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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第六章 初心者と奇怪な道具屋と湖に浮かぶ砦
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H123 夜の砦に見える影

 誰もが、俺の魔力量に唖然としていた。唯でさえ、<暴走表現オーバーヒート・スタイル>は大地の魔力を吸い上げる為の、おそらく最善の魔法公式。その代わり、扱い切る事は難しいが――……今の俺は夥しい程の魔力を体内に宿し、そして何時でもその魔力を使う事ができる。


 フルリュの<マジックリンク・キッス>なしでも、<重複表現デプリケート・スタイル>を使う事さえ可能なのではないか、と思わせるくらいに。


 都合、二度目の発動になる。僅かに胸の奥が締め付けられるような感覚があるが、すぐに慣れる。


 地獄の釜に足を踏み入れた者だけが、使えるようになる魔法公式。


「<キャットウォーク(+10)>」


 世界が歪んでしまったかのように、或いは夢の中を走っているかのように、人々の動きが遅くなる。このスローモーションな世界の中で俺だけが唯一、通常通りに動く事が出来るのだ。


 雲の動き、波の高さ、そしてメインストリートに居る観客までもが、遅延した時間の流れに身を任せたままでいる。


 いや、時間は遅延したのではない。俺の周囲の時間が速く進むようになっただけだ。


 今ならキュートの動きでさえ捉え、その上を行くことが出来そうだった。


「待ってろ。ロゼッツェル…………!!」


 その言葉を聞き取る事が出来たのは、果たして何名だっただろうか。或いは、俺の存在にすらまだ気付いていないだろうか。


 停止しているに等しい前衛の剣士が、ベティーナに向かって剣を振り下ろしている。足払いを放つ予定だったベティーナは、しかしその斬撃に身を震わせていた。


<ヘビーブレイド>。ベティーナの杖を壊しに来ている事は明確だ。


 その男の左肩を蹴り飛ばし、海に落とす。


 隣に居る武闘家の男を突き飛ばし、三名横並びに走って来ている鈍器持ちに、横から<飛弾脚>を浴びせた。ようやく、聖職者集団が俺の存在に気付いたようだ。


 しかし、在らぬ方向を見ている。とっくにそこは、俺が通過した場所だ――――続け様に殴り、蹴り、海へと落としていく。後衛の弓士と魔法使いの集団さえ、弓を引く前に、魔法を放つ前に攻撃を完了していた。


 ああ、一度、フルリュの所に寄らなければ。


 現れたチークに驚いているフルリュから、リュックを回収する。再び出入口の扉まで戻り、今度は砦の中を直進。そして、螺旋階段を上がっていく。


 俺自身を打ち破った魔法公式は、やはり最も強い。


『荒野の闇士』でさえ、この<暴走表現オーバーヒート・スタイル>を打ち破る事は不可能だろうと、考えていた。これさえ発動出来れば、一分以内にゲームを終えられる状況であれば、どのような状態でも逆転することができると。


 ただ、そんな事を考えていた。


 階段を上がり、最上階へ。階段を上がって左から三番目の扉を一瞥していく。ここに、まだ奴等が居るはず――……


 砦の中を、一通り見てきた。リスクを除いて、もう立っている相手は居ない。


 ギルドリーダー以外の奴等が全滅したから、俺達の勝ちだ。それを彼等が知るのは、もう少しだけ先の時間なんだろうけど。


 だけど、あれだけは回収して行こう。


 砦からメインストリートを見渡せる、広い部屋まで辿り着いた。


 真っ直ぐに、フィーナとリスクの所まで走る。まだ、リスクは手錠を掛けられたままだ。『スロウビースト』は……奴のポケットが、不自然に膨らんでいる。手を突っ込むと、中からカプセル状の薬が大量に出て来た。


 やはり、薬か。正常な思考が出来なくなる薬なんて、ロクなもんじゃないな。


 黙ってそれを、海へと捨てた。


 二十秒程、時間が経過しただろうか。暫くその場に立ったままでいると、メインストリートから驚愕の声が次々に聞こえてくる。……まるで連中には、突然ベランダの上に俺が現れたかのように感じられただろう。


 限界速度を超えて動かなければ、時の遅さを感じる事はない。瞬く間に居なくなった『荒野の闇士』の集団に、まだ何が起こったのか分からないといった様子で、周囲は静まり返っていた。


「フィーナ、行こう。こんな事をしている場合じゃない」


 俺はフィーナに向けて、そう言った。フィーナは唐突に、俺が視界に入って来た事に驚いているようだったが。


「……ええ、大丈夫ですわ」


 そう言って、気を持ち直した。


 攻城戦に決着が付いた。しかし、魔法陣が解かれる前に追い詰めなければならない。俺とフィーナは走り、ベランダから砦の中へと戻った。


 俺の方がフィーナよりも速いのは当たり前だが、まあじきに追い付くだろう。


 直後、背後からとてつもない歓声が上がる。


「……え? ……おい!!」


 リスク・シンバートンは、放置するしかない。……まあ両腕は封じられているし、攻城戦さえ終わっていれば、後はゴンがなんとかしてくれるだろう。


 本来なら、もっと喜んで良い状況の筈なんだけどな。まあ祝いでもなんでも、やるのはもっと後で良いだろう。


 ハンデは多々あれど、ほぼ最強に位置しているギルドに攻城戦で勝った事になるのだから。


 階段から数えて、奥から三番目の……こちらから見たら、右側の扉。レオが追い付いて、階段を上がって来ていた。……ロイスとキュートも一緒だ。


 フルリュ達は、もう少し遅れて来るだろうか。


「――――動くなっ!!」


 扉を開けると同時に、俺は言い放った。まだ、<キャットウォーク(+10)>の時間内だ。黙っていても、動体視力は上がっている。


 部屋の中には――――今まさに窓を開け、外へと飛び出そうとしているロゼッツェル・リースカリギュレートの姿があった。その手には、得体の知れないリング状の…………アイテムが握られている。


「なっ……!?」


 俺が間髪入れずここに来たことさえ、予想外だろう。何故なら俺とロゼッツェルは、この街でまだ一度も出会っていないのだから。


 だが、だからこそ、逃がす訳にはいかない。


「そいつを返せ、ロゼッツェル。もうお前のセコいやり方には、飽々してんだよ……!!」


 見ただけでも、分かる。もう俺は、ロゼッツェル如きで止まるような戦力じゃない。なら、ここでケリを付けなければ……!!


 リュックから長剣を取り出した。リーチは長く、素早く振れる武器がいい。誰も反応出来ないうちに距離を詰め、俺はロゼッツェルに渾身の一撃を放つ。


 ロゼッツェルはしかし、俺を見ていない。


 ……なんだ?


 どうして、安心したかのような顔をしているんだ。


「<ソニックブレイド>!!」


 瞬間、ロゼッツェルの瞳孔が大きく開かれた。


「…………ロゼ、先に行け。今は逃げろ」


 だが俺の剣撃は、ロゼッツェルまで届く事はなかった。


 小さな、刀身の黒い刃物。それを取り出して俺の<ソニックブレイド>を受けたのは、長い銀髪で顔を隠し、口元を布で隠した男だった。


 両腕に巻かれた包帯と黒い軽装が、妙な雰囲気を感じさせる。


「ハンス!! お前を置いて行けるか!!」


 ハンスと呼ばれた男は、俺から絶対に目を逸らさない。……後ろに居る、俺の仲間達はどうでも良いようだった。この場で驚異に成り得るのは、俺一人だと判断したらしい。


 もう、こいつ相手に立ち止まっている状況でもなかった。


 圧倒的速度強化を含めた剣撃で、ハンスを攻撃する。右斜め下へ、右手に武器を構えている状態では、絶対に間に合わない攻撃を放った。


 斬り付けて通り抜けて、ロゼッツェルの手にしている『神具』を、奪う――――


「<疾風>」


 瞬間、スローモーションのように見えていたハンスの動きが、俺の速度に付いて来る。足下に伸ばされた手は右手に構えていた短剣と同じものを太腿から引き抜き、俺の攻撃を受け止めた。


 一瞬、頭が真っ白になった。武器を抜く暇なんて、そもそも与えていないつもりだった。


 いや、それ以前に。……<キャットウォーク(+10)>状態の、俺の攻撃を、『受け止めた』だと……!?


「良いから行け!! 俺は大丈夫だ!!」


 だが、ハンスに余裕がある様子でも無さそうだ。……ついに化物と同格になったかと思われた俺の攻撃を、このハンスと呼ばれた男は受け止めた。


 冗談だろ……? 理性を無くしていたとはいえ、あの『荒野の闇士』のギルドリーダーがさっぱり反応出来なかったスキルだぜ?


 下唇を噛んで、意識を覚醒させた。


 一瞬の油断も隙も、あってはならない。このロゼッツェルとハンスが行ってきた事を、俺は終わりにさせないといけない。


 リュックに長剣を戻し、二本の短剣を取り出した。相手が二刀なら、こちらも二刀だ。扱ってきた武器の多さは、どんな冒険者であろうと俺には敵わない。


 いや、こいつは冒険者なのかどうかさえ、分からないのだけれど――……


「<チョップ>!!」


「<鉈風なたかぜ>」


 繰り出した攻撃に、ハンスは黒刀の先端を合わせた。俺の短剣に、まるで突くようにして切っ先を合わせたのだ。いよいよ尋常ではないと頭が警報を鳴らし始めたが、ハンスの顔にも苦痛の色が浮かんでいる。今の攻撃は、差し詰め<パリィ>と同格の防御だろうか。


 …………どうやら、本物らしい。


「<ソニックブレイド>!!」


「<千里肢せんりし>」


 両手をクロスさせるように振り抜き、短剣版の<ソニックブレイド>を放った。やはり、ハンスは両手の黒い短剣を刃の先端に合わせ、俺の攻撃をガードした。


 リュックに短剣を戻し、取り出したのは弓。的確に追い詰めなければ。それなら、相手の行動を制限できる攻撃がいい。


「<レッド・アロー>!! <ブルー・アロー>!! <イエロー・アロー>!!」


 何に過敏な反応を見せるか分からない。ハンスの上、右、左と、移動を制限させるような攻撃を放つ。続けて、弓を戻して杖を取り出した。


 この速度で放たれる弓なんて、飾りのように見えるだろうか。……いや。


「<レッドトーテム>!!」


 俺の手前からハンスに向けて、次々に<レッドトーテム>を出現させる。この建物が石造りで助かった。木造なら焼けてしまうから、この手は使えなかった。


 ハンスは長い銀髪の陰に隠れた瞳を、大きく見開いた。


「<縛解ばっかい>」


 魔力の存在を感じた。瞬間的に俺は、一度は出した杖をリュックに戻していた。俺とハンスの間にある、<レッドトーテム>と三種の矢。それをもってしても討ち取れないと、直感的に判断していたのだ。


 この不条理な感覚は、以前魔界でネズミの男と対峙した時に感じた。咄嗟に、それが来るのではないかと。


 だから、リュックから取り出したのは。


 持っておいた。こういう状況になった時の為に、自分へと向かってくる相手に対して最も意表を突くことができ、最も効果的な一手を。俺が魔法を使って『それ』を隠し球に使いたくなったのは、それが最も裏道として適しているからだ。


 そして、ハンスの知る俺には、この武器を扱う事はデータに無いはずだった。


 リュックから引き抜いたのは、『爆弾』。


 魔法よりも素早く、弓よりも範囲が広い。攻撃を起こす場所を選べるそれは、<強化爆撃イオン>よりも的確に、そして規模の小さい攻撃を起こす事ができる。


 そういった、攻撃位置をコントロールできるものでなければならなかった。かといって、魔法からの起爆では遅すぎた。あのネズミの男に勝てなかった時に、こういった魔法を使って来る相手にはどう戦ったら良いのか、ずっと考えていたんだ。


 現れた瞬間、ハンスは爆発の攻撃を受ける。


「がっ…………!!」


 吹っ飛び、床に転がった。


 こいつは一体、何を考えているのだろうか。これ程の実力を持ちながら――影で隠れ、人を操り、どうにかして目的を達成させようとしている――あのロゼッツェルと、どうして一緒に居るのだろう。


 何が目的で。


 だが今、ここでハンスを葬っておかなければ、次にまたロゼッツェルと組んで何をするか分からない。そう思っていた俺は、リュックから再び長剣を引き抜き、ハンスに致命傷を与えに向かった。


「おい、何をしている……!?」


 端で、手錠を架けられたリスクの声がする。ハンスは俺の気を逸らす目的だったのだろう、リスク・シンバートンに向かって黒い短剣を投擲した。


 振り返る必要はない。


「危ねえっす、リスクさん!!」


 二つの意味で、攻城戦を負けたリスク・シンバートンは、危険だった。


 洗脳の術者が危機的状況になった時、洗脳されている人間は術者にとって負担になる。だから、余裕があるなら殺しておこうと思う筈だ。


 そうすることで、俺が現れる事が予定外だったとしても、気を紛らわす事もできる。薬を使っているから、絶対に攻撃が通る相手。


 だから、泳がせておいた。状況を傍観しながら俺に付いて来ていたゴンは、咄嗟の状況でリスクを護るために行動する。


 残されたギルドリーダーを、護らせる。俺の行動に迷いが無かったからだろう。ハンスは焦り、間に合わない防御をどうにか間に合わせようと苦心していた。


 こいつらは、神具を集めているんだ。


 俺の『真実の瞳』も、また奪いに来るんだろう?




 どうして二人は、神具を集めているのだろうか。




「ラッツ様!! 大丈夫ですか!?」


 ようやく、フルリュが追い付いたらしい。俺は<暴走表現オーバーヒート・スタイル>の効果時間を終え、肩で息をしながら、目の前でどうにか身体を起こしたハンスに剣を向けていた。


 ペンディアムの砦に、もう日は当たらない。薄暗い部屋の中、苦し紛れにハンスが取り出して来たものに、俺は攻撃を止めざるを得なかったのだ。


 長い銀髪で顔を隠したハンスもまた、辛そうに肩を上下させていた。……限界を超えた動きをしていたのか、消耗が激しい。それは、俺もだったが。


 その左手に握られたもので、俺の長剣を受け止めようとした――――…………


「分かった。……俺の、負けだ。それでいい」


 どうして、こいつがそれを持っているのか。


 どうして、こいつがそれを俺の前に差し出したのか。


 攻城戦が終わり、試合終了の笛が鳴った。ギルドリーダーを丸裸にした時から、まだその程度の時間しか経っていなかった。俺はどうしようもなく、またどうする事もできず、その場に立ち尽くしたまま、部屋の扉前で傍観している仲間達に言った。


「架け橋に……戻ってくれ。全員」


 静寂が訪れた。


「ラッツさん、それは……」


 フィーナが目の前の状況を見て、気付いた。心の動揺を隠せない俺は、少し語気が荒くなってしまう。


「戻れって、良いから。……レオ、たのむ」


「…………分かった」


 レオが先陣を切って、気が付けばこの部屋に集まっていたメンバーに声を掛け、部屋を出て行く。


 その部屋には、俺とハンスの二人だけになった。……いや、まだ端にキュートだけが残っている。俺は構わず、長剣をリュックに戻し、ハンスを見下ろした。


「……もう、見付けて、いたのか」


 ハンスは体制を変えず、俺に『それ』を差し出したままで、言った。


「どうしても、こいつがお前に会いたいと言って聞かぬのでな。……考えていた。俺達にとって、お前は――ラッツ・リチャードは――敵なのか、味方なのか」


 そうだ。


 ロゼッツェルとハンスが『神具』を集めていると分かった時から、嫌な予感はしていたんだ。していて、故意に考えないようにしていたんだ。


 もしかして、ロゼとハンスが卑劣な、汚い手を使ってでも成し遂げたかった事というのは。……やっぱり、そうなんだろう、って。


「ロゼは嫌がるかもしれないが、俺には……俺達には、お前の存在が必要だ」


 俺の、俺達の、ゆるい旅の始まり。いつの間にかこんな所まで来て、そしていつの間にか変わってしまった、俺達の関係は。


 どうしようもなく、やるせない気持ちになった。ハンスの後ろから、まるで先程までずっとそこに居たかのように、一人の少女が顔を出したのだから。


 ハンスの左手に握られたのは、いつかのゴボウ。


 いや、『神具』だった。


 それを俺に手渡し、ハンスは言った。


「『力』を、貸して欲しい。……お前にも、相応の立場を与えよう」


 ダークブラウンの長い髪は、身長に達するのではないかと思える程に長い。頭の上に生えた二本の角と、暗闇に染まる黒いドレス。暗闇で光る、紅の瞳。


 聡明な賢人とは思えない程、ちんちくりんな身体。


 その顔は、俺を見て――――そして、心憂い表情を浮かべた。


「……すまない、主よ」


 その瞳に、大粒の涙を溜めていた。


 ――――なあ、ゴボウよ。


 今日は、満月ではなかった筈だぞ。




「まさか、敵だとは思っていなかったんだ……」


ここまでのご読了、ありがとうございます。第六章が終了となります。

終着点が、少しずつ見え始めて来ました。

これからもより物語が面白くなるよう努力して参りますので、宜しければ次章もお付き合い頂ければ幸いです。


※次章は12/13 0時より開始いたします。


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