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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第六章 初心者と奇怪な道具屋と湖に浮かぶ砦
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H121 復活の呼び声

 ロイスとキュートがついに、最上階に居るリスク・シンバートンとフィーナの下の階まで辿り着いたようだった。待っていたのはリスクといつも共に歩いていた、あの弓士の男だった。


 どうしてフィーナの居る階の下まで上がって来たと分かったのかといえば、フィーナの視点の真下で、足音が聞こえてきたからだ。


 視点を、ロイスに。真正面に弓士の男を見て、静かに弓へと力を込める。……対弓士なんて、ロイスにとってはアーチャートーナメント以来ではないだろうか。自然と、緊張もするのだろう。


 だが、相手の弓士は少し険しい顔をして、額に汗をしていた。……何と言っても、キュートと二対一というのが良くない。


 万能型として動ける弓士は一見無敵の職業のように思えるが、覚えるスキルに範囲攻撃が殆ど無いという事が、最もネックになっている。人数が増えれば増える程、剣のように近接戦闘で薙ぎ倒したり、魔法使いのように範囲攻撃で吹き飛ばしたりといった、ダイナミックな攻撃を行う事ができない。


 リスクと共に居た仲間達の中で、最もリスクと親しげにしていたのが、武闘家、魔法使い、弓士の三人だった。だから、最後は必ずそれらと当たるのだろうと構えていたのだ。


 その為の、前衛・後衛二枚岩。武闘家と魔法使いの二人が、いつまでも突破できない架け橋の戦闘に参加する為、下へと降りていくのは知っていた。いや、下に行くのはその二人でしか有り得なかったのだ。


 何故なら、リスク・シンバートンに繋がる階段の前を護りながら、かつ広場を注視し、狙撃を仕掛けられるのは、前衛と後衛を両方同時にこなすことのできる弓士だけだったからだ。


「くっ……!! 狙ったようにここまで上がって来やがった……!!」


 悔しそうに、しかしロイスのものと比べれば、かなり大味で硬質的な弓を構える弓士の男。キュートはいつ飛び掛かろうかと、身体を動かしながら飛び跳ねていたが――……ロイスは、どことなく怒りに燃えているように感じられた。


 いや、怒っていたのだろう。全身の奇妙な強張りは、それを裏付けるものだった。


「通りの集団、随分と手緩い攻撃でしたね。……あの程度の体制しか組めなかったのですか?」


 小さな少年が怒りを見せている様は、きっと相当な迫力だったのだろう。ただ子供が怒っているだけならば話は別だが、ロイスは山のような冒険者の群れを架け橋で葬ってきた、先発開拓要員だったからだ。


 そして、今無傷でそこまで辿り着いているという事実も。


「なら、貴方が前に出るべきでしたね。……それとも、移動狙撃が出来ない無能な弓士の方でしたか」


 おお……!! ロイスが、あのロイスが、男を煽っている……!!


「てめえ……!! あまり俺達を舐めてると、痛い目見るぞ……!!」


「人数が少ないから弱いと思っているなら、貴方達の方こそ頭が悪い」


 両肩の先には、本体と同時攻撃をする二つのオプション。姿勢を低く屈め、キュートと突撃の準備を合わせるロイス。


 仲間を呼ばれないように、だろう。ロイスが視線を向けているのは、弓士の男だけではなかった。ちらちらと、奥にある階段にも意識を向けている。自身が今、登って来た階段のことも。


 リスクの手前まで、まだ護衛は居るだろうか。


「――――強いですよ、『うち』は」


 その言葉をきっかけに、キュートが飛び出した。反応して、咄嗟に弓を引き、放つ弓士の男。


 だが、それは幻影。……いつ、位置を移動させたのだろうか。飛び掛かった筈のキュートの姿はそこにはなく、矢はキュートの姿を貫通した。


 エト先生が、キュートに見せた幻影と同じだ。……まさか、この短期間でモノにしたというのか。


「一瞬でも見惚れたら捕まらないよ!! べーだ!!」


「なんっ……!! 何なんだ、コイツは……!!」


 どうやら、ロイス・キュートの方は問題無いらしい。俺は視点を切り替え、レオに向けた。


 冒険者の砦、正門前。ベティーナ・ササナの援護もあり、そこまで楽に辿り着いたレオとフルリュは、互いに頷き合って左右に分かれる。正面からはロイスとキュートが向かっている、そこは信頼するというわけだ。


 先程ロイスが辿り着いた時、既にリスクへと続く階段前には弓士の男しか居なかった。残りは順当に架け橋へ向かっているとして、正面入口から向かっている筈のロイスとキュートが、二人に出会わなかったのはどういう理由なのか。


 その答えは、すぐに分かった。だから、二人に指示を出しておいたのだ。


 レオが塔の左側に回ると、武闘家の男と鉢合わせた。筋骨隆々な武闘家の男はレオよりも太い二の腕で、鮮やかよりも豪腕な拳を連想させる。


 鉢合わせた事に、武闘家の男は多少驚いているようだった。しかし――――すぐに、その表情は冷静なそれに変わり、レオを睨み付けた。


「……どうやら、作戦は見透かされているようだな?」


 司令塔がリスクなら、相手の動きを予想することは難しい事ではない。今奴は、どうしても直線的に物事を考えるようになってしまっているのだから。


 ……リスクの使っている薬が本当に『スロウビースト』なのかどうかは分からないけれど、薬を使うという方法を取っていた事が、何よりも作戦の遂行を楽にしていたかもしれない。


 レオは舌なめずりをして、自慢の黒刀を愛おしそうに振るった。


「――さあ、どうかねえ。案外、行き当たりばったりに出会したのかもしれないぜ?」


 瞬間、レオの全身から焔のように真っ赤なオーラが立ち昇った。魔力だけではない。これは、レオ自身の体力を強化する<タフパワー>の能力に他ならない。


 相手の実力を分かっているのか、レオは最初からフルパワーで挑むようだ。武闘家の男もレオの実力を認めているようで、殺意を伴う視線をレオに向けていた。


「エトッピォウ・ショノリクスの弟子が一番手、レオ・ホーンドルフ。全力で来いよ、俺も全力で行く」


「……エトッピォウの、弟子、だと……!? あいつはもうとっくに、弟子なんざ持っていない筈じゃ……」


 対するフルリュは、右手に走る。二階の窓から飛び降りた魔法使いの女が、丁度立ち上がって埃を払っている所だった。


 フルリュは女の前まで来るや、二本の短剣を構え、戦闘態勢に入った。


「……何、あんた。訳の分からないカッコして……夜逃げ? ここには逃げられないわよ」


 間接的に、俺の心に傷が付いた。


「私のご主人様の格好です、滅多な事を言わないでください!! ……ここから先に行く前に、私が貴女を封じますっ!!」


 青い髪の釣り目の女は、フルリュの全身を舐めるように見詰めた。……そして、腕を組んで怪訝な表情を浮かべる。


 ……ご主人様って。誤解を招くような事を言うなよ。


「ふーん……戦うつもりなんだ?」


 既に<重複表現デプリケート・スタイル>の掛かっているフルリュに、半端な覚悟で挑まない方が良い。……あのスキルは見た目の派手さはないが、思ったよりも遥かに強いものだ。


 なら、一生懸命に戦おうとしているフルリュに分があるだろうか。




 ○




 俺はふう、と自分自身に視点を戻し、目頭を指で揉んだ。視点を移動するというのも攻城戦ならではのスキルだが、それなりに疲労を要するものだ。


 魔力を持たない人間というのもごく稀に居るので、真下の魔法陣に必要な魔力が全て備わっているというのは便利なものだったが。


 先程<ダイナマイトメテオ>が飛んで来てから、まだ俺に攻撃は飛んで来ていなかった。ベティーナとササナが、前線で戦士を止めてくれているお陰だ。


「あ、あの……。あっしは、どうしたら良いんでしょう」


 今回、俺はゴンに一切の指令を出さなかった。……この攻城戦は、一応名目上は俺達のギルドと『荒野の闇士』との一戦。『荒野の闇士』であるゴン・ドンジョは、本来なら向こう側のギルドリーダーであって然るべきなのだ。


 それなのに、俺側に付いているゴン。なんとなく、自身のギルドとは戦わせたくなかった。


「……見てろよ。『荒野の闇士』にお前が居るべきなのか、それとも居なくても良いのか。見極める為の、良いチャンスじゃないか」


 俺がそう言うと、ゴンは俯いた。


 本当は、ゴンにも役割はある。本当にゴンが俺の考える展開の通りに動くのか、はたまた予想外があるか……それは分からなかったが、その時の為にも、ゴンは今ここで戦ってはならないのだ。


「最上階廊下の、階段を上がって左から三番目の扉」


 俺は徐ろに、そう呟いた。ゴンは何の事かよく分からないようで、俺を疑問の眼差しで見詰めていた。


「最上階廊下の、階段を上がって左から三番目の扉。……覚えておいてくれ」


 勿論、俺も忘れないだろうが。一応、念の為に伝えておこうと思った。


 フィーナが手錠を外してから、リスクに近寄った時のことだ。未だ手錠が掛けられていると錯覚させるよう、フィーナは敢えて自分から手錠に掛けられた振りをして、リスクを誘い出した。


『リスクさん。……すいません、実は私、その……』


『ああ? 一体どうした』


『……お手洗いに』


 顔を赤らめてそう言うフィーナに、リスクはまんまと鼻の下を伸ばして、立ち上がった。……気付いていたかどうかは分からないが、フィーナもこの攻城戦において、名前が挙がっている。開始の時には並んでいなかったが、確かにフィーナも俺側のメンバーの一人として、攻城戦を始めているのだ。


 だから、フィーナの視界も聴覚も、全て俺は<モニタリング>することができた。


『ああ、分かった分かった。手が使えねえだろう。……へへ、手伝ってやるよ』


 これこそ、俺とフィーナが宿の部屋で打ち合わせをした、フィーナ潜入の仕掛けでもあった。


 部屋を出て、廊下に立つ。フィーナがじっくりと辺りの様子を観察している様子が、俺にも伝わる。そして、俺がフィーナの行動を<モニタリング>していることに、リスクは気付いていなかった――――勿論、リスクの背後に居る奴等なんて、知る由もないだろう。


『思い出し草』の使用が制限される空間、海の上に立てられ逃げ場が少なく、一度塔から出れば沢山の観客の目に留まってしまう状況。そう簡単に、逃げ出せる筈がない。


 ならば塔の中で隠れてやり過ごし、攻城戦が終わってから逃げる他ない。隠れる為には、フィーナが捕まった時に入れられる場所のような、一般の目から遠ざかる場所が有効だ。


 それは、例えば最上階。例えば、地下があるなら地下牢など。


 廊下をコツコツと音を立てて歩きながら、扉をひとつひとつ確認していくフィーナ。ふと、立ち止まる。


『どうした?』


 目の前には、下から上がって来るための階段があった。そこから数えて、三番目の右の扉――――即ち、階段を上がってから見える幾つもの扉のうち、左の手前から数えて三番目の左の扉。


 フィーナはその扉を見て、二回瞬きをした。


 聖職者は、とても魔力の流れに敏感だ。回復や付与のスキルを操る事を専門とするからだろうか。そこが扉に阻まれていても、位置が遠くても、聖職者ならある程度の魔力の流れを察知し、居場所を特定することができる。


 おそらく最上階に魔力反応があったのは、その扉だけだったのだろう。


『……すいません。部屋に忘れ物をしてしまって』


 しかし、攻城戦で使える、この『仲間と視点を切り替える』スキルは便利だな。誰か、アイテムか何かで日常的にも使えるようにしてくれないかな。


「……分かりやした、覚えておきます」


 ゴンがそう呟いた瞬間、俺は思わず笑みを浮かべてしまった。


 上空に現れた、奇怪な格好。杖を回転させ空を飛ぶ男が、左腕にチークを抱えて、ゆっくりと下降してきたのだ。


「おー待ーたーせーしーまーしーた――!!」


 間に合ったのか。


 タイミングとしては、最高だ。このまま、一気に突っ走る事ができる時間。あとコンマ何秒かでも遅かったら、事態は変わっていたかもしれないのだから。


 最上階下で戦う、ロイスとキュート。砦の左右で戦う、レオとフルリュ。どの戦いも、終盤に入っていた。


 誰かがやられれば、幹部が架け橋に来る事で戦力が逆転する。


「ガングさん!! 待ってたぜ、薬をくれ!!」


 片腕でチークの腰を掴み、荷物のようにして現れたガング。チークの両手には、フラスコに入った――――毒々しい、いつの間にか紫色へと変色した液体があった。


 …………あれから、何を混ぜたんだ? 確か、最後に見た時は青と緑の、マーブル状の液体だったような気が……する。


「いやー、大変でしたよ。とにかく、時間がありません。ちょっと失礼」


 そう言って、ガングは躊躇なく、俺に針を突き刺した。痛覚が遅れてくる程に素早いガングの動きは、一瞬で俺の血を抜き取っていた。


「ギャ――――――――!!」


 俺が叫んだのは、もうガングが針を抜いた後の事だった。叫ぶ俺を無視して、ガングは手にしていた試験官に俺の血を入れ、何かの粉を上からパラパラと振り掛けた。


 絶叫した後、それ程痛くないという事実に気付く。それでも息を荒げながらガングを見ると、抜き取った筈の俺の血は、海上を浮遊する海蛍のように淡い光を放っていた。


「……安心してください。まだ、間に合います。すぐにこれを飲んでください」


 渡されたフラスコに入った、紫色の液体。ぐつぐつと煮え滾っている。


 …………あとは、タイミングだけだ。


 俺は、慎重にそれぞれの視界へと意識を移した。



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