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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第七章 初心者と英雄気取りの極悪人と新たなる魔界の王
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I138 やり直す、ということ

 イヤリングが破壊されると、アドワンは唐突に身体を脱力させた。目を閉じ、その綺麗な顔を剥き出しにしたまま。


 すう、と眠りについた。


 俺は息を荒らげて、突き刺した剣に体重を掛けていた。……やっぱり、この紫色のイヤリングはゴールバード・ラルフレッドからの命令を受信する役割を果たしていた。それが無くなった今、アドワン・ノヴァは機能停止し、意識を失くしたのだ。


 随分と、厄介な相手だった。剣士としての弱点を克服した剣士……か。操られていたからどうにでもなったが、もしも本当に実力で勝たなければならない状況だったら、厳しい相手となっていただろう。


 俺は顔を上げ、未だ戦っているガング・ラフィストを見た。


「ガングさん!! 左耳のイヤリングだ!! そいつを壊せ!!」


 言うと、二人のガングは揃って俺の方を見て、頷いた。


「いやー、はい。そんな情報を待っていましたよ、ラッツさん」


 俺に近い方のガングが、そう語り掛けて頷いた。メアリィの向こうに居るもう一人のガングは、黙って背後からメアリィを捕まえようと、動いているようだった。……ってことは、俺に近い位置に居る方が本物のガングなのか。


 メアリィは何かに気付いたような顔をして、ガングに向かって不敵な笑みを浮かべた。……どうやら、ガングを倒し得る何かの情報を手に入れたらしい。


 しかし、爆弾攻撃ばかりではあるが。あのメアリィという少女、一体幾つの爆弾を持っているんだ……? 縦ロールに両手を突っ込むと、幾らでも爆弾が出て来るようだし……


 あれでは、そこら中にばら撒いているだけで近寄る事すら容易ではないだろう。


「本体を破壊すれば、『イリュージョンスライム』だってアイテムに戻るでしょう」


 なるほど、ガングが喋った事で、本体の位置がばれたのか。ガングはポーカーフェイスを気取っているが……そもそも、顔がまともに見えないのでポーカーフェイスも何もあったもんじゃない。


 メアリィの爆弾攻撃が、ふと変化した。先程までは、ただの爆発攻撃だった――……不思議な形の爆弾を投げると、メアリィと偽物のガングを阻むように、炎の壁が噴き上がった。


 アイテムエンジニアの戦いを見た事があまりなかったけれど、あんな風にやるのか……。どっちもトリッキー過ぎて、全く付いていける気がしない。


 これは、俺も戦闘に参加出来ると確信を持つまでは、迂闊に近寄らない方が良さそうだ。


 本体のガングは、未だメアリィに向かっている所だった。メアリィは自身の前方に魔法陣を描くと、魔法陣に向かって……なんだ、あれは……?


 謎の液体を、振り掛けた。


「おいでなさいな……私の……下僕……!! <ボーン・ドール>!!」


 メアリィの魔法陣が描かれた周囲の地面が盛り上がり、何かを形成していく。ガングはそれを見て、動きを止めた。


 そうか。アイテムエンジニアの魔法って、こういうモノなのか……盛り上がった地面から生まれたのは、まるでゴーレムのような岩石の化物。だが、ゴーレムとは違うようだ。


 あれはメアリィが操作できる、人形のようなものなのか。生まれた人形は、ガングに向かって拳を振るった。


「懐かしいですねえ、<ボーン・ドール>……私も魔法を失うまでは、よく使っていましたよ」


 ガングが楽しそうにそう言って、人形の攻撃を避けた。メアリィ自身をすっぽりと隠す程の巨体に、メアリィの姿が消えたように見えたが。茶色のコートから、ガングは幾つかの薬品を取り出した。それを、メアリィの足下に向かってばら撒く。


 出現した人形が、足下から溶け出した。


「えっ……!? ちょっと……!!」


「『レインパウダー』。リンガデムを南に行った小さな街で使われる、水分を凝縮した粉です。そのままではただの粉ですが、何か固形物に触れると多量の水を出現させるという効果がありまして。いやー、貴重なので今回限りですよ」


 人形の攻撃を避けて、ガングは人形の腕の上に立った。帽子を押さえたまま、どうやら肩の後ろにメアリィの姿を発見したらしい。


 足を揃えて腕の上に立ち、帽子を撫でる。その姿は、どことなく紳士的だった。


 ガングが何もしなくとも、人形が溶けていく。


「きゃあ!! ちょっと、お洋服に汚れが……!!」


「いけませんね、メアリィ。淑女は時として、汚れなどに構っていられる状況ではなくなる――……さあ、こっちにおいで」


 爆弾を取り出したメアリィだったが、ガングは避ける様子もない。人形が溶けて土に帰っていく……そうか、こういう戦いをしていたから、俺とアドワンが戦っていた今までは、何かをしては白紙に戻る事になっていたのか。


 メアリィは未だ人形の上に立っているガング目掛けて、爆弾を投げ付けた…………って、あれ? ガング、避けないのか?


 …………えっ。


 ガングはあっさりと被弾し、爆風に呑み込まれた。メアリィの緊張が、ふと緩む。あの程度の攻撃なら避けるまでもない、ということか? ……いやいや、そんなタイプには見えない。少なくとも、防御力に秀でるタイプではないだろう。


 じゃあ、どうして。


「…………いない?」


 煙が晴れた。……あれ? メアリィの言った通り、ガングが居ない。その場から消えてしまったようだ。


「よいしょっと」


 くたびれたような声を出して、メアリィの真下の地面――人形の、背中の部分――から、声がした。メアリィがその場から飛び退く前に右手が現れ、メアリィの足首を掴んだ。


 いつの間にか、黒い円盤が設置されている。その円盤が僅かに動き、右腕だけが現れたのだ。


「きゃあああああ――――!?」


 ホラーか。ホラー映像なのか。包帯巻きの右腕が地中から伸び、メアリィを確実に捉えている。続けて左腕も現れ、地面をしっかりと掴んだ。


 …………おお。黒い円盤が開いた。


 地面から、二メートル強もの身長を誇る大男が現れた。泥から現れたというのに身体は汚れておらず、左目のレンズは不気味に光っている。メアリィが恐怖に顔を引き攣らせ、真下から生えてくる男を見ていた。


「『ボイス・トランス・マイク』。ユニバース大陸のはずれに、音を転送させる技術を研究していたご老人がおりまして。いやー、つまり貴女が本物だと思っていたのは、『イリュージョンスライム』だったというわけです」


 ああ、そうか。消えたように見えたガングの所には、小さな緑色の液体がぐにぐにと形を変えて動いていた。俺が本物だと思っていたのは、実はジョージで。炎の壁に阻まれていたのが、本物のガングだったというわけか。


「いや、やめて!! 離して!!」


「因みに、この円盤は『マンホール』という転移のアイテムでして。始点と終点は常に繋がっているので、使用者が解錠することで、自在に空間を行き来できるようになるというわけです」


 ガングはメアリィを捕まえたまま、立ち上がった。ぬらりと起き上がった巨体。メアリィが悲鳴を上げる暇もなく、ガングは茶色のコートを広げてメアリィに胸を見せる。


 変態か? 変態なのか……?


 その、瞬間だった。


「イヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!!」


 ガングの胸から、六本の巨大な……骨? 肋骨か? 肋骨が突き出て、そして……開いた。食虫植物が虫を捕らえるような動きで、メアリィの全身はガングから生えた肋骨に捕まった。


 …………最早、恐怖映像でしかない。


「キャ――――――――!!」


 メアリィは叫び声を上げると、泡を吹いて気を失った。……なんだか、見ていて居た堪れない気持ちになる。散々ゴールバードの武器について化物だ化物だと言ってきたが、化物レベルでは明らかにガングの方が上だった。


「さて、左耳でしたね……あ、因みにこれは『グロウボーン』という丸薬によって作り出される現象でして」


 もう誰も聞いてないよ。


 ガングは捕まえたメアリィの左耳を確認し、その紫色に光るイヤリングを取り外した。……壊さないのか。メアリィが気を失った事を確認して――もう、とうに気は失われているのだが――ガングはイヤリングを確認し、ふむ、と下顎を撫でた。


 そうか。肋骨で捕まえているから、両手は自由なのか。


「なるほど。これで操作をする事が可能になるのですね……。世のアイテム事情も進化しているとは思っていましたが、これはオリジナルの魔法公式のようだ。いやー、勉強になります。ねえ、ラッツさん」


「いや、待て。その状態でこっちに来るな」


 生理的な拒絶反応を示してしまう俺だった。


 ガングは仕方なく肋骨を元に戻し、解放されたメアリィを抱いて、俺に向かって歩いて来る。倒れているアドワンの隣に、メアリィを寝かせた。


 ……本当に、全く傷ひとつ付けずにメアリィ・ラフィストの呪縛を解いた。戦闘慣れしているとは感じていたが、まさかこれ程とは。しかも、トリッキーで全く手が読めない。


 恐ろしい人だ。


「ところでラッツさん、ひとまず暴れ終わった訳ですが。これからどうします?」


「どうするって? 突っ込むだろ、そりゃ。ゴールバードを殴り倒して、魔族を解放する」


「少し、休憩といきませんか? ゴールバードは強い。そう簡単に、倒せるとも思えません」


 何だ? 急に。俺が怪訝な顔をすると、ガングは「ああ、いやー」と付け加えた。


「実はですね、フィーナさんが」


 足音がした。俺は咄嗟に、今までそこには居なかった人物を目の当たりにして、思わず目を見開いた。


「随分とまあ、派手にやってくれたものだな」


 低く、落ち着いたトーンの声。自慢の化物が根こそぎ破壊されたというのに、その表情にはまだ余裕が見て取れる。


 黒いスーツ、紫色のシャツ。オールバックの髪。


 しかし、流石のゴールバードも少し頭に来ているようだった。ビリビリとした、殺気にも似た気迫が伝わってくる。


 俺は振り返り、咄嗟に戦闘態勢に入った。リュックから長剣を引き抜いて、低く構える。


「…………遅かった」


 ガングが溜め息を付いて、帽子を被り直した。


「『真・魔王国』への侵入について、許可を出した覚えはないが?」


 ガングが言い掛けた言葉は……フィーナが、追い掛けて来ているのか? しかし、躊躇っている場合ではない。今ここでこいつと戦っておかなければ。そして、倒さなければ。次に何を企んで、人を、魔族を、苦しめるか分からない。


 もう毎度の事ではあったが、魔力を限界まで使い切るというのは、出来る限り避けたい。また『魔孔』が閉じるのかどうかも分からない事だし――……しかし、それを気にして戦わない訳にもいかない。


 大丈夫だ。今度は、二対一。後ろのキュートは呆然と様子を見ているだけだが、どこかで戦闘に参加してくれるかもしれない。


 フィーナが追い付けば、四人になる。何より、ガング・ラフィストは俺の想像以上に強かった。


 これなら、どうにかなるかもしれない。


 全身に、魔力を展開。俺は、今の自分が出すことの出来る最大限の殺気を放ち、ゴールバードに言った。


「要らねえよ、許可なんか。現段階で、生きている魔族を全て解放しろ」


 ゴールバードはやれやれ、と言わんばかりの様子で首を振った。その行動に、眉が跳ねる。


「ラッツ。これは全ての生物のため、仕方のない事なんだ。あまりにも、過去は腐ってしまった。この星は全ての生命を一度掃除し、新たに『やり直す』べきなのだよ。……そうだろう、失敗ばかりの初心者君?」


 まるで俺の事は何でも分かっているのだと言わんばかりに、ゴールバードは肩をすくめてみせた。


「どうして自分が属性ギルドに入れなかったのか、まだ気付かないのか? 『あのトーマス・リチャードの孫』を、ギルドなどに入れる訳にいかないからだろう? それもまた、『やり直し』だ」


 俺は、ぴくりと眉を動かした。


 この星は全ての生命を一度、掃除する必要がある。


 絶滅させ、清潔にして、もう一度蘇らせると、そう言うのか。


 初めて、ゴールバードが本当の意味で計画している内容の片鱗を、聞いた。同時に、今まで俺が危険視していた事が真実になったという現実を前にして、湧き上がる感情を抑えられなかった。


 まるで。『やり直す』ことが。


 俺の人生と同じようだと、そう言われているように感じたから、なのかもしれない。


「――――だから、スカイガーデンとリンガデムを潰したって言うのか」


 薄く目を開いて、ゴールバードは俺を一瞥し。


「まあ、そうなるな」


 ふと、笑った。


「<重複表現デプリケート・スタイル>」


 三度目だ。いい加減、魔力の消耗が気になるレベルになってきた。それでも、前の俺からすれば信じられない戦い方ではあったが……


「そろそろ、限界が近いのではないか? 今ここで私と戦っても、勝てる見込みはないぞ。そこのガング・ラフィストは、どう足掻いても私には敵わない」


 ガングには、視線を向けなかった。今、ガングがどのような感情を内に秘めていたとしても、構わないからだ。


 俺達の目的は、変わらない。


「やり直すってのは、ゼロからまた同じ道を辿るって意味じゃねえ。失敗を背負って、未来を創っていくってことだ」


 そう、教えてくれた。


 お前は、白黒付けるまでやれ。とにかく諦めるな。妥協するな。失敗してもいい、失敗だと分かるまでやるんだ。どんな事でもだ。


 ゴールバードが何を思ってこんな事をしているのか、それは分からない。だけど、如何なる理由があったとしても、俺達の大切な場所が壊される所なんて、黙って見ている訳にはいかない。


 いかないんだ。


「過去を捨てるってことは、未来も捨てるってことだ。有りのままの現実から、目を背けるってことだ」


 これは、俺達の存亡を賭けた戦いでもあるのだから。


「俺は逃げない…………!! お前と違ってな!!」


 ゴールバードの表情が、変わった。



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