I137 ラッツ・リチャードの十八番
しかし、どうにかガングに助けられた。ガングも痛手を負うかと思いきや、あまりダメージになっていないみたいだし……不幸中の幸いか。
それにしても、あの<古龍の第六感>というスキルは、何なんだ。それまでの勢いを無視して、まるで防御できない反撃を俺に与えてきた。
そういえば、ボール型の化物を吹き飛ばした時も、似たような事をしてアドワンは防御していた。あれもまた、反撃の為のスキルだということか?
魔法公式がスキルを発動させる時の、一種の溜めみたいなものが存在しなかった。それどころか、今までの行動をまるで『キャンセル』し、隙を消したような動きだった。
『境界線』…………?
「<ヒール>」
とにかく、傷付いた両腕の修復だ。強化された魔力で、初めてまともな回復力を持った<ヒール>を自分自身に掛けた。じわりと患部を中心に暖かさが広がり、痛みが引いていく。
フィーナの回復には遠く及ばないが、動かすのに不自由する程ではないだろう。
「……攻撃魔法……回復魔法……付与魔法……打撃スキル。不思議な人だね。見たことないや……我流?」
そう言いつつ剣を構えるアドワンの姿勢に、相変わらず隙は見られない。
我武者羅に戦っていても、こいつを行動不能にする所までは辿りつけないだろうか。どんな方法を使っているのか分からないが、とにかくこいつはノーモーションで反撃するスキルを持っている。
なら戦いながら、アドワンのどこに魔法が掛かっているのか、それを見付け出す必要がある。…………まさか本当は幻覚魔法なんかには掛かっていなくて、ゴールバードに協力しているだけ、なんてことはないよな。
幻覚魔法っぽい反応さえ、実はブラフで……
ブラフである可能性。
……分かるはずもない。
それは、ない。無いはずだ。自然な素振りで話してはいるが、この男はエト先生の事を覚えていない。
どのような状況でも、何か操作されている事は確実だ。
「残念ながら、俺には『師』に当たる奴が居ないもんでね」
「そうか。それで、そこまで強くなったのはすごいな。でも、そこから先には行けないかな」
淡々と、アドワンは語る。
俺は思わず、ぴくりと眉を動かした。
「武器も付与魔法もころころと変えるんじゃ、所々に隙が出来る。意表は突けるかもしれないけれど、使う武器の種類を特定されたらそこまでだ。何にでも対応できて便利な代わりに、突出したスキルも無いって事だろう? 見た所、使えそうな決定打は『イカロスの羽』を倒した時に見せた爆発攻撃ってとこかな」
……『イカロスの羽』? それが、あの巨大な化物の名前なのか。
しかし、アドワンの言っている事は正しい。実際、表現系の魔法を戦闘中に切り替えるのは神経を使う事だし、武器の入れ替えも相手側に隙が出来なきゃ成立しない。
押している間は都合が良いが、押されている時というのは余計にピンチになりやすい。それが俺だ。
「武器を沢山持ってるから重くて、本来のスペックが発揮できない。実力に差がある時は良いけれど、拮抗している時は逆に荷物になるんじゃないかな」
まいったな……相手の傾向を分析してくるタイプか。
弱点を突くから勝てるのであって、元々スペックで負けている相手に弱点を突かれたら、勝てる道理なんかない。
……これまでに、何を見せただろう。短剣、長剣、杖、弓、鈍器、か。……殆ど、全部見せているな。まだ隠している手札は、投げナイフくらいか。魔法も、俺の手札の殆どを見せてしまっている。
一度見せた攻撃は、二度通用しないと思っておいた方が良いだろう。
だが、どうするか……。
「どうかな? 案外、ユニークなタイプってのは常識的な物差しの外に居るもんだぜ」
はったりのつもりで言ったが、アドワンは確かに、と頷いた。
「なら、油断はできないね」
そこに、俺が求めていた反応である、一切の恐れも不安もない。
…………不吉だ。
漠然とそのように思っていられるのも、その瞬間までの事だった。
目の前に、アドワン・ノヴァの顔が現れた――また、『構える』一瞬を必要としない行動だった――中段に振られた剣を、バックステップで避ける。
行動を見極められなかった事で、反応に一瞬の遅れが生じた。避けきれず、水平に振られた剣撃が、俺の腹を掠めていく。
明らかに、動きがおかしい。決して、何かが瞬間移動している訳ではない。だが、動きが不自然に見えるのは、何かが削られているせいだ。
なら、何が削られているんだ…………!?
リュックから、二本の短剣を取り出した。瞬間、リュックへと伸ばした腕が狙われる。右側から放たれた攻撃に、どうにか短剣の防御を間に合わせる。
右の短剣でガードした竜殺しの剣が、今度は僅かに軌道をずらして俺の眉間に向かってくる。
――――そうか。
咄嗟に屈み、アドワンに向かって足払いを放った。アドワンは僅かにジャンプすることで、もつれ合いになる事を防いだ。俺に当たるまでの時間を遅らせる事で、俺はアドワンの攻撃を短剣で防いだ。
アドワンが、俺の変化に気付く。下を向く事で垂れたもみあげの隙間から、紫色のイヤリングが顔を覗かせた。
「そうか。君は――――その機転の利く戦闘方法で、敵の弱点を炙り出して戦うタイプだったか」
突如としてアドワンから消えた、違和感を覚える何か。
それは、『慣性』だ。
「種が分かれば道理が分かる。……それさえありゃ、大抵の弱みは克服できるんだよ」
しかし、『慣性』が自在に操れるものだと分かったからと言って、どうしろと言うんだ。
とどのつまり、振り下ろした剣がノーモーションで振り上げられたり、突きとして繰り出された剣が何の前触れもなく払いに変わるということ。
剣士として、最大の弱点を克服している。攻撃をするための前隙、後隙というものがこの男にはない。
なら、どうする。
「なるほど――――君は、面白い」
空いている片方の手で、アドワンの胸目掛けて短剣を投げ付けた。アドワンは俺の行動に、一度は振り下ろした剣を上げざるを得ない。
後退したアドワンに、追い打ちを掛けるように爆弾を巻いた。身体の体勢を立て直して、今一度仕切り直す。
「そうだった。君は爆弾も持っていたね」
考えろ。今の俺が出来る事で、目の前に居るアドワン・ノヴァを上回る事ができる何かを、探すんだ。
<暴走表現>はもう使えない。無理をする必要はないんだ。それは、本当に可能性がゼロだと分かった時だけでいい。
剣では勝ち目はない。リュックから取り出したのは、弓だ。近距離での戦闘に弱点が見出せないなら、これは中遠距離から攻めるしかないだろう。
奴のリーチの外側なら、飛んで来る攻撃は<ドラゴンウェイブ>くらいのものだ。それなら、対処のしようもあるのではないか。
俺の弱点が分析される前に、敵の弱点を見付けなければ勝ち目はない。
「<レッド・アロー>!!」
魔界に行くに当たって、俺が持って来た矢は三種類。鉄の矢、鉛の矢、爆撃の矢。いつものレパートリーだ。このままでは、とてもではないが攻撃力は望めない。
アドワンが、ギリギリの動きで俺の放った矢を避けようとする。……そうだろう。<レッド・アロー>なら、矢の軌道から逸れれば何も起きないと、そう考えるはずだ。
「<強化爆撃>!!」
だが、爆撃の矢を組み込んだ<レッド・アロー>を、俺はまだ矢が宙を舞っている間に爆発させる事ができる。そして、爆発の大きさも一般的なものより大きい。『爆撃の矢』に仕込める火薬の量は限られている。それくらい、アドワンだって把握した上で避けているはずだ。
予想通り、アドワンは俺の爆撃攻撃を避けきれず、僅かに被弾した。それなら、遠距離重視で戦うべきか? <ホワイトニング>と<ダブルアクション>を切り、<マジックオーラ>をベースに戦うべきだろうか。
…………いや、そうではないだろう。
こいつは、俺がどんな戦い方も出来る事を知っている。
それなら。
中距離以上の距離を保って戦うと分かったのか、アドワンは俺と距離を詰めてきた。俺はアドワンの移動に合わせて後退し、距離を離しながら連続で矢を撃ち続ける。
当然、放った矢を払いながらアドワンは俺に近付こうとした。
「<レッドトーテム>」
俺とアドワンとの距離を離すように、火柱を出現させる。……相手が予測不能な行動を取るなら、目には目を、だ。アドワンは俺の<レッドトーテム>を、右か左のどちらかから回ろうとするだろう。
奴は、距離を詰めなければならないのだから。
しかし、その場で立ち止まる。<強化爆撃>を使って、俺が炎の存在する場所ならどこでも爆発攻撃に変化させる事が出来る事を、既にアドワンは知っている。
爆発の範囲内に居れば、そう簡単に近付いて来られる筈もない。
「……それで、僕の動きを封じたつもりか?」
勿論、体力勝負に持ち込んで勝ち目があるとは思っていない。しかし、一瞬でも隙を作る事が出来れば、それでいい。
俺は、向こう側で戦っているガングとメアリィを見た。
ガングは、相変わらずジョージと二人で戦っているようだ。どっちがどっちなのかは分からない。その状況に、メアリィも苦戦しているようだった。
今度こそ、動いているメアリィの姿を、しっかりと観察する。
そもそも、狙うべき急所がどこだか分からないって言うんじゃ、戦いようがない。この二人には、共通して何か、ゴールバードが操るために秘密を仕掛けている筈なんだ。
幾つもの爆弾をばらまくように配置し、ガングの行手を阻むメアリィ。対するガングは、何故か左腕がチェーンソーのように変形して戦っていた。
アドワンが、容赦なく俺に向かってくる。
ギリギリまで、俺はメアリィを見ていた。
爆風で、メアリィの縦ロールが風に舞い上がった。
……おい、待て。あれか?
「<ドラゴンブレイク>」
目前にまで迫っていたアドワンの『ドラゴンスレイヤー』。どうやら、一度程度の<強化爆撃>ではやられないだろう、という結論に達したようだった。
俺は右腕をアドワンに向かって構え、親指と中指の先を合わせた。
アドワンは動きを止めるか、反撃か。
――――反撃だ。
奴は、<強化爆撃>ではやられないのだから。
「<強化爆撃>」
「<古龍の第六感>」
俺の爆発攻撃に合わせて、アドワンは先程見せたカウンター攻撃を繰り出してくる。
……最初にこの技を見た時、違和感はあった。鈍器が弾かれた事はともかく、<インパクトスイング>の勢いが殺された事は、理解の難しい現象だ。
競り負けたとか、流されたとか、そういう類の動きではなかった。<インパクトスイング>の衝撃は、吸収されたように見えた。
そして、アドワン・ノヴァはあのタイミングで、迷わず俺に<古龍の第六感>をぶつけてきた。……それはまるで、俺が何を繰り出すのか、既に理解していると言わんばかりの速度だった。
咄嗟にタイミングを合わせたようには見えない。
ならば、そのタイミングで俺から繰り出される攻撃は、『何でも良かった』のではないか。
タイミングさえ、合っていれば。奴は、どんな衝撃でも吸収できるのだから。
アドワン・ノヴァは、『慣性』を扱う剣士。自在とまでは行かなくとも、敵の攻撃さえ操作できる可能性はある。
それが、<古龍の第六感>という技だとしたら。
リュックから取り出したのは、長剣だった。
「危ないね。自殺行為だよ。――――それと、それではガードできないな」
アドワン・ノヴァの一挙一動を、しっかりと見ていた。
つまり<古龍の第六感>とは、俺の魔力や衝撃を吸い取り、同じだけの威力を返すカウンタースキルなのではないか。
俺が放った<強化爆撃>が、アドワンの攻撃に合わせて霧散した。まるで初めから、そこには無かったかのように。
人知れず、予想通りの現象が現れた事に。
「中距離を守って戦えば勝てると確信して、油断したね」
笑みを、浮かべた。
アドワンは大上段に構えた剣を、俺に向かって真っ直ぐに振り下ろした。
目には、目を。俺は別に、中距離で戦いたかった訳ではない。その<古龍の第六感>が発動された時が狙い目であることと、どうすればアドワンを無力化出来るのかを考えていただけだ。
追い詰められた状況で繰り出された、必殺のスキル。
なら、それさえ破れば、突破口が見えてくる。
長剣を、アドワンに向けた。
俺の身体に付与された、<ホワイトニング(+2)><キャットウォーク(+2)><ダブルアクション(+2)>。
その魔法公式から得られる回答が、ひとつ。
「<パリィ>!!」
アドワンの『ドラゴンスレイヤー』に、長剣の切っ先を合わせた。
振動に、押し切られそうになる。危うく長剣を手放しそうになる前に、俺は腰からもう一本の剣を抜いていた。
ゴールバード・ラルフレッドの計画を打ち破ろうとした、反乱軍。それを計画したロゼッツェル・リースカリギュレートという男がいた。
奴が持っていた、刃の殺された剣。
「誰も、真っ向勝負を避けてた訳じゃねえよ…………!!」
二本分の長剣が、アドワンの攻撃を受け流す。
いや、受け流すだけではない。アドワンの放った<古龍の第六感>の攻撃を弾き返し、ついには剣を振り抜く事に成功する。
振動など、ものともしない。二本分の安定性。<パリィ>の上に、もう一つ同じ魔法公式を、組み上げた。
「<超・パリィ>!!」
元俺が持っていた剣と、アドワンの『ドラゴンスレイヤー』が、互いの持ち主の下を離れた。まさか<古龍の第六感>が弾かれるなどとは思ってもいなかったのだろう、アドワン・ノヴァが目を見開いた。
飛び掛ってきた身体に、右足を合わせる。宙に浮いたアドワンの身体を、俺は思い切り踏み付けるように力を入れ、同時にロゼッツェルの剣を構えた。
――――見ろ。これは、生物を殺さない剣。
どんな使命にも、縛られない剣だ。
仰向けに倒れるアドワンに向かって、俺は剣を突き刺す。
その、左耳。紫色のイヤリングに向けて。
「カウンターに頼れば勝てると確信して、油断したな」
イヤリングを、破壊した。