表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第七章 初心者と英雄気取りの極悪人と新たなる魔界の王
137/174

I132 死んだ剣は二度立ち上がる

 フィーナ達には、先に休んで貰っている。ハンスも今は、下でフィーナの看病を受けている。本当は俺もこの場から立ち去るつもりだったのだが、キュートに止められたので様子を見ていた。


『朝が来れば、どうにかなります。……それまで、どうか安静にしていてください』


 それだけ残して、フィーナは王座の部屋を降りて行った。


 寒くもなく、また暑さもない。湿気も感じない…………最適だ。本当はハンスも、この場所で一夜を過ごしても良かった。


 だが、ハンスはロゼッツェルの提案を拒否した。おそらく、ハンスには分かっていたのかもしれない。だから、キュートとロゼッツェルを二人にしたのだろう。


 分かっていたのだ。


 …………もう、朝は来ない。


 煌々と輝く月だけが、二人の道標だ。


「なんだ。……じゃあ、人間の姿になる魔法を利用して、髪の色を変えてたの?」


 キュートは穏やかに笑って、ロゼッツェルに水を飲ませていた。少しはしゃいだような、高い声だった。気付かず、そのような声を出しているのかもしれない。


 ロゼッツェルは水を一口飲み込むと、思い出したように笑った。


「そうなんだよ。ウォルェは当時、アサリュェにはほんと、厳しかったからなあ。……どうしようかと思って、気付いた。でも、最初はウォルェに住むつもりはなくて。ウォルェの向こう側に、あれの管理してたゴミ溜めがあったろ。そこで、ハンスと出会ったんだ」


 キュートは、最後まで笑っていられるようにと、俺に残って欲しいと提案したのだ。


 第三者が居なければ、きっと耐えられないだろうと。


「どいつもこいつも、『王国招集』でボロボロになっちまった。ハンスは東の島国から流されてきた子供で、とあるウォルェの家族が好意で養ってたんだって。それも連れ去られたら、ハンスには後ろ盾がなかった」


「……それで、ゴミ溜めに捨てられたの?」


「そうだよ。アサリュェだって、当時はピリピリしてたろ。……このままじゃ、いけないと思った。それで、家を抜け出したんだ」


 淡々と、ロゼッツェルは語る。年端も行かない就寝前の妹に、童話を聞かせるように。低く落ち着いたトーンは、まるで子守唄のようだった。


「どうして?」


「ハンスに聞いて分かったんだ。『王国招集』は、招集された魔族以外を破滅に追い込む為の作戦なんだって。誰も、新しく現れた王の権力に勝てない。戦力でも――――…………ハンスは知ってた。真王は誰も知らない技術を利用して、魔族を殺すための『機械』ってやつを、作ろうとしてるって」


「機械?」


「ああ。……でも明かりとか銃とか、俺達が知っているような、小さなものじゃないって。ハンスは人間だったから、アサウォルエェでは最も警戒されなかったから……奴等の会話を、聞いたらしい」


 その言葉の中には、俺も驚くような内容が、ぎっしりと詰まっていた。


「このままじゃ、まずかった。きっと連中は何か恐ろしい武器を生み出して、魔族を殺しに来るだろう。そうなった時、最初に狙われるのはアサリュェとウォルェだって、ハンスは言った」


「……それは、どうして?」


「都合が良いんだ。魔力を持っている魔族は無数に居るけど、魔力量が少なくて、体術に秀でる種族で筆頭に上がるのは、俺達獣族だったから……明らかだよ。俺達が敵にならないなら、少なくとも体術ではどの魔族も太刀打ちできない」


 そうか。……ということは、もし仮にロゼッツェルが先陣を切って突っ込まなかったとしても、アサウォルエェが今もまだあったかどうかは、限りなく怪しいということか。


 寧ろ、ゴールバードにとっては都合が良かった。公然にアサウォルエェを潰すための道筋が、一つ生み出された事になるのだから。


 だが、ロゼッツェルが立ち上がらなければ、どの道アサウォルエェは攻撃されていた。


 そういう事だったのか。


「でも、アサリュェに居た『ロゼル・シテュ』が――街の人達にしてみれば子供の俺が、『真・魔王国』に挑むなんて聞いたら、誰も本気にはしないだろう。それは、よく分かっていたよ」


 寒いのだろうか。ロゼッツェルの声は、震えていた。キュートが慌てて、何か巻き付けるものを探した――――俺はジャケットを脱いで、キュートに投げてよこした。


 キュートはそれを、ロゼッツェルに掛けてやる。


 …………血が、足りないんだ。


「だから、名前を捨てたの?」


「そう。俺は、少しの間だけでも『英雄』になる必要があった。アサウォルエェの人達が持ち上げてくれる人物でなければ、魔族の街に声を掛けて、金を得る仕組みが作れない。俺達には金が必要だった……当時から、目星を付けていたんだ。『反乱軍』に必要なのは、『真・魔王国』に恨みを持った奴等。……つまり、『真・魔王国』にたてついて、『魔王国監獄』に閉じ込められた魔族。ならアジトにするのは、『魔王城』で決まりだろうって」


 少しの間だけでも、『英雄』に。


 俺は、二人に背を向けているから分からない。キュートは今、ロゼッツェルに――いや、兄であるロゼル・シテュに――どんな顔をしているだろうか。


 ロゼッツェルは、妹であるキュートにどんな顔をしているだろうか。


 笑顔なのかもしれない。


 だが、それは胸が引き裂かれる程に辛いことだ。


「あいつは……真・魔王は、油断していた。金があれば、買い取る事が出来るって言った……絶対に、その鼻を明かしてやろうと、決めたんだ。ハンスの国の言葉で、『リース』は家族……『カリギュレート』は信頼……だった。家族を最も大切にする者として、俺は戦う事を決めた。……絶対に、『真・魔王国』から家族を取り戻すんだって」


『家族』を護るために『家族』の絆を壊し、最も最悪な手段でさえ選択し、先へと進む。


「……その時に、思い付いたんだ。アサリュェとウォルェを一つにして、皆から金を巻き上げる方法を」


 その為に利用する事を決めたのが、キュートのばあちゃんが持つ、魔法陣の存在だったのか。


「震えたよ。……いつかは、俺のやる事はばれるだろう。そうなった時、もう俺に帰る街はない……それでも、良かったんだ。『ロゼル・シテュ』はもう、どこにもいない。俺は、『ロゼッツェル・リースカリギュレート』だった。似たようなもんだって。英雄も、極悪人も。誰かを護るために、何かを犠牲にして――――…………」


 ロゼッツェルが、咳き込んだ。


「も、もう、喋らなくていいよ!! 治ったらで、いいから!!」


 ……血を、吐いたのかもしれない。ひゅうひゅうと、呼吸困難に陥っているかのような音が聞こえてくる。


「お前が街の皆に憎まれでもしなきゃ…………お前を、街から追い出す術なんて、なかった…………」


 旅には出ない。理由もない。ましておばあちゃん子のキュートを、どうやって『アサリュェ』から、追い出すのか。もしかしたら、それはロゼッツェルにとっても一つの『賭け』のようなもの、だったのだろうか。


 最低の、賭けだ。


 どう転んでも、誰かが傷付く。ただ、最悪だけは免れる。


 …………本当に、最低の。


「キュート。……もう、魔界に安全な場所はない」


 ロゼッツェルの言葉には、鬼気迫るものがあった。キュートの肩を、ロゼッツェルが掴んでいるのだろうか。声の反響の仕方が、先程とは僅かに違うようだった。


「お前は、逃げろ」


「…………え?」


 少しだけ、キュートに近いような。


「どこでもいい。……絶対に、足を止めるな。逃げて、逃げて、その居場所を、絶対に悟られるな。間違っても、『真・魔王国』に歯向かおうなんて思うんじゃない。……お前には無理だ」


 生き残った獣族が居ると知れれば、連中はキュートを殺しに来るだろう。


 そんな事は、分かっている。


「何、言ってるの……?」


「隠れろ…………隠れて…………ああ、婆さんにはほんと、悪いことしちまったなあ…………くそっ」


 何で、見てもいないのに。キュートとロゼッツェルが、今どうしているのか、分かるんだ。


 手を、握って。ロゼッツェルは、キュートに伝えようとしている。


「幸せに……………………」


 俺は無心のまま、夜空を見詰めていた。


 魔王城から見える夜空は、驚くほどに星が綺麗だ。セントラル・シティで見るもののように、霞んでいない。それはきっと、この辺りに大きな明かりを放つ建物が、ひとつも無いからだろう。


「…………『お兄ちゃん』?」


 はじめは、驚き。その一瞬の静寂が、まるで悠久の時のようにさえ感じられた。


 改めて、人の住む街というのは、異常だ。誰かが事切れる瞬間の静寂も、そしてリアリティさえ、大衆の人の目には薄くなってしまう。


「なんで……? やっと、会えたのに…………なんで……」


 この場所のように、圧倒的な『死』という存在を、感じることは。


 だからこそ、良いのだろうか。大衆の目には、この世を去るという事を曖昧にすることで、その寂しさのようなものを、誤魔化しているのだろうか。


 月は、まだ当分落ち切る事は無いだろう。太陽もまた、当分は昇る事はない。


 朝は、まだ来ない。


 ロゼッツェルにとっては、もう――――…………。




 ○




 結局、月が落ち切って太陽が昇り始めるまで、俺はそこにいた。


 王座は、静かだ。それはもう、この世界に今は『魔王』なるものが存在しないことを、教えていた。


 いや、そもそも初めから、『魔王』などというものは存在しないのかもしれない。そんな事を、俺は考えていた。


 何が、『魔界』。『魔』の王なのか。魔族などと呼んで罵るのは、魔族以外の種族がそう呼んだからに他ならない。それはつまり、『人間』だ。


 当たり前の事だったのかもしれない。魔界から人間界へと行く手段は多いが、人間界から魔界へ行く手段は限られている。それは、人間が魔族を――――心ない『魔物』と呼び、恐れているそれを、殺しに掛かったからではないのか。


 良いじゃないか。『魔族』なんてものは必要ない。この世に生きとし生けるものは、全て生きる事を許された者達だ。ならばそれは、『種族』だったのだ。


 何かが出来る不思議な力。これは、別に『魔力』でもいい。だがそれを扱うことに長けた者達を、『闇に生きる者』だなどと呼ぶのは、馬鹿げている。


 なら、この世界には『王』がいたんだ。


 人間以外を統べる、確たる王の存在。ロゼッツェルはそれを、復活させようとしたのかもしれない。


 圧倒的な能力を持ち、そして最も賢い種族。ただ、人間にとっては悪魔のように立ちはだかる……いや、それこそ『人間』が悪魔なのではないか。


 自らの恐怖に駆られ、食べる為でもなく、無差別に生物を駆逐する者達を、『正常』と呼ぶべきなのか。寧ろ、『魔族』は人間族の方ではないのか。


 …………なんて。


 答えも出ない事を、考えた。


「おや、起きていらっしゃったのですか。いけませんねえ、夜更かしは」


 聞き覚えのある、少ししわがれた声。俺は背中にその存在を感じながら、問い掛けていた。


 ……ならば、本当に俺の爺ちゃんは嘗てのゴールバードに、そう言ったというのか。


 人間は、この星にとって『害悪』でしかない、だなんて。


「なあ、ガングさん。……ゴールバードのやっていることは、正しいと思うか」


 魔族を利用する事はともかく、やっている事は人間の街を侵略することだ。アサウォルエェは例外だったとしても、実際にゴールバードは『スカイガーデン』に『リンガデム』と、人間の街ばかりを優先的に襲っている。


 魔族を殺す事が先なのか後なのか、やる気があるのかは分からないが。少なくとも、ゴールバードは人間を殺すつもりだ。


 いや、それは『滅亡』させるつもりなのか。


 俺が問い掛けると、ガングは笑った。


「何が正しくて、何が間違っているのかなど、大した問題ではありませんよ。ただ、我々に目的があるとすれば、それは『生きる』為ではないでしょうか。ならば、それを平和で幸せにしたいという願いは、また生物が持つ当たり前の感情なのかもしれませんね」


 ガングの言葉を聞いて、安心した。


 ならば、先程唐突に覚悟を決めたかのように『魔王城』から飛び出して行ったキュートのことも、また当たり前の感情なのかもしれない。


 ……間違っても、『真・魔王国』に向かおうなんて思うな、か。


 立ち上がり、俺は振り返る。今はロゼッツェルの隣にある、刃の殺された長剣を手に取った。


「そっか。……そうだな。ところで、フィーナはどうしてる?」


「今は、ハンスさんの手当を。ようやく、魔力無効化の魔法公式を打ち破ったそうですよ。あの人も、大したものだ」


 なら、ハンスは無事だ。……まだ、『想い』は繋がっている。


「そっか。例の少女は?」


「フィーナさんと共に居ます。自分が出来ることはないと、分かっているのでしょうね」


 その剣を、鞘に収める。カチン、と音がした長剣を、俺は腰に括り付けた。リュックから指貫グローブを取り出して、装着する。額にお気に入りのゴーグルがある事を、触れる事で確認した。


「分かった、ありがとう。ところでさ――――」


 俺はガングを見ると、笑うでもなく言った。




「『真・魔王国』潰しに行こうと思うんだけど、ガングさんはどうする?」




 問い掛けると、ガングは笑った。


「潰すって……二人で、ですか?」


「ああ、二人で。まあ、俺は一人でも行くけど」


 ゴールバードと共にいた、アイテムエンジニアの少女。もしかして、あの少女の名前が『メアリィ』だったのではないか、なんて。


 今更、気付いた事だったのだが。


「良いですねえ。……実は、ちょうど私も久しぶりに怒りなど覚え、同じことを考えていた所でしてね」


 キュートが行った場所は、明確だ。


 俺達も、向かおう。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ