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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第七章 初心者と英雄気取りの極悪人と新たなる魔界の王
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I128 ちいさな気付き

 起きてきた魔族の戦士達は、まだ太陽が昇る前から雄叫びを上げていた。その声を聞きながら、俺は城の最高部にある王座の部屋で、連中から見えないように、出発まで広場を覗き込んでいた。


 今はもう、出発した後だ。


 俺は、フィーナが使っていた部屋で一夜を明かした。ちょうど、ガングの部屋と元・ゴボウ少女の部屋の間に位置する部屋だ。


 結局、フィーナの誤解は解けることはなかった。


 ついに最終局面を迎え、「私の身体は魅力的に見えませんか!?」などという語り掛けと悩ましいポーズを深夜まで強制的に発信され続けた俺の事は、もう気にしないで欲しい。


 誰が気にするのか知らないが。


 戦士達の雄叫びも、程なくして過ぎ去った。ロゼッツェルとハンスが先導し、連中はどこかへと出陣して行ったのだった。……結局、俺は呼ばれておきながら戦闘への参加を期待される訳でもなく。ただ、キュートの帰りを待つばかりとなっていた。


 しかし、アサウォルエェからこの場所までは距離があるのだろうか。キュートの足なら、一晩もあれば辿り着くのではないかと思ったが――――ハンスが転移させたのだ。距離感くらいは掴んでいる、ということだろうか。


 アサウォルエェを滅茶苦茶にした、張本人である二人。


 魔界の街事情に詳しくない俺は、キュートの帰りを待つしかない状況だ。


「どうやら、戦争が始まったみたいですねえ」


 すっかりがらんどうのようになった広場を漠然と眺めていた俺に、横からガングが声を掛けた。


 いつから、そこに居たのだろうか。隣には、フィーナと少女の姿も見える。


 本当に、無駄足になってしまったのか? ……俺は、何の為にここに来たんだろう。


 だが、何れはキュートがここに戻って来る以上、迂闊にアサウォルエェへと向かって入れ違う訳にもいかない。


「……戦争って、『真・魔王国』とかいうやつと、ロゼッツェルの軍がってことか」


 感情もなく、そう問い掛けた。……いつの日も、戦争などというものは見ていて気持ちの良いものではない。


「ですかねえ。ほら、東の方。爆発が見えますよ」


 こんな場所まで連れて来て、俺に戦争を見せたかったのか? ……そして、あわよくば協力を依頼したかったと、そう言うのか。


 真・魔王国。俺は、ハンスがロゼッツェルに言った一言が、気に掛かっていた。


『こいつも、修羅場を潜って来た人間だ。居れば助かると思い、声を掛けた』


 なあ、ハンス。どうしてお前が、よりにもよって俺に声を掛けたんだ。


 どう考えても、俺達は相容れない者同士だ。『流れ星と夜の塔』に魔物を送り込んだのも、ロゼッツェルの仕業。俺が倒したあれは、即ち『魔族』だったわけで。


 ササナが言っていた。おそらく『反乱軍』とは、ロゼッツェルの用意していた軍の事で間違いないだろう。ということはロゼッツェルは、この『旧・魔王城』と『魔王国監獄』を買い占めた張本人。


 つまり、『流れ星と夜の塔』に居たあれは、魔界では罪人だったというわけだ。おそらく、自分達の兵士としては使えないレベルで精神に異常を来した、『ノーマインドの魔物』と大差の無い連中で。


 なるほど、魔族同士の関係を重んじると言うなら、『罪深い魔族を真っ先に消す』という選択は、確かに理に適っているかもしれない。否定する者は勿論居るだろうが、世界を脅かす危険人物がこの世を去るということには、賛同する者も多いだろう。


 セントラルにだって、『死刑』が無い訳ではない。それを魔族の人間がやるのか、俺にやらせるのか、の違いではある。


 良い気分はしないが――……


 何れにしても、あいつは変わらず、英雄の顔をして立っていられる。だが、アサウォルエェの一件以外にロゼッツェルが動いていないとも思えないのだ。


 あんな街一つでは、とてもではないが『旧・魔王城』と『魔王国監獄』を買い取る金なんて手に入らなかっただろう。タスティカァで船を一隻手に入れるために苦労したことが、俺の感覚の裏付けになっている。


 つまり、他にもロゼッツェルは金を得る仕組みを持っていた。


 なあ、ロゼッツェル。気安く『処刑』などと口にする人間が、英雄になれると思うか。


 いつかは民衆に見透かされ、全てを奪われると。俺には、そんなストーリーしか見えない。


 だが、その『アサウォルエェ』さえ、もう無いと言う。


「空が、泣いている。……魔族の悲鳴が聞こえる」


 少女が胸を握り締めて、そう言った。


 その『アサウォルエェ』にキュートを転移させたハンス。あいつだって、何を考えているのか。キュートに憎しみを与えるような事ばかりして。


 まして、キュートに偽りの罪状を示し、処刑などと言って……


 ――――『処刑』?


「おい、ちょっと待て。…………あれ、見ろ」


 思わず、自分自身で問い掛けてしまった。唐突に発された言葉に、フィーナが何事かと俺を見る。


 東の地平線に、何か大きな、見覚えのあるものが見えた。


 銀色で丸みのある、鉄で出来たようなボディ。その図体に相応しくない程に機敏な動きを見せ、火力は爆発物のよう、防御は鉄壁。こんな位置からでも面影を確認できる、巨大な体躯は。


 ハンスが言った。


 じき、俺達の『敵』が分かるだろう。


 瞬間、端々に散らばったヒントが、俺の中で一つの解答を示した。誰にとっても残酷で、しかし納得の行く、たった一つの道標が。


 ハンスが、俺に伝えたかったことは。


 胸の辺りが、締め付けられるような錯覚を覚えた。


 ……いや、……待て。…………そんな。


 そんな筈はない。


 思考を、改め直せ。もう一度、ロゼッツェルがどういった悪事を働いたのか、そこから考え直すべきだ。


 悪事――――


 だが、一度生まれた疑惑は、俺の中から消える事はなかった。俺は王座の横に置いていたリュックを背負い直し、思考を巡らせた。


「ラッツさん……? どう、したんですか?」


 いや。……でも。あいつなら、有り得る、のか……?


 もしも本当の所ではロゼッツェルが、あの時、『アサウォルエェ』を救うつもりでいたとしたなら。


 魔法陣の事件さえ、本当はブラフで――……


 だとしたら、ハンスが俺を呼んだのは。俺達に『共通の敵』とやらが居たから、なのか?


 それなら、有り得る。俺の参加を希望したハンスと、俺の参加を拒否したロゼッツェル。二人の思い違いが生まれる事も、確かに……分かる。


「なあ、フィーナ。…………ごく、ごく、当たり前の事を聞くぞ」


 どうしようもなく部屋を見回した俺は、その王座の部屋に、ロゼッツェルが捨てた剣があることを発見した。


 確かあの時は、剣を二本持っていた。ロゼッツェルはそのうちの一本を捨てて、そして――――戦地に、赴いたんだ。


 見た事があった。この刀身、この形。間違いなく、『アサウォルエェ』で初めて出会った時に、ロゼッツェルが下げていた剣だ。キュートに向けられていたから、よく覚えている。


「な、何でしょう?」


「とある村に、罪人がいた。そいつは誰の目からも分かる程、ひどい罪を抱えていた。そいつを死刑にしないといけない。フィーナ、お前なら、どうする?」


 そんな、馬鹿なことが。……もしも俺の予測が、本当なら。


 ロゼッツェルの捨てて行った、剣に手を掛けた。


 急に問い掛けられたフィーナが、慌てふためいて答えた。


「え……? ええ? 何ですかそれは、なぞなぞ……ですか? えっと、ギロチン……とか? 火炙りとか……ですか?」


 その剣を、躊躇わずに引き抜いた。




 ――――――――こんな事が、あってたまるか。




「フィーナ!! ガングさん!! 俺達も、戦いに行くぞ!!」


 その場に、抜身の剣を捨てた。形振り構っている場合ではなかった。


 歯を食い縛った。ふと全身に緊張が走り、自然と身体は硬直する。しかし、湧き上がる怒りと憤りが、俺に一歩を踏み出させた。


「急に、どうしたんですか!? 戦いにって……」


「決まってんだろ!!」


 このままでは。


 ――――誰も、救われない。




「空が真っ赤に染まってる方だよ!!」




 ○




 魔王城に戻って来たキュートのために、元・ゴボウ少女を魔王城に置いて来た。キュートが戻り次第、その場に留めて貰う為だ。


 おそらく、戦いは一瞬で終わる。もしもハンスが俺に助けを求めたのが、『ゴールバード・ラルフレッドの鎧』と戦った経験のある俺でなければ、あれを打ち破る事は出来ないと思っての事だとしたら。


 俺達は魔王城から一直線に、東の空で起こっている異変に向かって走っていた。道中にダンジョンはなく、ただ何もない荒野が広がるばかりだ。


「ラッツさん!! いやー、一体、何に気付いたので!?」


「後で良いか!! とりあえず今は、協力してくれ!!」


 一先ず、ガングとフィーナへの説明は後回しだ。二人共、俺が魔界で一体何を経験してきたのか、その実情を知らない。


 連れて行くのは、『魔王国監獄』に閉じ込められた罪人達。当時四人だったロゼッツェルのグループは、気が付けば二人になっていた。


 おそらく、起こす出来事の大きさに耐えられなくなったのではないか。


 罪人を集めたのは、『真・魔王国』への反乱を起こすためだ。


 結果はどうあれ、ロゼッツェルは『アサウォルエェ』から離れるつもりでいた。


 いつかは魔法陣の仕組みが人々にばれ、自分が大犯罪者となることを。そうして、誰の目からも悪者となり、街から追放されることを。


 寧ろ、期待していた可能性だってある。


 だから、あの時はまだ、『通過点』だったんだ……!!


「悪い、二人共!! 俺は先に行くぞ!! <キャットウォーク>!!」


 ゴールバード・ラルフレッドの創り出した化物が、何故か唐突に人間界へと現れた理由。それは魔界で王国を作り、魔界で研究をしていたから。


 ロゼッツェルとハンスは、それを終わらせる為に動いていた。半ば友好的な振りをして、微妙な協力をしながら。


 そうやって、『魔王城』と『魔王国監獄』を買い取った。


 元の、平和な魔界を取り戻す為に。


 違和感に、気付くべきだったんだ。アサウォルエェでロゼッツェルが『キュートを処刑する』と言って、街を離れた事を。


 キュートを犯罪者に仕立てて、もしも本当に殺したいのなら。わざわざ人里離れた山奥まで、向かう必要なんてない。


 その場で吊るし上げて、ギロチンでも火炙りでも、すれば良かったんだ。


 普通はそうする。犯罪者として祭り上げた者が、確実に死に至った事を人々に確認させるために。


 なら、何の為にロゼッツェルは、キュートを山奥に引っ張り込んだのか。


 その理由なんて、一つしかない。


 ――――助けるためだ。


「<マジックオーラ>!! <イーグルアイ>!! <ヴァニッシュ・ノイズ>!!」


 爆発の音が、段々と近付いて来る。俺は付与魔法を順番に自身へと付与し、その能力を高めていった。


 あいつは、英雄を気取る極悪人なんかじゃない。


 寧ろ、極悪人を気取る――――…………


 本当は、『アサウォルエェ』さえも疑われて潰されるかもしれないということを、分かっていたんだろう? ……獣族であるロゼッツェルが反乱を起こしたとき、身元の街が消されるという可能性は、十二分に考えられる事なのだから。


 だから、ロゼッツェルはアサウォルエェにとって『極悪人』で居たかった。その街と、自分は何の関係も無いと。


 でも、無関係を装うには無理がある。


 例え、その街の人々から『悪人』と蔑まれ、恨まれていたとしても。どうしても疑われて、消されてしまう可能性はあった。


 もしもそうなった時のために、『アサウォルエェ』から、最も大切な者を一人、逃しておきたかった。だから、キュートは山奥に閉じ込められていたんだ。


 間違っても街に戻る事ができない、『犯罪者』という肩書きを付与して。自分が恨まれる事を、理解した上で。


「俺は協力するぞ…………!! ロゼッツェル…………!!」


 目の前に、ロゼッツェルが指揮していたと思われる兵士が一人、爆風を受けて飛んで来た。


 もう、息はない。一刻も早く、この虐殺を止めないといけない。


 キュートだけは、安全な場所に置きたかったんだ。俺を敵視していて、それでも逃がしたのは、俺がキュートを連れてどこか別の場所に行く事を知っていたからだ。


 そうだろ、ロゼッツェル。




 そうでなければ、刃の殺された剣を処刑場に持って行く理由なんてない。




 ついに、背の高い壁に囲まれた場所が見えてきた。瞬く間にその巨大な門まで近付いた俺は、開きっ放しになった扉の向こう側を確認するため、奥へと走った。


 不意に、何か大きなものが俺に向かって飛んで来た。……いや、『投げられた』。それを、反射的に抱き留める。


 目の前に、リンガデム・シティで一戦を交えた、ゴールバードの鎧があった。無機質に光を反射するそれは、しかしあれだけの人数が居たロゼッツェルの『反乱軍』を、この短時間で無に返す程の破壊力を秘めていた。


 身の毛もよだつ程の数。十体……いや、それ以上か……!? 魔界に拠点を設ける事で、製造するための環境が整っているからだろうか。


 前方、扉の向こう側に、ロゼッツェル・リースカギュレートの姿があった。俺を振り返ると、大きく目を見開いている。


 俺は、反射的に自分が抱き留めたものに、視線を向けた。


「ハンス――――――――!!」




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