A15 いじめっ子は山のてっぺんでやっつけよう
フルリュが行ってしまい、俺達は山道を全力で走った。フルリュは僅かに魔力を纏い、高度などものともせずに進んで行ってしまった。
一人で行かせてしまった。面倒な事になっていなければ良いが。
山頂に近付くに連れて、敵のレベルも上がっていく。二匹のストーンゴーレムを前にして、俺は真っ直ぐにゴーレムに向かって走って行った。
「<キャットウォーク>!! <マジックオーラ>!!」
あまり素早く動いてもレオが付いて来られないと思い、使うことを控えていたが。移動速度と魔法攻撃力・防御力を跳ね上げた俺は、身を屈めてゴーレムの攻撃射程圏内に入った。
二匹のゴーレムが、大きく右拳を振り被る。
「うおおおおおっ――――!!」
僅かに聞き取る事が出来る程度の、風を切る音がした。俺はその一瞬で、右拳の軌道を把握する。
スライディングをするように、ゴーレムの足下へと滑り込んだ。同時に、俺が居た場所に向かって豪速の鉄拳が飛んでくる。
強烈な一撃は岩を砕き、隣の崖が僅かに崩れた。
俺はすぐに体制を立て直し、伸ばされたゴーレムの右腕を掴んで、その上に着地。二度ほど腕を蹴り、ゴーレムの真後ろに飛ぶ。
「怖え怖え怖ええええ!!」
馬鹿にしているのではなく、真面目に怖いのだ。一度でも攻撃を受ければ瀕死どころの騒ぎではないし、あんな超火力の打撃は<パリィ>なんかじゃ防げない。
俺はゴーレムが振り返る前に、ステッキを振り翳し、ゴーレムの足下に向けた。
「<強化爆撃>!!」
先程ゴーレムの足下に滑り込んだ時、<ブルーボール>をセットしておいたのだ。
<マジックオーラ>で火力を上げた爆撃が、ゴーレムの足を襲う。爆風と共にゴーレムの足は砕け、その場から動けなくなった。
下で戦っている時は気付かなかったが、ストーンゴーレムって腰を使って振り被るから、足を砕いてしまえばパンチが撃てなくなるのだ。
俺は空中で体制を立て直し、道に着地。すぐに前を向いた。
レオがその後ろを付いて行き、未だ動いているゴーレムの腕を登り、俺を追い掛ける。
「……なあラッツ、お前、すごいな」
「何がー!?」
二段飛ばしで駆け上がりながら、俺はレオの方は見ずに言う。フルリュがどうなっているか分からない今、一刻の猶予も許されない。
そんな中、レオは僅かに俯き、呟いた。
「……お前と俺では、こんなに差があるのか」
まあ、アカデミーを卒業してからまだ幾らも経っていないからな。『ギルド・ソードマスター』で訓練をすれば、すぐにレオなんて俺を追い抜ける筈さ。
そう言おうと思ったが、既に山頂は目の前。余裕が無かった。『エンドレスウォール』はアクティブに狩りをする魔物ではないから、召喚でもしなければ自分から現れる事は早々無いはず――……!!
「行こうぜ、レオ」
「……おう!」
俺は跳び上がり、背の高い岩に手を掛けた。勢いを付けて、その岩を飛び越える。
着地すると、すぐに辺りを確認した。『嘆きの山』の山頂は、まるでコロシアムでも誂えたかのように、平坦で円形の広場があった。周りは背の高い岩に囲まれていて、落ちることもない。
いや、決してコロシアムなどではない――エンドレスウォールが動き回った跡がいつしか平坦になり、広場へと変化したのだ。
「……すげえ」
誰にでもなく、俺はそう呟いた。まるで青空に浮かんだ円盤のようだ。太古の昔から、エンドレスウォールは山の神と呼ばれ、魔物達は一年に一度、山の神に自らの仲間を生贄として差し出したという。
中には生贄にされた人間も居るとか、どうとか。言い伝えレベルの昔話ではあるけれど。
「ダンド!!」
レオは咆哮し、走った。ダンドは――広場の中心に、法陣を描いている。俺もその様子に舌打ちをして、ダンドに向かって走った。
まずい。あれは、エンドレスウォールの召喚儀式だ。
ダンド如きにエンドレスウォールが倒せるのかどうかは置いておいて、昨今でもこいつに挑戦するパーティーは少ないって聞くぞ。やっぱり生贄を差し出さなければ倒す事が難しい、というのが最大の原因なんだろうけど。
逆に言えば生贄さえ差し出せば、消滅させる事はそれ程難しくはない、のかもしれないけど……
ダンドの横には、縄で縛られたハーピィの娘――ティリルか。更には、フルリュの姿もある。
「フルリュ!!」
「ラッツ様!!」
お前やっぱり捕まったのかよ!! 仕方ねえなあもう……でも両目一杯に涙を溜めているのを見ると、どうしても怒る気にはなれなくなってしまう。フルリュだって、妹を助けたい思いで一杯なのだ。
ティリルの翼はすっかり羽が毟られて、肌色の地肌が見えていた。痛々しくて、見るに耐えない。
ダンドは振り返ると俺を見て、舌打ちをした。
「そこまでだ、ダンド!! もうお前には好き勝手させないぞ!!」
「レオぉ……何が『ダンド』だ。『リーダー』だろうが。……まだやられ足りねえのかぁ?」
そう言われて、レオは立ち止まった。俺はすぐにレオの前に出て、初心者用ナイフを引き抜いた。
それを見て、ダンドが眉根を寄せる。こいつにやられた経験が、色濃く残っているからだろう。俺のリュックも、未だにダンドの仲間が抱えている。……重そうだが。
ダンドは立ち上がると、ロングソードを引き抜いた。
「お前等、少し待て。雑魚を蹴散らす」
雑魚とは聞き捨てならんな。その雑魚にやられたお前が言えた事ではないだろうに。
俺が怪訝な瞳で見ていたからか、ダンドは嫌らしく舌を出して、笑みを浮かべた。
「ロングソードもない。弓矢もない。書物も回復薬もないお前に、何ができる」
俺のこと、随分と勘違いされているようだが。良いだろう、ならナイフ一本で受けて立ってやる。
――不意に、肩が掴まれた。俺は思わず、掴んだ男を目で追い掛ける。
「ラッツ、お前は下がっていてくれ。ここは俺が決着を付ける」
曇りのない、真っ直ぐな目をしていた。
レオは愛刀を引き抜いた。……大丈夫か? 一応、相手はパーティーリーダーなんだろ。レオの立場と実力から考えても、とても勝てるとは……
そう思ったが、レオは決意の眼差しに満ちていた。自分の汚名は自分で返上する、とでも言いたげな様子だ。
……これは止められない。俺は潔く身を引いて、レオに笑い掛けた。
「頑張れよ、レオ」
レオが出て来ると知るや、ダンドは高笑いを上げた。
「おーいおいおいおい、何だよそりゃあ。レオぉ、お前が戦うってのか? あれだけ殴られた後で?」
俺は広場の脇にある岩に腰掛け、様子を見守った。レオは挑発に乗る様子はない。……落ち着いている。
「お前が居たから、俺はソードマスターを辞めた。落とし前は……付ける」
「ふーん。へえー、そう。……じゃあ、死ねよ」
言うが早いか、ダンドは踏み込んだ。<キャットウォーク>を使っていなければ、俺では捉え切れない速度。生身のレオがどこまで反応できるか分からないが――レオは愛刀を構え、ダンドの剣を受け止めた。
火花が散る。
「無駄に剣ばっかり良いモン持ちやがってよォ!!」
ダンドが笑いながら、そう言った。
「……親父の剣を馬鹿にするな」
レオは明らかに苦しそうな声音だが、心根だけは決して屈していない。
……形勢は、明らかにダンドに分がある。レオは剣を操ると言うよりは剣に操られている雰囲気だし、動きが硬い。対するダンドは、まるでレオと遊んでいるかのようだ。
右に、左に、レオの剣が弾かれる。……レオは必死で食らい付こうとしているが、あまりに経験差が有り過ぎる。
どうしてレオが手を出したのかと言えば、それは意地のようなものだったのだろうが――……
「オイ、構えろよ。<ヘビーブレイド>」
「くっ!! ……<ヘビーブレイド>!!」
重心を低く構えた、ダンドとレオの剣が交差した。レオはダンドの剣筋を受け止めたものの、バランスを崩して前のめりに倒れる。
ダンドはレオの尻を、後ろから蹴り飛ばした。
……レオ『と』遊んでいるんじゃない。レオ『で』遊んでいるんだ。
「おいおい、どーしたァ? 俺に落とし前を付けるんじゃないの? ん?」
剣が良かったから、折れはしなかったか。あれだけの強い衝撃を持つスキル、正面からぶつかり合えばどちらかの剣は折れていてもおかしくなかった。
ダンドは、敢えて<ヘビーブレイド>を選択したんだろう。
レオは筋力も体力もあるが、剣技はいつもまるでダメだった。アカデミー時代からそうで、それは今でも然程変わっていない。そもそも、まだアカデミーを卒業して幾らも経っていないのだから当然だ。
どうにか、<ヘビーブレイド>だけでも習得したという様子だが。
ダンドはついに、自身のロングソードを鞘に収めた。よろめきながらも立ち上がったレオを、素手で殴り飛ばす。
「オラオラオラ!! 自慢の愛刀で斬ってみろや!!」
レオは一度も、呻き声を上げない。固く歯を食いしばり、痛みに耐えているようだった。
…………これが、『剣士』か。
俺は、ふつふつと湧き上がる怒りを抑えられなかった。相手が初心者ならば、そこに剣の扱い方を刻み込ませるのが『剣士』としての勤め――そのように、アカデミーの非常勤教師も言っていた気がする。
なんと言ったか。レオはあの人のことを、とても尊敬しているようだったな。
ダンドがヤクザキックで、レオを吹っ飛ばした。為す術もなく飛んだレオが、広場の地面に後頭部を打ち付ける。
「なんか言えよ。『助けてください』とか、『私が悪かったです』とかよォ」
俺は、広場の端で一人、重い腰を上げた。
ダンドとレオの会話を聞きながら、ただ、静かに。レオはフラフラになりながらも、唇の血を拭いて言った。
「……剣は、……争いを起こしたり、……弱い者から財産を取り上げるために、造られたもんじゃない」
「あ?」
顔面痣だらけになったレオが、愛刀を握り締めて立ち上がる。
決して、怯えも逃げも、隠れもしなかった。
「剣は、誰かを護るためにあるんだって、先生に教わったんだ」
ただ立ち上がり、涙を流しながらも、立ち向かった。その様子に怒りを感じたのか、ダンドがロングソードを再び抜き、構えた。
レオは愛刀を真っ直ぐに構え、息を切らしながらもダンドを睨みつけた。
「『剣士』として、それでいいのか、ダンド!! お前にとっての剣は、弱い者いじめの道具でしかないのかよ!!」
「<ウエイブ・ブレイド>」
ダンドはレオに向けて、魔力の斬撃を放った。
ソードマスターの戦闘服は、頑丈だ。だが、流石に無傷とはいかない。仮にも一端の剣士が使う<ウェイブ・ブレイド>を受けたレオの鎧は割れ、その衝撃でレオは再び倒れ込んだ。
レオの愛刀はその手を離れ、広場の地面に落下し、乾いた音を立てる。
直後に、肉体が地面に当たる、重苦しい音が辺りに響いた。
勝負は、そこまでだった。
「ハハハハ!! 弱い者いじめの道具って、お前自身が弱いって言ってるのと同じじゃねえか!! 傑作だ、なァお前等!!」
ダンドに続いて、フルリュとティリルを縛っている仲間も笑い出す。青空に包まれた空間に、静かに笑い声が響いた。
俺はレオに向かって歩き、仰向けに倒れているレオを見て、微笑んだ。
鎧が割れていたが、どうやら中の肉体は掠り傷で済んだようだ。レオはあちこち腫れて青痣になった顔を、ぐちゃぐちゃに泣き腫らしていた。
涙を拭う腕は動かないのだろう。その涙は、流れるに任されていた。
「何で、俺はこんなに弱ェんだ…………!!」
俺は、ナイフとステッキの入った革袋を持ち。
静かに、その手に力を込めた。
「アッハッハッハッハ!! なあ、同期だったか!? 仲間がボコボコにされるのはどうだ、面白いか!?」
まあレオもわりと性格は極端な方だし、俺の意見がどうこうだとか、人に説教したりとか、面倒臭い性格をしている所もあるとは思う。
俺はレオの肩を軽く叩いた。
「おー、後は任されよ。お前がアイツに勝てないのはちょっと今の俺にはどうしようもないけど、エンドレスウォールだけは召喚させんよ。俺でも手に負えないしな」
小さく、呟いた。
「なあ、なんか言ってみろよ新米共が!! まあ、ナイフ一本のお前じゃどうにもならねえとは思うけどなァ!!」
レオは確かに面倒な奴だけど、それでも一生懸命に人と話す所とか、自分の夢を語る所なんかには、俺も惹かれていた事実はあるわけであって。
それは去るアカデミー時代で、俺にも何らかの変化を与えた筈であって。
「……初心者とさあ、プロの違いってさあ、なんだろーな」
「あ?」
レオはそのまま、気を失ったようだった。俺はそれを見届けてから、ぽつりと呟いた。
まあさ。御託はともかく、アカデミー時代の友人が理不尽にボコボコにされたという事実は、そこにあるわけであって。
「もしさあ、プロになるって事が『自分の能力を誇示して、人を馬鹿にする』って事なんだったらさあ」
ナイフを取り出した革袋をレオの隣に投げ、俺はカーキ色のジャケットを脱ぐ。そうして、それをレオに掛けてやった。
立ち上がると、俺はダンドを一瞥する。
「俺、一生、『初心者』でいいわ」
その言葉は、少なからずダンドの怒りを呼んだようだった。
「この間は、武器が沢山あったから意味不明な動きが出来たんだろうが。ナイフ一本のお前が、俺に勝てると思うなよ?」
俺は無心で、手にしていたナイフを振り被った。ダンドの足下に向かって、それを投げる。
キン、と地面に金属が当たる音がして、ナイフは捨てられた。ダンドがそれを見て、驚愕に眉をひそめる。
「ナイフナイフってそこまで言うなら、武器なんかくれてやるよ」
指貫手袋の裾を確認した。邪魔にならないよう、しっかりと装着する。
……もしかしたら、俺は内側で、とても怒りを感じているのかもしれない。
右の握り拳を左手で握ると、パキパキと乾いた音が鳴る。ダンドは俺の表情に、少し恐怖を覚えただろうか。
「武器が無ければ、俺に勝てるんだろ? ――――やってみろ」
まあ、もう止まらねえけど。