L169 エピローグ
覚えているだろうか。
俺は、冒険者アカデミーの授業料を『奨学金』という制度で先延ばしにしていた。
これが成績優秀者なら支払いが免除されるとか、そういう制度があれば良かったのだが。残念ながら、『ライジングサン・アカデミー』の奨学金は完全返済制である。
そもそも『ライジングサン・アカデミー』自体が存在しなくなってしまったので、払う金も無いだろう。それは分かっていたのだが、実際問題として『冒険者』『ダンジョン』『ギルド』を失ってしまった『冒険者バンク』も『冒険者アカデミー』も、まるで機能しなくなってしまったのだ。
そこで、俺はこの『奨学金』を口実にして、ペンティアム・シティにあった冒険者の砦を明け渡し、金を手に入れ、アカデミーへと回した。まあ経営的な視点で考えれば、微々たる援助かもしれないが。新しい何かを始める為には、少しでも金が必要だろう、という考えだった。
俺のギルドメンバーもその提案には納得し、残りの金は皆で山分け……というのも、セントラル・シティに新しく俺達を迎える城が出来てしまったので、敢えてペンティアムに拠点を構える必要が無くなってしまったのだ。
その流れで改めて確認した、アカデミーの成績表。
ソードスキル、A判定。マジックスキル、A判定。A、A、A……全てAだ。間違いない。何故なら俺は、『ライジングサン・アカデミー』の首席卒業者なのだから。
思えば、これだけを頼りにアカデミー卒業後のあの日、初心者装備のままで街に繰り出したのかと思うと、今でも苦笑が禁じ得ない。
俺、頑張った。
まあ今これを誇示した所で、既に何の役にも立たないペーパーではあるのだけれど。
とまあ過去の回想はさておき、今の俺は。冒険者バンクが消え、すっかり復興された『新・セントラル・シティ』。その中央にある城の脇で、せっせと荷造りをしていたのだった。
城から伸びる並木道には、透き通るような風が吹いていた。以前は機能重視だったセントラル・シティも、見栄えを重視するようになってから少し、街の色を変えたように思える。
これで……よし、と。
一段落した俺は腰を上げ、新緑を通り抜ける清涼な風に包まれて、新しく創られた背の高い城と、その向こう側を見上げた。
空が青い。
「ラッツさん!! ちょっと、待ってください!!」
誰かが走って来る。声を聞いて直ぐに理解した俺は、恰も今気が付いたかのような顔をして、彼女を迎えた。
俺の隣に走って来たフィーナは肩で息をして、直後に膨れっ面を俺に見せた。……すっかり棘の取れた幼馴染だったが、俺は怪訝な眼差しでフィーナを見詰めた。
「……なんだよ」
「何度も言ってますけど、ラッツさんが行く必要は無いですわ。新セントラルでやる事は沢山あるのですから、呑気に遊びに行っている場合じゃないんです!!」
「んなモン、オリバーに任せときゃ良いんだよ」
街の復興。それに加えて、新たな事業を作って行かなければならない。生息している動物や魔族とも、折り合いを付けなければならない。でもまあ、そういう目立ちまくりで何かを宣言するような、矢面に立つ仕事ってのは俺には合わないんだと分かった。
「と言うか、そこまで言うならお前が手伝えば良いじゃねえか」
「うっ……わ、私はあまり政治とか、経済とか、詳しくありませんし……」
「元ギルド・セイントシスターのギルドリーダーが聞いて呆れるな」
フィーナが俺に言い負かされる状況というのも、過去を鑑みれば非常に珍しいことだ。
武器の代わりにサバイバル道具が山程入って、以前と同じように肥大化したリュックサックを背負った。
……うげえ。こんなに重かったっけ。
後でチークに言って、アイテムカートを作って貰おう。
「そ、そういう事ではありませんわ!! 世界を救ったラッツさんには、セントラルの顔として働いて頂く必要があるのですから!!」
「だから、そういうの良いんだって。上座にふんぞり返る事より、まずは皆の生活が優先だろ」
「ですが…………!! ……もう、第一どこに行こうと言うのですか!?」
フルリュはハーピィの故郷を。ササナは人魚島。キュートには、残された獣族の面倒を見て貰っている。オリバーは知識が多いので、自ら進んで政治を始めた。テイガは雲隠れして消えたが、何故かガングも気が付けば居なくなっていた。
まあ、どっかに居て。そのうち、ひょっこり戻って来るのだろう。
ベティーナはリンガデム。ロイスはリヒテンブルク。レオはエト先生と、ドラゴンに乗って何処かに消えてしまった。チークは新しい商売を始めるとか何とか言って、南の方に駆けて行ったらしい。
皆、このセントラルが住処だ。その上で、それぞれの思惑に従って行動をしている。
どいつもこいつも、好き放題に自分のやりたい事をやっているのだ。俺だって、ようやく仕事が手を離れた。好きなことの一つくらい、やらせて貰いたい。
そういやあ、マウンテンサイドに居るリオ・アップルクラインは元気かな。人魚島のリトルとか、ポセイドン王とか。
「ユニバース大陸で、リリザと合流する。ほら、世界が統合してスペースが狭くなっただろ。今度はあの大草原に、新しい街を創るんだってさ。ちょっとワクワクするよな!!」
「しません!!」
「しないの?」
「…………いえ、…………ちょっとだけ、しますけど…………」
勢いで否定したフィーナが、少しだけ気恥ずかしそうにもじもじと呟いた。その態度は可愛いと思わなくもないが、こいつは成長してから随分と腹黒くなったからな。まだ、油断は禁物だ。
愚にもつかない事を脳内では考えつつ、俺は鼻歌を歌いながら、指貫グローブとゴーグルを装備した。
世界各地に散らばった仲間達。俺はぐるぐると旅をして、そのサポートをするのだ。一段落付いたら、今度こそリリザと一緒に世界を回ろうと約束した。
なら、俺はこんな所で王なんぞ、やってる訳にはいかないだろう。
風の向くまま、気の向くまま。
俺にはそういうのが、一番合っている。
新品のスニーカーとカーキ色のジャケットを陽光に反射させて、俺は歩き出した。
「んじゃ、行くわ」
「あ、ちょっと!! ラッツさん!!」
俺は、『初心者』。それでいい。
いつだって、新しい冒険がいい。既に出来る事を延々と続けていくのなんて、まっぴらごめんだ。
出来ない事を、失敗する事を乗り越えて、出来るようになっていくのが好きなんだろう。
「……今度は、いつ帰って来ますか?」
背後で、少し寂しそうな声がした。
不安気な眼差しで俺の背中を見詰めていると思われる、フィーナ・コフール。俺は立ち止まり、振り返って、彼女の表情を確認した。
なんとまあ、分かり易い。悪戯をするのも、この辺でやめておこうか。
俺は両手を頭の後ろで組んで、何とも愛らしい表情で俺のことを見ている『元・聖職者』の娘に、笑顔を向けた。
「なんなら、一緒に行くか?」
その瞳が、驚きに染まる。
独断行動ばかりしてきた俺が、初めての旅に誰かを誘うなんて。そう思っているのだという事は、一目で分かった。
いつかは、『魔力』に代わるエネルギーの存在が発見される事だろう。……若しかしたらそれは、新しい『魔力』だったりするのかもしれない。
そうして初めて出会ったものに、今度はどんな顔をするだろうか。何を発見し、何が出来るようになるだろうか。
今から、楽しみで仕方がない。
そうだ。
ひとは、いつだって『初心者』なのかもしれない。
出会う出来事の全てが、初めてだ。毎日が全く同じなんてことは、絶対にない。あるとすれば、本人が自らを束縛しているからに過ぎないんだ。
だとしたら、どうして未知への挑戦を怖がる必要があるのか。それは俺達に、新しい何かを齎してくれる素晴らしい存在ではないだろうか。
なら、『初めて』に怯えるのは、もうやめよう。
だからこそ、こうして新たな旅にフィーナ・コフールを誘うのも、良いんじゃないかと思ったのだ。
「――――――――はいっ!!」
広がる青空の下、また新たな物語を紡ぎ始める世界。それは、新たな初心者達の手引きだった。
ある物語を終え、そして新しい物語へと駆け出す『超・初心者の手引き』。
降り注ぐ眩いばかりの陽光の中、一際嬉しそうに返答するフィーナの事を可愛いと思ってしまったのは、ここだけの秘密である。
さて。
それじゃあ、新しい旅を始めよう。
希望に満ちた、とびっきり素敵で楽しい旅へ。
Fin.
ご読了ありがとうございます。
『超・初心者の手引き』は、これにて完結となります。
気付けば半年間にも及ぶ投稿となっておりました。
ここまで応援して頂いた皆様に、心からお礼申し上げたいと思います。
本当にありがとうございました。
活動報告にて、今回の作品と今後の活動について少し触れたいと思っております。
若しも興味を持って頂けるということであれば、そちらでまたお会いしましょう。
それでは!




