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J145 急速なる異変(下)

 ゴールバードの胸に光る、肌と同化する銀色の硬質物。まるで宝石のようにも見えるそれを、ゴールバードは愛おしそうに撫で摩る。ハンスは後退を続け、ついには部屋の端――――魔王城の裏側にある広場を見下ろす為の、柵によって囲まれたベランダに背中を付けた。


「リリザ・ゴディール=ディボウアス。『再生』のルーチンを持った魔法公式は、トーマスの創った『不死』の魔法公式に、新たな進化を見出した。……貴様は、怒るかもしれないな」


 それが、世界の真理なのだと。


 ゴールバード・ラルフレッドは、王座の前に並べられた『五つの神具』を前にして、不意に鋭い視線を向けた。それぞれの神具を左手で撫でながら、その向こう側に何か別の記憶を呼び起こしているようにも見えた。


 特別な能力を持たない、若い一人の人間であるハンスに、どうにかする術は無かった。


「嘗て――――魔王と勇者が種族の運命を賭けて戦っていた頃。魔王が封印されし頃に、天より舞い降りし『紅い星』現れ、生物を喰らい尽さん」


 ゴールバードの左手から、魔力が放たれる。それに呼応するかのように五つの神具は光り、輝き出した。紫色の淡い光に負けない程に、強い純白の光を発する。光に照らされて、古めかしい質感を持った部屋の内装が僅かに表情を変える。


 何か、途方もない事が行われようとしている――――いや、それは『封印の解放』なのだと、咄嗟にハンスは理解したようだった。


 まだ、ラッツ達は戻って来ていない。どうにかして、それを止めなければ――――しかしハンスが止めに入った所で、果たして何秒の猶予を稼ぐ事が出来るだろうか。


 今、彼を食い止めたという粗雑な雰囲気を持った青年――ラッツ・リチャードは、何処に居るのだろうか。


「『紅い星』。……いや、『イカロスの翼』よ。お前は朽ち果て、トーマスは消え……あの日、世界は二つに分かれた。……これが、私の答えだ」


 どうする事も、出来ず。固唾を飲んで見守る事しか、彼には許されていなかった。


「トーマスの居ない今のお前に、導き出される解答など。一つしか無かろう…………!!」


 遂に、五つの神具は光源となった。ゴールバードは魔力を発する事を止め、持続的に光を発するそれを前にして左手を掲げた。


「神具は揃い、時は満ちた!! 全ての人類を滅し、二つの世界を再び統一しよう!!」


 彼は言う。


「――――今ここに、『終焉』を!!」


 その全てを地に還し、この時代に終わりを告げるのだと。




 ○




 ゴールバードが魔王城に現れる、幾らか手前の出来事だった。


 魔王城へと戻る途中、ラッツ・リチャードは確実に暗くなって行く通り一遍の景色を見渡しながら、考えていた。全ての魔族を元の居場所へと帰し、一同は目的を失った――いや、目的は達成されたのだ。更なる地点へと、足を運ばなければならないのだとラッツは感じていた。


 つまり、神具の少女が持つ封印を解く方法。


 何らかの魔法公式によって封印されているのだとすれば、封印を解くための暗号のようなモノがある筈ではないか。ラッツはそう考えていたが、封印された魔法公式を読み解く方法など、持ち合わせてはいなかった。


 ラッツ率いる、魔族のチーム――フルリュ、ササナ、キュート――は一度、それぞれの居場所へと帰っていた。魔王城へと向かっているのはフィーナ、レオ、ロイス、チーク、ベティーナ、ガングの六人。大人数となってしまったが、神具の少女が持つ封印を解いた時、知識を共有できる人間は多い方が良いのでは、という判断だった。


「いやー、しかし美味しかったねー! 野菜だけの食事があんなに美味しいなんて思わなかったよ! あたしゃ今日からベジタリアンになっちゃうかもしれないよ! 輝く美肌! 夢のキューティクル!」


「チークさん、そこ左です」


「おっとっと」


 チークが普段通りの昂揚感溢れる語り口で、勝手に一人、道も分からないのに先へと突っ走って行く。ガングが苦笑して、後ろからチークに道案内をしていた。


「それじゃあ、パパ……ゴールバード・ラルフレッドが、この『魔界』とかいう場所にも干渉してたって言うの?」


「ええ。『真・魔王国』として、恰も自分が新しい魔王であるかのような態度を取っていたみたいですわ。……まあ、私も詳しい事は分からないのですけどね」


 ベティーナが、フィーナに魔界での詳しい出来事を聞いていた。思えばベティーナは、このメンバーの中ではゴールバードに最も近い立ち位置に居た。ゴールバードの手下として働いた経験のある、スラムの娘は――――自身を拾った父親が、如何として人類を滅ぼさんとしていたのか、その策略に興味を抱いているように見えた。


 ロイスは何も言わない。巨大な機械に呑み込まれた経験のある身としては、事情に興味を抱く事よりも、『実験』という名目であの悲劇が幾度となく繰り返されて来たという事実に恐怖を感じているのかもしれない。


 レオがロイスの肩に腕を回し、茶化すように笑った。


「おう、優等生。何思い詰めたような顔してんだよ」


「わっ! ……ちょっと、びっくりさせないでくださいよ」


「……心配すんな、もう親元は倒したよ」


 レオの視線に、狂いは見られない。それは何か対象物を眺めている訳ではなかったが、漠然としたと表現するには余りにも明瞭に、確かな方向を見定めていた。


「良かったです、向かったのがレオさんで。……僕が居たら、怖がって足を引っ張っていたかもしれないから……」


「そうかあ? そんな事無いと思うけどな」


 或いは、自信。或いは、希望のような何かを見ていたのかもしれない。


 レオはロイスの目を見て、達観した笑顔を投げ掛けた。


「想像も出来ないかもしんねえけど、俺はエト先生に拾われるまでは、まるで駄目だったんだぜ。気ばっかり強くて、全然実力が追い付いて来なかった」


 驚いたように目を丸くするロイスを横目に、レオは獣道の先を再び見据えた。迷いの無い態度、精悍な顔付きの向こう側には、幾度とない失敗の連続があった。


「自信を持って失敗から立ち直るって、大事な事なんだよな。……そう、思ったよ」


 だからそれは、彼の本心だったのだろう。


 そんな仲間達の様子を眺めながら、ラッツは一人、最後尾を歩いていた。優秀な仲間が揃い、確かにラッツはゴールバード・ラルフレッドを打ち破った。


 ……しかし、どうにも解せない出来事があった。それは、ゴールバード・ラルフレッドの最期についてだ。


『ノーマインドの魔物』のように、消滅した。人として死んだ訳ではなかった――……その堪らない、違和感。ゴールバードは果たして人間だったのか、魔物だったのか。途方もない問い掛けに、答えが出る事は無かった。


 歩いて行く度、やがて森の中は更なる暗闇に包まれ、遠方を見渡す事が出来なくなる。前に居るフィーナが<シャイン>の魔法を使って、道を照らしながら進んでいた。


 乾いた風が木々を撫でるように揺らし、葉が擦れ合う。少し冷たささえ感じる空間の中に、自然が織り成す音楽が生まれる。深みのある音色はラッツの手前から奥へと吹き抜け、他の仲間達との間に見えない境界線を生み出した。


 ならば、一度消滅した『ノーマインドの魔物』というのは、一体何処へ行くのだろうか。


 その疑問に、ここ一度だけ足を止めた。


 消滅、消滅と表現して来たが。実際に、『ノーマインドの魔物』というのは死んでいるから、あのように消滅するのか。それとも、別の何処かへと転送されているのか。


 だとすれば、『魔物』は死なない、という可能性もあるのだろうか――――?


 いや、しかし。ラッツは直ぐに、考えを改め直した。無から構築されて現世に生を受けたものが、地に還らず存在し続ける等と言う不条理な現象は発生しない筈だ。それは万物の有り方に逆らい、また『成長』という考え方そのものを否定している。


 限りない成長などない。そこには、必ず終焉がある。そうでないとすれば、それは『モノ』でしかない。


 ラッツは、そう考え。


 それは心の無い、ゴールバードの生み出した武器のように無機質であるべきであり。


 そうして直ぐに。


 ラッツは、『ノーマインド』の意味に気が付いた。


「主よ……これから『魔王城』に戻って、私の封印を解除するつもりなのか?」


「え? ……あ、ああ。そうだけど」


 唐突に、ラッツよりも後ろを歩いていた神具の少女に呼び掛けられ、ラッツは脳裏に浮かんだ恐ろしい思考を掻き消した。……よもや、あのゴールバード・ラルフレッドがまだ生きているのかもしれない、とは。漠然と、その可能性を否定した。


 一度殺したとしても、何度でも復活する。『再生』の魔法公式がこの世の何処かに組まれていて、それが真実だとするなら。


 悪夢は何度でも、繰り返すという事になるのではないか。


「……実は、私はこうしてある程度自由に動けるようになった事だし、このままでも良いか、なんて考えていたのだ」


 その疑問に、終止符を打つ事は出来る。


 目の前の、神具の少女に問い掛けてみればいい。――――何故なら彼女は、『ダンジョン』と『ノーマインドの魔物』を創り出すに当たり、世界の秩序を捻じ曲げた張本人なのだから。


 しかし――――あのゴールバード・ラルフレッドが『不死』である、等と結論付いたら。それは、世界が救われない事を意味している。


 ラッツの中で、複雑に感情は揺れ動いた。その死刑宣告にも似た真実を、今仲間達が数多く集っているこの場で明かしてしまうべきなのか。


 それとも、何処か時期を見計らって、一人で――……


 ラッツは心中定まらないまま貼り付けたような笑みを浮かべ、何処かぎこちなさの残る明るさで神具の少女に返事をした。


「何でだよ。神具から解放されて、お前の創った世界を見て回るんだろ? そう言ってたじゃないか」


 神具の少女は、立ち止まった。


 前方を歩く仲間達は、ラッツと神具の少女の間に起きた変化に気付いていない。穏やかに談笑しながら歩き、ハンス・リースカリギュレートの下へと向かっていた。


 人が持つ直感――或いは、虫の知らせにも似た第六感――というものは、多くの場合当たるのだという。それが本人にとって最悪な予想であり、また酷な真実で在ったとしても、当人の感情に左右されて結果が揺れ動いたりはしない。


 特にそれが、期待や希望等、当人の私情を孕んでいなかった場合は。


 予知のように、如実に現れるのかもしれない。


「…………分からないのだ」


 ラッツの感じたものが、神具の少女の言葉と関連していたのかどうかは、ラッツには分かる事では無かったが。


 神具の少女は意を決し、泣き叫ぶように言った。


「私が――私が『嘗て』勇者と魔王の戦いを見たとき、その勇者は確かに、何者かと戦っていた。でも私はその、勇者が戦っていた筈の『魔王』の存在を知らない」


 言葉の意味を、その場で理解する事は困難だった。だが、ラッツはどうにか少女の言葉を理解しようと努めた。


「私が知っている魔王の姿は、勇者と比べてあまりに遠い――――ならば、『魔王』とは誰だったんだ」


 混乱、混濁。例えるならば、そう表現するのが正しいだろうか。ラッツは要領を得ない少女の言葉に、疑問が尽きなかった。少女の持つ、あまりに現代からは遠く離れ過ぎた記憶の欠片を理解する為には、ラッツには情報が足りなさ過ぎた。


 だが、少女は言っていたじゃないか。直ぐに、ラッツは思い直す。


「何……何、言ってんだ? お前、『魔王』はもう生きていないんだな、当たり前だな、って言ってたじゃないか。……なら、お前の知っているそれが『魔王』だったんだろ」


 だが、神具の少女は首を振った。


「魔王と勇者の戦い――――人類と魔族の戦いは、何代にも及んだ。解決しては抗争を繰り返し、私達が今の世界を構築するまで続いていたんだ。……魔王だって、その間に入れ替わっている筈なんだ」


 その、間に?


 その間とは、人類と魔族が戦っている間に、という意味だろうか。最後の勇者と、最後の魔王。二つの記憶は、時代が合わないという事なのか。


 神具の少女は、繰り返し行われる戦争の歴史を殆ど全て知っているように見えた。


 少女はラッツに迫り、その胸に頭を預けた。


 ならば、最後に勇者と戦った時の、魔王の姿についての記憶がすっぽりと抜けているという事だ。


 そこまで考えて、ラッツは気付いた。


 もしかして。少女の持っている、『勇者と魔王が戦っている時の記憶』というものは。




「私の知っている、最後の勇者は――――『五世』だったんだ」




 魔王の視点、だったのではないか。


 その瞬間だった。神具の少女が突如として、操り人形の糸が切れたかのように全身を硬直させた。同時にラッツの背後で、眩いばかりの光が発された。


 ――――時が、動き出した。そうとしか表現しようも無い程に、大地は震動し。神具の少女はその場から消滅していく。


 ラッツはその様子を、どうする事も出来ずに見ていた。何事かと慌てた仲間達が、ラッツの下に戻って来る。


「なん……で……? まだ、何も、してな――――」


 僅かに聞き取る事が出来る程に小さく、断片的な言葉の欠片を残した。


 神具の少女が、完全に消えた。


 ラッツは直ぐに、光源へと振り返った。『魔王城』から、とてつもない光が発されている――――フィーナ・コフールが真っ先にラッツの下まで戻り、叫んだ。


「ラッツさん!! 魔王城が!!」




 それは、確かな引き金だった。



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