I135 てめえら全員、初心に帰らせる
暴走終了まで、あと十秒ほどだろうか。
<イエローボルト>によって巨大な雷槌の攻撃を受けた怪物は、黒焦げになってその場に立ち尽くしていた。俺はリュックに杖を戻すと、すぐに昆虫のような化物に向かって走った。
一際大きな化物も、気付けば建物の手前から、俺に向かって来ていた。……まだ、動けるらしい。昆虫の化物の触角を掴むと、俺はそれを巨大な化物に向かって投げた。
「家の中に虫が出るとなあ!! 掃除したくなるよなあ!!」
再び、巨大な化物にそれが激突する。俺は足下に魔法公式を展開し、全身の魔力をより一層強く。意識を高めた。
足下から僅かに魔力のオーラが立ち昇り、俺の前髪を揺らしているのが分かる。杖を使わずとも両手に集中した魔力の塊は、俺の意志によって具現化された武器へと形を変える。
「<超・レッドボール>!!」
火の玉攻撃と言うには、あまりに巨大な炎の塊。俺は両手にそれを作り出し、操作することに全神経を注いだ。
今、眼は血走っているだろうか。食い縛られ続けた顎は、そろそろ疲れ始める頃だろうか。いかんせん感覚が麻痺してしまって、どうにもならないのだ。
一直線に二体の化物へと飛んでいくよう、フォームを整えた。
炎の塊は、途方もなく重たい。質量がどうこうではなく、それを維持する為の魔力と操作する為の魔力について、膨大な量を必要とするからだ。
自身の魔力量が少なかった頃には扱えない規模のモノを扱っていた。
上段から、振り抜いて投げる。
「おおおおおおお――――!!」
右手を離れる瞬間、僅かに指先が痺れる感覚があった。
……三十秒は、無理だったか。しかし、<暴走表現>終了までには、化物を片付けておかなければならない。
ならば、投げろ。
「――――っらああああああ――――!!」
連続的に、今度は左から二発目。その間に、新たな<レッドボール>を右手に召喚する。
こんなもので倒せるのならば。俺は、やらなければならない。
一体この化物共に、何人の魔族が葬られたのか。一体今、どれだけの魔族が拘束されているのか。
積み重なってきた、これまでの犠牲。
「ああああああ――――――――!!」
右。左。右。左。ルーチンワークと化した『超巨大<レッドボール>乱舞』が、そのスピードを速めていく。
ロゼッツェル・リースカリギュレートは、一度も俺に『キュートを頼む』と言わなかった。自分自身の手で護れない事を、きっと悔やんでいた。
これから先、キュートに希望なんてものは無いのかもしれないと、思っていたのかもしれない。
侮るなよ、ロゼッツェル。
最早何を言っているかも分からない言葉で叫び、全身から汗を流しながらも、俺は投げ続ける。
巨大な化物は業火に焼かれ、昆虫型の化物にも引火する。全く反撃の隙を与えない攻撃は、真っ先にビームを放つ赤い宝石から溶かし、飛び火していく。
俺だ。
まだ、俺が残っている。
お前の成し得なかった事の意味。やろうとしていた事の意味。
全て、受け取った。お前が、例え俺にそんな事を望んでいなかったとしても。
そう、自分に念じ。
唱え。
ゴーグル越しに見える化物に、巨大な火の玉を投げ続ける。
「溶けやがれ!!」
秒読みが始まる。
……三。
…………二。
……………………一。
投げる為に低くしていた姿勢を高くし、俺は右手を真上に、天空に向かって突き出した。
いい加減、息は上がっている。自分がどんな顔をしているのか、それさえ分からない。
火力の調整、どんなもんだ? ……もしかして、全力でやったら俺達の居る場所も危ないかもしれない?
唐突な疑問に、一瞬だけ身体が止まった。<暴走表現>が切れる瞬間の戸惑い。トリガーとなる指を構えたまま、俺は恐怖し。
瞬間、ロゼッツェルの顔を思い浮かべた。
ついに、成し遂げられなかった想いのことを。
行け。
それが、前進であるならば。
「――――<超・強化爆撃>――――」
指を、鳴らした。
瞬間、途方も無い規模の爆発が起こり、その場が一瞬にして炎の海に包まれた。爆炎は俺の目の前まで迫って来たが、どうにか俺の目前で止まり、火に晒される事はなかった。
俺が動き始めてから化物の大群が機能停止するまで、きっかり一分。俺は激しく動いた身体がクールダウンする事もなく、息を荒らげていた。
身体が、熱い。全身にブーストを掛けていた<暴走表現>が切れ、同時に重ね掛けしていた<重複表現>も状態を保てなくなる。
煙が、晴れていく。その向こう側に見えるのは、元が何だったのかも判別出来ない程に形の崩れた化物。……いや、最早これはただの鉄屑だ。
嵐のような攻撃の最中、ガングは呆然と俺の様子を見ていた。ガングの姿になったジョージがキュートのそばに居る所を見ると、おそらく流れ弾が当たらないように気を使ってくれていたのだろう。
ゴールバード。どこかで見ているに違いない。
なら、俺が言わなければならない事はひとつだ。
「こんなガラクタ、幾つ用意しようが相手にならねえんだよ!!」
<暴走表現>は、二度利用する為にはそれなりの時間を必要とする。何か魔力のコンディションと言うのか、そのようなものが崩れてしまうのだ。感覚的なものだったが、大地の魔力とうまく融合しなくなり、魔法公式も発動しなくなる。
もう、超人的なパワーは使えない。
だが、俺は屋上に居る二人を目掛けて指をさした。
「降りて来い!! ――――てめえら全員、初心に帰らせてやる!!」
剣士の青年が、俺の挑発を受けて僅かに眉を動かした。
今回は、俺自身の魔力はまだ生きている。少なくとも、通常状態の<重複表現>を使う事が出来る程度の状態にはあるということを、俺の身体が教えてくれる。
まるで、魔族のような魔力量。或いは、魔法使いや聖職者の加護を受けている状態のような。
これで<ホワイトニング>抜きでも体力や防御力があったなら、それはもう無敵だったのだが。
それなら、まだ戦える――――筈だ。
剣士の青年は、すう、と目を細めて俺を見る。屋上から高く跳躍し、まるで当たり前のように俺の前に着地した。
「……魔力反応が、弱まった。理屈は分からないけれど、ブースト系のスキルを使うようだね」
冷静に分析し、考察する。相変わらず、吸い込まれそうな瞳には生気がなく、どこか操られている雰囲気のままだったが……
ガングが俺の前に立ち、コートのポケットに手を突っ込んだままで言った。
「顔を知らないみたいですね、ラッツさん。アドワン・ノヴァ。『竜殺しの剣』で有名な名刀、『ドラゴンスレイヤー』を持つ剣士です。元祖<ドラゴンブレイク>開発者でもあり、その功績は彼自身に留まらず、数多の剣士達が彼の流派を追い掛けています」
どうやら、ガングは剣士の青年について情報を持っているようだった。青年のことをよく見る訳でもなく、寧ろ目を逸らして、ガングは俯いていた。
「行方不明になっていたと、聞きましたがね」
<ドラゴンブレイク>開発者? ……あれは、エト先生が開発したものだと思っていたが――……そうではなかったのか。『竜殺しの剣』だって、<ドラゴンブレイク>の別名ってだけで、別に剣の名前って訳じゃ…………
……いや、待てよ。エト先生の使う技が、必ずしもエト先生自身で開発した技とは限らない……ということもある。どこか、見覚えのある構え方。攻撃の仕方。
「ガングさん。まさか……」
「ええ、どうやらそのようです。……生きていたとは思いませんでしたよ」
ガングは左目の代わりになっているレンズを光らせて、言う。
「いやー。……エトの一番弟子である筈の貴方が、どうしてこんな所に居るのでしょうねえ?」
そう言うと、剣士の青年は腰から剣を引き抜いた。強く光を反射する刀身は存在感を伴っていて、普通の剣とは明らかに違う事が分かる。柄の部分は幾つもの蛇が巻き付いたような形になっていたが、あれは龍を模しているのだろう。
そうか。見覚えがあるのに名前が出て来ないのは、持ち方が違うからだ。剣士の青年は、両手剣のようにそれを構えている。
片手で構え、パワーに物を言わせて振るレオの剣とは、剣捌きは似ていても、やはり違う。
「……どちら様ですか? 申し訳無いんですが、人違いだと思いますよ。『エト』などという人物を僕は知りませんので」
ガングは何も言わず、アドワンを見詰めていた。
菓子を食いながら、まるで空中浮遊をしているかのように少女が降りて来る。剣士の青年と比べると、随分と小柄に見える彼女。ガングは知っているようだったが。
「アドワン。ゴーグルの子、何かまだ隠しているかもしれないわ。くれぐれも、注意するように」
「分かってるよ。どうにも、見たことのない戦い方だし……無属性ギルドの人かな。型破りだけど、型を学んで進化させたようには見えないね」
悪かったな、どこの流派も学んでなくて。
しかし、流派と言うなら俺は、遥か昔、まだ勇者と魔王が生きていた頃の記憶を持っている少女からスキルを教わっている。例え現代には伝わっていなくとも、それを自分自身で改良していった経験は、確かに俺の力になっている。
人形のような少女は、不機嫌な表情で俺を睨んでいる。……アドワン・ノヴァとかいう青年の方はまだ戦闘に予想も付くけれど、このメアリィという少女については何の情報も無いんだよな。
爆弾を使って戦うらしい、という事くらいしか分からない。その戦闘力は完全に未知数だ。弱点も分からない。
「ラッツさん。アドワンの方を抑えて貰えますか? ……いやー、私はメアリィの方を担当するので」
「あ、ああ。……でもそいつ、かなり変な動きだったぜ? 大丈夫か?」
俺が問い掛けると、ガングはふと苦笑して言った。
「彼女の名前は、メアリィ・ラフィスト。私が負ける筈もありませんよ」
…………マジか。
メアリィの方は、ガングの事を思い出す素振りも見せない。やっぱり、何らかの魔法が掛けられていると見て間違いないのだろう。……なら、どこかに『受信』の役割を果たすものがあるはずだ。
魔法を掛けた相手に働き掛けて、思い通りの『駒』にする。軽い幻覚魔法や錯覚魔法では、効果時間にも操作範囲にも限界がある。フィーナがフォックス・シードネスに魔法を掛けられた時、舌に魔法陣を刻まれたように、長時間の操作をするなら魔法の対象者にも何らかの魔法公式を組んでおく必要がある。
剣士の青年は簡素なジーンズにカーディガン、鎧は着ない主義のようで、肘と膝、腰にサポーターのようなものが付いているくらいだ。動物の毛皮で作られた旅人のマントを羽織り、首にはスカーフを巻いていた。
巻き髪の少女は赤と白で彩られた、目が痛くなるようなドレス。フードも付いているが、基本的にはそのゴテゴテとした、ワンピースタイプのドレスのみだ。輝くような金髪を赤いリボンで括ってツインテールにしている。
……それと、真っ白なレギンスにハイヒール。およそ、戦うような格好には見えないが。
二人の間に、共通するアイテムは見当たらない。……ということは、直に魔法陣が刻まれているのか? ……どこに?
アイテムでないなら、服の中、身体の中、だ。常に身に付けるものでなければ、確かに効果は現れないかもしれない……服だって着替えるだろうし、魔法陣を刻む方法は定期的に面倒を見てやらなければならない。
意外と、幻覚・錯覚魔法の効果を保ち続けるというのは難しいものなんだ。なら、外さなくとも日常生活に支障を来たさないもので、魔力を含むことの出来るモノか魔法陣。
…………やっぱり、口内か? 男にキスするのは嫌だな。しかも舌を入れる訳だし。
「ところでラッツさん、急に随分と魔力反応が弱まりましたが、大丈夫ですか? そろそろ戻して頂けませんか?」
「悪いんだけど、実はあれ、殆ど一日一回きりみたいな大技でさ。そう何度も使えないんだよね」
「えっ。いやー、ではそのコンディションのままで戦うおつもりで? ……こう言っちゃ何ですが、相手は強いですよ? 少なくとも、二人共ギルドリーダーを張れるだけの実力はある訳であってですね」
俺の背後には、キュートがいる。未だ門の向こう側でへたり込み、ただ俺の様子を見守っている。
「どうせ俺がやらなきゃ、化物は一掃出来なかっただろ」
「いやまあ、そうなんですけどね」
俺はリュックから短剣を引っこ抜き、苦しくも笑みを浮かべた。
恐れるな。まだ、<重複表現>は使える。圧倒的勝利が、拮抗した戦いになるだけだ。そう自分に言い聞かせた。
確かに、目の前の青年は俺より数倍、基本スペックでは強いのだろう。なら、体力も魔力も、攻撃力でも防御力でも敵わない。
上等だ。
それは、いつもと同じなのだから。
「大丈夫だよ、ガングさん。俺を誰だと思ってる」
「いやー、それはまた、どういう意味で?」
全身に、魔力を展開。……思ったよりも、自分自身の魔力も消費していた。当たり前か。
だが、戦えない訳ではない。身体に傷も負っていない。
「力にモノ言わせるより、俺は『こういう戦い方』の方が得意なんだよ……!!」
いつだって逆転劇。常に予想の範囲外。俺は、そういう部分を攻めていかなきゃ勝てない。
「<重複表現>!!」
二体二の戦いが、始まった。




