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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第九章 消えた初心者と追跡する少女と四葉の思い出し草
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K161 この計画は、破綻している

 ぎょっとして、近くに居たフィーナが飛び退いた。突如としてそこに現れたのは、くすんだボサボサの金髪を持ち、理知的で大きな瞳を持った碧眼の男。トーマス・リチャード、その人だった。


 どうやって突然、現れたのか。それは分からなかったが、直ぐに俺は何かがおかしいと気付いた。目の前に現れた爺ちゃんは僅かに光を放ち、時折その姿を歪ませていたからだ。


 幽霊か何かのように、実体を持っている訳ではないようだ。爺ちゃんはその場から動く事なく、立ったままで俺に向かって両手を広げている。


 ふと、足下の黒いタイルに目が留まった。それは円形のものだったが、大凡自然的とは思えない赤・緑・青の三色で、鮮やかに光を放っている。


 爺ちゃんの上にも、似たような装置があった。……若しかしたらこれは背後にある、映像を見せる壁と同じような仕組みなのかもしれない。


 自然に存在し得るものじゃない。……きっと、人工的に作られた何かなんじゃないか。


 だって、爺ちゃんはもう死んでいるんだ。


『ラッツ。お前がこれを見ているという事は、やっぱり作戦は失敗したみたいだな。……すまんね、リリザ。こんな事になってしまった』


 そう言って、へらへらとした笑みを浮かべた。『すまんね』って。口癖まで俺と同じかよ。


 爺ちゃんは、俺達を見ていない。……これはやっぱり、俺達に話し掛けている訳じゃない。『生き物』じゃないんだ、これは。


 多分、記録にも近いようなモノなのだろう。背後の映像と、同じ。


 リリザは怪訝とも、真剣とも取れないような瞳で、呆然と爺ちゃんを見ている。先程までぶつぶつと何かを呟いていたガングも、この時ばかりは口を噤んでいた。


 僅かな光は安定している訳ではなく、そのせいでどこかトーマス・リチャードの映像そのものが不安定で、風が吹けば消えてしまいそうな雰囲気さえ持っていた。


 何処と無く、儚い印象を受ける。


『俺の世界ではさ、ラッツ。『記録』は消す事が出来ても、『記憶』を消す事は出来なかった。人が人と話す事こそが情報伝達の方法だったし、有効に使われる手段でもあった』


 爺ちゃんは右手の人差し指を俺達に見せるように立てて、言った。


『でも今、彼は『魔力』という新しいエネルギーの正体を追う事に、必死になっている。そうして、気付いた。魔力のあるこの世界でなら、『記憶』を奪う事ができる。ならば、それが最善だと……そうだとすれば、逆に自分が作られるに至った過去の技術なんてものには、興味を持たないだろう……そう思って、これを作ったんだ。『記憶』を消す事が出来る今、『記録』はセキュリティさえ掛かっていれば、最も信頼出来る情報になっていたんだ。……まあ、信頼性は落ちるけどね。セキュリティはどこまで追求しても破られる事があるからさ』


 爺ちゃんが言っている事の半分くらいは、意味が理解できなかったけれど。爺ちゃんは苦笑して、肩を竦めた。


『便利さを追求して開発したものが、逆に信頼性を失わせるっていうのは、不思議な事だよ』


 背後で爆発音がして、俺達は振り返った。……見れば、壁一面に広がっている映像は更に時間が経過したのか、また一風変わった世界になっていた。建物の形も質も代わり、空を飛んでいたものも、より訳の分からない形へと変化していた。


 そんな中、爆炎だけが見慣れたモノだった。人々が逃げ惑う中、爆発を起こした張本人は前へと進んで行く。


 …………あれは。


 ゴールバードが持っていたモノに、とてもよく似ている。でも、あれよりは遥かに小さな人型のものだった。


『さて、ラッツ。君がここに来た理由は、きっと『紅い星』に関係する事だと思う。俺の予想する限りでは、きっとリリザの封印は解け、その反動で二つの世界は再び統合を始めていて、彼は復活直前って所なんじゃないかな』


『彼』って、『紅い星』の事だろうか。


 どうやら、全てお見通しらしい。俺は再び、爺ちゃんの顔を見た。やや呆れ顔で苦笑している。


『俺はこれから、『紅い星』に挑もうと思っている。だが、やっぱり俺一人の経験では、失敗する事もあるんじゃないかと思っているんだ。そうなった時に俺は、『最後の手段』を使わせて貰おうかと思っていてね』


 そう言うと、爺ちゃんは――トーマス・リチャードは、ジャケットのポケットから小さな直方体の物体を取り出した。それ自体が何をするとも思えない、なんとも奇妙なものだ。


 俺達にそれを見せると、トーマスは笑った。


『これは、とある魔力を持った装置なんだ。これを使って、彼を『境界線』とも違う、魔力を使って作成した空間に『封印』しようかと思ってる』


 別の魔力を使った、空間……? 境界線とも違うもの。……そうか。魔法公式を弄れば、魔界のように世界を二つに分ける事だって可能だった――架空の世界を創ることは、可能なんだ。


 当然、魔界とは違う、もう一つの世界を創り出す事だって可能という訳か。


『これには、『ゲート』を設けない。その為、一度閉じ込めてしまえば二度と出て来ることはない――――と、思われがちだが。檻みたいなもので、きっと彼は干渉出来ずとも、世界を観察する方法くらいは見出すだろう。そうして魔法公式についての理解を深めた『紅い星』は、何れ私の作った魔力空間を打ち破る為の公式も、思い付くに違いない』


 創ることが出来るのなら、消す事も出来るということか。……厄介だな。魔力に関する殆ど全ての事は、打ち破られる危険性を持っているという事か。


 完全な、理屈の世界だ。そんなにも『紅い星』というのは、成長を続ける生き物――いや、機械なんだっけ? そういうものなのか。


『勿論、おいそれとは解けないようにしておく。彼等の知らない、俺だけが理解できる秘密の方式だ――――これは俺の世界から持って来た概念でね。起源はいつだったかな――――俺にとっても、もう随分と昔の話だが…………まあいい』


 不意に爺ちゃんの目が、俺の視線と合った。


『それは、『魔法公式の暗号化』だ』


 言われた言葉は、直ぐに理解出来るような内容でも無かった。その場に居た誰もが、トーマス・リチャードの発した言葉の意味に戸惑い、首を傾げていた。


 トーマス以外、誰も知らない秘密。暗号化ってことは、つまり魔法公式を読めないようにする、って意味だよな……。魔法公式を、読めないようにする……?


 若しかして、使われている魔法の意味が分かっても、それを使う事は出来ないようにする……。そういう事だろうか?


『嘗て俺の世界ではね、ラッツ。情報というものは、全て電子化されたものだ。その為、情報を得ること。まあ、ある意味では記憶を得ること、とも言い換えられるかな。それらは、とても重要視された。だが、中には第三者にそう安々と知られてはならない情報もあった。……ならば、どうするか。その、見れば分かってしまう電子情報を、分からないものに変えてしまえばいい』


 待て待て、話が難しくなってきた。俺は頭を抱え、爺ちゃんの言わんとしている事の内容について考える……そばに居たガングが、頭の上に豆電球を光らせて、何かに気付いた様子だった。


『――――ああ、なるほど!! そうか、そういえば言われたような気もしますね。中身については、教えて貰えませんでしたが』


 リリザの瞳から、涙が零れた。フィーナが慌てて鞄からハンカチを取り出して、リリザの目尻を拭った。


『だから……。一人、空間に残ったというのか……?』


 どうしてリリザが涙を零したのか、その理由が俺には分かった気がした。今までの情報を統合して考えると、それらは自ずと一本の道標を描いて、当時の状況についての有りのままを、俺に伝えていた。


『紅い星』は、記憶を奪う化物だ。そして、それはトーマス・リチャードが生み出したもの。当然、そいつの事について最もよく知っているのは、爺ちゃんだったのだろう。


 相手は、何らかの手段で爺ちゃんの記憶を奪う。……だが、爺ちゃんは自分の持つ『暗号化』とやらの仕組みを、『紅い星』に知られる訳には行かなかった。


 そうか。


 若しかして、リリザやマウス、ガング、ゴールバードが生き残っていく中、爺ちゃんだけが命を落としたのは――……


『ある一定の規則。『パスワード』とも言うが……それを持って、情報を組み替えるんだ。俺の技術と『魔法公式』は相性がピッタリでね、殆どそのまま使い回す事が出来たんだよ』


 魔法公式を、ある規則に従って変更。外部から見た者には、理解出来ないように改変する。


 段々、何をしたのかが分かってきたぞ。


 そうか。そうすれば、『パスワード』を知らない者には何のことだか分からないし、仮に『パスワード』を知っていたとしても、組み替え方を知らなければ読むことは出来ない。


 方式と、鍵。この二つが必要になる、ということだ。


「さて、この『暗号化』だが。相手は機械だ。方式さえ分かってしまえば、どれだけ長い『パスワード』でも、世界中のモノや人に当て嵌めて、脱出を謀るだろう。そうならない為には、彼から見えない場所に情報を隠蔽する必要があった」


 ピン、ときた。


 爺ちゃんは申し訳なさそうに、苦笑を見せた。魔力による暗号化なら、当然鍵になるパスワードも魔力だろう。途方もなく長く、特定され難い魔力と言えば。


「そこにいるか、リリザ。……パスワードにしたのは、リリザの存在を構成する魔法公式なんだ」


 一人、泣いているばかりだったリリザが、顔を上げた。


「いつ『封印』が解けるかも分からない世界で、びくびく怯えて生きる訳にもいかないだろう。……『解放されない』は、無理だ。だから、彼とリリザの解放条件を一つにしようと思った。俺の知る限り、『境界線』を越えた君は、世界で最も分かり難い魔法公式の持ち主だ」


 鍵にしたリリザの存在定義。それを、五つの神具に分解してアイテムにすることで、存在の形を変えた。それこそが、リリザの封印が解けるまで『紅い星』の行動を禁止した、その場で唯一の方法だったのか。


「これで彼は仕組みが分かっても、リリザの封印が解けるまで出て来る事はない。自力で探せるなら『神具』の封印を解く事も可能だろうが、出て来られないから仕組みが解けない。これでデッドロックだ。二人は一蓮托生――――彼は怒るだろうな。だが、信頼性はあると思っているよ」


 そう話す爺ちゃんは少しだけ寂しそうにしながらも、覚悟に満ちていた。反面リリザは、呆然と爺ちゃんの映像を見詰めていた。


 そんな、馬鹿な事があるか。リリザの封印は、いつ誰に解かれるか分からない。『五つの神具』を集めれば、封印は解かれる。それは、確かだったのだから。


 なら、信頼されたのは誰だったのか。


「……こんな方法しか取れなくてすまない、リリザ。でも、きっとラッツならどうにかしてくれる」


 信頼されたのは、きっとゴボウにしか見えない、一見何の役にも立たないアイテムを拾ってくれる、俺の姿。


 ガングが腕を組み、俯いて何かを考えているようだった。


「リリザの封印を解くのは、成長したラッツだ。今はただのガキだが……例え記憶を失っても、そうなってくれる筈だと、俺は信じているよ」


 自分が失敗した時の為に、それだけの保険を打っていた。……でも、その保険は杜撰すぎる。


 様々な策を練っていて、用意周到に仕掛けていた中で。どうして俺に関わる部分だけが、こんなにも人情的で、人間的なんだ。


 知らず、拳を握りしめていた。


「そしてラッツ、俺の後始末みたいな事を押し付ける形になってしまって、ごめんな。……でも、この星に生きたお前だからこそ出来る解決策みたいなものを、きっと見出してくれると信じているよ」


 ……俺を、爺ちゃんみたいな『上級者』と、一括りにするなよ。


 あんたは良いだろう。過去の歴史について博識で、『アース』の機械とやらについての技術を持っていて、経験豊富で、判断力に優れ、研究するだけの土台がある。


 俺は爺ちゃんに比べれば圧倒的に幼くて、歴史を知らず、機械なんか殆ど見たこともなくて、経験も少なくて、判断する為の土台を持っていない。


 自然と、俺がやることは博打に近いものになるんだぞ。……それが分かって、俺に『最終兵器』に近いモノの破壊を任せるって言うのか。


「俺では、出来なかった。でも、お前ならもっと大胆なことができる」


 無策だ。


 握り締めた拳が、食い縛った顎が、怒りを堪える。俺には、機械を食い止める知識が無い。魔力についてだって、先人の方が詳しいだろう。


 それでどうにか出来なかったのなら、もう誰にも止める事なんて出来やしない。


「若しかしたら、ラッツ。お前は出来ないと思うかもしれない。でも、詳しいからこそ、出来ない事がある。踏み切れないことも」


 なんだよ、それは。


 そんなもの、ねえよ。経験を得ていない者が出来ることが、経験を得ている者に比べて多いなんてことは、有り得ない。


 俺は爺ちゃんを超えられない。……この計画は、既に破綻している。


「俺の知識は、この部屋に置いて行く。自由に使ってくれ」


 映像相手では、文句を言う事さえ出来やしない。


 そうして、トーマス・リチャードは、消えた。


 部屋全体に響くように、地鳴りの音がした。突如として発生した物音に、フィーナを始め、その場にいた全員が耳を押さえた。


 爆音だった。身動きさえ取ることが出来ない程の揺れを感じる。地震か!? いや、それにしては大き過ぎる……!!


「おい、皆!! やばい!!」


 マウスの一言で、その全てを把握した。


「裂けた空が、ついに開きやがった!!」



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