえか!!」


 俺の言葉に、ササナは無表情の圧力で親指を突き立てた。……何故か、眼が光っているように見える。


「大丈夫……毒も食らわば……皿まで……」


「何の弁解にもなってねえよ!!」


 リバース・パペミントというのはパペミントの亜種で、一見パペミントのように見えて大変お腹に悪い毒薬なので、良い子は料理になど入れないように……って一口飲んじゃったよ。大丈夫かな。


 毒薬と言っても、効果は下剤。お腹がゴロゴロ鳴るタイプの薬だ。


 ササナは両手を組んで肘をつき、顎を乗せた。


「…………残念。このまま人知れず毒殺するつもりだったのに」


「ここまで来ると寧ろ清々しい意見だな!!」


 何なんだ、この不思議ちゃんは。電波ってレベルじゃないぞ。常に無表情なのに、妙に身体を張ったボケをかましてくる。


 いや、ボケじゃないのか? 本気で俺を毒殺するつもりだったの? ……なんで? 理由がない。


 しかもリバース・パペミントじゃ身体から排出されるから、毒殺はできない。


「今死んでおいた方が、身のためよ……?」


 これ以上この娘に関わっていたら、頭がどうにかなりそうだ。


「…………もう、訳わかんねえし。俺、帰るわ。またな、ササナ」


「おつかれ」


 お疲れ、じゃねえだろ。疲れさせたのはどこの誰だよ。


 ツッコミを入れたくなる気持ちをぐっと堪えて俺は席を立ち、ササナの家を出た。……なんか若干、腹が痛い気がするのは気のせいだろうか。気のせいという事にしたい。


 扉を開けると、外は真っ暗だった。……何だか、行きと比べて随分と暗くなったな……。森の中ということも相まって、大変見辛い。まあ、歩いてりゃどこかには――……


「わっとっと!!」


 足を引っ掛けて、思わず転びそうになってしまった。そういえばササナは、よく明かりもなくこんな所を平気で歩けたな……家の場所だからか。歩き慣れているのかもしれない。


 何れにしても、今の俺には無理だ。俺は左手を空に向け、魔力を込めた。


 程なくして、ぼんやりとした光が俺の頭上に生まれる。


 基礎魔法、<ライト>。明かりを作る、ただそれだけの魔法である。でも、これが中々役に立つのだ。微量とはいえ、術者の魔力が削られ続けるのが難点ではあるけれど。


 俺はライトを照らし、辺りを見渡した。どこに足を引っ掛ける原因が転がっているか、分からないからな――――…………


「――――えっ?」


 辺り一面に広がっているのは……そして、俺が足を引っ掛けたのは……


 人骨?


 考えている余裕は無かった。俺は咄嗟にリュックから初心者用ナイフを二本取り出し、構えた。


 音がする。どこからか恐ろしいスピードで近付いて来る、それは。


「<キャットウォーク>!! <ホワイトニング>!!」


 最低限付与しなければならない魔法に絞り、俺は身を屈めた。<ライト>の効果で周囲は照らされているものの、視界が悪い事に変わりはない。


 ならば。目を閉じ、聴覚を頼りに敵の攻撃を察知する。左、右……に一体ずつ、真正面から一体。駆け足の音はやがて近付くに連れ大きくなっていき、そして――俺に、飛び掛かる。


 ――――今だっ!!


「<パリィ>!!」


 ナイフに衝撃が走り、俺は謎の敵からの攻撃を受け流した。瞬間、接触したことで、近距離に居る相手の姿がちらりと見える。


 四足歩行。どろどろとした、汚い見た目。知っているぞ。この魔物は『ナイトアリクイ』という、夜に群れで狩りをする魔物だ。


 そういや海沿いの森には恐ろしい魔物がいるって、冒険者バンクの姉ちゃんが言っていたな。特に問題にもならないかと思って、意識はしていなかったけれど。


「主よ。……この周囲、何かがおかしい」


 ああ、俺も気付いたよ。部屋を出た時から、妙な印象はあった。今、敵の攻撃を<パリィ>で防いだ事で、俺にもその異常な様子が把握できた。


 やっぱり、来る時はここまで暗くなかった。行きは良い良い帰りは恐い、ではないが。


 俺はナイフで、自身の左腕を突き刺した。


「いって!!」


 ぐりぐりと、傷を抉るようにナイフを動かす。真っ暗闇だったその場所は急に月明かりの影響を受けるようになり、見通しが少しだけ良くなった。俺はその場で後ろに跳び、そいつの肩を掴んで宙返り。位置を入れ替えると、地面に組み伏せた。


「――――んっ」


 遅れて、地面に押さえ付けられた対象は、苦しそうに呟いた。


「何の真似だ」


 低く脅すような声を意識して、俺は唸るように言った。俺が組み伏せている娘はびくんと身体を痙攣させ、怯えた目で俺を見ていた。


「……こんなに勘が良いと……思ってなかった」


「いや、危うく騙される所だったよ。あの訳の分からない歌、<ラリパニソング>だな」


 来る時に歌っていた歌は、電波ソングではなかったのだ。


<ラリパニソング>。声帯が発達した魔物がよく使うスキルで、対象者を幻覚に落とし込め、精神破壊や混乱を誘うのが目的のスキルだ。歌なんかのスキルは、人間が使う事って殆どないからな。


 辺りに散らばっていた人骨も消えている。『ナイトアリクイ』は確かに森の魔物だけど、住んでいるのは通常もっと奥。頻繁に人間が訪れる場所で生活をすることは殆ど無い。


 後ろにそっと近付いて来た事を考えても――……


「混乱させている所を後ろから一突き、ってとこか?」


 ササナは表情を歪め、汗を垂らした。俺はササナの首筋にナイフを当て、何か他の魔法を使われないかと警戒しながら、ササナを見る。


「…………ちがう。…………驚かして、近付けないようにしようとしただけ」


「んな冗談が通じる訳ねーだろ」


 ナイフに力を込めた。


 ふと、うつ伏せになっているササナの手から、何かが落下した。これは――――、えっ?


 …………こんにゃく?


「踏み留まれ、主よ。彼女は『魔族』だ。殺意はない」


 ふと、背中のゴボウがそんな事を言った。


 ササナは何も言わず、相変わらずの表情で俺を見詰めている。……いや、背中のリュックに挿してあるゴボウへと意識は移っただろうか。


 うーん……こんにゃくって、あれか。夏休みの肝試し的な……


 俺は溜め息をついて、ササナからナイフを離した。


 ササナは張り詰めていた緊張が解けたのか、息を吹き返したように胸を動かし、肩で呼吸をしていた。


 本当に、殺すつもりではなかったらしい。


 すっとぼけた雰囲気だったから、全く警戒していなかったが。人の姿をしていたササナの両脚が、見る見るうちに魚のそれへと変化していく。


 ……なるほど。知らなかったけれど、そういう魔法もあるんだな。


「ラッツ……魔族を、知ってる……?」


 そうか。もしかしたら、防衛するための手段だったりしたんだろうか。


「ちょっと訳アリで、お前等の事は知ってる。何が起きてるのか、話してくれないか」


 ササナの表情が、少しだけ明るいそれに変わった。




 ○




 事の顛末てんまつはこうだ。


 ササナはレインボータウンに暮らしているマーメイドだった。人間の姿に変身し、街を練り歩き、生活をしていたようだ。


 水に触れなければマーメイドという種族である手前、魔力やら何やらが弱ってしまうため、月に何度かは泳ぎに出ていたらしい。


 ところが当然マーメイドの姿で泳げば、人間に発見されてしまう恐れがある。その問題を踏まえ、ササナは林の中の小屋に住み、姿を見られた時は<ラリパニソング>で幻覚を見せ、恐怖体験で記憶を上書きしてしまう事で難を逃れて来た、ということだった。


 なんとも綱渡りな生活の仕方だが、ササナも精一杯、人間から隠れて生きてきたのだろう。


 改めて招待された小屋で、俺はミルクティーの入ったカップをテーブルに置いた。


「でもさ、マーメイドの住んでいる結界空間も、やっぱりある訳だろ? そこに帰れば、無理してここに住まなくても良いんじゃないか?」


 俺がそう言うと、ササナは俯いて首を振った。


「……帰り方が……分からない。マーメイドは……小さな島に結界を張って……一部の通路からしか……通れないように……してる。それに……」


 喋るのが遅すぎて、ついうっかり寝てしまいそうになる。


「それは、ササナでも見つけるのは無理なのか」


「うん……サナでも……無理……」


 ということは、向こう側から教えてくれないと戻れないんだな。


「魚娘よ、主の居場所は『人魚島』、魔力結界は<ドリームウォール>だな。ならば、『真実の瞳』さえあれば人魚島に行ける筈だ」


 ササナが目を丸くして、今は俺の胸ポケットに収まっているゴボウを見た。また、トンデモ知識を披露するこのゴボウ。一体正体は何者なんだか知らないが、こういった魔族系の知識に殊更強い。


 まあ当人も魔族みたいだし、当たり前なのか。


 いよいよもって、『ノーマインド』の魔物と魔族とを区別する必要は確実にあるのだと、人知れず考えてしまう俺であった。




「真実の…………瞳…………?」


 驚いている訳ではなく、ササナがこういう喋り方なのである。


「そうだ。ある時は台風の目を見通し、ある時は蜃気楼の正体を暴く。迷いの森ではコンパスよりも頼れる指針となり、その瞳は変装、魔力を持ったあらゆるものの偽装を暴く」


 なんだ、その妙に都合の良いアイテムは……そんなものが本当にあるんだったら、世の冒険者諸君は苦労しないだろ。


「……んじゃ、その『真実の瞳』はどこにあんだよ」


「それは、この神具に封印されて何年も経ってしまった私には分からないが……」


「じゃあ意味ねーじゃんか」


「そういう手段もあるという事だ!! 主はもっと知識を有難いと」


「ああはいはい、分かりました分かりました」


「聞け――――!!」


 ゴボウの言葉は一蹴したが、しかしこのままではあまり良くない。ササナは少し落ち込んだような表情――だよな。あまり変化が無いので分からないが、きっとそんな顔をしているのだと思う。


 しかし、安易に『俺が人魚島に帰してやる』とは、どうにも言い辛いな。まだマーメイドの本拠地について分かっていないし、フルリュのように一度首を突っ込むと、結構重たい出来事の可能性もある。


 ササナは別に足が折れている訳でも飛べない訳でもないし、ここはそれとなく別れを切り出して、何事も無かったかのようにレインボータウン観光へと戻るのが吉か。


「まあ、そしたら『真実の瞳』を探してみるのも悪くないんじゃないか」


「…………うん」


 ササナは物凄く長い溜めの後、こくん、と頷いた。


 やれやれ、一件落着だろうか。俺はさて、と立ち上がり、笑顔でササナに手を振った。


「それじゃあ、長いこと邪魔して悪かったな。俺はこれで帰るよ」


 俺がそう言うと、ササナはふと唇を尖らせて――あれ? ちょっと不機嫌になった。今の今まで表情なんて欠片も変わらなかったのに。


「ラッツ、事情を話せって…………言った。だからサナ、話したのに…………」


「あ、ああ。ちょっと何が起こっているのか気になっただけだよ。魔族が人間のフリして暮らしてるなんて、初めての事だったからさ」


 おいおい、不満なのかよ。話を聞いておいて何だが、俺は本当に何の関係もないぞ。俺の行動を咎める理由は無いはずだ。


 と思ったら、ササナはふと扉の前まで歩いて行った。……そして、俺の前に立ちはだかる。


「……何?」


「ラッツ、サナの味噌汁……飲んだ。ラッツはサナに……お金返す……必要……ある」


「ありゃ毒入りだっただろうが!」


 寧ろ俺が金を貰いたいわ!!


「ラッツ、サナの裸……みた。人間の世界では、裸を見られたらお金、払う……そしてサナの裸は…………たかい」


 堂々と全裸で海を泳いで「たかい」ってアンタ、そりゃないよ。いや、それ以前にどうしてそんな知識を持っているんだ。


 そんな場所、俺だってまだ行ったことな……げふんげふん。


 ササナは少し不機嫌な表情のまま、俺を右手で指差した。


「ラッツ、お金持ってない。だから、サナにお金返せない……あたり?」


「ぐはあっ!!」


 い、痛い所を……。俺は腹を押さえ、ササナのトークアタックをガードしようとした。


 だが、ササナはほくそ笑んで――厭らしい笑みを浮かべるのは得意なのかよ――言葉を続ける。


「ラッツ、無職。だからレインボータウンに来た。しかもソロ。……あたり?」


「ぐおォ!!」


「仲間も居ない。家もない。テントもないから、アイテムカートで寝泊まり。……あたり?」


「や、やめろ……!! それ以上は俺が死にかねん……!!」


「しかも初心者。属性ギルドに入ってない……あた」「当たりだ当たりだ!! もうやめろ!! っていうかやめてくださいお願いします!」


 ササナはくすりと笑い、俺に近付いた。ぬるりと下顎を撫でられると、寒気を感じた。


 とんでもない豹変ぶりだ。


「……絶対、逃がさない。『真実の瞳』探し、付き合って…………もらう」


 自業自得とはいえ、また変なのに絡まれたような…………。



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