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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第九章 消えた初心者と追跡する少女と四葉の思い出し草
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K159 憧れ

 サッポルェの森。テイガ・バーンズキッドは先程まで、木の影に立っていた筈だ。相変わらず神出鬼没な男だと内心では思いつつ、俺は走りながら一度、目を閉じた。


 全身を満たす、大地の魔力。底なしの強さを感じる――……『境界線』を越えた途端、別人のようだ。その有り余る魔力を使って、手始めに俺は自身を中心として、波紋のように広がる魔力を飛ばした。


 例えば、クジラやイルカなどの水中動物は、超音波を出して対象の居場所を特定するらしい。これは、それと同じ。或いはソナーのようなものだ。


 魔力の波紋はサッポルェの森を飛び、そこら中に居る生物の信号を返してくる。


 小さなものは、特に気にする必要はない。それ以外に――……大きな魔力反応がひとつ、俺から遠ざかって行く。小さな魔力反応も、それに付いて行くように。


 俺は、宣言した。


「<超・キャットウォーク>!!」


 瞬間、俺の移動速度が驚異的に跳ね上がる。テイガはおろか、キュートなどの獣族にも匹敵する――――いや、それ以上の速度を持って、瞬間的に森の中を疾走した。


 進化した魔法公式が、俺の足下だけではなく、全身に描かれる。俺自身を包み込むドームのように立体的な魔法陣が現れ、それは流動的な計算式を生まれさせては消えていく。


 以前は、<暴走表現オーバーヒート・スタイル>によって確立されていた速度。時間制限などなく、魔力は無限に湧き出て来るかのようだ。


 思わず、笑みが漏れた。


 思えば<表現スタイル>と名乗っていたのは、この途方もない大地の魔力を利用し、且つ『境界線』を越えずに自身の能力を強化するため、リリザが思い付いた魔法公式のひとつだったのだ。


 それが今は、大地の魔力と混じり合わせるといった作業を必要としない。それらは既にイコール、同一物なら引き出すのも利用するのも自由というわけだ。


 先程把握した魔力反応に向けて直線的に移動し、振り抜き過ぎた速度を調整して奴の前に出る。


 足下の砂埃。俺は右手の掌を空へと向けて、構えた。『境界線』に置いて来た俺の道具を出現させる。小さな球体の魔法陣が現れ、俺の右手に現れたのはゴーグルと指貫グローブ。


 装着すると、目の前の空間から舌打ちの音が漏れた。


「もう、俺に<ハイドボディ>は通用しない。……テイガ、こんな所で会ったんだ。礼くらいさせてくれよ」


 その昔こいつは「弱い者を助けていたらキリがねぇ」と俺に言っていた。その、自分の命だけを唯一大切にする男、テイガ・バーンズキッドが、今はフィーナとガングの所に居た。


 ただ見ていただけ、という訳では無いだろう。そのような確信が、俺にはあった。あの鼠、オリバー・ヒューレットことマウス五世と俺が接触していることは、俺、フルリュ、キュートの三人を除いては誰も知らない。


 ガングがマウスの事を知っていたと仮定しても、今マウスがどこに居るのかを追い掛ける為には、情報が必要だ。とてもではないが、二人がマウスの居場所を知っていたとは思えない。


 俺の周辺の情報に厚く、そして案内し得る存在。それは、テイガだけだった。


「ラッツさん!!」


 遅れて、フィーナを先頭に仲間達も走って来る。その瞬間に、俺はふと、ある事を思い付いた。


 もしかして……、発見出来るんだったら、こんな事も出来るんじゃないか? 俺は限りない、魔法公式の海に身を投じるように――――自然と、その中から公式を引っ張り出した。


<ハイドボディ>の魔法公式を横に展開し、縦に無効化の公式を描く。


「ハイドボディ破り、じゃないけど」


 呟いて、目の前の空間に球体の魔法陣を出現させる。それらは構築され、七色の光を放ち。直後、水色の髪をしたバンダナの男が現れる。


「おお…………!!」


 我ながら、少しだけじーんと来てしまった。


 感動だ。人ひとりの魔力制限を超える事。こうなってしまえば、もうどんな事だって息をするように出来る。人知れず、俺はじわじわと幸福に包まれていった。


 リリザが目を丸くして、俺の事を見ていた。


「主よ。それは…………?」


「え? ほら、『境界線』を越えただろ。横に使いたい魔法の公式を、縦にその効果を指定して球体を描けば。知ってる魔法公式なら解除だってできる」


 リリザだけではなく、マウスやガングも驚いている。……なんだ? だって、『境界線』を越えるってのは、そういう事だろ。


「確かに自身の魔力を超越した力ってのは、出せるようになるよ。でも、瞬間的に解析して分解だのどうだの、ってのは『境界線』を越えて手に入れた力じゃない」


 マウスが俺の事を化物か何かでも見るような目で、凝視していた。俺としては、首を傾げる他ない。


 ……いや、だって。……出来るだろ。俺という媒介の範囲内でなら、殆どリミットもなく魔力を使えるようになったんだ。使える魔法やスキルに制限が無いなら、トリガーが言葉ではない魔法を同時展開する事だって可能だろ。


 この『同時展開』のコツみたいなものが、大地の魔力とイコールになることで明確になった気がするのだが。……そんな事はないのだろうか。


「……いやー。これはまた、とんでもないモノを生み出してしまったかもしれませんねぇ」


 ガングが左目のレンズを弄りながら、俺にそう言っていた。フィーナが俺の言葉に気付いて、自身の目前に二つの魔法を展開し、球体の魔法陣を描く。


「それなら、これも……<テンペスト>!!」


 瞬間、周囲に生えていた木々が、フィーナの超速で展開された魔法によって眩いまでの光に包まれていく。そう、フィーナが正しい。同時に発動させる魔法の数ってのは、何も一人につき一つ等という制限はないのだから。


 当然、二人で協力しなければ発動させる事の出来なかった<テンペスト>だって、球体を描いて縦横に別の公式を描けば、一人で放つ事が出来るようになる、という訳だ。


 光が治まると、辺りの木々は綺麗に伐採されていた。周囲が呆気に取られる中、フィーナは目を爛々と輝かせて俺に笑みを浮かべた。


「すごい……これは、すごいですよ!! ラッツさん!!」


「だろ!? すごいだろ!?」


 言わば、魔法公式の『立体視』。ある魔法公式において、構築も解除も、その倍率も思いのまま。勿論、俺が放つという観点から最大出力に制限はありそうだけど、今までからすれば全く比較にならない。


 それって、すごい事だ。先人達が創り出した魔法の範囲を超えて、様々な事が出来るようになったという事なのだから。


「この世代は…………化物か…………?」


 リリザが漆黒のドレスを肩までずり落として、そんな事を呟いていた。




 ○




 体よくテイガ・バーンズキッドを捕まえると、テイガは何も喋らず、その場に立っていた。


 テイガの肩に留まった蝙蝠。……これが、ギルド・ローグクラウンの人間が扱うという蝙蝠なのか。一般的な蝙蝠とは違い、その瞳はくりくりと愛らしい。蝙蝠と言うよりは魔物みたいだ。


 頭を撫でようと、右手を伸ばした。不意に、蝙蝠が俺を殺意の眼差しで睨む。


「気安く触んじゃねーよクソガキ」


 ……ちっとも可愛くなかった。


 フィーナが不貞腐れたテイガを見て、白銀の髪をかき上げた。テイガを見下ろすと、やんわりと微笑む。


「ありがとうございます、テイガさん。助かりましたわ。……別に仲間になれ、なんて言いませんけど。貴方には、報酬を受け取る権利がある筈ではありませんの?」


 仲間になったと言うより、契約関係みたいなモノだったのだろうか。まあこいつが何の見返りもなく、俺達に協力するとは思えないか――……。


 しかし、だったらそれは交換条件だったんだろう。権利を放棄して情報を捨てるっていうのは、テイガの選択としては不自然なようにも思えた。


 テイガはフィーナの言葉に直ぐ返答せず、何かを考えているようだったが――……程なくして、フィーナに目を向けた。


 ようやく、その重たい口が開いた。


「……そうだな。何れ、対価は貰う。だが、おいそれとこの場でやれるような事でもない」


 フィーナは少し頼りない表情で、頷いたが……なんだ、この場で『やる』事って。テイガの事だから、また情報じゃないかと思っていたが……


 瞬間、視界を遮る何かが無数に飛んで来た。それはテイガの身体を包み込むように、黒く染め上げて行く。俺に思考させる時間を与える事も無く、テイガの周囲に異変が訪れる。思わず、顔を左腕でガードしてしまった。


 これは……蝙蝠!?


 テイガの身体が宙に浮いた。これはまさか、セントラル大監獄でも見せた、空を飛ぶ手法とやらだろうか。森の木々よりも高い場所へと移動すると、テイガは蝙蝠に包まれたまま、宙に浮いたまま、俺に背を向けたままで立ち止まった。


 何かを見上げている。テイガの視線を追い掛けると、そこには……なんだ、あれは!?


 誰も、驚いている気配はない。……俺だけが、今発見したのか? 若しかして、少し前から異変は起こっていたのか。


 空が、裂けている――――…………。


「あれの覚醒まで、時間が無い。お前達は先に、トーマス・リチャードの墓場へと向かった方が賢明だろうな。奴の情報が無ければ『紅い星』と戦った所で、また同じ事が起きるだろう。……なァ、出来損ないのヒーローさんよ」


 例え、俺とフィーナが『境界線』を越えていたとしても。それは、嘗て『紅い星』と戦おうとした四人と同じ状況なのだから。


 言外に、テイガはそう含めただろうか。


「そういえば、『スカイガーデン』でゴールバードの化物に捕らえられていたのは、パフィ・ノロップスターだったぜ」


「……パフィ? ギルド・イーグルアーチャーのギルドリーダーか?」


 スカイガーデンを襲った化物。ある時から姿を消していたが……。そうか。あれは、機能停止したのか。相変わらずテイガは、俺の知らない所で色々な情報を得ていた。


 テイガが懐から一枚の紙切れを取り出し、俺に投げて寄越した。俺はそれを受け取り、中身を確認する。


「一つ一つの動作に細やかさを求められる弓士が、やっぱり『イカロスの羽』には相応しかったんだなァ。……型はロイス・クレイユのものと同じだった。理屈が分かってりゃあ、楽なもんだ」


 ノース・ホワイトドロップの新聞記事だ。記事を書いたのは、ノフィ・ルーシェ……サインが入っている。そこには突如として壊れた『スカイガーデン』を襲った、化物の姿があった。


 赤い宝石を、一発で射抜かれていた。……その漆黒のナイフは、どう見ても投げナイフだ。俺も使うから、よく分かる。


 投げナイフってのは、ギルド・ローグクラウンの武器で。


 それは……つまり。


「お前は、やっぱり仲間を庇って死んだな。……まァ、生き返って来るなんて事は起こらないと思っていたが」


 俺は空中で蝙蝠に包まれている男を、今一度見上げた。


「『偽善』だと言って、悪かったなァ。……キヒヒ、お前は善でも、悪でもなかった。……馬鹿を超えた大馬鹿野郎だ、おめェは」


 空の上で、テイガは嘲笑う。陰湿で、尖っていて、油断のない笑みだった。唯一つとして気を許す事はせず、例え今この場で八方の何処から攻撃されようとも、難なく対処して見せるのだろうと思えた。


 その姿は、やはり見ていて気持ちの良いものではなかった。相変わらず、テイガ・バーンズキッドは油断のならない奴で、かつ鼻持ちならない奴だった。




「――――憧れるよ」




 でも、最後に聞こえたその言葉には、どこか暖かさのようなものを感じた。


 俺を見ると、テイガは笑いも、怒りもせずに、真っ直ぐに俺を見据えた。


 その冷徹な瞳の奥には、何が視えているのだろうか。俺には、分からなかったが。


「俺はもう、お前を追い掛けないだろう。次に会う事があるとすれば、そうだなァ……世界の終わりかね」


 最後にテイガは、不敵に笑い。


「じゃあな」


 そう言って、俺達の下を去って行った。




 ○




 久し振りに見た魔王城は、やはり『境界線』で見たものとは違い、光の当たらない空間だった。乾いた空気が吹き荒ぶ、まるで年中冬のような気候。特別寒いと言うほどのものでもないのだが。


 リリザの封印が解けて以降、空には亀裂が生まれたらしい。……何とも非現実的な光景ではあったが、もう魔界やら何やらで変なモノを見慣れてしまった今となっては、大して特殊な状況でもないとも思えた。


 だが、どうやらあれが『紅い星』復活の予兆で間違いないのではないかと、ガングやマウスは考えているらしい。


 魔王城に辿り着くと、螺旋状の巨大な階段がある部屋へと向かった。地面と接地している階段の裏、その陰に――――上に向かって開くような、長方形の蓋がある。これは、俺が魔王城散策をしていた時に発見したものだ。


 階段の下だからか埃塗れで、随分長いこと開いていなかった事が分かる。一度、俺が開けてしまったが。


「こんな所に……よく見付けましたね」


「いやいや。ダンジョン散策の基本だぜ、こういうのは」


 なんて胸を張る俺も、たまたま見付けただけだったりするが。


 蓋の取っ手を掴んで、上方向に引っ張る。蝶番が軋んだような音を立てて、重たい岩の扉が開いた。


 すると、地下へと続く階段が現れるのだ。


「んじゃ、行きますか」


 俺は意気揚々と<ライト>を使い、暗闇を照らして地下へと進んで行く。全員、俺の後に続いた。


 ここに、俺の爺ちゃんが残した情報があるのだろうか。



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