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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第九章 消えた初心者と追跡する少女と四葉の思い出し草
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K150 欲と盲目と宴に溺れる街

 ガング、フィーナ、テイガ、アクセル。三名の人間と一匹の魔族は、人間界と魔界とを結ぶゲートを通じて、未開の地に降り立った。フィーナは桃色のシスター服を風にはためかせ、涼し気な空気の青空を見上げた。


 名前もない、『東の島国』。人は殆ど在住していないその場所には、ゲートがあった。今フィーナが立っている地面は人間界で言うところの『東の島国』のちょうど裏側。ダンジョン内のゲートとは違う、出現位置を変化させないものだ。


 どうしてテイガがそのような知識を持っているのか。フィーナは気になったが、誰も知らない知識を数多く自身に取り込んでいるテイガ・バーンズキッドという男の存在について、今更何を聞く事もなかった。


 青白い光から、闇の化身のような男が現れる。肩に留まった蝙蝠が、ゲートの移動は嫌いなのか、倦怠感を覚えたような様子で大きく息を吐き出し、テイガの肩を転がった。


「近くに、『カブキ』って名前の街がある。人間界とは違って、この『カブキ』って街は殆ど何処とも関わらない一国として、人魚島みたいに鎖国しているから気を付けた方が良い。余所者だとバレたら、殺さないといけない決まりだ」


 知らず、緊張の色を浮かべるフィーナだった。


「……ま、決まりはな」


 一目見て、フィーナは異彩を放つ景観に目を奪われた。立ち並ぶ木々には一面桃色の花が咲き誇っており、種類もセントラル・シティで見るものとは、明らかに違った。


 鮮やかな色彩は遠くに見える、黄金色の古城をより引き立たせていた。石垣の城郭に囲まれた敷地内。あの内側に、『カブキ』と呼ばれる街があるのだろう。


 程なくして、ゲートから身を屈めてガング・ラフィストが顔を出した。右手で帽子を押さえ、茶色のコートに身を包んだ細身の男。派手な色で彩られた山々と遠くに見える街を前にして、ほほう、と呟き、左目のレンズを調整する。


「いやはや、人間界側の街はまだ見る事もありましたが、こちらは完全に初めてでして……いやー、実に特殊ですね。この気候に、魔界の事ですから……年中春、という事なのでしょうか」


 ガングの言葉に、テイガが静かに笑みをたたえた。黒ずくめの風貌は、この大自然の景色には全く似合わない。


「……キヒヒ。まあ、逃げ回るへっぴり腰の気分をダマすには、最高の場所ってトコだろうなァ」


「如何にも。そろそろ、お灸を据えないといけませんかねぇ」


 ガングもまた、頷く。フィーナには分からなかったが、少なくとも二人にとっては、これから出会う男は何かから逃げ回っているとの認識らしい。きょとんとしてしまうフィーナだったが、ガングは小首を傾げると、フィーナに微笑み掛けた。


「大丈夫ですよ、フィーナさん。彼は目的の通過点に過ぎません。私が来たとあらば、黙っている訳には行かないでしょう」


「え、ええ……」


 訳も分からず、フィーナは頷いた。


「そんな事よりも、あれが心配だなあ。……なあテイガ、こっちの空にも亀裂が見えるぜ」


 アクセルがテイガの周囲を飛び回りながら、広がる青空の一部へと視線を促す。フィーナも首を向けると、ゲートを潜る前と殆ど同様の亀裂が空には広がっていた。


 青空に浮かぶ雲によって、亀裂は目立たなくなっているが――……どうにも、その様子は不気味だった。広大な蒼穹を見上げると、各々考える事もあるようだ。


「時間がねえな。……おい、これを付けろ」


 そう言って、テイガはフィーナにヘアバンドを手渡した。これは――……その、見覚えのある形に驚いた。


「……角、ですの?」


「鬼の振りをするんだ、一応な。ここから先は魔族が住んでる街だからなァ」


 だが人間は、魔界で認められる存在になった筈ではなかったか。


 訳も分からず、それを受け取って装着するフィーナ。テイガは自身にも装備すると、真っ直ぐに石垣で囲まれた街を目指して歩いた。


 勿論、ガングに装備品は配られなかった。




 ○




 暖かな日差し。辺りで咲き誇る草花の成長を一層促していると思える程には、快適な気候だった。ふとすれば眠気を覚えてしまいそうな微睡んだ空気の中、遠目に見えていた街は歩くにつれて、その異質な雰囲気を際立たせていた。


 フィーナは直ぐに、その異変に気付いた。街の近くまで寄って行くと、甘いような香りを放つ桃色の花とは違う、何か奇妙な――――不快な臭いが鼻をついた。


「な、何ですの? この臭い……」


 思わず、鼻を押さえて顰め面になってしまうフィーナ。テイガは特に気にする素振りもなく、黙々と街に向かって歩いて行く。ガングは「いやー、これはこれは」と言っていたが、別段苦しそうな素振りも見せなかった。


 美しい景色から、どこか期待をしていた未開の土地。その希望は急速にフィーナの胸の内から撤退し、代わりに今直ぐにでもここから離れたいという欲求が心中を埋め尽くした。


 あまり、臭いは得意ではないのだ。


 ツンと鼻先を痺れさせるような、強烈な臭気。慣れようと思えば慣れる事は出来るのだろうか。石垣の向こう側に、古びているが頑丈そうな、木製の城門も発見した。


 本当に、こんな所にオリバー・ヒューレットという男が居るのだろうか。もしも居たとしたなら、健常者とは到底思えない。フィーナの脳裏に失礼な思考が過る。


 門の近くまで辿り着いた。城門の左右には、二体の鬼族と思わしき男が二人、やる気無さそうに扉を守っていた。


 その頃には、フィーナにもその臭気というものが、一体何によって発生されているモノなのか、確信に近い予測を得る事が出来る迄になっていた。


 テイガが振り返り、その三白眼が未だ眉間に皺を寄せているフィーナを一瞥した。


「おい、顔を戻せ。俺達は当たり前のように、ここに帰って来るんだからな」


「……わ、分かっていますわ」


 これは堪らない。フィーナはどうにか鼻を押さえていた指を離し、無理矢理に笑顔を浮かべて見せた。


 テイガは草陰から出ると、鬼族に向かって軽く手を振った。半ば自棄な心境のまま、フィーナも影から出る。


「おう、お疲れ」


「おう、久しぶりだな。テイガ・バーンズキッドだ」


 門の男達は、テイガを見るとそう言った。……顔見知りなのだろうか。当然のようにテイガは門の前まで歩き、立ち止まる。


 鬼族もまた、何日も身体を洗っていないのではないかと思える程に、臭い。フィーナはガングの背中に隠れ、鬼族の視界に入らないように努めた。


 背中から、ちらりと門番を一瞥する。別段、何か特殊な格好をしている訳ではないが――……この街に住んでいると、このような臭いを発するようになってしまうのだろうか。


 正気の沙汰とは思えない。貼り付けたような笑顔が早くも心折れ、崩れてしまいそうになった。


「テイガ、後ろの娘と…………案山子かかしは、なんだ?」


 よもや案山子と表現されるとは思わなかったのか、ガングがふむ、と腕を組んだ。


 テイガは眉をひそめて、門番の男を見据えた。


「何だ? まるで知らねえみたいな言い方して」


 勿論、フィーナは門番の二人と出会った事もない。だがテイガがそう言うと、面食らったかのように鬼族の男は慌て出した。頭を掻いて、呟いてしまった言葉を直ぐに訂正する。


「あ、ああ! いや、見た事あるよ見た事ある。……久しぶりだな」


 テイガがフィーナを睨むように見詰めた。そのアイコンタクトの意味を、推察する……答えるな、という意味だろうか。それとも、今までの彼等のように知ったような口を利けば良いのだろうか。


 悩んだ末、フィーナは何も喋らずに会釈だけを返す事にした。案山子と呼ばれたガングが何も反応を示さなかった事から、滅多な事はしない方が良いだろうと踏んだのだ。


 鬼族の門番は扉に手を掛ける。……どうやら、フィーナの選択は正解だったらしい。


 アクセルがフィーナの肩に留まり、耳打ちした。


「こういうモンだ。鎖国っつっても誰が誰かなんて分からないからな、当たり前な顔して入れば入れるんだよ」


「え? それってどういう――――」


 扉は、開かれた。


 思わずフィーナは、う、と呻いてしまった。遂に必死で貼り付けた笑顔も剥がれ落ち、曲がりそうな鼻を思わず押さえた。


 それは、酒。酔った魔族達の強烈な悪臭が街全体に広がり、石垣を越えても感じる迄になっていたのだ。


 それ以外に、何かが腐ったかのような腐臭もあった。


 唐突に襲い掛かってきた嗅覚の暴力に、意識が飛びそうになる。


 目眩さえ覚えるかのような、臭気。その場に倒れてしまいそうになったフィーナはどうにか身体を支え、特に気にする様子もなく黙々と歩くテイガの背中を追い掛けた。


「んなっ…………何なんですか、これは…………!!」


「いやー、堪りませんねえ」


 涼しい顔でそう言うガングを見て、やはり常人ではないとフィーナは人知れず思う。


 民家がそこら中に立ち並んでいる。殆どが木造で、これといって装飾は見られない。塗料すら殆ど無いのは、セントラルの常識から考えれば有り得ない事だったが。どうやらここは、そういう場所らしい。時折民家の中に見えるのは、緑色の植物が編み込まれた、板のようなパネルだった。あれが床の役割を成しているのだろうか。


 そして、泥酔して道端に転がっている魔族達。既に意識が混濁している魔族も居るというのに、誰も助ける素振りさえ見せない。それどころか、あちこちで愉快に談笑しながら新たな酒の蓋を開けている魔族の姿が見える。


 人間は、全くと言っていいほど見られない。……魔界なのだから、当たり前なのだろうか。


 未だ魔界に入って日が浅いフィーナには、その異質な光景は目に慣れなかった。


 通りを歩いて、少し開けた場所までテイガは歩く。桃色の花が咲き誇る木の下で歓談をしている魔族達は、テイガ達を気に掛ける様子もなかった。


 テイガは魔族の声が届かない所まで来ると、振り返った。その顔には、フィーナを嘲笑するような空気を見て取ることができる。


「……どうだ? お嬢様には、堕ちて行く奴等の姿は目に毒か?」


 小馬鹿にされているように感じて、フィーナは咳払いを一つして、姿勢を正した。


「いいえ。……でも、ここは一体どういう場所なのですか」


「『カブキ』ってのは、別名『夢見の街』と言われていてな。鎖国だと言っているのは、そういう訳さ……酒だけじゃねえ。あの桃色の花は、人を快楽に酔わせる『ユメミザクラ』って木でな。三日も居りゃあ、正気を失って夢の中に居るみたいな気持ちになっちまう」


 その説明に、フィーナは青褪めた。ということは、この臭気に慣れてしまったら最後、フィーナ達でさえ狂ってしまうという事ではないか。


「酒は奥にある『酒の泉』、食いもんは年中春で実を付ける果物が、飽きるほどに毎日採れる」


「ちょっと待ってください。こんな場所に、オリバー・ヒューレットが居るという事ですの?」


「そうだ。キヒヒ……誰が誰かも分からねえ奴ばっかりだから、隠れるには最適だろ?」


「だ、だからって――――」


 ガングが何かを理解したようで、ふと辺りを見て呟いた。


「なるほど。……彼は、酒はザルですからね」


「そんな理由!?」


 信じられなかった。……人を狂わせる木などというモノが道端に咲いているだけでも恐ろしいのに、嬉々として劣悪な環境と臭気の中に一身を投じる人間が居るなどと、考えたくもない。


 だが。その時に、フィーナは気付いた。


 あちらこちらで、酒を飲んで酒に溺れている魔族の姿。街の形をしているという事は、正気を保った魔族が住んでいたという事。昔は『ユメミザクラ』も生えていなかったのではないだろうか。


 ある時、天災のように植物が襲来したとしたら。訳も分からぬまま、元々この土地で暮らしていた種族など、とうの昔に死に絶えただろう。


 だが、街は未だ街の体裁を保っている――……


 と、いうことは。


 頭の中に浮かんだ真実に、フィーナは一人、絶望を感じた。


 今ここに居る魔族達は自ら進んで快楽に溺れ、全てを忘れようとする人々で構成されている、ということだ。未来を夢見ること無く、自堕落な自分に羞恥を覚える事さえ忘れ。気ままに飲み、気ままに食べる事だけを人生の支えにする。


『ユメミザクラ』の下で宴会を続ける魔族達を見て、フィーナは青褪めた。


 この場所は、既に完結している。何が変化する事も無ければ、進歩も、後退も、ここには存在しない。


 まるで、時間が止まっているかのようだ。


「手分けして探そう。俺も、ここには長く居たくねえ……日が昇るまでに見付からなかったら、一度ゲートから戻って身体の毒を抜く。正常な判断が出来なくなっちまうからな。アクセル、お前も探せ」


「あいあいさー。後でリンゴおごれよ、テイガ」


 空を飛べるアクセルは、城の屋上目指して飛んで行った。


「そうですね。いやー、酒などとうの昔に飲まなくなってしまった私には、誘惑が強い……夜が明けたら、この場所で再会しましょう。見付かっても戻って来るように。ちょくちょく様子は見ますので」


 ガングはそう言って、悠々と歩いて行った。気にする事も無い様子だったが、フィーナはその場から動けずにいた。


「おかしいと思うか?」


 振り返ると、まだテイガはそこに立っていた。振り返ったフィーナは既に喫驚を通り越し、不安さえ覚えていた。


「だって……信じられませんわ。余生を捨てるような……ここは、そんな場所じゃないですか」


 その様子が余程可笑しかったのだろう。テイガは堪え切れず、笑みを漏らした。


「地の底を這うってのは、楽じゃねえ。……暴力が全てを支配する世界がある。全員分の食料が、ハナから手に入らねえ世界もある……そういう奴等にとっちゃ、ここは桃源郷なのさ。食べ物があって、何も考えなくていい。従う事で、誰かに恨まれなくていいんだ。従わなければ殺される外界に比べたら、ここで快楽に溺れて若いまま死に至るなんて、幸福でしかねェのよ」


 人生とは。もっと、有意義で然るべきではないのか。或いは、その思考さえも恵まれた世界に生きるフィーナの、偽善にも似たエゴでしか無いのか。


 信頼する人間の名前も思い出せなくなる程、人を狂わせる場所。


 笑っている魔族は飽きるほど居るが、そこに愛はない。……無いのだ。そばに居るものが誰なのかさえ、はっきりと認識している訳では無いのだから。


「……ま、俺ァどちらかと言うと、親近感を覚える場所だぜ。お前さんにゃ厳しい現実かもしれないがね」


 そう言ってテイガは嗤い、その場を離れた。


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