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J146 さらば、ラッツ

 一体どうして、こんな事になってしまったんだ。


 おかしい。


 絶対に、おかしい。


 消えた少女の行方を追い掛け、俺は現在の状況に困惑していた。


 しかし同時に俺は何か、確信に近い感覚も得ていた。まるで太陽のように光彩を放ち、光り輝く魔王城を前にして。


 瞬間、駆け出していた。


「ラッツさん!?」


 フィーナが驚いたような顔をしているが、俺はその横を猛然と駆け抜けた。<キャットウォーク>をも使い、移動速度を強化し、暗闇と混ざり合う鬱蒼うっそうとした森の中をひた走る。


 古来より聳え立ち年月が過ぎ、その歴史を深く刻み込んだ魔王城には、少なくとも純白に発光するような仕掛けは無かった。あの場所で光源と成り得るもの。それも――――身が凍るような恐怖に駆られる程の、夥しい魔力を含有するもの。


 魔力、だ。これは明らかに、魔力。心情的にとか理屈とかそういう類の話ではなく、実際に魔力の波動のようなものを感じた。但し、魔力と判断するべきなのかどうかも疑わしい程に膨大な。


 だが、若しかしたらそれは俺にしか分からないモノだったのだろうか。


 大地が震えている。怒りにも似た、大地の感情――――それは、長く大地の魔力と己の魔力を融合させてきた俺だからこそ、分かる感覚だったのかもしれない。


 全身の産毛さえ我先にと競り立つような恐怖の中、しかし俺はその光景に既視感を覚えていた。


 たった一つ、同じだったのだ。


 それはリンガデム・シティで起きた、空間の転移のようであり。或いは、『元々間違っていた定義を元の公式に戻した』ようにも思えた。


 転移等という、現代めいた現象では無かったのかもしれない。


「人ひとりにどうにか出来るようなレベルを超えてるぞ、これは…………!!」


 思わず、呟いた。


 在るべき場所に還る。それは太古の昔に分裂し、二つになってしまった世界が元に戻る瞬間のようにも見えた。


 それが証拠に、『魔王城』はこの場所から薄っすらと消滅を始めていた。


 森を抜けると、ハンスとキュートが戦った城門の前まで辿り着く。仲間も俺の後ろを追い掛けて来ているが、それを待っている暇は無かった。


 ゴボウの封印が解けた。


 それは、間違い無いのだろう。……問題は、それを誰が解いたのか、という一点に尽きる。


 ハンスではない。ハンスは確かに神具の少女を現世に解き放とうとしていた張本人ではあるが、俺達を差し置いて一人で封印を解こう、等とは考えないだろう。


 神具の少女は、既に神具の制限を越えて、人と接する事が出来るまでに解放されていた。……それが最善だった、という可能性もある。五つの神具を揃えつつ、しかし封印は解かない。もしも何事も無く魔王城まで戻っていたとすれば、ガングは俺が少女の封印を解くことを、止めていたかもしれない。


『魔王城』に神具が揃ってからというもの、少女は殆ど生身の身体と変わらない迄に動くことが出来るようになっていたのだから。


 だとすれば、考えられる事は一つではないか。


『後悔、するぞ…………!! ラッツ・リチャード!! そこの女が記憶を取り戻した時、お前は困惑するだろう!!』


 思い当たる節が、ひとつだけあった。


 その封印を解く事で、別の理由で有利になる奴が居た。


 つまり、そういう事ではないか。


 まだ、止められるだろうか。何の準備も無しに封印を解くことが許されない事だということは、神具の存在を知っている誰もが言っていた。


 それが解き放たれる時に何かが起こると、神具の存在を知っている誰もが断片的な記憶の裏側で確信していた。


「間に合え…………!!」


 階段など登っている暇はない。嘗てキュートがやったように、城の外壁に足を掛け、俺は素早く窓のない最上階の部屋を目指した。


 魔力が、溢れる。


 やっぱり、『紅い星』を倒す為には。生半可な実力を持つ戦士では、相手にならなかったのだろう。


 俺の爺ちゃん。


 神具の少女。


 ガング・ラフィスト。


 それから、時空を操る男。


 その何れも、何か特異な能力を持っていた。きっとそれは、世界を支配するに足る能力だった。そう考えるのが、最も自然だ。


 ブラックボックスになっていた、それぞれのメンバー。繋がらず、穴の空いた記憶。その鍵を握っているのは、神具の少女の『記憶』だったんじゃないか。


 ひょっとしたら。それは、失われた『トーマス・リチャード』の記憶という事も、有り得るのか?


『紅い星』は、記憶を奪う。


 どうやったのかは分からないが、神具の少女を『神具』に封印すること。それが、記憶を奪われないための救済策なのだとしたら。


 ――――その封印を解く事は、つまり禁じられた記憶をこの世に解放する、ということだ。


 目の前に広がる光景を見て、俺はその予想を確信に変えた。


「そうだ…………それでいい…………」


 最上階の部屋に辿り着くと、俺は額に汗を浮かべたままで、その場の状況を呆然と眺めた。


 ゴールバード・ラルフレッドは、左胸を貫かれていた。そこに光はなく、『真・魔王国』で俺達がゴールバードを討ち取った時のように、青白い光に包まれて分解されていく事もない。


「お前の世界を滅茶苦茶にした人類を、憎め。恨め……決して、許すな。私達は抹殺されるべき存在だ……」


 かすれた声で、呪いを掛けるように呟く。


 胸を貫かれてなお口が動いているのは、やはりゴールバードが人としての領域を超えてしまったから、なのだろうか。


 全ての生物が『死ぬ』事について、デフォルメのようなモノは本来有り得ない。それは極めてリアリスティック――そして、ある意味ではドラマティックだ。それは腐敗し、虫が蔓延り、骨になり、やがて上に積み重なる地層と共に、星の一部となる。


 まだ俺と出会って間もない頃に、少女が言った言葉。


 そうか。


『ノーマインドの魔物』というのは、生物であって、生物ではなかったのか。


 艶やかなダークブラウンの長い髪は、幾らか伸びた少女の背丈と呼応するかのように、より長く、その存在を主張していた。ゴールバードの左胸を貫いている右腕は、闇に紛れる漆黒のドレスに身を包んでいる。身長を誤魔化すかのように踵の高いハイヒールは、しかし彼女の品位を押し上げ、どこか冷酷な美を映し出していた。


 しんしんと、少女は泣く。


 ルビーのように肌理きめ細やかで美しい真紅の瞳は、既に光の治まった室内に、僅かに光を反射する宝石を産み落とす。雨上がりの花畑に見られる露のように、真下に下降すると音もなく地面と混ざり合っていく。


 魔法公式の、境界線を越えた者。


 いつの間にか、辺りには魔力の気配は無く。また、俺が自身に付与した<キャットウォーク>も、その効力を失っていた。


 少女の感情が、魔力の波を振り回しているかのようだった。


 悲しみに、暮れて。




「――――――――私が、『魔王』だ」




 瞬間、駆け出していた。焦り、どうにか神具の少女を押し留めようと身体は動いた。


 思い出したに違いなかった。ゴールバードが光の粒になった時、俺にも聞こえてきたトーマス・リチャードの言葉のことを。その、真意を。


 いや、それだけではない。


 きっとそれは、トーマス・リチャードに関する殆ど全部。


 人間は、この星にとって『害悪』以外の何者でもない。だから、抹殺しなければならない――……


 だが、その記憶は不自然だ。温厚で楽しい事好きで、斜め上を行く発言ばかりする男が。この世の全てを抹殺する為に『紅い星』と戦いに行ったなどと、言う筈がない。


 何より、俺には確かな根拠があった。


 トーマス・リチャードの考えは、そこで終わりではなかった。俺の爺ちゃんは『紅い星』と戦う手前、確かに俺にこう言ったのだ。


 ラッツ、お前はこの事を思い出せなくなる。誰か俺の事を知らない人で、お前がよく知る人は居ないか。


 その人に伝えてくれ、と。


 爺ちゃんは確かに、俺に何かを残すつもりでいた。もしも本当に爺ちゃんが人類を抹殺するつもりだったのなら、人類である俺をあの場で生かしておく理由もなければ、トーマス・リチャードについての記憶が失われた世界で、俺に何かを伝えようとする筈がない。


「うあああああああああああああ――――――――!!」


 彼女の声に共鳴するかのように大地は揺さぶられ、上に立つ者を振り落とそうとうごめいた。


 瞬間的に発されたのは、限りない魔力。暴走しているのか……? 轟々と吹き付ける向かい風のように、俺をその場から吹き飛ばそうとする。


 額のゴーグルを装備し、吹き付ける魔力をどうにか堪えた。


 彼女の中からも、『紅い星』についての記憶だけは、失われているのかもしれない。


 気付け、『魔王』。


 一時の感情に流されるな。思考を停止させるな。ゴールバードの二の舞になるつもりか。


「聞け!! ――――とにかく、落ち着け!!」


 言葉は届かず、少女は涙を隠す事もなく。嵐のように、吹き荒れる。


 際限なく巻き起こる魔力。……まるで、『天災』。これはもう、災害だ。台風や竜巻、雷、津波、地震、火災……それらと同様の何か。人間にはどうする事も出来ない、神が見定め悪戯に巻き起こす、解決の術もない暴力。


 そういう類のモノだろ、これはもう…………!!


「おいゴボウ…………!! ゴボウの癖に偉そうな事してんじゃねえよ…………!!」


 茶化すような言葉に、反応する気配も見せない。


 いつの間にか、魔力は復活していた。それさえ、彼女の意志のままか。……いや、彼女が絶望に悲鳴を上げている以上、『意志のまま』ですらない。


 俺は大地の魔力を吸い上げ、少女の魔力に対抗しようと魔法公式を組み立てた。


 全身に、魔力を。足元には魔法陣が描かれ、透明な魔力のオーラが少女の魔力を幾らか弾き返す。


「<暴走表現オーバーヒート・スタイル>!! <ホワイトニング(+10)>!!」


 案ずるな。俺だって、大地の魔力を利用できる。ゴールバード・ラルフレッドとだって互角以上に戦って見せた。僅かな自信は最上階に巻き起こる天災へと自らを押し進める為の、確かな覚悟に変えていく。


 リュックから取り出したのは、鈍器。傷付けるつもりはないが、これだけ暴力的なパワーが出せるなら鈍器如きの攻撃では倒れないだろう。


 嵐の中心に向かって、俺は走った。両手に重量を伴う武器を構え、緑のジャケット、指貫グローブ、眼にはゴーグル、という変則的な装備で。


 背中に背負ったリュックには、相変わらず無駄に重い武器防具が所狭しと詰まっている。


 明らかに、変だ。冒険者として他に例を見ない格好。まだ浮浪者だと言われた方がしっくりくる。


 だから、この姿を見て思い出せ。


 冷静になれ…………!!


「<インパクトスイング>!!」


 僅かに、跳んだ。


 振り被った鈍器は、確実に少女へと向けられた。半ば反射的になのか、少女は俺に向かって右手を差し出して、掌を俺に向けていた。


 攻撃する予定だった俺はしかし、少女の表情を見て思わず動きを止めてしまいそうになった。


 悲壮、憂い。そのような感情は見て取れるが。


 俺の攻撃に対する恐怖や緊張みたいなものは、欠片も感じ取る事が出来なかった。


「<重複デプリケート> <雷(×20)>」


 目を見開いて、俺は咄嗟に鈍器を振り下ろす。


 魔法陣すら描かれなかった。いや、彼女が描こうとする前に、自然と浮かび上がってきたと表現するのが正しいだろうか――……空中で身体の位置を変えるため、鈍器を強く地面に押し当て、自身の身体を真横へと弾くように動かした。


 瞬間、今まで俺が居た位置を雷が――――<シャイニングハンマー>や、<シャイニング・アロー>のような代物ではない。本当の、本物の雷が通り過ぎた。『魔王城』最上階の柱を貫き、大砲を発射したかのように壁を抉る。


 俺はまるで逆側に弾き飛ばされ、地面を転がった。僅かに掠ったリュックに穴が空き、いつも持っている武器防具がバラバラと散らばった。


「トーマス!! トーマス、ここに来てくれ!! …………嫌だ、こんな未来は嫌だ…………!!」


 何を、言っているんだ。混乱しているのか……!? どうして!? 急に、記憶を取り戻したからか……!?


 唐突に、何年も未来にタイムスリップしたような。そんな状況なのだろうか。……だとしたら、少女は一体、いつの瞬間まで時間を遡った?


 ――――まさか。


 まさか、『紅い星』と戦っている最中……!?


 戦慄が走った。だとしたら、混乱してもおかしくはない。……俺の爺ちゃんを、呼んでいるのか。


 その時、最上階の扉が開いた。


「ラッツさん!!」


 フィーナ。


 痛みに悶えている場合ではない。俺は猛然と駆け出し、フィーナの盾になるように、少女とフィーナを結ぶ線上に向かって走った。


 神具の少女――――いや、歴戦の『魔王』は復活し、トーマス・リチャードについての記憶を失った事で、パニックに陥っていた。その境界線上で、フィーナの存在を視界に捉えていた。


 散らばった武器の中から長剣を引っ掴み、俺は少女目掛けて長剣を振り被った。


「私に触れるなああああああ――――!!」


 少女の左手から発された閃光。莫大な白い光の中に単身、飛び込んだ。


 全身が焼かれる程に熱く、鈍い痛みが襲って来る。やがて、俺の身体から無数の蒼い光が出現していた。


 ぽつり、ぽつり、と身体は分解され。何かの魔法公式に従い、その身が削られていく。


 ――――なあ、ゴボウよ。


 お前の身に何があって、どう失敗して、何を経験してきたんだ。


 どうして、そんなに悲しそうにしているんだ。


 話してくれよ。


 爺ちゃんの代わりには、なれないかもしれないけどさ。


 身体が、崩れる。嘗て感じた事もない、ある意味での至福と、堪らない恐怖の中間に居るかのような感情のまま。




 ――――――――俺は、消滅した。


かなり短いですが、第八章はここまでとなります。

このまま第九章に進みます。


何やら、すごいことになっていますが……

主人公交代などではありませんので、その点についてはご安心ください。

物語も終盤です。

もう少しだけ、お付き合い頂ければ幸いです。


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