I139 反則ばかりの決戦劇
爺ちゃんは、どんな人物だったのだろうか。
これだけの事を思い出し、周りから話を聞いても。未だ、彼の情報について何か得られるということはなかった。それどころか、話を聞けば聞く程、断片的に思い出す事の出来る爺ちゃんの記憶というものは、まるで夢の中に現れた人物だったのではないかと思わせる程に、淡い光に包まれて消えてしまいそうになっていた。
何を目指して、何と向き合い、何を目標にしていたのか。
ゴールバードに向かい、付与魔法を展開。使ったのは、<キャットウォーク>と<ホワイトニング>。その日三度目の、無理を通せば道理が引っ込む戦法で、俺はゴールバードへと突っ込んで行った。
ガングが援護してくれる。爆発力はないが、まだ俺は戦える。
唯一気になるのは、ゴールバードがロゼッツェルに使った……『使った』のかさえ分からないが、原因不明の魔力が消える現象だけだった。
明らかに、異質な変化。なら、何らかの仕掛けがあると見るべきだ。
俺なら、大丈夫。そういったカラクリを読み解く事は慣れているし、ある程度自信もある。
「――――どうやら、本当に私と戦うつもりらしいな」
苦笑するゴールバードに向かって、俺は長剣を構えた。何か変化があれば、すぐに切り返し、戻る。そうすることで、ゴールバードの手の内を探り、推理する。
視界が一転して、意味を成さなくなる。標的であるゴールバード以外は何も映らなくなり、俺は圧倒的な速度を利用したスキルを放った。
「<ソニックブレイド>!!」
地面から何かが出現し、壁となり、俺とゴールバードの間を遮断する。
…………また、だ。
完全にノーモーションの防御。何が起こっているのかも分からない、魔法陣すら現れないのだ。……しかし、魔力は感じる……?
真っ向から向かえば、長剣が折れてしまうかもしれない。俺は剣をリュックに戻し、ダッシュした勢いを利用して、目の前に立ちはだかる壁に足を掛けた。
そのままタイミング良く壁を蹴り、俺は上へ。
「壁が現れるなら、飛び越えれば良いだけの話だろ!!」
素早く右、左、と足を引っ掛け、出現した壁の真上に辿り着いた。
一番上に手を掛けた瞬間、壁が成長するスピードが格段に上がった。跳び越えようとした俺は慌てて、壁から手を離す――……!?
だいぶ、上に流されてしまった。そう思っているのも束の間、目の前の壁が突如として崩れ、岩の塊になった。
割れた壁の隙間から、ゴールバードの姿が見える。左腕に、銃を構えていた。
何だよ、こんなスキル!! 聞いたことねえよ…………!!
…………いや、銃を構えているんじゃ、ない。
左腕が、銃になっている――……!?
また、ロゼッツェルの時と同じ。見間違いじゃ、なかった。
「<フレイムラピッド>」
そのまま、連続して銃は発砲された。……そんな、馬鹿な。第一、弾は一体どうしているんだ。
固く、目を閉じた。
「ラッツさん!!」
ガングの声が聞こえた。銃弾は当たらない……なんだ? 一体、何が起こっているんだ。
目を開くと、足下に『マンホール』と呼ばれたガングのアイテムが浮いていた。設置も可能なのか……『マンホール』が銃弾の攻撃を弾き、縦に開かれる。
その向こうには、虹色の光が見えた。訳も分からず、その空間に飛び込む事になる俺。
ふわりと、重力を無くしたような感覚があった。
目の前に、青空が見えた。
「てっ!?」
どうやら『マンホール』はガングの隣の地面と繋がっていたらしい。落下の勢いで飛び出したが、その先は青空だった。すぐに勢いは死に、閉じたマンホールの上に尻餅をついた。
「大丈夫ですか、ラッツさん。気を付けてください、ゴールバードに『魔力の上限値』という概念は存在しません。故に、魔法の規模は自由自在です」
魔力に、制限が、ない?
なんだ、それは。
「…………あ、ああ。ありがとう。助かった」
だが、ここは助けてくれたガングに感謝だ。
俺を囲うように、二人のガングが立っている。……片方はジョージだろう。二人のガングが両手を広げると、四つの『マンホール』が出現した。
ゴールバードは面白そうに、ほう、と下顎を撫でて笑った。
「なるほど、そんなアイテムもあるのか。……流石、アイテムマスターなだけはあるな。さすらいの玩具屋よ」
「……本当は、貴方とだけは戦いたくなかったのですけどねえ。……アドワンとメアリィに、『境界線』を超えさせましたね。まさか、操り人形にしているとは思わなんだ」
「まだ、慣れていないようだがな。別に殺す訳ではない。構わんだろう?」
「構いますよ。そう簡単に、魔法公式の秘密を利用されてはね…………!!」
ゴールバードとガングが話している内容が、さっぱり理解できない。ガングはゴールバードに向かって走り、『マンホール』を投げた。
同時に、コートのポケットから小さな……トランポリン? のようなものを取り出した。それは光り、俺達の周囲にドーム状の魔力結界を作り出した。
「<飛び跳ねる爆弾>」
幾つもの爆弾が、宙を舞う。
そうか。マンホールの転移を利用して、爆弾を自在に反射させているんだ。……この戦い方は、俺の<計画表現>に似ている。……しかし、物量が自在とは。
どいつもこいつも、もうギルドの職業が何だ、という戦い方を超越している。まあ、俺もそういう意味ではイレギュラーな存在ではあるが……魔力を必要としない強さと、魔力に制限が無い強さ。そのどちらも、俺の知らない技術だった。
ゴールバードはガングの仕掛けた幾つもの爆弾を、地面から自身を囲うように壁を出現させることで防御していた。
「まあ、そう言うな。何れは理解される日が来るのだ。それが早いか遅いか、それだけの違いだろう」
しかし、魔力に制限が無いとなると。弱点なんて、存在するのか……? この世にあるものは全て有限。それが基本常識のはずだ。使う魔法の規模を気にする必要が無いということは、当然、そこに弱点を見出す事も出来ないということ。
考えたって、仕方がない。この場で立ち尽くしている訳にもいかないんだ。ガングがトリッキーな軌道で追い詰めようと考えたのは、ゴールバードが防御できる攻撃の規模に制限が無いからだろう。
ということは、ゴールバードの意識の管轄外から飛んで来る攻撃でしか、奴にダメージを与える事はできない。その為の鳥籠が、<飛び跳ねる爆弾>だというわけだ。
なら、それに更に上乗せしてやる。
「<計画表現>!!」
以前は多量に仕込む事が出来なかった、<反転>の魔法陣。それを、幾つも鳥籠の中にばら撒いた。ガングの爆弾を通す事が出来るかどうかは分からないが、少なくとも俺の攻撃を転移させることはできる。
その魔法陣のうちひとつを、ゴールバードの岩壁の向こう側を目指して飛ばした。
ガングの『マンホール』は、実際に質量を持ったアイテムだ。だから、岩壁を通り抜ける事は出来ない。……なら、魔法陣ならどうだ。
威力は足りない。……なら、上乗せだ。魔法公式による強化は無理でも、魔力を乗せれば威力は変わる。
「<レッドボール>!!」
強化された炎の弾が、ゴールバードへと向かう。それは<反転>の魔法公式を利用して、複雑な軌道を描いて進んで行った。
ただ魔力を強化しただけでは、やはり目劣りしてしまうか。<マジックオーラ>を重複させたい……しかし、時間も技術も足りない。自身の魔力は<計画表現>の発動と操作に回してしまった。
火力を強化すれば、攻撃は単調になる。トリッキーな動きを重視させれば、威力が目減りする。
…………くそっ。
「なるほど、すり抜けか?」
ゴールバードは岩壁の向こう側で頷いたようだった。俺は自身の放った<レッドボール>がまだドーム内を縦横無尽に駆け回っているうちに、ゴールバードに向かって走った。
すり抜ける攻撃は、本命じゃない。
飛び越える事は無理だった。なら、壊す事はどうだろうか。ガングとの複合攻撃なら、或いは。
「ガングさん!! 火力の高い攻撃で頼む!! あの壁、ぶち壊そう!!」
「やってみますか……!!」
ガングは、茶色のコートからボール状のアイテムを取り出した。右手でそれを、握り潰すように動かす。
「ラッツさん、あの壁、柔らかくできますか? 水の攻撃がいいです」
「了解……!! <ブルーカーテン>!!」
リュックから杖を取り出し、岩の壁に水の壁で対抗した。
壁の上部に、水の塊を出現させる。出来る限り低い位置を狙った。ガングの攻撃が当たる前に、水が壁に降り注がれなければいけない。
同時に、俺は右手の人差し指と親指を立てて矢印に見立て、回転させるように動かす。ゴールバードは俺達が壁を破ってくると気付けば、岩壁を強化するつもりで動くだろう。なら、その意識を逸らしてやればいい。
「<反転>!!」
ワープを続けていた炎の弾は直後、ゴールバードの目の前に出現し、真っ直ぐにゴールバードを目指す。
「いやー。これは、<ジャイアントウェポン>の代わりというところです」
ガングの右腕が巨大化した。……武器じゃないだろ、それは。
水のカーテンが岩壁に降り注ぐ。どの程度変わるかは分からないが、無いよりは遥かにましだろう。……屋上で戦っていなくて良かったな。ロゼッツェルと対峙した時は建物の壁を伸ばしていたから、水なんかでは弱体化させられなかった。
…………ん? ……いや、待てよ。ゴールバードのやっている事は、あの時と変わっていない。どちらも、地面からノーモーションで出現させた壁を…………
そうか。ゴールバードの使っている魔法は、自在に地面から壁を出現させる魔法じゃないんだ。
そこには、確かな制限がある。……それは、『材質』という制限。
魔力量が無限だからといって、何でも出現させる事が出来る訳じゃないんだ。
「漢気パンチ!!」
ガングが謎の掛け声を発して、岩壁に巨大な拳を突き立てた。包帯すら外れ、銀色の鉄で出来た腕が丸見えになっている。生身の拳ならどうなっていたか分からないが、機械仕掛けともなれば岩に負けて腕が折れる心配もない。
割れるかどうかは、分からない。だが、割れる前提で行くべきだ。せっかく岩のガードを破壊しても、一撃も与えられなかったんじゃ話にならない。
リュックから取り出した鈍器を構え、走り出す。ガングの拳が、岩壁に確かな衝撃を与えた。
行くか…………!?
行け!!
「いやー、これは厳しい……!!」
ガングがそう言った瞬間、岩壁に亀裂が入った。厳しいなどと言いながらも、きっちりと仕事はこなしている。改めて、ガング・ラフィストという人物は信頼できる事を実感していた。
魔力を、腕に。<重複表現>や<限定表現>に切り替えている余裕はない。なら、魔力量を高める事で威力が強化される技を選択するべきだ。
元来、アイテムエンジニアやモノトーンスミスのような戦闘職ではない者達は、ダンジョンでの戦闘において有り余る魔力を一点に集中させることで、攻撃力を増加させるというスキルを開発してきた。
今、それを使うべきだ。相手がどんな攻撃を放ってくるか、それは分からない。
それでも、今の俺が出せる最強の手札を。
岩壁が崩れた――……!!
その向こう側に、ゴールバードを捉える。
俺が見ている時は、いつだって余裕の表情だった。焦りや不安などといった変化は、奴には訪れなかった。大上段に構えた鈍器を見て、ゴールバードが僅かに表情を歪める。
流石のゴールバードだって、これを受けてはただで済む事はないだろう。
こいつは、死なないと言っていた。もしかしたら、こんな攻撃を受けても生きているのかもしれない。
構うものか。
「<インパクトスイング>!!」
ゴールバードは目を大きく見開き、明らかな焦りの色を見せて、俺に向かって制止を掛けるように、左手を突き出した。
その、瞬間だった。
「なっ…………!?」
時間が、止まった……?
いや、時間は止まっていない……!! 止まったのは、流動的に俺の周囲で流れるモノの存在……!?
俺の身体に変化が訪れた。あまりに唐突な事で、どうして良いのか分からなくなった。
両腕からパワーが――――いや、魔力が、抜けた。
振り下ろす事も忘れていた。俺は鈍器を上段に構えたままで、ゴールバードに向かって突っ込んだ。
ゴールバードは、飛び掛かる俺をどうにか避ける。
魔力を失った俺が。そのまま、地面に向かっていく。まるで全身が脱力したように、力の入れる場所が分からなくなっていた。
「ちっ――――!?」
違う。俺の身体が動かなくなった訳じゃない……!!
鈍器を手放し、右手を払うように動かして、地面に顔から激突する事を防いだ。鈍器は俺の間近で乾いた音を立てて転がり、俺もまた、地面を転がる。
――――あの時と、同じだ。
ゴールバードがロゼッツェルの攻撃を、防御した時。あの時も、<タフパワー・プラス・プラス>を発動していたロゼッツェルが、突然その魔力を失い、元に戻ったんだ。
心臓の鼓動が、大きくなっていくのが分かる。ゴールバードは都合一度だけ、この技を見せた。あの時はロゼッツェルに打ち勝つために、どうしてもそのスキルが必要だったのかもしれないと。
と、いうことは。
「…………なるほど。危険だな、トーマスの孫よ」
ゴールバードから、余裕が消えていた。