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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第一章 初心者とベタ甘ハーピィと山の上の城壁
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A16 武闘家の心得を刻み込もう

 <ホワイトニング>、<キャットウォーク>、<マジックオーラ>。


 お決まりの魔法を一斉に使い、俺は拳を構えた。<ダブルアクション>のアタックダメージ補正は武器に掛かるから、今の俺には意味がない。同様に、<ダブルスナップ>も武器に関わるスキルなので意味がない。


 まあ、拳を使って戦う場合はこれらのスキルとは一味違ったモノが多数登場する。俺は深く息を吸い込み、吐き出した。


 ダンドは俺の覇気を誤魔化すように笑い、ロングソードを構えた。


「……馬鹿にしやがって」


 馬鹿にしたのはどっちだったかな。


 ダンドがロングソードを上段に構える。俺はそのモーションで、次に何が放たれるのかを瞬時に察知した。


<ウェイブ・ブレイド>だろう。この距離から仕掛ける技があるとすれば、それしか考えられない。俺は地面を強く蹴り、第一歩を踏み出した。


「<ウェイブ・ブレイド>――――!?」


 俺が真っ直ぐに突っ込んで来たからだろう、その波動には僅かな焦りが感じられた。


 武器を持っている時には使えないけれど、武闘家には武闘家のスキルってもんがあるのだ。何より、後ろに居るレオに<ウェイブ・ブレイド>を当てる訳にはいかないしな。


「<堅牢の構え>」


 俺は力一杯に握った拳を前に出し、両手でガードをするように構えた。ダンドが放つ、<ウェイブ・ブレイド>の威力は知っている。大した傷にはならないだろう。


 武闘家が後ろの魔法職を護るために使うスキル、<堅牢の構え>。魔力が俺の両手から吹き出した。体力の無い俺が使ってもどうだ、という感じではあるが、相手のアタックダメージを減らす効果がある。


 俺の両腕が縦一直線に傷付くが、俺は特に気にする事もなく、ダンドに突っ込んでいく。


 二、三歩。一瞬にして俺の攻撃の間合いだ。屈むように構え、俺はダンドの足下に向かって頭から飛び込んだ。両手を地面に付け、ハンドスプリングの要領で真上に重い蹴りを放つ。


「――――<牙折り>」


 相手の武器を弾き飛ばす体術だ。武器持ちの魔物を倒すのが難しい武闘家が、唯一それらを倒すために用意される基礎スキル。アカデミーの武闘家志望が護身の為に必ず覚えるスキルだが、両手が自由でなければ使う事が難しい。


 まあ、ちゃんと属性ギルドに入りさえすれば、剣には剣で<ヘビーブレイド>みたいな武器破壊系の技があるんだけど。


 でも俺はその足を、ダンドのロングソードの腹に向けた。力強く、そのロングソードを踵で蹴る。


 ダンドの剣を構えた右腕が、大きく後ろに弾き飛ばされた。


「んなっ――――!?」


 天空に向かって伸ばした足を戻し、俺は素早く立ち上がる。ロングソードのように重い武器は、剣を払われると切り返しに時間が掛かるのだ。


 その間に、俺は左手に魔力を込めた。意識を集中させ、指を揃える。


 アカデミーで教えて貰える武闘家スキルは護身的な意味合いのモノが多くて、直接攻撃をするためのスキルはあまり教えて貰えない。体力と腕力が強くならないと、覚えても意味がない技ばかりだからだ。


「<刺突しとつ>」


 それでも攻撃技が無いかと言えば、全く無い訳ではない。これは、その後の体術をモノにするために、アカデミーで覚える基礎中の基礎技。<チョップ>の拳版だ。


 容赦なく、その左手をダンドの腹にめり込ませた。強制的にダンドは息を吐き出し、苦痛に顔を歪める。


 ガードしなくて良いのか? 俺は口にする事もなく、超近距離でダンドに連撃を放った。


「<刺突しとつ>、<刺突しとつ>、<刺突しとつ>」


 左肩、右肩、胸。喉元は勘弁してやろう。殺す事ではなく、ボコボコにする事が目的だからな。


 これは、剣士として戦わず、レオを嘲笑った分の攻撃だ。


 俺は、至って冷静だった。ダンドが腹を押さえて顔を上げる頃、俺はもう正面には居ない。新米武闘家が、敵を遠ざけるために使う足技をダンドの背中に向ける。


「<飛弾脚ひだんきゃく>」


 ダンドの蹴りが普通のヤクザキックだとするなら、これは武闘家版ヤクザキックだ。中段から真っ直ぐに振り抜き、ダンドの背中にスタンプをするように右脚をめり込ませた。ダンドの身体が宙を舞い、そのまま顔面から広場の地面に突っ込んだ。


 縦に回転し、やがて勢いを失う。


 ダンドは咳き込み、その場で痛みに悶えた。


「ぐっ、がはっ…………」


「やー、話にならんね。剣を使っていた方が、まだ剣士としての戦いができる分だけマシだったんじゃないの?」


 立ち上がり、俺を睨み付けるダンド。初心者に負ける事は、余程プライドが許さないらしい。まあ、こいつも一応パーティーリーダーなんだけど。


<ウェイブ・ブレイド>と<ヘビーブレイド>を覚えた程度で調子に乗っているから、成長しないのだ。


「く、この……人が手加減してやりゃ、良い気になりやがって……」


「へえ、手加減してくれてたの? そりゃどうも」


 俺は軽く笑った。ダンドは更に怒り、俺にロングソードを構える。


「<ウェイブ・ブレイド>!!」


 性懲りもなく、波動攻撃か。と思ったら、ダンドは<ウェイブ・ブレイド>を放ちながら俺に向かって走って来た。……なるほどね。連撃の起点にするつもりだ。


 だが、飛び道具と武器の連携なんて、俺は飽きるほど練習してきた。


 俺は広場に落ちている小石を拾い、<ウェイブ・ブレイド>が俺に当たるタイミングを測った。隠れるように走って来るダンドも、直線上に捉える。


 そういえば、こいつはわざわざレオを剣ではなく、殴って攻撃してたな。


「死ね!! <ヘビーブレイド>!!」


<ウェイブ・ブレイド>の斬撃波動に、小石を合わせた。さて、剣技の基礎スキルとして覚える噂のアレなんだけど、アレは剣を受け流すための技であって、使用者は剣じゃなくても大丈夫だったりする。


 つまりはコツとタイミング。覚えることは出来ても、使いこなせるのは剣士になって随分先だと言うけれど。


 ナイフも要らない。コレで十分だ。


「<パリィ>」


 カツン、と小石が当たり、その斬撃は僅かに左へ逸れる。


 考えられる限りの最小のモーションで、俺はダンドの<ウェイブ・ブレイド>を受け流した。


「パッ――――――――!?」


 さて。


 俺は小石を捨て、その右手に力を込めた。


 横薙ぎに襲い掛かってくる、ダンドの<ヘビーブレイド>。その剣の腹に狙いを定め、俺は右拳を振り下ろす。


「<牙折り>っ――――!!」


 剣の腹に、俺の右拳が当たる。瞬間、真下に拳を放った衝撃で、ダンドの剣が地面に勢い良く激突した。


 ダンドはそのまま、俺の横を通り抜ける。


「ダンドッ…………!!」


 取り巻きのパーティーメンバーが、ダンドの身を案じた。ダンドは俺に背を向けたまま固まり、動けなくなっているようだった。


 地面に激突したダンドの剣は、一部のみだった。


 俺は<牙折り>で、ダンドのロングソードを叩き割ったのだ。


「いやー、そういえばレオと戦った時、わざと殴ったりしてたよなーと思ってさー」


 俺はダンドの背中に、楽しげな声を投げ掛けた。


「だったら要らないでしょ? その『ロングソード』」


「おっ…………俺の…………俺のロングソード…………」


 俺は右手を動かした。パキパキと音がして、ダンドがその音にびくん、と身体を震わせる。


 剣士が剣を失ったら、なんと呼ぶのだろう。まあ、ダンドの場合はたぶん――……


「んじゃ、殴り合おうか」


 雑魚、って所だろうな。




 ○




 俺はダンドを殴った。


 飽きるほど殴った。


 タコほど殴った。


 ついでにパーティーメンバーも殴った。


 毟られたティリルの羽の数くらい殴った。


 気が付けば、レオの顔よりもあまりに酷い、おたふく風邪でも引いたのかと言ったような顔をした男が数名、広場に転がっていた。


 俺は両手を払い、やれやれ、と腰に手を当てた。


「二度と魔物の子供をさらおうとか考えるんじゃねーぞ。街が魔物の大群に襲われたら、もうお前達だけの問題じゃないんだからな」


「………はい。すんませんでした」


 謝るなら最初っからやるなと言うのだ。


 奪われた俺のリュックを拾い、フルリュの下へ向かう。


「冒険者は大人しく、ダンジョンで冒険してろってね……」


「ラッツ様!!」


 ご丁寧に縄なんかで縛られちゃってまあ。俺はナイフを使い、縛られているフルリュとティリルの縄を解いた。


 軽くフルリュの頭にチョップをかます。


「いたっ」


「勝手に飛んで行くな。今回は何も無かったから良かったけど、パーティー内の勝手な行動は命に関わる事もあるんだから」


「……ごめんなさい」


 まあ、妹も見付かったみたいだし、何よりだ。俺はフルリュの妹と言われる、ティリルを見る。


 相変わらず羽は全て抜かれてしまい、地肌が痛々しかったが。ティリルは翼を縮こまらせて、少し怯えた瞳で俺を見ている。年齢は……人間的な感度で言うと、五歳くらいだろうか。魔物だから分からないが。


「……お兄ちゃん、だれ?」


 まだ、発言も幼いようだ。こんな人に近い子供の魔物をいたぶるってのも、趣味が悪いな。


 俺はティリルの頭を撫でた。


「お姉ちゃんの友達だ。良かったな、もう大丈夫だぞ」


 しかし、姉に似て綺麗な金髪だこと。もう少し成長すれば、女神姉妹の出来上がりだろうか。


 ティリルは瞳に涙を一杯に溜めて、俺の手を掴んだ。……余程怖かったんだろうか、嬉しさよりも安心が勝ったらしい。


 これだから子供ってのは、憎めない。


「ひっく……」


「おお、よしよし。ちゃんとお兄ちゃんが家まで送り届けるからな」


「あいっ……!!」


 涙目で頷くティリルを見て、フルリュは穏やかな笑みを浮かべていた。


 ふと、屈む俺に影ができた。俺が顔を上げると、そこには傷だらけのレオ・ホーンドルフが立っていた。どうやら起き上がる事が出来るまでには体力が回復したらしく――そして、パペミントをかじっていた。


「おー、大丈夫か……どしたの、それ?」


「さっき、道中で見付けてさ。煎じるの面倒だから、食ってみた」


「お味は?」


「くそまずい」


 でもまあ、効かないって訳でもないのか。レオの傷は、多少ながら癒されているようだった。


 広場の端で光が現れ、そして消滅する。見れば、ダンドのパーティーはそこから姿を消したようだった。……『思い出し草』か。


 まあ、俺達も戻ろう。ティリルを助けるという目的は達成されたし、レオもフルリュもすっかり疲労しているし、さっさと戻って今日も温泉だな。


 久しぶりに体術なんか使って、俺も疲れた。広大な青空のど真ん中で、俺はうんと伸びをする。


「よーし、そんじゃあ……帰るかー!」


 すっかり懐かしいリュックを漁り、俺は『思い出し草』を取り出した。ついでに、横にあるゴボウとも久々のご対面である。


「その魔力は……主か。ようやく知っている人間の下に帰って来られたのか、私は」


「お前、魔力で俺の居場所を感知してたのか……」


「私は有名な魔法使いだったと言っておるだろう。魔力での状況把握など、目で視ているのと対して変わらない」


 まあ、話は後だ。俺は取り出した『思い出し草』に魔力を流し込み、共鳴させる――――…………


「…………あれ?」


 あれっ。


 効かない。……あれ? 俺は何度か、思い出し草に魔力を込めた。……効かない。うんともすんとも言わない。


 え? ……あれ? おかしいぞ。だって、さっきダンドのパーティーはこれを使って、街まで帰ったはずで…………


「ラッツ? どうした?」


 レオが俺に疑問を投げ掛ける。俺は顔を上げ、一同を見詰めた。


「いや、それがさ、使えないんだよ。思い出し草が」


「使えない?」




 その時だった。




 大地が揺れ、咄嗟にフルリュがティリルを庇うように屈み込んだ。俺とレオも立っているのがやっとで、何やら猛獣のような声も聞こえ始めた。


「な、何だ!? 何だ!?」


 レオが叫び、堪らず大地に手を付く。俺は辺りを見回し、一体何が起こっているのか、その変化を感じ取ろうとした。


 ダンドのパーティーはもう居ない。その場所には、不完全な法陣が描かれていて――――…………


 ――――えっ!?


 俺は四つん這いになるも、ダンド達の居た場所へと這った。


 ……間違いない。不完全だった筈の法陣が、完成されている――――!?


「やっぱあいつら、喋れなくなるまで殴らなきゃ駄目だったか……!?」


 この広場では、もう思い出し草は使えない。ダンジョンマスターの結界で、テレポート系の技は封じられてしまっている。


 広大な青空に、小さな白い光が現れた。光は光を呼び、やがてどこからか集まり、一つの大きな光へと変化していく。これは、間違いなく召喚系の……。


「こ、この魔力は……!! 主よ、まさか――――」


「ああ、そのまさかだ!!」


 ゴボウが慌てたような声色になって、俺に問い掛けた。……知識自慢が好きそうなこいつが慌てるって事は、余程の事なんだろう。


 俺はレオとフルリュ、ティリルの下に戻り、三人を光から守るように立ち塞がった。もう、時間がない。今から逃げたって、あの足場の悪い山道を下っている間に襲われてしまう。


 …………やばい。


 解決策が、何も思い浮かばない。


「ラ、ラッツ様……これは……」


 巨大な光はやがて一枚の大きな岩に――――いや、壁だ。城の外壁でさえ、この高さには及ばないと思えるほどに大きな壁へと、光は変化していく。


 そして――――…………


「冗談だろ……」


 俺は、思わずそう呟いていた。


 巨大な手と目、足を持つ、棘々しい岩壁の化物は、空中に現れると重力の通りに落下し、『嘆きの山』の山頂に降り立った。


 まるで地震のように、大地は揺れる。俺達人間なんて、まるで豆粒か蟻のように見えている事だろう。


「…………へっへっへ、死んだかも」


 あまりの衝撃に、笑う事しかできない。


 エンドレスウォール。


 山の神とも呼ばれる恐るべきダンジョンマスターは、召喚されるや否や辺りを見回し。


 俺達を、その無粋な瞳に捉えた。



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