K163 発現せよ、勇者表現(ブレイバー・スタイル)
吹き付ける風は、俺達を吹き飛ばそうとしているかのように強く、荒々しく唸っていた。
空間の裂け目から、突如として魔力の波動が津波のように襲い掛かって来た。ゴーグルをした俺は思わず草原に身を伏せるように屈み、仲間達も同じようにその身を地面に這いつくばるようにして、吹き飛ぶ事を避けていた。
声も出せない。呼吸は完全に止まり、俺はゴーグル越しに見える景色を、力一杯に目を見開いて把握しようとしていた。
裸眼では、目を開ける事も出来ないだろう。
そして。
「……へへ。おっかねえな」
魔力の波動が治まる頃、俺は思わずそのように呟いていた。引き攣った頬の筋肉は、まるで俺の表情を笑っているかのように見せる。
現れたのは、恐怖の大王か。それとも、世界を終焉に導く滅びの神というやつだろうか。俺が調査していた『紅い星』別名『イカロスの翼』の情報は、目の前に広がるそれとは無縁に思える程に形が違い、その規模も違うものだった。
そもそも、人型をしていない。裂けた空間から降りて来るのは、巨大な戦艦。銀色のクジラが降りて来ているようにも見える。……相変わらず銀色のボディに、へこんだような線が入ったフォルム。
何よりも印象的だったのは、まるで悪魔のような赤い翼だった。左右合わせて合計八枚からなる翼は、ある意味では昆虫のようでもあり、ある意味では鳥のようにも見える。
背筋が凍り、俺の思考を鈍らせる。
それは、絶対的な恐怖だった。
今までに見たことが無い、人間を脅かす存在という意味での。最も原始的で、最も動物的な本能だった。
次々に、俺に続いて仲間達は、空に浮かぶ巨大な化物――神にも近いモノ――の存在を見た。レオやエト先生でさえ目を見開き驚愕し、チークは柄にもなく言葉を無くし、ベティーナは既に戦意を喪失していた。
俺は仲間を護るように、もう一歩、前に出る。
ゴーグルの位置を正し、指貫グローブの締まり具合を確認する。いつも着ている緑色のジャケットを風にはためかせ、圧倒的な覚悟と気合いで、目の前の恐怖を吹き飛ばす。
叫べ。雄叫びのように。目の前に立ちはだかる未知の化物に怯えるな。
「戦うぞ!! 俺に続け――――――――!!」
開き切った双眸が血走ろうとも、俺は構わずに目を見開き、顎を引いた。歯を食い縛ると闘争心が奮い立ち、全身に魔力が漲って来る。
今、俺は一人で戦っている訳じゃない。あれを見ろ。『紅い星』は不気味に浮かんでいるが、図体は大きく、速度もそこまで速くは無い。攻撃手法は恐らく魔法による爆発か、それとも光線の類か。
図体が巨大ということは、小さい者を相手にする時の攻撃手段は限られてくる、という事でもあるんだ。
俺は七色に光る魔力を全身に展開させた。深い魔法公式の海に身を投じ、限りない一つの可能性の中から手段を選択する。
恐れる事は無い。この星の魔力を利用出来るという意味では、俺だって既に人の領域を超えた能力は手にしているのだから。
発現しろ!!
「<勇者表現>!!」
嘗て、この世界には、途方もない距離から訪れた未来人とも呼ぶべき人間が居た。その男は伝説と呼ばれた様々な武器防具を研究し、分解し、ついには跡形も無く消し去ってみせた。
その理由が、ここにある。
右手と左手から生み出した魔力の流れは球体を描き、この星そのものであるかのように綺麗な円をつくる。一つの魔法公式を組み上げると、完成した魔法陣は七色に光る魔力の影響を受けて、大地に今一度、奇跡を見せる。
はっきりと、具体的にイメージをした。一度も見たことが無い、その、手触り。その、使い心地。
リュックなど、もう必要ない。
今の俺に、武器防具の取り出しなど自由自在。それこそが、『勇者』たる所以。<勇者表現>の真価だ。
「侮るなよ『紅い星』!! 此処に居るのは、嘗てお前を封印した男の分身であり、それを超える男!!」
俺の右手に、光が宿る。青、赤、黄色、緑。様々な光の粒は俺の右手周辺へと集まり、やがて一つの個体を形作っていく。
まずは、長剣。肩幅まで開いた足が、僅かに地面へとめり込んだ。……それ自身が、魔力を持っている武器なのだ。構築と再生には、コストが掛かる。
その途方もないコストでさえ、どうにかしてしまう程の魔力。それが必要だった。それこそが、俺の爺ちゃんが『境界線』を越えるに至った結果なんだ。
爺ちゃんの『知識』は、その身と引き換えに封印された。あの『セキュリティ』とやらの張り巡らされた部屋の中に、たった一つ、その構成情報だけを残して行った。
歯を食い縛り、衝撃に耐える。光の粒は一本の長剣になり、はっきりとその存在を確認出来るまでに具体化する。
俺は、叫ぶ。
「『ラッツ・リチャード』だ!!」
嘗てこの世に存在した、伝説の武器防具。その内のひとつだ。
全てが同じ色で作られた長剣は、まるで猛獣の牙のように鋭く光る。鍔の部分に嵌め込まれた真紅の宝石は魔力を携え、俺の魔力と共鳴して刀身全体を眩いまでに輝かせた。
「ラッツ…………それは」
レオが言い終わる前に、俺は駆け出した。
察するところ、『あれ』は『紅い星』の本体ではないと思えた。あれだけの巨大な図体に、『進化』する事は無いだろうと思えたのだ。
それ個人が強力な能力を持っている物体なのだとしたら、敢えて巨大化する必要はない。小さい方が小回りが効くし、エネルギーの使用効率も良いはずだ。それを犠牲にする程、敵は馬鹿ではないと思える。
なら、あれは一体何なのか。
「ロイス!! <シャイニング・アロー>を頼めるか!!」
両足に目一杯の圧力を掛け、その反動で俺は空へと跳んだ。ロイスが俺の言葉に反応して、頷くよりも慌てるよりも速く、魔力を展開する。
良いコンビネーションだ。これだけの対応が出来るなら、もう一人前以上だと言って良いだろう。
「ラッツさん!! 行きます!! <シャイニング・アロー>!!」
俺は長剣を、ロイスの放った<シャイニング・アロー>に向けた。
なら、あれは『外殻』なのではないか。
巨大である理由は、住んでいるからではないのか。奴等が閉鎖された空間の中で、どのような成長を遂げて来たのかは分からないが。手早く大量に生物を殺すための、それこそ戦艦に近いモノであるとしたら。
長剣はロイスの<シャイニング・アロー>を呑み込むようにして、より光り輝き、俺に稲妻を放つ機会を与える。
「<超>!!」
爆発的に増幅された雷鳴の矢は、天から降り注ぐ世界を滅ぼす裁きのように、直線を描いて対象に向かう。
「<シャイニング・アロー>!!」
びりびりと、寒気にも似た感覚が全身を襲った。『紅い星』に向かって振り抜いた長剣はロイスの放った<シャイニング・アロー>の威力を何倍にも高め、波動砲となって対象物へと向かう。
反動で、『紅い星』に向かっていた俺の身体は逆方向へと動いた。空中で殺された勢いは俺を重力の流れに従わせ、地面へと引き寄せる。
その攻撃は『紅い星』の左胸目掛けて放たれていた。俺は背後を振り返り、先程まで様子を見守っていたフィーナに合図を送った。
――――来るぜ、フィーナ。向こうの攻撃が。
フィーナは頷いて、両手を天空に差し出した。フィーナの周囲に蒼色に光を放つドームが出現し、その膜に魔法公式が描かれる。
落下していく俺も、その魔法陣の内側へと入った。全員、フィーナの創り出した魔法陣の空間内に収まる。
『紅い星』が鈍い光を放った瞬間、フィーナも宣言した。
「<ハイ・ラジカルガード>!!」
最早、その防御壁は盾の姿をしていなかった。巨大なドームのように、或いは<サンクチュアリ>にも似た空間は俺達を包み込み、次に訪れる規模の違う攻撃に備える。
どうやって、奴を攻略したらいい? 蒼色の防御壁の内側から、俺は『紅い星』が繰り出す攻撃の様子を見ていた。空飛ぶ戦艦から大砲のように巨大な銃口が現れ、それは真っ直ぐに俺達を射抜いていた。
瞬間、続けて銃口から炎の弾が発砲された。速度と量は段違いだが、銃口に僅かに見える魔法陣は。あれは、<ダイナマイトメテオ>か……!?
「大丈夫です、次の攻撃に備えてください!!」
フィーナが俺達に叫ぶ。レオが自慢の黒刀を抜き、攻撃を防御した次の瞬間に一撃を喰らわせようと待機した。
巨大な炎の弾はフィーナの生み出した<ハイ・ラジカルガード>に当たり、消滅する――――俺達の防御範囲外に落ちた攻撃で地面は火に染まり、一瞬にして辺り一面が火の海になった。
規模の大きな攻撃。……だが、俺達を討ち取る攻撃とは思えない。
「水帝の賢人の理に従い、災いを有るものとせん。聡明な双眸は高波、賢明な意思は突風。我、海底都市エルガンザルドの掟に従い、汝らを解き放ち給え」
ロイスとベティーナが、同時に詠唱した。誰に指示されずとも、自然とそうしていた――……既に詠唱を開始していた二人の足下から、それぞれ魔力が浮かび上がる。
良いタイミングだ。予め攻撃の種類を予測していたようにも思える。
「<ダブル・タイダル>」
二人分の津波が俺達の背後から現れ、火の海に変えた大草原を再び元の姿へと戻していく。フィーナの防御によって、俺達の周囲にある空間はそのまま、津波に飲み込まれる事はない。
その津波の向こう側に、『紅い星』の姿が見えた。
速度は遅いが、これは威嚇射撃のようなものなのかもしれない。実際、俺が放った<超・シャイニング・アロー>と名付けた攻撃を受けて、奴は何事も無かったかのように宙に浮いている。
この程度の攻撃では、どちらも致命傷を負わない、ということだ。
「天空都市スカイディアに導かれし、吹き荒びて奔る疾風よ!! 飛竜の羽撃きと共に舞い、億万の愚かなる病を滅せよ!!」
フルリュも詠唱を開始している。連携攻撃か……? 緑色のオーラは魔法公式に従って動き、フルリュは踊るように魔法陣の上を回った。
レオの方を振り返り――……
「行きます!! レオさん!!」
「おうよ!!」
フルリュが『紅い星』に向かって爆風を放つ瞬間、レオがその直線上に跳んだ。
「<ホーリーウィンド>!!」
そうか。ドラゴンに乗るよりも、こっちの方が速い。フルリュとレオ、二人の連携なんて初めての事だけど――……その姿を見て、俺は今更ながらに把握した。
レオは風の影響を受けて『紅い星』に向けて吹き飛び、黒刀に真っ赤なオーラを纏わり付かせた。
向こうに無くて、俺達にはあるもの。――――それは、『数』だ。
「<ゴッド・ブレイド>!!」
見た事もないレオの攻撃。加速した黒刀が、<ドラゴンブレイク>を更にもう一段上の領域へと引き上げる。
そのままでも、十二分に火力を持つ攻撃だ。連携して攻撃する事で、その威力は計り知れないものとなる。その術者が、『境界線』を越えた者で無かったとしても。
つまり、協力する事で力を倍増させることができる。一人よりも、二人。二人よりも、多人数といった方法で。
レオの黒刀は、本体に向かっていなかった。レオが斬ろうとしているのは、紅い翼の方だ。先に翼を狙い、巨大な図体を地面に落とそうって言うんだな。その作戦は、有りだ。
しかし、期待も束の間。次の瞬間に異変は訪れた。
翼に黒刀が触れる手前、電気のような防御壁が突如として翼の周辺に発生した。レオは一瞬驚いた様子だったが、構わずに黒刀を防御壁目掛けて叩き付ける。
「うおおおおおおっ――――!?」
思わず叫んだレオ。半透明な防御壁はレオの黒刀を受け止め、黒雲を雷が疾走った時のような音がした。レオの勢いは殺され、防御壁を破る事なく真下に落下する。
『紅い星』の身体に出現していた二本の銃口が、レオを向いた。
「いやー。ですが、そうはいきません」
何時の間にかレオの真下に構えていたガングが、『マンホール』と呼ばれた黒い円盤をレオに向かって投げた。銃口からは、今度は<ダイナマイトメテオ>ではなく。あれは、雷。
レオに向かって、光が放たれる。その前にレオは、ガングの『マンホール』に吸い込まれていく。
眩しすぎる光に、思わず目を瞑った。
「きゃあ!!」
ベティーナを筆頭に、甲高い叫び声が漏れた。どうにか目を開き、状況を確認する――……。今のは、<シャイニング・アロー>に似ている。魔法陣の内容まで読み取る事は出来なかったが……
レオは……大丈夫だ。ガングの隣にいる。だが、見ればガングの『マンホール』は消し炭になってしまったようで、黒い粉が空気に流れていた。
…………間違いなく、威力は高い。
高いが。
「いやー、貴重なアイテムだったんですけどねえ……」
そう言うガングは、レオが助けられた事で些か安堵しているようだった。
「成る程。……こちらの攻撃をコピーする事が出来るようだな」
エト先生の言葉に、ベティーナが青い顔をして、『紅い星』を見詰めていた。
「何それ……。そんなの、どうやって戦えば良いのよ……」
俺はそれまでの一部始終を見ていて、目を丸くしていた。
「いや、勝てるよ。あれなら」
呆然とした俺の呟きに、一同は俺を見た。
勝てる。……しかも、余裕で。
何故そう思ったのか、それが気になっているのだろう。……皆、あの巨大な化物に怯え過ぎている。だから、如何にも恐ろしい、完全無欠な敵のように感じてしまったのではないか。
今までに見てきた行動がブラフでないなら、それは単なる見掛け倒しだ。
まるで、驚く程に大した事がない。『境界線』を越えている必要さえない。……やはり、あれは『本体』ではないのだ。
俺は長剣を握り締め、その場に居る全員に向けて言った。
「魔力が勿体無い。……俺がやるから、皆は防御だけしていてくれ」
皆が驚愕して俺を見ている中、俺は魔力を展開し。そうして、宣言した。
「<超・キャットウォーク>」
ここまでのご読了、ありがとうございます。
後り数話、最終決戦を残してこの章を締め括り。
次回、最終章となります。
最終章に入る前に、既存投稿分の見直しをさせてください……。
更新再開は活動報告にて、詳細を連絡いたします。




