I136 バーサス・竜殺し
物理特化だ。有りったけの魔力を身体能力の強化に注ぎ込む。そうする事で、少しは伝説級の奴等とも対等に戦う事が出来るはずだ。
「<ホワイトニング(+2)><キャットウォーク(+2)>」
先程までの圧倒的な強化に比べると、どうにもささやかに見えてしまう強化ではあったが。これでも人間界の魔物、『エンドレスウォール』を倒すだけの能力は身に付く。
この『竜殺しの剣』を持つ青年がどれだけの攻撃力を秘めているか分からないが。少なくとも、魔法攻撃ベースでは戦って来ないだろう。なら、受ける事を考えると<マジックオーラ>よりも、絶対的にこちらを選択すべき筈なのだ。
それと、もう一つ。今の俺なら、それくらいは許容範囲だ。
「<ダブルアクション(+2)>」
強化して発動するのは、初めてだ。
両手に構えた短剣が、僅かな残像を伴って変化を始める。魔法には魔法、物理には物理をぶつけるのが基本だ。そうでなければ、唯でさえ中途半端な攻撃力や防御力が弱点を突かれる形になってしまい、一瞬でピンチに陥る事も考えられる。
長剣同士では勝ち目が薄そうだったので、用意したのは短剣。必要なら何時でも盾と取り替えて、全力で攻撃を受ける気満々のスタイル。
アドワン・ノヴァはロングブーツの先を揃えて、静かに『ドラゴンスレイヤー』を構えた。
「……また、強くなったね。でも、その程度では正直、僕と戦えるとは思えないな」
静かに、アドワンはそう言った。その様子を見て、俺は思わず喉を鳴らしてしまった。
その構えに、一切の隙が見えない。
伊達や酔狂じゃない。…………こいつ、本物だ。
「<タフパワー>」
瞬間、アドワンの全身から迸る魔力に、俺は目を見開いた。……何だ、こいつは。これが本当に、『剣士』の魔力か……!?
その魔力量は、フィーナに勝るとも劣らない。ベティーナと比べれば、僅かにベティーナの方が上だろうか。しかし溢れる殺気と迫力は、その身体から発される迫力を何倍にも押し上げている。
普通、<タフパワー>を使うのにこれ程の魔力は必要とされない。……だが、確かに<タフパワー>は術者の魔力量に応じてその威力を増減させる傾向があると言われる。俺は使えないから、詳細が分からないが――……
<チェンジビースト>ではなく<タフパワー>を使ってくる辺り、理性的に敵を追い詰めるタイプの剣士だと思っていい。パワーでゴリ押しするなら、少し無神経になろうとも身体能力の向上差で<チェンジビースト>の魔法公式を選んだ方が有利だ。
予想外を突かなければならない俺としては、少しだけ不利だろうか。
「<ドラゴンウェイブ>」
聞いた事のないスキル名が宣言され、アドワンの魔力が長剣に注がれた。俺は咄嗟に判断して、その場から真横へと跳躍した。
直後、アドワンが何気なく放った一振りから、とてつもない規模の波動が出現した。
見た目は、<ウェイブ・ブレイド>と同じだ。だが――――随分と、範囲と速度が増している。危険を感じた俺は姿勢を低くし、左手で地面をつき、転がった。
俺の真上を、波動が通り過ぎていく。
まさか、かの有名な<ドラゴンブレイク>の開発者と戦う事になろうとは。エト先生に教えられた者しか使う事が出来ないレアスキル。その出処は、こんな若者だったというのか。
天才。
そんな二文字が、俺の横を通り過ぎた。
「<ドラゴンスピア>」
転がって起き上がった俺の目の前に、もうアドワン・ノヴァの姿があった。俺は短剣をクロスさせ、鳩尾目掛けて放たれた突きを受け止めようとした。
剣と剣がぶつかり合う、鋭い音がした。瞬間、俺はその異様な『突き』攻撃に目を見開いた。
「『潜る』よ、これ」
時計回りに旋回する、風の存在を感じる。僅かに振動しているそれは、防御した短剣を外側へと導く力を発していた。
冗談じゃねえ……!! こっちの剣が防御に使えないって言うのかよ……!!
すぐに、受け止める事は諦めた。流すように上体の力を抜き、ブリッジの体勢で身体を逸らす。
俺の視界を、異様な魔力を放つ長剣が通り過ぎた。
だが、胸がガラ空きだぜ…………!!
「<飛弾脚>!!」
カチ上げるつもりで、アドワンの胸目掛けて蹴りを放った。アドワンは、咄嗟に突いた剣を戻して防御しようとする。
構わない。目的は、宙に浮かせる事なのだから。
「……やっぱり、フリースタイルか」
アドワンが何かを呟いて、俺の突き上げる蹴りを受け止めた。だが勢いは死なず、アドワンの両足は地を離れ、宙に打ち上げられる。
リュックに短剣を戻し、取り出したのは弓矢。久しく使っていなかった種類の矢を持ち出し、アドワン目掛けて弓を引いた。
こんなもの、どれだけ効果があるか分からないが――――…………
「<ストップ・アロー>!!」
撃たないより、幾らかマシだ。
放たれた矢は、真っ直ぐにアドワンを目指していく。その間に俺は、地上に向かって魔力を集中した。当然、アドワンは俺の放った<ストップ・アロー>を剣で防御するが。
既に俺は、弓を戻して杖を構えている。
「<レッドトーテム>!!」
そいつは、アドワンの気を逸らす為の囮だ。俺が確実に<レッドトーテム>を放つための余興。
自由の効かない空中では、避けられやすい<レッドトーテム>も反撃を受ける心配がない。基礎スキルの中で最も優秀な火力を持ち、応用度も高いスキル。
魔法使いになったらこんなものは捨てて、さっさと<ダイナマイトメテオ>や<フレイムプロミネンス>を覚えるべきだ。大魔法を使わない魔法使いだったとしても、威力が同じで魔力効率も自由度も高い<フレイムボール>辺りを使うべき。
だからこそ、意表が突ける。
「<マジックスラッシュ>」
しかし、この火力を強化した<レッドトーテム>でさえも、<マジックスラッシュ>を覚えているなら防いでくる事は明確だろう。それが分かっていた俺は、リュックに杖を戻して鈍器を取り出す。
自身の放った<レッドトーテム>に被せるように、大上段に鈍器を構えて高く跳躍した。
「違う種類の攻撃を二発は受けられない。――それが、お前等剣士の弱点だって知ってたかよ……!!」
効果の違う、二つの防御スキル。物理攻撃を受ける<パリィ>と、魔法攻撃を受ける<マジックスラッシュ>。どちらか一方しか弾くことが出来ないのなら、両方同時に放たれると防御する方法が存在しない。
それが、一見前衛で最強と思われる、攻撃と防御、どちらも優秀な『剣士』という職業の弱点だ。それはどんなプロフェッショナルでも、『剣』という武器を持っている以上、同じなはず。
なら、物理攻撃と魔法攻撃を両方同時に扱える俺の方が、一対一の戦いでは有利なはずだ……!!
「<インパクトスイング>!!」
火柱の攻撃を受けたアドワンは、既に剣を振り下ろしている。俺はその上から、鈍器を構えて振り下ろした。
地面に叩き付けられれば、竜殺しの剣士とて、無傷とはいくまい。気を失ったら、細かく調べ上げてアドワンを縛っている幻覚魔法を解いてやる。
『ドラゴンスレイヤー』が、太陽の光に反射した。唐突な光に目が眩むが、俺は構わずそのまま、鈍器を振り下ろした。
両腕の筋肉が張り、身体のバネを利用して、痛恨の一撃を放つ――――
「うん。それは、僕達の弱点ではあったね」
俺は、目を見開いた。
「<古龍の第六感>」
弱点では、『あった』。
そう宣言したアドワンは、笑うでもなく俺の行動の意味を瞬時に把握し。
まだ振り下ろしている最中の剣を、どういう訳かスピードを殺さず、逆に振り上げた。まさか一度振り下ろした、しかもスキルを放っている最中の剣が持ち上がってくるとは思わず、鈍器を『ドラゴンスレイヤー』に向かって叩き付ける。
何故か、<インパクトスイング>の勢いが殺された。
鈍器と鉄がぶつかり合う、鈍い音がした。剣がぶつかった瞬間、俺は思わず眉をひそめて、アドワンの剣を凝視した。
――――こいつ。
「あ。『弾く』よ、これ」
鈍器に剣が引っ掛かった瞬間、違和感を覚えた。俺の悪い予感は的中し、瞬く間にその長剣は俺の鈍器を殺しに掛かった。
武器破壊かと思い、手を緩めてしまった。だが、振動を伴う<古龍の第六感>と呼ばれた反撃は、横に弾くような衝撃を俺の鈍器に与えた。
まるで想定不能な攻撃に、鈍器が俺の両手を離れる。
そのまま、胸を大きく斬り付けられた。
ガードは間に合わず、胸から血が吹き出す。ようやく俺はリュックから盾を取り出し、アドワンの攻撃をガードしようと試みた。
瞬間的に発生した衝撃に、顔を顰めた。
これが、剣士の蹴りか……!? なんだ、このパワーは……!!
アドワンは地面に蹴り落とすように、踵を振り下ろしていた。盾でガードするが勢いは殺せず、アドワンが空中に浮かぶのとは逆に、俺の身体は地面を目指していく。
『ドラゴンスレイヤー』が、魔力を帯びる。その先に訪れるであろう攻撃を、俺は予測していた。
予測していたのに、この状況じゃ弾く事が出来ない……!!
「<ドラゴンウェイブ>」
放たれた斬撃の衝撃波は、真っ直ぐに俺を目指した。俺は盾を構え、どうにかそれをガードしようとした。
盾で、全身を隠す。
盾を構えている両手が、強い衝撃に見舞われた。どうにか固定させようと踏ん張っていたが、すぐにそれが意味の無い事だと気付く。
ただのガードじゃ駄目だ。……こいつは、容易く龍の鱗を斬り落とす程の剣士なのだから。
時は、既に遅い。俺の盾が、中央から二つに裂けていく。
両の拳を突き合わせ、<堅牢の構え>を取る。歯を食い縛った。
耐えろ。
絶対に、両断などされるな。全魔力を、両腕へと注ぎ込んだ。
――――――――耐えろ。
斬撃は直撃し、俺はそのまま地面に叩き付けられた。今にも命を喰らおうかという殺意を持った魔力の塊が、俺に襲い掛かってくる。
負けてなるものか。
気力だけで、その波動を押し返した。耐えていれば、魔力の波動は効力を失い、自然と消滅する。ただそれまで、俺の身体が二つにならないよう、祈り。
「おあああああ!!」
血を吐きながらも、目だけは閉じなかった。
衝撃波が効力を失い、ようやく消滅した。……耐え切ったのか。両腕が危うく分断されてしまうのではないかと思われたが、どうにか傷で済んだようだ。
だが、アドワンが俺に向かって迫って来る。体勢を立て直さなければいけないのに、身体が動かない……!!
リュックに手を伸ばす余裕もなく。
「<ドラゴンブレイク>」
俺は――……
「ラッツさん!!」
――――沈黙があった。
目の前で、アドワンの剣を受けるモノの存在があった。
真下から飛び出すように現れたそれは、盾さえ破壊したアドワンの剣撃を弾いた。咄嗟にアドワンは宙返りし、俺の目の前に現れたモノの存在に驚いていた。
これは――――…………、びっくり箱?
箱から飛び出した変な顔の球体が、スプリングによってびよんびよんと揺れていた。思わず目を瞬かせて凝視してしまったが、それが誰の助けなのかということに、すぐに気が付いた。
目で追う。広場で戦っている、もう一人の男の存在を。こんな訳の分からない防御をするのは、俺の知る限りで一人しか見当たらない。アドワンも、俺の視線を追い掛けていた。
瞬間、爆発が巻き起こった。爆風に髪が揺れるが、砂埃は目に入らない。ゴーグル越しに、爆発が起きた辺りを確認した。
立っているのは、メアリィと呼ばれた巻き髪の少女。
ということは。
「ガングさん!!」
瞬間、叫んでいた。
爆発を受けたのは、間違いなくガングだった。やがて煙が晴れていくと、広場に大の字になって横たわっている男の姿があった。
帽子が吹っ飛び、包帯巻きの頭が露出していた。
アドワンの攻撃を、防御したからか。おそらく、それがガングに隙を与えたのだろう。巻き髪の少女は息を荒らげているので、ガングはそれなりに少女を追い詰めていたに違いない。
いや、娘なのだ。ガングの娘であるなら、どういった戦術で戦うのかなど、ガングは熟知しているはずだ。
「……君の、仲間か。<ドラゴンブレイク>が弾かれるって、一体どういう事なんだ」
アドワンもまた、驚いているようだった。
「いやー、参りましたね、ラッツさん。一人でどうにかなりませんか? 流石に私も、この歳で二人を相手にするのはきついですねえ」
何事も無かったかのように、ガングは起き上がった。それを見て、巻き髪の少女がぴくりと反応する――――あれだけの爆発を受けて、何事もなく立ち上がるというのは。……大概、この人は人間ではないと思っていたが。
見れば、ガングの左腕は吹っ飛んでいた。断面は包帯に隠れていたが、僅かにその断面は銀色に光っていた。
「……あ、貴方。……何なの……!? 腕がとんでるのよ……!?」
メアリィと呼ばれた少女は、両手に爆弾を握り、冷や汗を流していた。
ガングは右手で立ち上がると、左腕を拾いに歩いて行った。……誰もが、ガングの動きに目を見張っていた。ガングは飛ばされた左腕を掴み、そして。
今一度、その左肩に差し込んだ。
メアリィが、この世のものとは思えない何かを見るような顔で、ガングを見ていた。ガングがメアリィの様子に気付いて、おや、と帽子を拾いながらメアリィを見る。
「あ、いやー。私、左腕って元々無いのでね」
…………素直に、説明をしていた。