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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第七章 初心者と英雄気取りの極悪人と新たなる魔界の王
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I143 英雄の名のもとに

『ゴールバード。……人間は、この星にとって『害悪』以外の何者でもない』


 声が、聞こえた。ゴールバードにとどめを刺す瞬間、確かに俺には、そのように。誰の声なのかも分からなかった俺は、思わずその声に耳を傾けてしまった。


 大気が、震える。ゴールバード・ラルフレッドの意識が、遠くなっていくのが分かる。どういう訳か、俺にはその声というものが、自身の耳にはっきりと伝わってきた。


 ゴールバードの身体から、何か異質なものが発されていた。肉体から確かに血は出ているが、そうではない、何か別の。


 これは……電気……?


 見下ろしたゴールバードは全身に電気を走らせ、その動きを止めた。


 ……やっぱり、こいつは。ただの人間では、ないということか……?


『だから、お前に任せる。俺が居なくなった、その後のことは……』


 その時、確かに俺は。


『……必ず、抹殺……抹殺、しなければならないんだ』


 明らかに、不自然な台詞。しかし、これ以上絶対に勘違いはしないと言うほどに、明瞭に。


 深刻な声色でそう語る、爺ちゃんの声を――トーマス・リチャードの声を、聞いた。


「なっ……!? こ、これは……!!」


 始めに驚いたのは、レオだった。


 ゴールバード・ラルフレッドの身体が、まるで各地のダンジョンに蔓延る『ノーマインドの魔物』のように、煌々と光り輝いた。


 それは、全て架空の出来事なのだと。そこに真実は無いのだと、俺達に伝えるかのように。


 誰もが言葉を発する事も出来ず、その様子を見守っていた。……俺はただ、無心で消え行くゴールバードの姿を見ていた。


 ……まるで、祝福しているかのようだ。


 この男の存在が、否定されることが。


 嘘のように煌びやかな、今際の際の瞬間。或いは、長い旅路の果てに辿り着いた桃源郷のように美しい。


 どこへ、逝くんだ。


 ゴールバードは、自分の事について『死ぬことができない』と表現した。それは、誰の目にも圧倒的な魔力を保有することで、敵が居なくなったから……という、意味だったのだろうか。


『そうしなければきっと、『ひと』はまた、同じことを繰り返すだろうと。……そう、思うんだ』


 爺ちゃんの言葉に、俺は驚き――――そして、目を見開いた。


 違う。……そんな筈はない。そんな事を爺ちゃんが、ゴールバード・ラルフレッドに言う筈がない。世紀の大泥棒と呼ばれ、『紅い星』に挑んだ男。


 トーマス・リチャードの目的は、人類を抹殺することなんかじゃない。


「ラッツ、さん? どうしたんですの……?」


 なら、そこには何かがあったのだろう。


 誰も知り得ない、会話の裏側に隠された何かが、きっとそこにはあったんだ。


 駆け寄ってきたフィーナが、俺の様子に異変を感じたのか、怪訝な顔色を浮かべた。


 まだ謎は解けていない事に、多少の気持ち悪さのようなものを感じながら。それでも俺は、ようやく全てが終わったのだと、どこかで安堵していた。


「いや、なんでもない。建物の中を探して、捕らえられている魔族を解放しよう。とにかく、そこからだ」


 どうしようもなく顔を上げ、広がる青空を見詰めた。


 爺ちゃん。


 顔を見て、話をして、本当の事を教えて欲しい。


 どうにも爺ちゃんのことは、いつも中途半端な情報しか見えない。情報が改竄されているようなものだ。嘘を言っている訳ではないが、語られてはいない。嘘吐きの常套手段を使われているかのように、隠れて見えて来ないトーマス・リチャードの真実。


 歩き出すと、様子を見ていたガングが俺の隣に立った。


「……ラッツさん。聞きました? 今の」


「ってことは、ガングさんも……?」


 ガングの有り余る身長を見上げ、包帯巻きの頭を見た。相変わらず人形のようではあったが、しかし。


「不思議な、ことです。確かにあの時、ゴールバードは置いて行かれた……ですが、そんな会話がされていたとは」


 その言葉は断片的なもので、俺に全てを理解させるには遠く及ばなかった。だが、どうやらガングにも分からない所で、爺ちゃんがゴールバードに何かを話したらしいということは、ガングの様子を見る事で、なんとなく理解していた。


 建物の扉は、開かれていた。ゴールバードが出て来た時に開けられたのだろうか。


 薄暗い通路が見える。所々、緑色の光に照らされていた――……どうにも、不気味な場所だった。装着していたゴーグルを額の上に押し上げ、微かな光を目一杯取り込む。


 ずっと、廊下が続いているのか? 奥に行くに連れて、入り口から差し込む光も届かなくなっていく。緑色の光は、扉の上部で光っているようだった。下に扉があると示す目印なのだろうか。


「ラッツさん、私が照らしますわ。……<シャイン>」


 緑色の光に頼るでもなく、フィーナが<シャイン>を発動させた。広場全体が、明るく照らされ――……ない?


 なんだ……? これは。フィーナが放った魔力が、一瞬にして何かに吸い込まれたように感じた。実際<シャイン>の魔法は発動しなかった。呆然とその場に立ち尽くしたフィーナは、戸惑いの表情を浮かべていた。


「いやー、どうにもここは、魔法が使えない場所のようですね」


 そう言って、ガングはアイテムを取り出した。棒の先端に拡声器のような形状のものが付いていて、その奥に球体が入っている。……ぱっと見たところは、剣の柄の部分だけのような形状のアイテムだ。


 ガングがスイッチを入れると、先端の球体がじんわりと光り出した。


「これは『懐中電灯』というアイテムでして。魔力の使えない人向けの、光を発する道具です」


 なんだか、どこかで見たようなアイテムだな。


「懐かしいですねえ。トーマスが初めて、私の目の前で作って見せたアイテムでしたよ」


 ガングの言葉からは、最早遠い日の過去になってしまったのだと感じられるような意味合いが含められていた。


 ここも、魔力を吸収しているのか――……しかし、あの緑色の光は一体何だろうか。電気を明かりに使う事は、現代でもよく知られている技術の一つではあるけれど、何のために緑色なんだろう。


 実際に近くまで寄って、確認してみた。扉の上部に設置されているのは、長方形をした電灯だった。電灯と呼ぶ程に強い光を発している訳でもなく、人を模った図形が描いてある。


「ここ……でしょうか?」


 フルリュがそう呟いて扉を開けようとするが、俺はそれに制止を掛けた。


「よく分かんないけど……なんか、違うっぽくないか?」


 人を模した図形は、四角い図形に入って行くような格好をしていた。……これが扉だとすれば、まるで逃げているみたいじゃないか。


 文字のようなものも書いてあるけれど、全く読める気配はない。先住民族マウロの字とも、全然違う。


「なんだか…………不気味…………」


 ササナが辺りを見回して、そう言った。確かに、建物自体が俺達の住んでいたような街とは、全く違う。装飾も全くと言って良いほどに無いし、その建物からはどことなく、冷たさや寂しさのようなものが感じられた。


「ひっ…………!!」


 声がして、振り返った。いつの間にか廊下の奥まで歩いていたキュートが、腰を抜かして地べたに座り込んでいた。扉を開けたのか――――俺は走って、その緑色にぼんやりと光る部屋へと向かって走って行った。


 俺の後に続いて、皆も走って来る。暗い廊下に足音だけが響き、俺はすぐに、その部屋に向かって飛び込むように入った。


 キュートの盾になるつもりだった、が――――…………


 絶句して、その場に固まってしまった。


「ラッツ!! ……なっ……!?」


 遅れて、レオも走って来る。俺が見ているものを、一同は確認していく。


 薄暗い緑色の光は、今度は電灯によるものではなかった。幾つもの、人が入るカプセル状の……部屋? に、魔族が閉じ込めらている。両手両足を縛られ、目を閉じて眠っていた。


 僅かに、カプセルは緑色に光っているのだ。


 …………なんだ、これ。


 明らかに不自然な、魔族の姿。この部屋だけ、異様に広い。建物全体の殆どを占めているのではないかと思える程だった。


 時折、眠っている魔族が泡を吹く。その泡は、ゆっくりとカプセルの上部に向かって移動していった。


 中は、液体に包まれているのか……?


「ラッツさん……!! もしかしてこの人達、まだ生きているのでは……!?」


 フィーナが駆け寄って、カプセルの中に居る人々を見た。ガングも遅れて、フィーナの近くへと向かった。


「どうやらこれは、生かすための装置……といった所でしょうか。この建物全体が魔力を吸収するための、言わば巨大な機械なのでしょうね……いやー、しかし、残酷な事をする……」


 そう言うガングの言葉には、はっきりとした強い怒りを感じた。ササナも口元を押さえて、カプセルに向かって走って行く。


「神殿の、みんな……!!」


 キュートが奥にある姿を発見して、大きく目を見開いた。


「パパ……!? ママ……!!」


 そしてもう一人、この状況に怒りを覚えている者が、一人。


「主よ。これは、『魔石』を作るための場所だと考えて、問題ないだろうと思う。……赤い宝石で、魔力を秘めている。見たことはないか……?」


「あ、ああ。分からないけど、多分、ある……」


 フォックス・シードネスの持っていた、あの化物を動かすための宝石だと思って、間違いないだろう。しかし俺は、少女の恐るべき殺気に、思わず狼狽えてしまった。


 神具の少女が、震えていた。両の拳を固く握り締めて、その様子を確認し――――程なくして、俺に向かって振り返る。


「この部屋全体の動きを管理する『管理部屋』のようなモノが、どこかにあるはずだ!! 探そう、主よ!!」




 ○




『真・魔王国』は、途中から『魔族を殺すことで』発生する魔力を魔石に変える方法ではなく、『生きたまま、際限なく魔力を吸い取る』方法というものを編み出したのではないかと、後にガングは語った。


 俺達の下に残ったのは、数十個の魔力を凝縮させたという、赤い宝石。『魔石』と神具の少女は呼んだ。それらを破壊すると、魔力はそれぞれの持ち主の下へと帰って行き、閉じ込められた魔族は目を覚ました。


 穏やかに、風が吹いていた。俺はササナの引っ張る小舟の上で、神具の少女と二人、海を渡っていた。


 ……他の魔族は、全てそれぞれの街へと帰した。最後になってしまったのは、海を渡る必要があった為だ。


「ところで、『神具』置いて来ちまって大丈夫だったのか?」


 レオとガングには一度人間界まで戻って貰い、残った仲間に事情を説明して貰う事にしていた。フィーナはもう少し、ハンスの面倒を見るのだと言って『魔王城』に残った。


 フルリュは一度、仲間を連れて故郷に帰ると言っていた。キュートは、無くなった『アサウォルエェ』へと、残された獣族を連れて行った。


 残りを、俺とササナと、神具の少女で請け負った。


 とかく俺達は、人間界から魔界までを取り巻く問題を解決し。


「『神具』が揃ったことで、随分と融通が利くようになってな。『ゲート』を移動して人間界に戻ったりしなければ、神具へと戻される事はないだろう」


 一難が過ぎ、穏やかな空気が戻って来ようとしていた。


「止まれ!! ここから先は、マーメイド族の領地――――」


 現れた警備員は、俺達を見て唖然とした。その船を漕いでいたのは、他の誰でもない、人魚島の次期王妃だったからだ。


 俺達の背中に居るのは、捕らえられた何人ものマーメイド達だった。ササナは水に濡れた髪をかき上げ、警備員に向かって一言、呟いた。


「…………通して」


 警備員のうち一人が、慌てて魔力を通じて連絡を取り始めた。


 警備員が避けるように二手に分かれ、人魚島への通路となった海の路。俺達は、さらに先へと進んでいく。


 一体、誰がこの場所にもう一度戻って来ると予想しただろうか。……まあ俺は何も用事が無かったとしても、もう一度は足を運ぼうかと思っていたのだが。


 小さな島は、やがて近付くにつれて大きくなっていった。『人魚島』は閑散としていて、一度訪れた時のように砂浜で遊んでいるマーメイドの姿を確認する事はできなかった。


 その向こうに居る人物を確認して、俺は船に仁王立ちになり、腕を組んだ。


 海底神殿から続いている川から、十数人のマーメイドが俺達に向かってくる。


「ササナ!!」


 その先頭に居る、見た目にも屈強なマーメイド。ポセイドン・セスセルトは、驚きにも喜びにも似た声色で、ササナの名前を呼んだ。


 懐かしい、ブロンドの髪の美しい人魚――リトル・フィーガードに、俺は笑みを浮かべた。


「ラッツ様……」


「俺の猫耳、失くしてないだろうな。……受け取りに、来たぜ」


 そもそも、この王国が正しく機能しなくなったのは。


 誰も何も言わなかったのは、みすみす奪われたなどと汚点になる可能性のある事を、誇り高いマーメイド族が言う訳がない、といった所なんだろうが。


 ポセイドン王を始めとする海底神殿のマーメイド達は砂浜に上がると、俺達と正面に向き合った。俺の後ろに居るマーメイド達を見て、矢継ぎ早に声が上がった。


「……ラッツ・リチャード。これは……どういうことだ……?」


 ポセイドン王――――こと、ササナの父ちゃん。前回は、完全な敵対関係で終わってしまったが。


「始めから『王国召集』のせいでピンチなんだって教えてくれりゃ、ちょっとは仲良くなれたかもしれないぜ?」


 変だとは思っていた。独走する国王に、止める者の居ない国民。壊れていく政治――――それは、国王を支える者が根こそぎ奪われてしまったからだった。


「人の娘を勝手に奪っておいて……。余計なことを…………」


 他の魔族が来ることさえ厳重に監視し、その侵入を拒んでいた。マーメイド族ってのは、プライドの高い種族だ。


 それでも、話すことは出来なかったのだろう。ササナでさえ、直接的に『真・魔王国』が問題だなどと俺に話した事はなかった。


 連れ去られたマーメイド達を運命だと思って諦める事と同時に、周りには何事も無いのだと隠蔽する事。その二つの行動は、彼等にとってイコールで結ばれる程、重要な事だったのかもしれない。


 ベイン・ポートナムトでさえ、何も言えなくなっていた。それでも、ポセイドン王は俺に向かって。その、すっかり憔悴した顔を伏せ。


「――――すまない。ありがとう」


 頭を、下げた。


「でもさ、王様。俺だけじゃないんだ。……『真・魔王国』をどうにかしようと思ったのは」


 俺は魔族を色々な場所へと帰すに当たって話してきた事を、ポセイドン王にも話す事にした。


「『アサウォルエェ』が潰されたのは、知ってるだろ。そこにいた獣族で一人、『真・魔王国』に勝てると本気で思って戦った男がいた。この勝利があるのはあいつのお蔭だってことを、覚えておいてくれないかな」


 ポセイドン王は顔を上げ、驚愕しているようだった。


「なんと……魔族の中で、まだあれに挑もうという奴がおったのか……」


 胸を張り、できるだけはっきりと、その男の名前を口にする。


「――――男の名前は、『ロゼッツェル・リースカリギュレート』」


 リースは、『家族』。


 カリギュレートは、『信頼』だっただろうか。


 全てを背負い、誰から恨まれてもなお、『真・魔王国』へ戦いを挑んだ男の事を。




「英雄だ」




 俺は多分、生涯、忘れないだろうと思う。


 ポセイドン王は大きく頷き、ベインに合図した。これまでに見せたことが無いほどの、とびっきりの笑顔だった。


「皆の者!! マーメイド族を救った英雄達を迎え入れよ!! 今宵は宴じゃ!!」


 隣で静かに見せたササナの涙は、海に混ざり、溶けていった。神具の少女に笑い掛ける。


「みんな、ここに呼ぶか。『海底神殿』のゲートと『魔王城』のゲートを使えば、全員呼べるだろ」


「そうだな……久々だぞ、宴など」


 魔界は、これから復活するだろう。より、確かな進化を目指して。


 その時に、俺にも何か手伝える事があればいい。そうして、やがて人間と魔族の間にしがらみが無くなればいい、なんて。


 解放され、喜ぶ人々を横目に。俺は、そんな事を考えていた。



ここまでのご読了、ありがとうございます。第七章はここまでとなります。


2014年最後の更新です。

次回の更新は、連休を過ぎて1/6 からとさせて頂きます。

ここまでお付き合い下さいまして、本当にありがとうございます。

心から感謝するばかりです。


物語は終盤、いよいよラストに向けて行くところですが

宜しければ、来年以降もお付き合い頂ければ幸甚です。


良いお年をお迎えください!


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