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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第七章 初心者と英雄気取りの極悪人と新たなる魔界の王
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I126 ならば、忘れてくれ

 ダークブラウンの髪を持つ、小さな少女が辿る道筋に合わせて、俺達は後を追い掛けた。目を輝かせながら暗い森の中を歩く少女にフィーナは苦笑していたし、ガングは懐かしそうにしていた。


 キュートは、これから訪れるであろうロゼッツェルとの再会について、なんとも言えない心境になっているようだった。複雑な想いが頭の中を巡っているのが、表情ひとつ見てもすぐに分かる。


 俺は歩きながらキュートの隣につき、努めて冷静な口調を意識して声を掛けた。


「……怖いか?」


 問い掛けると、キュートは頷いた。


「やっぱり、あたしが居るから、なのかな。お兄ちゃんに突っ掛かるのは……。今度は仲間になれ、なんて、まるであたしからお兄ちゃんを遠ざけようとしてるみたい」


 ふと、キュートの言葉に目が覚めたかのように、頭の中に可能性が浮かんできた。確かに俺をキュートから遠ざけようという魂胆なら、敵である俺を仲間に引き入れるという選択肢も有り得るだろうか。


 ……しかし、すぐにその考えは否定された。もしも本当にそうなら、ペンディアムの砦で負けを認め、その場で神具の少女を連れ、俺を魔王城に引き入れる。これが最善のはずだ。


 まるで俺の意見を聞くかのように、『結末を決めよう』なんて言う筈がない。もっと上手いやり方は、幾らでもあったはずだ。


「大丈夫だよ。妹のそばからは離れないって」


 妹扱いをすれば元気になるだろうか、なんて、浅はかな魂胆ではあったが。


 キュートは俺の言葉に少しばかり表情を緩めて、俺の手を握った。


「あたしのお兄ちゃんは、お兄ちゃん……だけだからね」




 ○




 遠くで、猛りの声が聞こえる。唸り声のような、野太い男達の声だった。太鼓のような音も聞こえるが、決してその声は聞いていて心地の良いものではなかった。


 エイ、エイ、オウ。違う声色、しかし同じトーン。同じタイミングで発されるそれは、まるで軍隊のようだ。


 歩いて行くに連れ、その声が大きくなっていく。俺もフィーナも、事態が奇妙であるということに気が付いた。同時に、何時でも逃げられるようにと、思い出し草を握り締める。


「なんの、声でしょうか……」


 フィーナの問い掛けは、しかし誰も答える事はできない。暗い森の中、一番先頭を歩いていた小さな少女が立ち止まり、少し先に見える漆黒の城を見詰めた。


「――――着いたぞ。ここが、『魔王城』だ」


 少女の言葉に、俺は城を見上げた。


 すっかり古くなった建物は、そこかしこが崩れていた。中はきっと、埃っぽいのだろうと想像させた――――城の天辺に、悪魔か何かの銅像が立っている。背の高い城壁を通過するための巨大な門は、大人が二人縦に並んでも追い越せない程に高い。それを手前で護るのは、二頭のドラゴンの石像だった。


 物々しい雰囲気に、眉をひそめた。どこから魔物が出て来てもおかしくないと、身体を強張らせる。


 大体、どうしてこの場所には日が当たっていないのだろうか。少なくともペンディアム・シティを出た時にはまだ、向こうは明るかった筈だ。


 人間界と魔界で、時間がずれているという事も無さそうだし……なら、空が分厚い雲に覆われているのだ。


 ガングが腕を組んで、少女の隣に立った。


「なるほど、確かに懐かしい。ここを拠点にして、話し合いましたね」


 少女はガングの言葉に、僅かに衝撃を受けたようだった。……きっと、少女の中にガングの存在が無いからだろう。


「……そう、なのか。やはり当時の魔王は、もう生きていないのか?」


「いやー、それは私にも分かりかねます」


「そうか……」


 何食わぬ顔でそう言うガングだったが、少女は落胆していた。


 物陰から音がして、俺は咄嗟にリュックから短剣を抜いた。魔王城なんて来たことは無かったが、現れる魔物は『魔王城』という名前の響きからして何だか強そうだ。


 今の俺が脅かされる可能性があるのかという問題はさておき、仲間を守ろうと咄嗟に身体は動いてしまった。


「…………来たか」


 しかし、現れたのは目的の、銀髪の男だった。


 短剣をリュックに戻し、俺は正面からハンスを見詰めた。ハンスは樹の幹に寄り掛かり、腕を組んでいた。暗闇に忍ぶその姿は、昼間に見る時よりも謎めいていて、少し美しくも見える。


 鋭い切れ長の瞳が、憂いにも似た目つきで俺を見ていた。


 俺は元・ゴボウ少女の頭を掴んで、言った。


「こいつが良くして貰ったみたいだからな。その礼を言いに来た」


 そう言うと、ハンスは少し戸惑ったような表情を見せ、目を逸らした。


「別に……俺達は、何もしていない。俺達には、神具を集めるという目的があった……そのついでのようなものだ」


 ハンスはそう言って、門に手を掛けた。……入れ、という意味だろうか。


 入れば、戦闘になるかもしれない。その誘いは少しばかり俺を緊張させたが、俺よりも先に動いた影があった。


 描かれた魔法公式は、予め決めていたものだったのかもしれない。<キュートダンス>と名付けられたスキルは、キュートの足下に橙色に光る魔法陣を出現させる。


 誰が止める暇もなく、瞬間的にキュートは動いていた。


 俺が使う<キャットウォーク>の上位互換技を、更に自ら改良――――そうなれば、素の状態の俺では捉える事すら容易ではない。だが、自らも動けるようになったことで、少しばかり目は良くなったようだ。


 地面を蹴ったキュートは、まるで稲妻を描くようにして移動し、その場に残像を出現させた。おそらく、ハンスの気を逸らす為だろう。一枚の布を繋ぎ合わせたような民族衣装には、紅い模様が入っている。その脇からキュートは左足を振り上げ、ハンスの首元目掛けて横から回し蹴りを放った。


 一瞬の出来事だった。ハンスはキュートの左足を右腕でガードし、複雑な魔法公式を描き――――魔法公式、と呼ぶべきなのか。その異質な模様は、何かの言語ではあるようだったが、俺には理解できないものだった。


「<疾風>」


 ペンディアムの砦で、俺にも繰り出した特殊スキル。ハンスの動きは流動的に流れる魔力と同化し、一瞬にして恐ろしい程のスピードを手にする。動きに一切の無駄が無いからか、キュートのスピードにも反応し、そしてその上を行くようだった。


 キュートも黙ってはいない。ガードされた左足はすぐに戻して姿勢を低くし、足払いを放った。ハンスはそれを僅かに跳躍する事で避けると、空中でキュートの首元目掛けて三本の黒刀を投げる。


 唐突に始まった戦いに、誰もが手出し出来ずにいた。キュートは歯を食い縛り、ハンスの黒刀をどうにか避けようとしていた。


 だが、元々刺さるようには撃たれていなかった。両側の首元目掛けて投げられたそれは、キュートが動けば当たる位置で放たれていたのだ。


 竦んで動けなくなったキュートの首元を掴み、ハンスは地面に叩き付けた。


「おい、ハンス!!」


 リュックから短剣を抜き、ハンスに飛び掛かった。すぐにハンスはキュートから離れ、軽やかに二回跳躍して身を翻し、魔王城の門の上に立った。


 やはり、戦う事になるか……この『魔王城』という立地で、奴等との最終局面を迎えるのか。


 あの位置では、飛び掛かれば不利になる。俺はリュックから投げナイフを抜き、器用にも門の上に立っているハンス目掛けて、ナイフを投げようとした。


 フィーナとガングも、戦闘態勢に入った。




 だが――――…………




「やめろ。……戦う気はない」


 月明かりを背にして、ハンスはキュートを見下ろしていた。


 その表情に、思わず俺は立ち止まってしまった。


 瞳には、敵意も殺意も込められてはいない。……それどころか、どうだろう。まるで肉親の最期を見る時のような、極めて儚く、憂いを帯びた瞳でキュートを見ていた。


 情に、駆られているかのような。


 分からない。


 ハンスだって、ロゼッツェルが何をして来たのかなど百も承知の筈だ。協力もしていた。今更どういう理由があって、キュートをそんな目で見詰めるのか。


「不憫な少女だ。……それは、理解している」


 キュートはハンスの言葉を聞いて、瞳孔を見開いた。八重歯を見せて唸り、尻尾を立てる。


 滅多に激昂しないキュートが、怒りの態度を見せていた。続け様に、キュートはまるで猛獣のように四つん這いになり、門の上に居るハンスに飛び掛かった。


 ハンスは僅かな動きで門から再び離れ、キュートの攻撃を避ける。


「黙れ!!」


 キュートは、がなり立てるように叫んだ。


 戦いに、参加するべきか? ……いや。


 残像、乱舞。そう呼ぶに相応しいキュートの動きには、以前のような滑らかさは見えない。ただ直線的な動きでハンスを捉え、どうにかして殴ろうとしていた。


 ハンスはそれを、必要最小限の動きで回避していく。


 まるで、少女の戯れに付き合うかのように――……


 ついに、キュートの腕をハンスが掴んだ。バランスを崩したキュートの背中を踏み付け、後ろ手に捻り上げる。ハンスの体格も線が細く、どこか女性的ではあったが。成人男性が少女を押さえ付ける様は、見ていて気持ちの良いものではなかった。


 それでも、冷静にハンスは言う。


「キュート・シテュ、ここは引け。勿論、お前に協力しろなどとは言わない。それはロゼッツェルも認めない……事が終われば、どういう状況にせよ結果は返る」


「黙れ!! ――黙れ黙れ黙れ、死ね死ね死ねっ!! おまえらが何をして来たのか、分かっていてそんな事を言うのか!?」


 涙ながらに叫ぶキュートの言葉を、ハンスは受け止めていた。


 それは、確かに。


「今度はあたしから、お兄ちゃんも奪うのか!! 人の幸せを奪うことが、そんなに楽しいのか!!」


 キュートは、引かない。


「……仕方ない。その目で、見て来るといい」


 ハンスはキュートに向かって右手を差し出した。その右手から、青白い魔力が放たれる。


「<マークテレポート>……!!」


 フィーナがその魔法公式に気付き、前に出ようとした。ハンスはそれを、視線で制する。


「キュート・シテュは、出来れば置いてきて貰いたかったな」


 それは、俺に向けて放たれた言葉だった。……しかし、この状況でキュートを連れて来ない訳にはいかないだろう。ハンスもそれを理解してか、それ以上何を言うことも無かったが。


 キュートの身体が転移の光に晒されて、薄くなっていく。


「殺してやるっ……!! 地の果てまででも追い掛けて、必ず殺してやる!! あたしは忘れないから!! 覚えて――――」


 そして。


 その場から、キュートが消えた。


 ハンスは立ち上がり、手を払った。俺は黙ってハンスに向かって歩き、その胸倉を掴んだ。額が触れる直前まで引き寄せると、その眼光を見詰め、腹から絞り出すように声を出した。


「一応聞いておくが、どこに送った? 返事次第ではお前を殺して、キュートを助けに行く」


 別に、ハンスを信頼している訳ではない。


 俺とサシでやりあって勝てる見込みが無いことは、ペンディアムでの手合で分かり切っている。その上で、馬鹿なことはやらないだろうという判断だ。


 苦しそうにしながらも、ハンスは眉をひそめて、言った。


「……安心、しろ。送ったのは、もう何もない場所だ……少なくとも、今最も魔界で安全な場所だ」


「名前を言えよ」


 脅すようにそう言うと、ハンスは俺の目を見て、言った。


「…………『アサウォルエェ』だ。もう今はただの荒野だが、な」


 その言葉に、不覚にも俺は動揺してしまった。


 嘘を言っているようには、見えない。


 俺はハンスの胸倉から手を離した。咽るように、ハンスが喉元を押さえて咳を繰り返す――……こいつは確かに、アサウォルエェが荒野になったと言った。その言葉が意味する内容は、一つしかなかった。


 つまり、


 つまり…………、


「今更『友達になってくれ』などと、言うつもりはない。……だが、俺達も安易にお前と戦い、命を捨てる程馬鹿ではない。それは、理解してくれ」


 違和感。


 ハンスが現れ、俺に協力しろと言った時から感じていた、謎の違和感。今度は明確に、俺の胸の中にストンと降りてきた。少なくとも、今この場で矛盾していることが、ひとつある。


 ロゼッツェルは、キュートを殺すつもりでいた。


 ハンスは、キュートを護るつもりでいる。


 ……違うのか? ロゼッツェルとハンス、二人が考えていることは。そういえば、俺はこいつの事を全く知らない。人としてはあまりに異常な強さで、もしも冒険者だとしたら一流の連中とも対等に戦えるかのような実力を持っている、という事以外は。


 魔王城の裏からは、相変わらず謎の掛け声が聞こえてくる。それは、俺に堪らない不安感を与えていた。規則的に聞こえてくる足音も、この距離で聞こえてくるのだ。


 ハンスは改めて門を開き、言った。


「じき、俺達の『敵』が分かるだろう。その上で協力しないと言うのならば、それでも構わない」


 キュートは。放っておけば、ここに戻って来るのだろう。今度は俺を取り戻す為に、その身を持って戦うのかもしれない。


 だとすれば、『転移』など意味を持たないという事だ。それが意味を持つ状況ということは、つまりキュートが送られてから戻って来るまでの間に、ケリが付く内容だということ。


 ハンスは未だ、俺の目を真っ直ぐに見て、言う。


「……それならば、忘れてくれ。もう二度と、魔界に来なくても良い。寧ろ、来ない方が良い……ラッツ・リチャード。お前に、その『敵』を無視出来るとも思えないが」


 ――――戦いはもう既に、始まっているんだ。



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