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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第二章 初心者と電波系マーメイドと空の島の秘宝
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B21 電波系マーメイドは二本の脚を持って

 空が青いっ!!


 煌々と照り付ける太陽の光も、眩いばかりに反射する海のマリンブルーも、俺を待っていたと祝福しているかのようだ。


 寄せては返す白波は、砂浜を食っては吐き出す。そして、海辺の家では当然のように、海の家ならではのボーナスアイテム『かき氷』が手に入るのだっ!!


 そして更に観光地なので、宿の質が良い。更に珍しい食品や武器、アイテムが目白押し!!


 更に更に、砂浜で遊ぶ水着ギャル!!


 おっぱいがいっぱい!!


 俺!!


 歓喜!!


「あの、すいませーん。ちょっと道を聞きたいんですけど」


 そう言って俺を見るや否や、ぎょっとしたような顔をして苦笑し、会釈して背を向けた水着ギャル二人。


「ねえ……あのでかいリュック、やばいよ……。ホームレスかな……」


「しかもなんか今、ニヤけてたんだけど……キモッ」


 なんて失礼な奴だ。俺を誰と心得る。かの有名な、『ギルド・セイントシスター』の元ギルドリーダー、フィーナ・コフールから求婚された事もある伝説の初心者、ラッツ・リチャードにあらせられるぞ。


 ……逃げたけど。


 まあ、その突き出たおっぱいに免じて許してやろうじゃないか。


「すっかり不評だな、主よ」


「まあ、こんな格好してちゃあな……。ひとまず宿を探して、このジャケットは置いていかないと」


 そう言ってカーキ色のジャケットを掴み、袖を捲った。


 ここはセントラル・シティからは遠く離れた、観光地『サウス・レインボータウン』。一年のうち殆どが夏日で、寒い日がほぼ存在しないことから別名『夏町』と呼ばれる。


 以前聖水を買うために訪れた、『サウス・ウォーターリバー』よりも更に南。正確には南東に近い場所に位置するけれど、殆ど赤道直下なので、太陽の傾きが少ないとかなんとかあるらしい。


 そこらへんの詳しい話は地形学者に任せておくとして、セントラル・シティを離れた俺は、自らの観光欲求に負けてレインボータウンを訪れていたのだった。


「ところで主よ、金はどうだ?」


「うーん……。道中で仕入れたアイテムが、ここの冒険者バンクで幾らで売れるかだけど……」


 そういえば、あれ程苦労した挙句、一文無しにまで追い詰められた『レオ・ホーンドルフ偽名事件』だったが、結局後になって確認した所、ソロでも何ら問題はないらしい。身分証明書の提示もないし、アカデミー卒業生は冒険者バンクに名前と卒業番号を登録されているから、誰でも楽にミッションが受けられるとのことだった。


 まあアカデミーを卒業したばかりの冒険者が属性ギルドに入らないってことはまず無いので、所属ギルドが無いって事も今までは無かったのだろう。


 しかし、そうすると俺が奪われた『ゴールデンクリスタル』は完全に奪われ損だったという事になる。……うーむ。


 ま、いいさ。俺は過去にとらわれない、自由な冒険者になるのだ。


「アイ・アム・ア・フリー!!」


 砂浜で遊んでいるギャルに、奇怪な目で見られた。


 ……はしゃぐのはこの辺で止めておかないと。




 ○




「千二百セルですね」


 チーン。


 会計の音と同時に、俺の顔も真っ青に染まった。


「えっ……? もうちょっと金額付かないんすかね……ほら、この『レッドブルドッグの角』なんて、割と強い魔物のアイテムで……」


「ごめんね、冒険者バンクを通じて価格は決まってるから、値上げとかできないのよ。……ぶっちゃけ、ゴミね」


 千二百セル。


 ダンジョンを三つも抜けて、山のようにかき集めてアイテムカートにぶち込んだ収集品が、まとめて千二百セル。古本じゃあるまいし。


 今夜の宿代どころか、晩飯代すら……危ういじゃないか……


 教訓。アイテムは、ちゃんと需要のあるものを集めよう。


 時既に遅い俺は、これから金策を何か練らなければならない、という事になるのだが……なんてことだ。


「ねえ、貴方、セントラル・シティで有名なラッツ・リチャード君でしょ」


 あれ、こんな所にも俺を知っている人間が。珍しいな、道中の街では騒がれるどころか、名前を誇示したらヒかれたんだけど……


 あ、そうか。冒険者バンクはある程度大きな街にしかないから。バンクの中で通じている情報なんだな。


「まあ、見ての通り」


「フィーナさんと結婚するんだって?」


 思わず、吹き出しそうになってしまった。


 俺は亡霊のような顔をして、ヒヒ、と引き攣り笑いをしてみせた。びくん、と冒険者バンクの受付嬢が驚いて、跳ねる。


 あの腹黒女の話をされると、本当に追い掛けて来そうで怖いのだ。もう全然理由が分からないが、とにかく俺を手駒にしたくて仕方がないみたいだからな。


「その話はもう、やめてもらえませんかね……」


「えっ!? ……何かあったの?」


「ええ、まあ……」


 まあ、何も無いんだけどね。


「女というのは、いつも困ったものでしてね。敢えてココでは言いませんけど、まあちっと……色々あるんすよね」


「ごめんなさいね、込み入った事を聞いてしまって……」


 意味深な事を言って、詳細を問い掛けられないスタイル。俺流の話をはぐらかす方法だ。


「あ、ごめんついでじゃないけど、海沿いの森には入らない方が良いよ。恐ろしい魔物が居るって噂で」


「ん? ……ああ、ありがとうございます」


 俺は受付嬢と手を振って別れた。ついでに悪い話に触れてしまった詫びとして、パペミントもゲットした。何だか分からないけれど、ラッキーだ。


 しかし、所持金千二百セルじゃ本当に、今夜の宿代なんて到底立たないぞ。また振り出しに戻るのかよ……。


 ふと、後ろから肩を掴まれた。


「誰がいつも困ったもの、なんですか?」


 俺は、錆び付いて軋む首をどうにかゼンマイ駆動の玩具のように動かして、振り返った。


 腰まで届く長い銀髪。美しくも影のある、蒼い瞳。


 そこには――――


「ヒイィッ!?」


「……人の顔を見て叫ぶとは、なんともなご挨拶ですわね」


 な、何で!? 何で何で何で!? セントラル・シティからは遠く離れたこのレインボータウンで、どうしてフィーナ・コフールがここに居るんだ!?


 フィーナは暑いのか、白銀の髪を後ろで縛ってアップにしていた。いつも着ている桃色のシスター服も今日は随分と簡素で、しかも半袖ミニスカート。最早どの辺りに宗教的要素があるのかよく分からない。


「お、おおおおうフィーナ。ひ、久、久しぶりだな」


「ラッツさんも、元気そうで何よりです。その格好、暑くないですか?」


 フィーナの笑顔が怖い。何を考えているのか分からなくて、異様に怖い。俺はガクガクと震えながら、それでもどうにかフィーナに笑顔を作った。


 にっこりと微笑んで、フィーナは掴んだ俺の左肩に力を込めた。


「――――私から逃げられると思ってるんですか?」


 怖いよぉぉぉ――――――――!!


 ぐりぐりと肩を捻り込むように動かされ、俺の身体が左右に揺れる。何だってこいつはこんなに俺の事を追い掛け続けるんだ。ストーカーか何かなのか。せっかくの富と名声も、このしつこさと性格の悪さにあてられて完全に帳消しだ。


 フィーナは頬に手を添え、はあ、と溜め息をついた。


「私はラッツさんに求婚まで申し入れたと言うのに、まだ私を選んではくれないのですね」


「してねえだろ、求婚!! 小タマネギじゃねえんだぞ!!」


「そこに茎という名の愛は芽生えないのですか?」


「芽生えない!!」


 俺はフィーナを無視する事に決め、宿の値段を見て回る為に歩いた。とにかく俺は、何か収益機会に巡り合わなければ今夜は野宿なのだ。ここに辿り着くまではどうにかアイテムカートをベッド代わりにしていたけれど、流石にそろそろ綺麗な旅館で羽根を伸ばしたい。


 あと、冷たい川で行水するのも懲り懲りだ。


 ずんずん、と俺は進んだ。


 …………ちらり、と振り返る。


 当然のように、フィーナは俺の後を付いてくる。


「私の愛は、届きませんのね……」


 そう言って心底残念そうな顔をするフィーナに、少しだけ良心が傷付く。落ち着け、俺。演技。これは演技だ。


「……ったく、大体なんで俺なんだよ。シルバード・ラルフレッドとか、もっと追い掛けるべき相手がいんだろ」


「残念ながら、あんな七光りの馬鹿息子に用はありませんわ」


 剣士もびっくり、驚くほどあっさりと、フィーナは某ギルドリーダーを斬り捨てた。


 あのシルバード・ラルフレッドを『七光り』って。そりゃ確かに親父はすごい人だったらしいけど、それにしたって……


「私は、貴方が欲しいんですよ。もっと丁寧に言いますと、『ラッツ・リチャード』が欲しいのですわ」


 丁寧に言わなくていい。


 フィーナはぐい、と俺の腕に身体を押し付けてくる。……胸が。あててんのよ。


 先程まで全力で水着ギャルを見ていただけに、この誘惑には少し抗い難い。俺は紅潮してしまう頬を抑えられず、フィーナから目を逸らした。


「ところで、今夜の宿はどうするおつもりですの? 良ければ、私と一緒のお部屋にしませんか?」


「しねえよ。どうせまた、『但し私の奴隷になるなら』とか付くんだろ」


「あら、よくお分かりですね」


 俺はフィーナの身体を振り解き、ポケットに手を突っ込んで、少し早めに歩く。フィーナはやたらと露出の多いシスター服を着て、俺に手を振った。


「どこに遊びに行っても良いですけどー、お金が無くなったら、ちゃんと戻って来てくださいねー」


「余計なお世話だ!!」




 ○




 そして、特に収益機会にも恵まれないまま、夜になってしまった。


「主よ、気を落とすでない。今夜も昨日と同じ、ただそれだけだ」


 まあ、確かに。そうっちゃそうなんだけどね。……くそ、フルリュ。空を飛べるお前が居れば、収益機会なんて探す間でもなくそこら中に転がっているだろうに……。


 いや、駄目だ駄目だ。フルリュは今、ティリルという妹と母親と、仲良く暮らしている所なんだ。俺のように炭鉱マン上がりのどこの馬の骨とも分からない男が、あの純情娘の人生を奪ってはいかん。


 ……また、会えるだろうか。


 確かゴボウの話では、『ノーマインド』の魔物と、そうでない魔族が居る、という話だったよな。理性を持っている『魔族』が、俺達の知らないどこかに生きているという話だ。


 なんだか、強烈な話だったので忘れられなくなってしまった。今まで一括りにしていた『魔物』は、俺の中で確かな変化を迎えたのだ。


 そんな事、きっとアカデミーでも誰も知らないだろう。


「…………あれ」


 ふと、海の方を見た。もう夜もすっかり更けたというのに、まだ泳いでいる奴なんか居るのか。……と思っていたが、どうにもその泳ぎ方は不思議な様子だった。


 あれはバタフライ、って言うんだっけ。両手を左右対称に動かし、足を揃えて尻から下までを、まるで波打つように靭やかに動かす。水に落下した時のような音がして、足首は水面を蹴って水中に潜る、潜りっ放しではなく、またそのうち上昇していく。


 月明かりに照らされて、俺はその光景を見ていた。フルリュはウエーブの金髪だったが、彼女はマリンブルーの髪を腰まで伸ばしているようだった。無作為に降ろされた長い髪は纏めてもいないのに、まるで生き物のように散らばる事無く水中を遊泳している。


 いや――――脚じゃ、ない。


 俺は思わず目を丸くして、その光景に魅入ってしまった。


 脚の部分には、確かに魚の鱗があった。分かれてもいない。水面を蹴っているのは、足首ではなく魚の尾だ。月明かりに照らされて、虹色に光っていた。


「――――マーメイド」


 俺が知っているのは、その名前だけだった。不意に、マーメイドの娘と目が合う。


 ざばん、と音がして、マーメイドの娘は腰から上までを水面から出して、俺を見た。それだけを見ていると、ただの人間のようにも見えるが。


 俺は砂浜に出て、マーメイドの娘に近付いた。


「泳いでるのか?」


「…………うん」


 それとない沈黙の後、娘は頷いた。そのまま、俺に向かって近寄ってくる。


 ……あれ? 何だかまるで、歩行をしているかのような動き方だ。さっきまでは確かに、尻尾で泳いでいたのに。


 程なくしてマーメイドの娘は、陸に上がった。娘は一糸纏わぬ姿で、俺に向かって歩いてっておいいいい!!


「何なの!? 趣味なの!? 海では水着をつけなさい!!」


「…………いつも…………こう」


 なんとも短いフレーズで、娘は答えた。い、いやまて話せば分かるっ……!! 俺は思わず両手で目を隠し、その隙間からそっと娘の様子を窺う。……隠してる意味ねえな。


 フルリュもそうだったが、これまた真っ白な肌だ……。近くで見るとマリンブルーの長い髪は、少し緑がかっているようにも見える。娘は俺の隣に立ち、すぐ隣に屈むように手を伸ばして――あ、そうか。シャツが隣に置いてあるのね。


 下まで隠れるワンピースを着て、俺に向き合った。……群青色と白の縞模様が横に入っていて、なんともシンプルな服装だ。


 さっきまで、魚の尻尾を見ていたような気がする。いや、確かに尻尾だったけれど……今は、二本足で立っている。


 ……尻尾だったよな? ……あれ? 単にバタフライをしていただけ、か?


 俺の見間違い……?


「は、初めまして。俺はラッツ。ラッツ・リチャード。……あんたは?」


 ともあれ、困った時は自己紹介だ。


 マリンブルーの長い髪に、相反するように真っ赤な眼。どことなく眠たげな印象を与える顔や風貌は幻想的で、夜の街に溶けて無くなってしまいそうな雰囲気さえしていた。


 娘はじっと俺を見詰め…………


 見詰め…………


 …………なんだよ、この間は。長すぎるだろ。


「…………ササナ・セスセルト。ササナでいい」


 また言い辛い名前を……


 ササナはそのまま、俺の横を通り過ぎて砂浜から上がろうとした。……待て待て、縞模様のワンピースは濡れて透けてしまっているし、泳ぎに来たのにタオルも無しで、下着すら付けていない、だと?


「おい、ちょっと。そのまま出てくと犯罪になるぞ」


 ササナは振り返り、無表情で俺を見詰めた。……う、無言の圧力。何を考えているのかさっぱり分からない。


 もしかして、宇宙人ではなかろうか。


 そういえば、未だにフィーナも何を考えているのか分からない。俺のフルリュよ、いつか戻って来てくれ……


「サナに、何か…………用なの…………?」


「いや、用っつーかなんというか。さっき泳いでた時に、足じゃなくて尻尾みたいなの見えたから、何かなと思っただけだよ」


 そう言うとササナは俺から目を逸らし、そのまま――帰って行くのか? え? 無視? ……なんで?


 不意に、ササナは振り返った。思わず安堵する俺、だったが。その直後、ササナの表情に心が凍てついたような錯覚を覚えた。


 夜空の星程に輝く、冷たい瞳だった。


「…………付いて来て」




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