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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第九章 消えた初心者と追跡する少女と四葉の思い出し草
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K158 共に歩こうお前は一人じゃない

 過去、『境界線』を越えた時にトーマス・リチャードが呟いた一言が、俺の頭の中に流れて来た。閃光のように湧き上がったものは脳裏を掠め、俺に確かな一言を刻み付けていった。


 その事実に俺は今一度、目を見開いた。


『なら俺は、『成功』を望む』


 本当に?


 トーマス・リチャードが、俺の爺ちゃんが、本当にそんな事をこの場で言ったというのか。


 嘗て、トーマス・リチャードの居た星は人類の生み出した機械によって壊滅した。トーマスはその星を壊滅させるに至ったものを、自らの手で開発した張本人だった。それは確かに、今なお俺達の世界へと浸食し、その猛威を振るおうとしている。


『これは、まじないのようなものだ。限りない研究と知識の果てに、必ず『成功』することを、俺は約束する。俺自身の手でそれを成し遂げる事になるのか、俺の信頼する者にそれを託すのか、それは分からないが』


 そうか。思わず拳を握り締め、俺は俯いて笑った。


 爺ちゃんの想いは、まだ俺の中に残っている。それは確かに、希望への道筋を俺達に示していた。


 ここに、まだトーマス・リチャードの希望は残っていたんだ。それは足下から胸まで一杯に満ち溢れ、絶え間なく流れる川のように、涼やかで清らかなもので俺の心を満たしていく。


「なるほど。……フィーナ・コフール嬢も、それでいいのか?」


 幻影のトーマス・リチャードに、フィーナは笑みを湛えたままで頷いた。


「構いませんわ」


 理知的な瞳だった。これ以上無いと言う程に。


 明後日の方向を見詰めたマウスが、空白の世界に胡坐を組んで――――赤いシルクハットの向こう側で、キセルを咥えていた。


「ったく、格好付けやがって。俺の時とはえらい違いじゃねえか……」


 一体、彼は何をこの場で宣言したのだろう。


 トーマス・リチャードの姿をしたものは、晴れやかに破顔した。ただ、笑みを浮かべたのではない。声に出して、腹を抱えて笑ったのだ。


 周囲の空気が、変わった。先程まで流れていた陰鬱として暗いそれではなく、晴れ渡る青空のように清涼で、実り豊かなものに。


 鐘の音が鳴る。両手を広げて、広大な空白の世界に色を加えるかのように。やがて何処からか降り注ぐ花弁が、俺達の所へと運ばれて来た。




「なるほど――――君は、君たちは、面白い!!」




 その言葉は、俺達に賛同し――――そして、祝福さえしてくれているのだという事を理解した。


 俺達を束縛していた黒い影は、跡形も無くその姿を消した。代わりに見えて来たのは、果てしなく広い空。黄金色の光に包まれて、柔らかな日差しと共に澄み渡る。


 空の上にいた。トーマス・リチャードの姿をしたものは、不意に少しだけ寂しそうな顔をして、俺に微笑んでみせた。


「私は、結局のところ『魔力』だとか、『魔法公式』の権化みたいなモノでしかなくてね。門番みたいなものさ――――決定権も、判断権もない。だが、個人的には私も反対だ。生物ならざる、人によって生まれたモノに全てが破壊されるというのはやっぱり悲しい」


 それは、『紅い星』についてのコメントなのだろう。人が作り出した、人と極めて似たような、人成らざるモノの存在。どういう訳か、俺にはそのように聞こえた。


 彼は、拍手をした。俺達の旅の終わり、そして新たな旅の始まりに対する、賛辞とか感謝のような意味合いを持っているのではないかと、俺は想像していた。


「私の意見というのは、この星に存在する無数の生物達の意見だと思ってくれていい。その、象徴のようなものだと。……君達の選択が、どうか正しくあらんことを」


 そうして。


 トーマス・リチャードの姿をしたものは、俺達の前から姿を消した。一瞬、これで全てが解決したかのような想いに駆られたが――……


 まだ、終わっていない。


 俺は直ぐに、その場から走り出した。


「ラッツさん!?」


「ラッツ!!」


 振り返り、二人に告げる。


「リリザを捕まえよう!! 俺に付いて来てくれ!!」


 青空の中を、俺達はひた走る。既に分かっている、この場所の何処かに居る者の存在を追い掛けて。


 まだ、居るはずだ。俺とリリザは、同質の魔力で繋がっている。魔力の質に区別はないと言っても、全く同じ量なら話は別だ。


 その、質量。保有量。何より、リリザの気配や匂いを感じる事ができる。それらから導き出される答えはひとつだ。


 大地の魔力と完全に融合したことで、ゆっくりと、俺に力が漲って来る。


 そうだ。


 両手を、伸ばした。姿形も見えないそれを、しっかりと両手に包み込む。力一杯に、抱きしめた。


 そうして、その瞬間に、存在を把握した。




「――――ラッツ」




 背中から、ふわりと緩やかな腕力で。


 何処へ、行くつもりだったのだろう。その右手に込められた魔力からは、何処かへと移動する為の魔法公式が描かれている。


 きっと、『紅い星』の所へと向かうつもりだった。


 何でも出来る、不思議な力。それが魔力の正体でいいだろう。秩序とか輪廻とか、そういう面倒で終わりの見えない話はもうごめんだ。


 俺は、面倒な話が嫌いなんだって。この『境界線』で、死ぬほど聞き飽きたよ。


 だから、彼女に伝える言葉もシンプルでいい。


「俺達は、前を向こう」


 彼女は。リリザ・ゴディール=ディボウアスは、泣いていた。


 いつからか、目尻に涙を浮かべていた。頬から一筋の流星のように軌跡を描いて顎下へと伝っていくそれを、俺は人差し指で拭った。


「独りで戦う事ねえよ。お前の失敗は、みんなの失敗。責任を押し付けたりなんかしない」


 きっと、間もなく最期の戦いが始まる。その時に、リリザを一人で戦わせたりなんてしない。


 俺達の最終戦争。『俺達』で、迎えたい。


 リリザの頭に左手を乗せて、優しく撫でてみせた。


「俺は、お前の主なんだろ?」


 大きな瞳から、大粒の雫が流れ落ちていく。俺の胸を掴み、しがみつくようにして顔を上げていた。


「…………すまない」


 きっとそれは、俺達の限りない、仲直りの合図だった。


 フィーナが何かに気付いて、シスター服の胸元に手を突っ込んだ。前襟の隙間から、何かを取り出す…………ドコに何を入れてるんだ。


 なんだ、ありゃ。砂時計? 中央に嵌められた楕円形の宝石が、煌々と輝いている。


 マウス五世がその様子を見て、ふと笑みを浮かべた。


「時間が来たみたいだな。間に合って良かったよ」


 目を丸くして、フィーナがその様子を見ていた。緑色の光は点滅し、広がり、やがて空間を緑色の光で包み込んでいく。


 暖かい。春が訪れた時のように爽やかで、少しだけ眠たいような空間の中に居た。俺達は宙に浮かび、ゆっくりと下降していく。


 フィーナが俺の目を見た。リリザにしがみつかれている俺を一瞥して、僅かに目を細める。


「またしても浮気ですか?」


「いや、これは親族だという事が判明したんで……いや、それ以前にどうしてお前は……」


 直後、フィーナは軽く吹き出して、微笑みを浮かべた。


「ま、良いです。お姉さん、これからよろしくお願いしますね」


「お姉さん!?」


 驚愕して固まるリリザ。横で見ていたマウスが、腕を組んで様子を見ていた。


「いや、そいつは人間の年齢的に言えば、限りなくババアなんだが……」


「死ね!!」


 リリザが右手から放った電気を、軽く上体を逸らす事で避けるマウス。……なんとなく、爺ちゃんがまだ生きていた時に行われていたやり取りの再現ではないかとも思えた。


 緑色の光に、終端が見える。その向こう側に見える草原では、フィーナの手荷物を持って待っているガングと…………えっ。あの水色の髪はまさか……テイガ・バーンズキッド?


 どうして、こんな所に……。


 緑色の光を抜け、俺達は草原の上に降り立った。帰って来た場所は……辺りを見回す。何処かで見覚えがあったような、無かったような。木の形が複雑で、あまり人間界という雰囲気ではないな。……あ、ひょっとするとここは『サッポルェの森』じゃないか?


 ガングが居る。俺が戻って来ると、安堵した様子だった。


「お帰りなさい、ラッツさん、リリザ。……どうやら、成功したみたいですね!」


「ああ、まあ、なんとか」


「いやー、……いやー、良かった、本当に。……いやー、良かった」


「ループしてる。ガングさん、ループ」


 真っ昼間だ。太陽はちょうど、頂点まで達して傾き始めている所だろうか。リリザと『境界線』に行ってからすっかり時間の感覚が無かったから、あまり慣れない状況ではあった。


 あんな場所に長いこと居て、魔法公式の研究をするなんてマゾも良い所だ。……俺の祖父にして父親だが。


 ガングはマウスを一瞥すると、徐ろに頷いた。


「……貴方も、ありがとうございます。助かりました」


「『失敗』を望む、だってさ。格好良いねえ、ガング。お前は『嘗て例を見ない、有り得ない程変なモノを作って見せます』だったもんな」


「おや、それを言うなら貴方は――――」


「待て待て待て何で知ってんだよ!!」


「そこの魔王様から聞いたもので」


「リリザてめえ!!」


「私は知らん」


 ……なんだ? この状況。確かに、過去の世界では彼等三人は面識があり、そして仲間だったようだけど……現代でも打ち解けているなんて、聞いてないぞ。


 ガングは人間界に居た筈だし、マウスは魔界に隠れていた。という事は、当分長いこと会っていなかった筈だ。


 リリザが俺の背中に隠れた。……瞬間、俺は派手に腹を殴られ、訳も分からず草原を吹っ飛んだ。


 驚愕したマウスの姿がそこにはあった。


「ああっ!! すまん!!」


 殴った後で謝られても困る。覚えてろ、巨大鼠め。


「悪い、主よ。身体が滑った」


「身体は滑らねえよ!! ちょっとお前そこに直れ!!」


 リリザは腕を組んで、無い胸を張った。……いや、しかし母親はあんなにも良い乳をしていたというのに、コイツときたら。


「ふふん、私はお前の姉だぞ。何を説教される事があると言うのか」


「…………ほーう?」


 少し頭に来たので、無駄に無い胸を張っているリリザに向かってつかつかと近寄り、そのこめかみに両の拳を当てた。


 締め付けるように、捻り込むように回転させる。


「いだい!! 痛っ……!! ちょ、やめろ!! やめろラッツ!!」


「ガングさん、そういえばコイツ、もう『神具』からは解放されたから『ゲート』潜る人数制限に引っ掛かるんかね?」


「私を無視して話を進めるな!!」


 ガングはふむ、と一声呟いて、包帯巻きの下顎を撫でながら言った。


「そうですね。思えば、概念が『アイテム』なら際限なく『ゲート』を潜れるということ、我々は忘れてましたね」


「なるほどね。姿が見えていても、アイテム扱いだったって訳か。……『神具』の効果は?」


「流石に、もう使えないでしょうなあ。あれはリリザの能力を分割して閉じ込めたようなモノでしたからねえ……」


「じゃあ、今ではコイツが神具代わりなのか」


 フィーナが不意に、手を叩いた。俺を見ると、何かを思い出したようだった。


「そうですよ、ラッツさん。私、ラッツさんに伝えないといけない事があって。ラッツさんがまだ小さい頃、私に伝えた言葉があって。『もしも、ラッツ・リチャードが入るギルドが無くなったら』で始まる言葉なんですけど」


「あ、それ!! そうだ、俺もフィーナに話したんじゃないかって思ってて、そのうち聞こうと!!」


 まさか、本当に覚えていてくれたとは。感謝する反面、フィーナは一体どこまで過去の俺を覚えているのだろうと、少しだけ怖くもあったりする。


 フィーナは右手の人差し指を立てて、真剣な様子で言った。


「『大泥棒が魔王城で待ってる。合言葉は地獄の底でよろしく』だそうです」


 全く、意味の分からないことを。


 …………どういうことだ?


 何かの暗号ではないかとも思えたが。爺ちゃんが魔王城で待ってる? ……しかし、合言葉の意味はさっぱり分からない。……いや、待てよ。


 俺は腕を組んで、爺ちゃんの言葉の意味を追い掛けた。


「……地下の宝物庫のことかな」


「宝物庫!? そんなものがあったのですか!?」


 そういえば、魔王城散策を真面目にしていたのは俺一人だったな。ダンジョンを隅までくまなく調べるってのは、冒険者の基本……って、誰に何を言ってるんだ。


「初めて魔王城に行った時、部屋探しついでに色々見て回ったんだよ。そしたら、地下に行く階段があってさ。鍵が掛かっていて入れなかったけど、若しかしてあの鍵……」


 どのような格好の鍵だったか、もうよく思い出せない。声を鍵にして開く扉だったりしたら、楽で良いんだけど……いや、『地獄の底でよろしく』なんていう言葉がそのまま鍵になる筈はないか。


 でも、とにかく行ってみる価値はありそうだ。


 マウスが心配そうな顔をして、俺の肩を掴んだ。


「おい、ラッツ。……その辺にしといてやれ。リリザが死んじまう」


 見ると、リリザが口からエクトプラズマを放出して、その場に放心していた。……しまった、やり過ぎた。


 しかし、『境界線』を越え、ついに俺は爺ちゃんと同じ立場まで登り詰めたのか。過去に敵わなかったマウスや、封印の解けたリリザとも対等に戦えるようになっているのだろうか。


 少しワクワクしつつ、俺は辺りを見て――……


「……あれ? さっきまでここに、テイガが居なかったか?」


「えっ……」


 急に、不安そうな表情になって辺りを見回すフィーナ。その様子を見て、俺は確信を持った。


 まだ、近くに居るはずだ。



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