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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第九章 消えた初心者と追跡する少女と四葉の思い出し草
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K160 地獄の底でよろしく

 光の当たらない暗闇へと続く階段を、靴音を鳴らして俺達は下って行く。照らしてみれば、どうやら燭台のようなものも壁に設置されていたが。その全てに火を灯して行くのは面倒だ。


 フィーナが<シャイン>を使い、一瞬にして地下を眩いまでに照らした。相変わらず便利なことで……と思ったが、俺は気付いた。<シャイン>の魔法公式なら、俺も知っている。


 別にフィーナに任せなくても、今なら俺だって同じ魔法が使えるのではないか。……と思ったが、既に照らされている室内にもう一度<シャイン>を使うのは馬鹿げているので、一応胸に秘めておく。


「あれ、ですか」


 フィーナの言葉に、俺は頷いた。階段を降りて行くと、その向こう側に錠の掛かった鉄の扉があるのだ。


『大泥棒が魔王城で待ってる。地獄の底でよろしく』の意味。大泥棒というのは、爺ちゃんの事。つまり、爺ちゃんが魔王城で待ってる。ここまでは、容易に理解出来る事だ。


 問題は、その先。『地獄の底でよろしく』の『地獄』とは、即ち地下の事なのではないか、と俺は考えた――……けど、あの鍵を開けるためにはどうしたら良いのだろうか。


「リリザ、あの扉の鍵って持ってないか?」


 問い掛けると、リリザは首を曲げて唸った。


「地下の鍵か……いや、どうだったかな……。私はあまり知らない……」


 そうか。まあ、何れにしたってリリザがまだ封印される前の時代に起こった出来事だろうからな。当然と言えば、当然か。


 俺は錠を確認し、せめて鍵穴の形だけでも分かればと思ったが――……


 あれ? 以前は暗闇の中を探っていたから気付かなかったけど、よく見てみればこの鍵、鍵穴が無い……代わりに、何かルーレットのような物が付いている。ルーレットには不思議な模様が刻まれてあった。


 試しに、それを適当に回転させてみた。暫く幾つかの絵柄が続き、やがて元の絵柄に戻って来る。人の姿を模した絵のようにも見えるが。


「……これは、アレだな。暗号を揃えて解くタイプの鍵だな」


「ルーレットは四つなんですねえ」


 不意に、ガングが俺の握っている鍵を取って、左目のレンズでまじまじと見詰めた。


「おや? これは……どこかで見たような言葉ですねえ」


 どうやら、ガングは見た事があるらしい。何かヒントが出てくれば、俺にも分かるんだが……って、あれ? 俺もこの文字、何処かで見た事があるような気がしてきたぞ。


 まるで絵のような、文字の羅列。ルーレットを何度か回すと、やがて同じ文字が現れる……その数は、全部で十種類のようだ。……待てよ。十種類、だと……


 …………これって。


「ふむ。これは、先住民族マウロの言葉だな」


 リリザが絵文字を見て、確かな一言を口にした。……やっぱりか。


 道理で、何処かで見た事があるような気がしていたんだ。内容の同じ、四桁十種類の絵文字。同時にその絵文字と鍵の秘密が分かり、思わず空虚な笑みを浮かべて明後日の方向を見詰めてしまう俺だった。


 分かる。分かるぞ。……爺ちゃんの性格を良く知っている俺だからこそ、分かる。


 皆、さぞ難しく考えているんだろう。歴代の大泥棒が残した、世にも貴重なデータへと結ぶ暗号だ。案の定と言うべきか、誰もピンと来ている者は居なかった。


 まだ、この鍵の真実に気付いているのは俺だけだ。


 …………爺ちゃん…………。


 フィーナも近寄ってきて、俺達が眺めている鍵の内容を確認しようとした。そして、俺の気怠げな表情に気付く。


「どうしたんですか? ラッツさん」


「いや……鍵の秘密が分かったよ」


「えっ!? それはまた、随分と早いですわね……」


 何と言っても、ただのオヤジギャグだからな、これは。良いのかよ、全世界の生物の命運を握る鍵が、こんなんで。


 俺は乾いた笑みを浮かべたまま、目の前のルーレットを一定の位置に合わせる。程なくして、その鍵からカチャン、という静かな音と共に、開錠が確認された。


 そのあまりの気軽さに、全員呆気に取られた様子で俺の事を見ていた。


「えっ……」


「何っ!? 何故、開いたのだ!?」


 地獄の底で、四六四九よろしく


 十種類の絵文字は、数値を表すものだ。それを左から順番に並べて行くだけの、簡単な作業。というかこれ、一万回くらい試せばパスワードなんか知らなくても開くじゃねえか。


 くだらねえ…………。なんて、くだらないんだ……。もう少し捻ったメッセージだったら、自分の知恵力に誇らしげな気持ちになることも出来ただろうけど。


 扉を開いて、中を確認する。フィーナが放った魔法のお蔭で、すぐに部屋の様子は視界へと入って来る。


 中にあるのは……あれ? また、扉?


 一歩前に出ると、扉の中央にあった球体から、何やら音がした。


「なんだ? 今度は……」


 そっと、右手を球体に近付けた。


「アンゴウカイジョ、カクニン。……コレヨリ、ホンニンカクニンニハイリマス」


「うおおっ!?」


 こいつ……喋るぞ!?


 突如として、扉と同じ色をしていた物体に水平の切れ目が入り、皮を剥くようにぎょろりと開いた。中にあったのは、大きな目玉……右を見て、左を見て、俺の事を認識したようだ。


「コウサイ、カクニン」


 目玉から青白い光が伸び、その一直線上に俺の目玉を捕らえた。極度の眩しさに、思わず瞼を閉じてしまった。


「シモン、カクニン」


 今度は扉のドアノブ付近から俺の指に向かって、何かの信号が飛んだ。


 それは俺の指をなぞるように動き、俺から何かの情報を読み取る。……虹彩に指紋。こんな事は初めてだけど、恐らくこれは本人確認……って、さっきからそう言っているのか。


「ラッツ・リチャードサマデ、イラッシャイマスネ。カイジョウイタシマス」


 そうか。あの暗号タイプの鍵だけでなく、俺本人を確認する為の部屋も設けていた。二重構造になっていたという訳だ。という事は、やっぱりこの先には俺の為に用意された何かが待っているのか。


 ……それにしても、この謎の目玉といい、ドアノブに用意された指紋確認アイテムといい。……これは、一体どういう理屈で動いているんだ? 全くと言って良い程に魔力を感じない。


 不気味な雰囲気だ。


 程なくして、扉が開いた。ドアノブを回して開けるタイプではなく、真横に向かって自動的にスライドした。魔力を伴わない動きに、驚きを隠す事が出来なかったが。その中の光景を見て――……俺は、息を呑んだ。


 見た事もない、大小様々な機械の数々。……いや、俺の知っている『機械』とは似ても似つかない。それは、ゴールバード・ラルフレッドが開発していた化物に似ていた。


 空中で飛び回る羽のついたボールが、ガングの左目に付いているようなレンズを光らせて、俺の事を見ていた。部屋の奥には巨大な……これは、映像を映すものだろうか。壁一面、写真に撮ったような景色で満たされているが――……それは、動いている。


 ここは地下だ。魔力反応も無いから、どこか別の空間に繋がっているという事は無いはずだ。


 雄大な景色の映っている壁、その下には長方形の机。規則的にボタンが羅列して、机に埋まっていた。……ボタン、だろうな。押すことが出来そうだし、俺の知らない何かの文字が描かれている。


「これは…………魔法か」


 魔法、とは言うが。俺達の知っている『魔法』とはまた、性質が違うモノのように感じた。……これが、爺ちゃんが別の星から持って来たという、謎の技術なのか。


 きっと、旧時代の魔法に値するもの。


「知らなかった……地下に、こんなモノを作っていたのか……」


 リリザが驚いている所からすると、誰にも知られずにこしらえていた、と考えるべきなんだろうな。魔王城になんて立ち入らないだろうし、仮に地下の存在に気付いたとしても、そこから先には行けない訳だし。


 俺の為だけに、用意された部屋。


 …………知らず、全身に緊張が走った。


「ほう……。いやー、こんな場所を隠していたのですか。アイテムエンジニアとして、大変興味深い」


 ガングもまた、あちこちをきょろきょろと見ながら下顎を撫で、「いやー」だの、「ほほう」だのと呟いていた。


 あれ? ……一人、足りない。背後を振り返ると、マウスが扉の前で直立不動のまま、俺達を怪訝な顔をして見詰めていた。


「おーい、五世。こっちに来ないのかよ」


「お前等……正気か? のこのこと歩いて行くような雰囲気じゃないだろ」


 …………そうか?


 奇妙だと思う反面、何故か懐かしいような雰囲気も感じていて、俺は特に不安や恐怖等といった感情を覚える事は無かったけれど。マウスは、どうやらそのように感じているようだった。


 確かに、変だ。この星には無い、未来的な技術のようにも思える――……けど、確認しなければ先に進むことだって出来ない。


「……俺は、上に居る。何かあったら呼んでくれ」


 直感的にだったが、呼んでも来ない気がした。マウスは肩を落として、再び地上へと階段を上がっていく。


 まあ、俺の為に用意されたものなら、敢えてマウスを残す必要もないか。


「ラッツさん、これは…………」


 フィーナが気付いて、壁に映っている映像を凝視していた。自然と、俺も視線をその壁に向ける。


 そこに広がる風景に、俺は思わず眉根を寄せてしまった。


 空に浮かぶ、幾つもの魔物。……魔物と呼ぶべきなのか、俺には分からない。それは翼を持っていたが、鳥系の魔物のように羽ばたく事はしていなかった。目もなく、口もなく、鼻先に当たる部分に回転する何かが付いていて、その回転は早く、まるで円盤が付いているようにも見えた。


 先程までは、こんな物は見えていなかった。その魔物の中に、人が乗っている…………?


「あれは……『飛行機』か。こんな映像が、まだ残っていたとは……」


 リリザがそう呟いた。何の事か分からず、俺は次に続くリリザの言葉を待っていたが。


「これは、旧人類の進化の過程だと思う。トーマスがそのように話していた」


 じゃあ、若しかしてこれは『アース』の……!?


 リリザが、空飛ぶ魔物を指差して言った。「あれは、人間が作ったものだ」と。まさかとは思ったが、その中に人が乗っている事を考えると、間違いでは無いと思える。


 トーマスの居た星では、人間はドラゴンにも乗らずに空を飛ぶのか。高度もかなり高い、雲の上だ。極稀に魔法使いが箒のような長物を持って空を飛ぶ事はあるが、それとも違う。ドラゴンよりも、遥かに大人数で乗ることが出来るものだ。


 やがて、リリザが『飛行機』と言っていたモノ――――機械が雲の上から高度を下げていくと、その向こう側に街並みが見えた。


 僅かに山や川のようなモノの残骸を見る事が出来たが、どうにもその様子は俺達の知っている世界とは違う。空の色も同じ、植物が生えているという意味では極めて似ている筈なのに。あちこちに建ち並ぶアホほど背の高い建物は、ありゃ一体何だ。


 まさか、人が入るものではない、よなあ。普通に考えて、階段を登り切れないだろう。


「いやー。私はあまり話を聞いていませんでしたが、これは驚くべきモノですねえ」


 高度は更に下がり、小さな街と思わしきモノが、段々と大きく、近くなっていく。先程も見た『飛行機』が、幾つも止まっている場所があった。動く気配を見せないが、あれは……人の手で、自由自在に動かせるのだろうか。


 ということは、やっぱり生き物ではない、という事なんだろうか。


『飛行機』だけじゃない。頭の上に巨大な円盤が回転している小さなモノも、あちこちに飛び回っている。あの中にも、人が入るみたいだ……でも、五人が限界なのか?


 十、二十。地面を駆ける馬でさえ敵わない、恐ろしい速度で走っている何かもあった。皆一様に言えることは、とんでもなく艷やかで光を反射する体表を持ち、人の限界を遥かに超えた速度で移動している、ということだ。


 山よりも高いのではないかと思えるような建物の上の方にも、小さな人の姿が確認できる。本当に、人が住む場所なのか……


 考えてみれば、こんなにもあっさりと空を飛ぶような連中だ。彼等も、俺達が言うところの『魔力』に近い何かで、様々な移動手段を手に入れている、という事なのだろう。なら横だけではなく、縦の移動が出来たっておかしくはない。


「すげえ…………」


 思わず、そのように呟いていた。


 俺達の世界にも、『魔力』はある。でも、これはそれとはまた違う発想。違う世界だ。あれだけ自由に大地を移動する事が出来て、空を飛ぶ事が出来るようになったら。世界なんて、ほんのちっぽけなものに思えて来るかもしれない。


 俺達は、『魔力』に縛られてきた。その利便性にかまけて、他の色々なモノを置き去りにしてきたようにも感じられる。


 この映像を、見てしまったら――――…………


「やっぱり、あれらを作っている人間が居る、んだよな」


 俺がぼんやりと呟くと、リリザは頷いて言った。


「それが、トーマスの世界の『アイテムエンジニア』らしい」


 ガングだって、有り得ない程に様々なアイテムを駆使して、魔力の『境界線』を越えたゴールバード・ラルフレッドと戦ってみせた。開発力で言うなら、そんなに差はないようにも感じられる。


 でも、これはそうじゃない。もっと大規模な計画……そうだ。『経験』だ。


「いやー。私一人では、こんなモノは作れませんねえ」


 一人では出来ないことが、多人数だったら出来るかもしれない。そうやって、より良い世界を作ろうとして、色々なモノを蓄積させてきたんだ。


 俺の中に何かひとつ、確信に近い感情が湧いた。それは俺の胸を高鳴らせ、心臓の鼓動を早くする。


『やあ、おかえり。ようやく此処まで辿り着いたね』


 その声に、俺は振り返った。



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