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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第六章 初心者と奇怪な道具屋と湖に浮かぶ砦
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H122 タイミング

 タイミングは、フルリュが相手の幹部を倒し切った時だ。一瞬でもフルリュが俺のスキルを使えなくなったら、きっと近距離戦闘では負けてしまう。


 それにフルリュと俺の能力が共有されているのであれば、フルリュが魔法使いの女を倒してからでなければ、俺は満足にスペックを発揮できない。


 俺が動く時間は、最小限に留めたい。その要求を、フルリュは呑んだ。


「<レッドボール・レイン>」


 しかしフルリュは、思ったよりも苦戦しているようだった。俺の戦闘方法に、フルリュの身体が付いて来ていないのか。慣れていないという事が大きいのだろう。魔法使いの女が繰り出す炎の雨を、フルリュは飛び跳ねながら避け続けた。


 砦の隅は庭になっているから、唯一炎の魔法が使える。……それにしても、<レッドボール・レイン>とは。この女、大魔法タイプじゃないのか。機敏に動き、素早い魔法で相手を仕留める。ソロの魔法使いのような動きだ。


 まずいな。こっちにレオを当てなければならなかったか……? パーティーの中核を担う魔法使いが、小出しのスキル専門とは。てっきりダンジョンマスターを喰らう専用の、大魔法タイプかと……


 そうか、だから最前線で魔法を撃ってこなかった、という事もあるのだろうか。


 ソロらしい動きの魔法使いは、ベティーナよりも遥かに小さな杖を二本持ち、素早い動きで様々な魔法を繰り出してくる。その魔法攻撃で翻弄することで、結果的に近接戦闘職を近付けさせなくしているのだ。


「<アシッド・スノウ><ニードル・ストーン>」


 酸の雪、石の槍。散弾になるスキルばかりなのは、フルリュが短剣使いだからだろう。


 ……いや、フルリュは短剣使いではないのだ。それさえ、フルリュ自身が把握できれば話は早いのだが。<アシッド・スノウ>はどうにか反射神経を利用して避け、後から襲い掛かる石の攻撃には短剣を合わせる。


「<パリィ><パリィ><パリィ><パリィ>……こうですか!?」


「誰に確認取ってるのよ!!」


 勿論、俺だが。魔法使いの女には、それが分からないだろう。フィーナはもう、砦のベランダまで出ようと動き始めている。……急がないと、タイミングが合わない。


 フルリュも、それはよく分かっている。こうなりゃ、一度フルリュを撤退させて、俺が薬を飲むしかないか。


 ベランダの扉が開いた。……やっぱり、あの場所か。フィーナの視界と俺の視界は合わなかった為、どの部屋に居るのか分からなかったが――……これで、はっきりした。


 ロイスとキュートが、道を開けてくれた。ベティーナとササナが人数を抑えてくれる。


 ガングの薬はもう、手元にある。フィーナとリスクが居る場所までを繋ぐ道は、もう開けている。


 フルリュがようやく、短剣をリュックに戻した。


 そうだ。お前は今、どんな職業にもなれる俺の動きをトレースしているんだ。


 取り出したのは、杖。


「<レッドトーテム>!!」


 フルリュの創り出した火柱は、基礎スキルとは思えない程に強力で太く、真っ直ぐに天を目指していた。唐突に吹き上がった噴火のような炎に、メインストリートに居た観客が一斉にそちらを見る程だった。


<マジックオーラ(+1)>か。これ程の威力になるとは……フルリュの魔力が高い事も、威力に貢献しているのだろう。


「<強化爆撃イオン>ッ――――!!」


 続けて、フルリュは頭を抱え、俺の最凶の攻撃を繰り出した。……まさか、こんなものまで使えるようになっているとは。強化された火柱は、とてつもない爆音と豪炎に変わる。……あの位置、フルリュは大丈夫なのか? ……と思ったら、自身が得意とする風の魔法で爆風を抑えているようだった。……これも、俺には出来ない戦法だ。


 ……あれ? もしかして、訓練したら俺よりも強くなったり……いや、無いよな。無い。無いと信じよう。


 前方で、転移の光が発生した。……あれは、敵側の光じゃない。見ると、架け橋に残ったベティーナが一人、杖を持って青褪めた顔をしていた。


 まずい。ついに、防壁が破られたのか。際限なく襲い掛かってくる以上、どこかで無理が生じるとは思っていたが――……


 リスクが俺を指差し、ベランダから叫んだ。


「悪いな、新米!! ゲームセットだ!!」


 それでも、相手の数は随分減っている。残りは十、二十……二十人程か。レオは上に向かうよう指示してしまった、今から戻っても間に合わない。


 再び、視界をフルリュに。爆撃をどうにか抑え切ったフルリュは、しかし目の前で防御壁の魔法を使って身を守った魔法使いの女に、ぴくりと眉を動かした。


「……どうやら、貴女をここに配置したのは誤算だったようね」


 下唇を噛んで、次の手を考えるフルリュ。しかし、拮抗している状態じゃ、もう間に合わない――……


 ――――ふと、魔法使いの女が立っている後ろの植え込みから、飛び出してくる影が見えた。フルリュは目を丸くして、一瞬だけ上を見上げる。


 その視線の動きに釣られて、魔法使いの女が振り返った。しかし振り返る前にその身体は、謎の鉄塊に横から殴られ、砦の城壁に激突していた。


 フルリュの視界には、赤い猫っ毛を持ち、巨大なハンマーを構えて溜め息を付いた、女性の姿が――……


「うーん……あたしが何も喋らずに攻撃するなんて、もう天変地異を通り越して天文学的数値だよね」


 言いながら、チークは唐突な不意打ちで頭に星を飛ばしている魔法使いの女を、真上から押し潰すように殴った。えげつねえ……


 って、あれ? いつの間にチーク、ここからあんな場所まで走ったんだ? ついさっきまで、ガングの腕に持たれ……抱かれていたのに。


 振り返ると、ガングは円盤のような黒い物体を手のひらで転がしていた。


「いやー、彼女は中々にスジが良い。是非、弟子に欲しい所ですよ。……あ、彼女が私のアイテムを使っただけであって、私は参加していませんから。セーフです」


 ……また、この人の訳の分からないアイテムの能力か……。


 前方では、ベティーナが必死に杖を構えて格闘していた――……なんだ、ちょっとは戦えるようになったんじゃないか、ベティーナ。


「ひーっ!! ……ひーっ!!」


 しかし今にも泣きそうな顔で、限界が近いのは明らかだった。


「ラッツさん!! あっしが……」


「いや、いい!! もう、間に合う!!」


 時は満ちた。


 俺はフラスコの中に入っていた紫色の毒……良薬を、目を閉じて一気に飲み干した。


 瞬間、口内に訪れる強烈な味……最早味ではない、その衝撃に、吐き出してしまいそうになった。口に含んだだけで焼けるほど熱く、温度が高い訳ではないのに粘膜が溶けているのではないかと錯覚するほど痛い。


 目玉が飛び出したのではないかと、我が身を案じた。


「耐えてください!! すぐに変化は訪れます!!」


 ――――飲み込んだ。


 神経が焼き切れる程に熱い。堪らずその場に膝をつき、頭を抱えた。どろどろとした流動する何かが、俺の胃へと落ちて来ると血管へと移動し、全身を回る。


 熱い。


 熱い熱い熱い熱い熱いっ!!


「おああああああああアアァァァ――――――――!?」


 喉を押さえ、絶叫した。身体中から沸き上がるマグマが、俺の汗孔を通して放出されているのではないかと思える。限界まで張り詰めた線を、硬質的なもので弾いたかのような。『魔孔』が閉じている時に圧力を掛けた瞬間の痛みを、何百倍にも上乗せしたかのような、強烈な衝撃。


 天空に向けて、火を吹いた。比喩ではなく、本当に。


「ぎゃあああああああ――――!?」


 叫んだのは俺ではなく、ゴンだった。


 なんとなく。


『魔力』という、この世に無くてはならないモノについて。必ず、どんな生命体にも無ければならない筈のものが。


 人間にあるのはおかしい、という。


 矛盾した内容が、頭の中に浮かんできた。


 俺は、既に何かをおかしくしていて。せっかく元に戻ったのに、またおかしなモノに片足を突っ込もうとしている、なんて。


 それは、いつかの日にテイガ・バーンズキッドに、そう言われたからだろうか。それとも、俺の中に何か、似たような経験があったからなのか。




 思い出せない。




 瞬間、眠っていた『魔孔』が蘇る。全身を巡るマグマは魔力に変わり、まるで今まで詰まっていたと言わんばかりに、全身から溢れ出した。


 ――――いや、今までと同じではない。これは、『流れ星と夜の塔』を乗り越えた時よりも遥かに強大な。


 俺の中に、これ程の魔力が眠っていたのか?


 ギルドの加護を受けた人間程に、力強く、そして――――それでも、相変わらずに無色透明な。


 俺の、魔力。


 誰に言われるでもなく、俺は魔法公式を組んでいた。時間はない。攻城戦の終了と共に逃げられたのでは、そもそもの意味が無くなってしまう。


 全身から放出される魔力は、俺のコントロールを無視して流れ出る。それでも辛いという感覚はなく、寧ろ今までが無理をしていたのではないかと思える程だった。


 もしかしたら、『ギルドの加護』っていうのは、己の潜在能力を解き放つための儀式のようなものだったのだろうか。受けた事がないから、その真相は分からなかったが――……


 何れにしても。


 今なら、何だって出来る気持ちにさせられる。


「成功しましたね。……良かったです」


 ガング・ラフィストは、心の底から安堵したかのような声色で、そう言った。


 遠い昔、この人に一体何があったのか、今の俺には分からない。けれど。


「ガングさん、ありがとう。助かった」


 僅かな時間、俺はガングにそのように礼を告げて、走り出した。ゴンが慌てて、俺の後を追いかける――……


 砦のベランダでは、残った二十数名の冒険者に対して自ら突っ込んだ俺に、勝利を確信したようだった。隣に居るフィーナは俺が動き出した姿を見て、大きく目を見開いた。


 タイミングだ。ロイスは、どうか?


「捉えたぞ!!」


 着地したキュートの右足に、弓士の男が仕掛けた『モンスターロック』が噛み付いた。キュートの動きは一瞬でも封じられ、その場に立ち竦む。


 それを見て、ようやく捕まえたと思ったのだろう。弓士の男は勝ち誇ったように笑い、気にするべきはロイスだと言わんばかりに背後を警戒しながら、キュートに弓を向けていた。


 弓士の男の魔力が強まる。キュートは冷や汗を見せて、姿勢を低くした。


「領域の外まで吹っ飛ばしてやる!! <ハイドロ……」


 だが、ロイスは弓士の男を指差し、僅かに笑みを浮かべた。


「それを、待っていました」


 予め設置しておいた罠に、ようやく弓士の男が掛かった。階段近くに出現したキュートを追い掛けようと、一歩前に出した足。ロイスの『モンスターロック』に引っ掛かり、動けない状態になった。


 キュートが大きく、拳を振り被る。


「なっ…………!?」


 相手が『モンスターロック』を仕掛けて来るなら、同じ場所に置いておけば警戒されないだろうと予想したのか。目論見は成功したようで、弓士の男の下顎に、キュートの拳が突き刺さった。


 レオの方は、既に決着が付いているようだった。どう戦ったのか知らないが、既に戦闘不能状態に追い込まれている武闘家の男を、傷一つない状態でレオが見下ろしていた。


 これが、元ギルドリーダーから直々に訓練を受けた男の強さなのか。それとも、レオが天性的に強いのかどうかは分からなかったが。


 元々、武闘家と剣士の相性が悪いということもあるのだろう。分かっていてそう配置したのだが、武闘家の強さは武器を破壊できる所にあり、特に弓や魔法使いなどの中・遠距離職に一足飛びで近付いて、その戦闘力を皆無に持って行く事を得意とする職業だ。


 冒険者として存在する職の中でも、最も対人戦において攻撃力を発揮し、ダンジョンでは防御に徹する存在。そんな武闘家は、近距離を得意とする刃物持ちに弱い。


 短剣を得意とする盗賊でさえ、武器破壊のし辛さから苦戦を強いられる。強みと弱みが両極端なのだ。


「悪いが、お前は眼中にない。じゃあな」


 レオが下がる。


 ――――よし。


 リスクの居る場所まで、邪魔者は居ない。それはつまり、もうこの戦いは終わったという結論に等しい。


「<暴走表現オーバーヒート・スタイル>」


 今までとは全く違う、全身を巡る圧倒的な量の魔力。これが自分の身体か、と思えるくらいだった。そういえば、魔力も筋力と同じような存在だと教えられた事がある。つまり、限界まで到達すると、まるで筋肉が『超回復』するように、放出できる限界の魔力量も増える、といった具合に。


「何だ、ありゃあ……」


 今の今まで魔力の欠片も見せなかった俺に、何事かとリスクが怪訝な表情を浮かべた、瞬間だった。


 先程まで手錠に掛けられている振りをしていたフィーナが、その手錠を一瞬にして、リスク・シンバートンの両腕に掛け直す。魔力拘束付きの、強力な手錠だ。すぐに外す事は困難だろう。


 いつの間にスったのか、鍵まで手にしているようだった。俺の見ていない時間に行われた出来事だったのだろう。


 もう、攻城戦が終わるまで外れはしないだろう。


「はっ…………!?」


 フィーナは悪戯っぽく笑い、スカートをひらりとはためかせ、ベランダの端に寄った。


「次はもう少し、頭の良い状態でお会い出来る事を期待しておりますわ」


「ざけんなてめえっ……!? 騙しやがったな!?」


 攻城戦が終わるまで、ロゼッツェルを捕まえるまで、後、一分。




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