I134 時間制限付き最強伝説
「いやー、ラッツさん。振り回すなら、もう少し事前に教えて頂きたかったですねえ」
見ると、頭を抱えて屈んだガングが、何喰わぬ顔でそこに立っていた。一度はガングの姿になったジョージが、元のスライム姿に戻ってびくびくと震えていた。
……確かに、危うく味方を場外に吹っ飛ばす所だったのか。怒りもコントロールしなければ、<凶暴表現>と大して変わらなくなってしまうな。
「すまんね。次はちゃんと連携するよ」
「いやー、まあ予想の範囲内だったので良いんですけどね」
予想の範囲内だったのかよ。すげえな。
改めて、ガング・ラフィストという人物が随分と戦闘慣れしている事に気付く。アイテムエンジニアなんて、本来はそんなに戦うような職業でもないのに。
魔力を失って、これだけの歳になっても動けているのは、かのエトッピォウ・ショノリクスと同期だからだろうか。
ガングは立ち上がって埃を払うと、煙草をふかしながら屋上を見た。
「……しかし、『境界線』を超えさせましたか。益々、放ってはおけませんね」
「境界線?」
俺が問い掛けると、ガングはジョージを掴んで跳躍した。広場にいる十数体の化物のうち、腕の長い化物が、広場の地面に手を突っ込み、岩石を掘り起こして投げたのだ。
まるで見てもいない方向から飛んできた岩石を、最後まで化物を見ずに対処するガング。……頼もしい。
もしかして俺が手を出すまでもなく、ガングの手で化物共十数体を葬ってくれるのだろうか。だとしたら、俺は真っ直ぐに屋上へと向かい、あの剣士の青年と巻き髪の少女と戦うべきだ。
「魔法公式の制限を超越すると言いますか……まあ、そのようなものがあるんですけどね……いやー、まあ後にしましょう。ひとまず、宣言通りに三十秒で片付けて貰っても良いですかね?」
ガングは俺を見て、化物に向かって右手を出した。瞬間、飛んで来た二発目の岩石がガングに命中する。
きりもみ回転して飛んで来たそれを、ガングは手のひらで受け止めた。…………すげえ。
「私は『あれ』、飛ばせませんし壊せないので」
「そうなの!?」
「いやー、老害に腕力的なものを求めないでください」
「自分で老害とか言うなよ!! せつないよ!!」
…………ものすごく中途半端に、すごかった。
しかしまあ、こういうのは俺の役目か。<暴走表現>の効果時間内に倒してしまわなければ、一転してこっちがピンチになってしまう。
呆気に取られた様子で、剣士の青年と巻き髪の少女はこちらを見ていた。……どう考えたって、あの二人はゴールバードに操られている。
剣士の青年が俺を見て、初めて驚いたような感情を表情に出した。
「……メアリィ。あいつ、普通じゃない」
巻き髪の少女は至って冷静に、菓子を食っていたが。
「分かってる、アドワン。気を抜かないで」
操られているとしたら――――ゴールバードと対峙した時の事を、思い出した。もしもあの右手に描かれた魔法陣が、『発信』の役割を果たしていたとしたら。二人のどこかに、ゴールバードの命令を受け取る『受信』の役割を持つ、何かがあるはずだ。
装飾品か。装備の内側か。……それとも、『流れ星と夜の塔』でフィーナがやられたように、粘膜だったりするのか。
ゴールバードの姿は、まだ見えない。
俺は歯を食い縛り、大きく目を見開いた。
――――――――絶対に、炙り出してやる。
「ところでラッツさん、くれぐれも私にはとばっちりが来ないよう――――」
ガングが言い終わらないうちに、俺はもう駆け出していた。
人間っぽい奴が飛ばされて、ボールっぽい奴がまだ建物の手前で停止している。
広場でまともに動ける化物は、腕の長い奴。四足歩行の動物っぽい奴。やたら長い奴。足が車輪になっている奴。目玉ばっかり多い奴。
昆虫っぽい奴。空飛んでる奴。地面に埋まってる奴。小さくて素早い奴。
それから、ひときわでかい奴。
……なんだ。十体以上だからと思っていたが、よく見てみれば十二体しか居ないじゃないか。
ゴールバード。どうせ、どこかで嘲笑を浮かべて見ているのだろう。
よく、見ていろ。
お前がリンガデムで戦った相手は、もうこんな奴等は相手にならない程に成長しているぞ。
「覚悟しろよ化物!! <ホワイトニング・イン・ザ・ウエポン(+5)>!!」
大きく回り、俺とガングを向いていた十体の化物の裏側に回った。地面を滑り、『お決まりのパターン』に誘導する。
あまりの速さに、地面が俺の走った後に合わせて形を変える。何体居たって同じだ。裏側を取る事は、弱者が強者に抗うための戦闘法として必須と言っていい。
但し、今回は正面から戦っても勝てる相手に、同じ事をやるのだが。
「<超・インバクトスイング>!!」
狙いは、長い奴。鈍器のフルスイングを命中させるのに、最も都合の良い身体だった。武器の強化を掛けたのは、俺の威力に武器そのものの耐久度が付いて来ない可能性を鑑みてのことだ。
白く光る、俺の武器。思えば、武器に<ホワイトニング>を掛けられるということが、直接的に役に立った事はあまりなかった。
今、真価が発揮される。武器の攻撃力は上がらなくとも、例えばただの弓が鉛の矢を撃つ事が出来るように、武器そのものの耐久値が上がる。
その耐久値を、攻撃力に。
「てめえは月面行きだゴボウの紛い物がああああ――――!!」
キン、と金属が硬質的なものに当たる、よく響く音がした。直後、そのボディは衝撃の重さに耐えられず、くしゃりと歪む。
圧倒的な威力を前にして、為す術もなく身体は浮いた。
そのまま、斜め四十五度を目指して鈍器を思い切り振り抜く。瞬間的な硬直と、その後に訪れる爆発的な推進力。
まるで、ロケットのように巨大な化物は空へと向かって飛んでいく。
全身の筋肉が、猛り狂っている。鈍器をリュックに戻し、俺は放物線を描くようにして、化物を飛び越えた。
俺が居た位置に、一斉に攻撃が行われた。移動速度を速める基礎スキル<キャットウォーク>も、十段階上となれば話は別だ。流れ星と夜の塔でさえ、反応できる魔物は居なかっただろう。
絶対に、見切らせない。そもそも、昔から防御力には難があるのだから。
続け様に取り出したのは、弓。目玉と言うよりは鱗のように体表に設置された『眼』の化物は、さながら移動するビーム砲台、というところだろうか。
その瞳を覗き込む。中に、人や魔族の姿は見えない。
やはり、中に人はいない。リンガデムの時は、真正面から覗き込めば中の様子がほんの少しだけ分かった。
なら――――
「<超・イエロー・アロー>!!」
放たれた雷鳴の矢は、ロイスの<シャイニング・アロー>に匹敵する威力と速度を伴っていた。最早、どのあたりが<イエロー・アロー>なのか、弓士がこの場に居たら首を傾げている所だろうか。
鱗のように配置された奴の眼は……八つ。
「<超・アロー>!! <超・アロー>!! <アロー>!! <アロー>!! <ロー>!!」
連続して矢を放ちながら目玉の化物を通り過ぎ、俺はリュックに弓を戻した。電気を帯びた化物の身体が、バチバチと異質な音を立てている。
取り出したのは、杖。その宝石の先に、目一杯の魔力を込めた。
「<超・ブルーカーテン>!!」
巨大な水の塊が、目玉だらけの化物の頭上に出現する。その落下を待たず、俺は一足早く地面に着地した。
脚だけでは、勢いを殺せない。左手も地面に触れ、靴裏で地面に摩擦を起こしている間にリュックへと手を伸ばす。
流石に、速いな。仲間を攻撃される事に躊躇する様子もない。当たり前か、こいつらは『武器』なんだから。リュックから長剣を取り出した。リンガデム・シティでは、まるで何の役にも立たなかった長剣。
体勢を立て直し、左手を剣の刃へ。まるで頭の中を左から右へ駆け抜けるように、魔法公式の羅列が通り過ぎて行った。
<ホワイトニング>を武器へ。その効果は、武器を入れ替えても持続している。進化した<ホワイトニング>は武器そのものの強度を上げ、母体の材質すら凌駕する。
武器を、強化しろ。
水の塊は目玉の化物へと降り注ぎ、雷が落ちた瞬間のような光が化物の内部で発生した。それを見届けてから、俺は次のターゲットを見定め、走り出す。
次は脚が車輪になってる奴、お前だ。
「<超・ソニックブレイド>!!」
<限定表現>発動時のように、拡散した魔力が範囲をも拡大させる、という現象は起きない。強化され凝縮された魔力を長剣へと流し込み、鋭い一閃を放った。
同じ材質で出来ているのだろうか。それは分からなかったが、俺の長剣はいとも容易く車輪に食い込み、斬り離す。車輪の化物の左側が裂け、バランスを崩してその場に浮いた身体を落下させた。
着地した俺の下に放たれた光線を、垂直にジャンプして避ける。……先程から俺を地味に狙ってくる攻撃は、人の頭ほどの小さな化物が放つ攻撃のようだ。
空中に浮いた俺の身体を、腕の長い怪物が捕まえるために腕を伸ばしてくる。
俺がリュックから取り出したのは、爆弾。自身の足下に向かってばら撒き、更にリュックから盾を取り出し、構えた。
「――――だが、ボムジャンプだ」
爆風で僅かに身体が浮き、化物の右腕が伸びてくる軌道の僅かに上へと移動した。
当たらない右腕。俺はその腕に向かって着地した。
当然、化物に向かって全力ダッシュ。躊躇する必要はない。
今、奴のボディはがら空きだ。
「キュート!! 直伝!!」
中央の宝石目掛けて、低い軌道で両足を離す。真っ直ぐに、化物に向かって右足を突き出した。
「十万トンキック!!」
本当は、ただの<飛弾脚>だが。それでも、強化された全身は弾丸のように化物へと向かっていく。
体表に当たる。――めり込む。――そして、突き抜ける。
やはり、電気を中心に動いているのか。化物の身体を突き破って地面へと着地すると、突き破った痕を電流が流れるような気配があった。化物の足下で姿勢を低くした俺は、空を飛んで攻撃の機会を伺っている鳥の化物と位置を合わせる。
「<超・飛弾脚>!!」
蹴り上げた巨大な身体が、真っ直ぐに鳥の化物を目指していく。奴は、他の化物に当たらない位置で俺に向かって魔力の攻撃を放つ機会を伺っていた。当然、俺の姿が化物に隠れているんじゃ、攻撃のしようもないというわけだ。
連続する、終わらない攻撃。俺は右腕を振り上げた。
「うろちょろうるせーんだよ!!」
そのまま、真っ直ぐに振り下ろす。
「<超・牙折り>!!」
どうにか俺に一撃を与えようとしていた小さな化物が、俺の掌底を喰らって地面に叩き付けられる。
鳥の化物に腕の長い化物の腕が絡み付き、そのまま領域の外に向かって飛んでいく。……どの程度、時間は経過しただろうか。無駄に時間を使っている訳ではないが、やはり一分という時間制限は中々に厳しい。
<暴走表現>に<重複表現>を被せるというのは我ながら名案だったが、それによる魔力の消費も桁違いだ。
だが、走り切らなければ。
すぐに駆け出し、地面に埋まっている怪物を目指した。リュックから使う機会も無かったナックルを取り出し、指貫グローブの上から装着した。
骨が悲鳴を上げる。……そうか。ハイスペックで動けるのは良いが、もう魔力量に身体が付いて来ていないのか。
「<超・刺突>!! <超・刺突>!! <超・刺突>!!」
それでも、埋まっている怪物を、殴る。
殴る。殴る。殴る。
「オラオラオラオラオラ!!」
歪む。めり込む。埋まる。
猛スピードで殴り付けると、地中に埋まっている化物が反撃も出来ずに形を変えていく。
四足歩行の化物が、俺に向かって走って来た。――遅すぎる。反応が出来ていないのは、屋上に居る二人の操作者が戸惑っているからだろうか。
地中に埋まっている化物を掴み、巨大なカブを引き抜く農家の如く、全身で気張った。
「おら骨だぞ!! 取れるもんなら取って来いやあああ――――!!」
引き抜くと、大地にクレーターが発生したかのように、巨大な穴が空いた。その化物を、四足歩行の化物に向かって投げ飛ばした。
面倒だ。まとめて焼き払ってしまおう。リュックから杖を取り出し、魔力を込める。
「<超>!!」
まさか、ベティーナの大魔法に匹敵する程の魔法を、俺がものの数秒で発動する事になるとは。
「<イエローボルト>ォォォ――――――――!!」
自分が、別人になったような気分だ。




