I133 決意を背負う覚悟
『真・魔王国』に近付くにつれ、俺は今現在の状況と、これからの事について自ずと考えていた。
ベティーナの大魔法でも、傷ひとつ与える事の出来なかった化物。それが十体以上にも及び、あの建物を護っているという事実。
ロゼッツェル率いる『反乱軍』は、その殆どが銀色の化物にやられていた。
『反乱軍』と戦った時、あの化物はすべて動いていた。常識的に考えて、まだ研究段階のものを使って戦おうとは思わない筈だ。
しかし、もしもあれがスカイガーデンやリンガデムでも見た、武器としての一つの『完成形』だったとしたなら、不自然ではある。
一体で防衛したとしても、そこらの人間や魔族では太刀打ち出来ない実力を持っている武器だ。それを、わざわざ十体以上も構えておく必要があるだろうか。
精々、二体。門番としてでも置いておけば充分だろう。
まるで、たった一人でも建物の中に侵入させてはまずいと言っているかのような、厳重な態勢だ。
それは、何故か。
「出て来い、親玉!! ――まだここに一人、『反乱軍』がいるぞ!! 戦え!!」
声が、聞こえて来る。
『真・魔王国』の門は、閉じられているようだった。……やはり、あれは『反乱軍』がこじ開けたからこそ、戦闘になったのだろうか。
一人では開きようもない門を、どうにか押しては引く少女の姿があった。よじ登ってやられた後なのか、キュートは既にぼろぼろで、あちこちに切り傷を負っていた。焦げた痕もあった。
人を配置する理由はない。おそらく、トラップだろう。
生半可な攻撃では、あの門は破れないのだろう。
少女は涙を流して、その場に崩れ落ちた。
「戦えよっ…………!!」
建物の屋上には、騒ぎを聞きつけて出て来たのか、剣士の青年と巻き髪の少女の姿があった。……だが、大した出来事ではないと思っているのか、巻き髪の少女は眠っている。剣士の青年も、胡坐をかいてその場に座り込み、呆然と門を見ていた。
努めて明るい声色を作り、俺はキュート・シテュに向かって手を振った。
「よう、キュート。何してんだ、こんなとこで」
びくん、とキュートの全身が跳ねるように動く。俺の姿を確認すると、慌てて立ち上がった。
涙を拭いて、笑顔をつくる。
「ラッツ……!? な、何でもないよ!! ちょっと、ストレス発散したかっただけだよ!!」
「間違っても戦うなって、言われただろ?」
窘めるようにそう言うと、キュートは誤魔化すように目を逸らした。
「そうだよ、だから戦わない。あたしは、『獣族』最後の生き残りとして、生きていかなきゃいけないんだよ」
言動も行動も、完全に矛盾している。
俺は笑顔を止め、真っ直ぐに、キュートに向かって歩いた。キュートは笑いながらも、無意識に涙を零していた。
隠せない、涙。
分かっているさ。姿かたちも残らないくらい、ぼろぼろにしてやりたいんだろう。もう機能しなくなるくらいに、破綻させたいのだろう。
「戦わないっ……!! 戦う訳ないよ!! あたしが死んだら……あいつも、困るから……」
俺は、キュートの首に腕を回し。
胸に、抱え込んだ。
「良いんだ、キュート。俺達は家族だろ。……それとも、古い兄が帰って来たから、新しい兄は要らないか?」
キュートは、首を振った。
まだ、混乱している事も多いだろう。呑み込めない事もあっただろう。
「言えよ。どうしてほしい」
ただひたすらに、食い違ってしまった想いも。本当は芯の部分で繋がっていた、間違いなく存在した、兄妹の絆も。
「…………たすけて、ください」
すべて、背負っていく。
隠す必要はない。ありったけの魔力を、今の俺が出せる最大級の魔力を展開した。<暴走表現>だけでは、化物一体と張り合うのが精一杯だった。
なら、その上を行け。躊躇するな。今の俺に出来る事は、それだけじゃないだろう。
もっと、圧倒的に強くなる方法があったはずだ。……俺はまだ、『魔孔』を開放した事で得た莫大な魔力の使い道に、本当は気付いていなかっただけ。
知らず、制御していたのだ。その今までと比べれば途方もない魔力を、どう扱えば良いのか分からなかったから。
「<暴走表現>」
魔法公式は、重複しない。
「<重複表現>」
俺は、ゴーグルを装備した。吹き荒れる魔力は、既にそのものが風となり、俺の周囲を取り囲む。巨大な分厚い門を前にして、小さな旋風が起こった。
キュートが、驚愕の瞳で俺を見詰めている。大地の魔力を吸い上げ、爆発的に向上した魔力。だが今となっては、俺自身が保有する魔力と大差ない。
魔力は混ざり合い、最早どちらがどちらの魔力なのかも分からなくなった。俺は呼吸をするように、当たり前に大地から魔力を吸い上げて使う方法を会得したのだろう。
大地と、同化。その魔力を引き出し、利用する様は、まさに。
圧倒的な大地に君臨する、神のように。
「<キャットウォーク(+10)><ホワイトニング(+10)><マジックオーラ(+10)>」
羅列された魔法公式は、吸い込まれるように放たれた魔力へと呑み込まれ、その魔力は魔法公式を発動させる。<キャットウォーク>と<ホワイトニング>を表す魔法陣はあちこちに現れ、俺の中に取り込まれ、ひとつになる。
「いやー、まさかこんな隠し玉を持っていたとは……ラッツさん、貴方は本当に、恐ろしい方ですねえ」
ガングが茶化すように、俺に言った。
「今、思い付いたからやっただけだよ。たまたま出来ただけだって」
「いやー、ねえ。私も少しばかり、燃えて来ましたよ…………!!」
遠慮する必要はない、ぶちかませ。
強化された筋力と魔力を、右足に集中。キュートから離れた俺は、目の前にそびえ立つ『真・魔王国』の門を前にして、蹴りを構えた。
そして、爆散する。
旋風となった魔力が、俺の脚を後押しする。自由に全身の魔力を操作出来るようになった今の俺は、大地の魔力を右足に乗せて蹴りを放つ事など、息をするようにできる。
「<超>!!」
その、圧倒的な火力で。
「<飛弾脚>!!」
門を、蹴り飛ばした。
分厚い扉に、右足がめり込む。それは硬質的なもので作られているとは思えない程にあっさりと歪み、そして破裂する。
怒りを、ありったけ右足に乗せた。城壁ごと崩れた門は蹴りの軌道に合わせて吹き飛び、その向こうに十数体の化物の姿が見える。
慌てて、剣士の青年と巻き髪の少女が立ち上がった。
すう、と大きく息を吸い込んだ。建物の屋上に、ゴールバードの姿は見えない。ということは、建物の中に居るのかもしれない。
だが、聞け。
この戦いは、お前たちの勝ちで終わらせない。
「てめえら、うちの妹に何してくれてんだあああ――――――――!!」
自分の声が建物にまで反響し、ビリビリと大気を震わせる感覚が伝わってくる。額に青筋を浮かべて叫ぶ俺に、キュートがびくん、と身体を震わせた。
剣士の青年と巻き髪の少女が立ち上がり、両手を前に出す。すると、建物の前に横一列に並んでいた巨大な怪物が、一斉に立ち上がった。
やっぱり、あの二人が操作者だ。魔力によって操作される、人形のようなもの。魔力の供給源……供給源があるなら、供給範囲だって明確に存在する筈だ。
何もかも遠隔でやろうと思えば、当然その手の制限は付いてくる。時間、場所、操作主。奴等を『武器』だと考えるなら、あれだけの質量を動かすのに、小さな人間二人の魔力では足りないと考えるのが普通だろう。
フォックス・シードネスの持っていた、『赤い宝石』のようなアイテムが存在するのか。……若しくは、別の何かだ。
ふと、建物を見る。巨大な建物だが窓はなく、出入口と思わしき扉がぽつん、と存在しているだけ。
化物は、俺とガングに向かって走って来た。……巨大な体躯に似合わぬ、恐ろしいスピードで。
「ガングさん。あれ、一人で相手にできるか?」
俺が問い掛けると、ガングは失笑した。
「まったく、おかしな人形ですねえ。……本物の人形というのは、もっとプリティーなものでありましてでボァ!!」
喋りながらジョージを吐き出すのはやめて欲しい。
ガングが緑色のスライムを吐き出すと、それはうねうねと動き、その質量を増大させていった。やがて俺よりも高い身長になり、人型を形作っていく。
「……まさか、こいつ……魔物じゃないのか?」
変な帽子がシルエットとして浮かぶ上がる頃には、緑色は変化していた。ガングは懐から煙草を取り出すと、火を点けた。
「『イリュージョンスライム』。所持者が居ない時にはボールのように固まっている、魔物とアイテムの中間のような生き物ですよ。……さて、どちらが本物でしょうねぇ」
二人になったガングは、まるで同じモーションで、茶色のコートを開いた。いくつもの内ポケットに収まった、無数のアイテム。ガングとジョージはそこからビー玉のようなものを指の間に挟み、構えた。
「いやー、はい。お遊戯の時間と、参りましょう」
それを一斉に、前方に向かって投げ付ける。地面に触れた瞬間、ドン、と重たい音がして、ルビー色のビー玉から炎が吹き上がった。……これは、まるで<レッドトーテム>じゃないか。
しかし、ガングの繰り出したそれは、一般的に使われる<レッドトーテム>よりは遥かに強力なものだった。俺が放つ、<重複表現>込みの<レッドトーテム>程度には。
それが全く同時に、十本以上も噴き上がったのだ。化物もガングの姿を見失い、一度立ち止まった。
……負けていられない。
先の戦いで、俺には有用な情報が幾つか入って来ていた。そのうちの一つは、魔力の供給範囲というものに限りがある事が、間違いないだろうということ。
それは門を越えて飛ばされてきたハンスが、化物の追撃を受けなかったことだ。
人型の化物が、右手を開いた。手のひらの中心に、大きな赤い宝石が仕込まれている――――ボール型の時は、目から放っていたな。今回は、そこからというわけか。
直線上に俺以外の対象が居ない事を確認して、俺は化物へと跳んだ。
「長い『脚』があるってのは、逆に言えば足下がお留守になるんだぜ……!!」
言いながら、化物の左足付近へと着地した。直後、人型の化物の右手から赤い光線が発され、その場に爆発が起きる。
リンガデム・シティでは、唯一ササナが跳ね返す事で対処した攻撃。今度は、確実に見切る事ができた。間違いなく自分が成長している事を実感し、俺は思わず笑みを浮かべた。
さて、ハンスはどうして、化物の追撃を受けなかったか。俺はどうして、門を越えた瞬間、化物の集中攻撃を受けたのか。
分かりきっている。この城壁で囲まれた空間が、こいつらの移動範囲ってわけだ。
思えば、リンガデム・シティでも魔法陣に囲まれた敷地内で動いていた。動くことの出来る空間に制限があるというのは、もしかしたらこの化物シリーズに共通して言える弱点なのかもしれないな。
さあ、今の俺に、この巨体をどこまで浮かせる事ができるかな…………!!
大人の一抱え程もある左足を、両手で掴んだ。球体の化物と、腕の長い化物が俺に向かってくる。……あまり、時間はない。
全力で、その両手に力を込めた。
「ぐぬおおおお!!」
瞬間、人型の化物がバランスを崩し、転ぶ。宙に浮いた瞬間、俺は自分自身を軸にして、人型の化物を思い切り振った。
まるで大車輪のように、圧倒的な怪力で振り回す。
「おおおおおおおお!!」
ガングが屈むと、人型の化物は近くに居た化物を、バットのように打った。堪らず、巨大な化物が軽く吹っ飛び、建物へと飛んで行く。……良いぞ。そのまま、建物に突っ込んで破壊してしまえ。
建物の外に向かって、人型の化物を振り上げた。
「おおおおおああああ――――!!」
そのまま、投げ飛ばす。
勢い余って、その場に転んでしまった。少しばかり目が回るが、すぐに俺は頭を振って、意識を取り戻した。
人型の化物に打たれた、ボール型の化物は――……お、剣士の青年が左手を前に出した。ボール型の化物に向けている――……
瞬間、ボール型の化物が空中に制止した。
「――――えっ」
何だ? ……あんなスキル、見たことがない。魔力によるものなのか……? しかし、実体も見えないなんてモノが、あるわけ――……
ボール型の化物は、まるで今までの勢いを無視し、逆に軽く飛んだ。広場の地面に着地すると、地響きが巻き起こる。
おそらく、魔力によるものだろう。意識や気合いでどうにかなるようなものじゃない。……手が触れている訳ではないから、超人的身体能力って事も、やっぱりないんだろう。
……考えても、仕方がないか。今は、目の前の化物を一掃する事を考えなければ。
自分が投げ飛ばした、人型の化物に目を向ける。
人型の化物は、頭から城壁の向こう側に突っ込んでいた。……あれで、動き出して来なければ。……いや、動き出してくるなら、とっくに起き上がっている頃だろう。ならば、やはり城壁を越えてしまえば、奴等は機能停止するということだ。
俺はリュックから鈍器を取り出し、建物の屋上にぽつんと立っている二人へと向けた。屋上まで届く程の大声で、俺は宣言する。
「遊んでるんじゃねえ、ゴールバード・ラルフレッドを出せ!! こんな奴等じゃ、三十秒もたねえぞ!!」




