H120 関節の外し方、それから
しかし、敵陣の冒険者は数が多い。強者から弱者まで入り乱れているようだったが、軽く見積もっても五十名は架け橋に居るのではないかと思わせる。それでいて、後から次々に砦から架け橋へと、人が現れるのだ。
それをたった二人で押さえているからといって、安心はできない。本当に強い相手というのは、リスク・シンバートンと共に立っていた、武闘家・魔法使い・弓士の三人だろう。あれが砦の中に居るなら、ここで圧勝していたからといって、有利だとも言い切れない。
キュートは瞬く間に、架け橋の冒険者を半分程度まで海に突き落としていた。ロイスが砦へと辿り着くまでの道が開き、一気にロイスは架け橋を抜ける。
こちらの不利となっていた、互いのギルドリーダーの居場所。砦の中で隠れていられる防衛側に対して、攻撃側というのはギルドリーダーが露出しているだけ不利だ。どこから魔法使いの魔法、弓士の弓攻撃が飛んで来るか分からないのだから。
だが、それもこれで五分五分。互いの冒険者はもう少し進めば、ギルドリーダーまで手を伸ばす事が出来る状態になった。ロイスが砦の扉を開くと、中で待ち構えていた剣士の集団とロイスが鉢会う。
ロイスの視界に集中した。その数、九……十名だろうか。扉を開いたロイスは流れるように剣士の数を把握し、矢筒に手を伸ばした。
キュートは……最早速過ぎて、視界を<モニタリング>出来ても何の意味もない。瞬間的に現れたのは……既に、砦の中か? ロイスの姿が見える。鋭く眼光を光らせて、剣士が剣を振り被る前に、ロイスはその右手に矢を四本、掴んでいた。
すげえ。ロイスの攻撃は速い速いと思っていたが、こうしてキュートの視点で見るとその恐ろしさがよく分かる。『活火谷フレアバレー』で心の余裕を取り戻したロイスは、矢の選択、必要な本数すら一瞬で把握し、間違える事はなかった。
鉄の矢、鉄の矢、鉄の矢。中央に三人揃っている剣士は範囲攻撃。そう、選択したのだろう。
「<パラレルアクション>!!」
それだけで充分だと判断したのか、ロイスは攻撃のモーションに入った。魔法公式を暖めていたのだろう、無駄がなく素早い。
「<スマッシュ・アロー><スマッシュ・アロー><スマッシュ・アロー>」
素早く端から襲い掛かってきた、三人の剣士を吹き飛ばす。真正面から向かってくる剣士相手に、ロイスは不敵な笑みを浮かべた。
姿勢を低くして、屈む。ロイスの低い身長に、剣士達は攻撃目標が消えた事で、一瞬怯んだ。
その隙をロイスが逃す筈もない。放ったのは、回し蹴り。但し、下段攻撃だ。足下を掬われた剣士達は宙に浮き、目標のロイスを通り抜けて砦の外へと倒れ込む。
だが、その身体は地面に着地する事はなかった。
「<シャイニング・アロー>!!」
砦の中で姿勢を低く構え、撃ち上げるように放った<シャイニング・アロー>は、剣士達の背中にクリーンヒットした。とてつもない光量と威力を伴って、痛恨の一撃は砦から放たれた花火のように、ペンディアム・シティの上空に向かって飛んで行った。
「……すいません、ちょっとやり過ぎましたね」
そう言うロイスに反省の色はなく、穏やかに笑って舌を出していた。
「あたしも!! あたしもやる!!」
「大丈夫です、敵なんて山程居ますよ。……予定通り援護します、どんどん行きましょう」
「りょーかいだよっ!! ロリショタコンビ、いっきまーす!!」
自分でロリショタなどと言っているんじゃ、世話ねえなあ。
瞬間、俺のすぐ近くで爆風が起きた。キュートの視界に集中していた俺は瞬間的に視界を戻し、その状況を確認した。ササナの包囲網を抜けてきた<ダイナマイト・メテオ>が、直接俺に向かって降り注ぐ瞬間だった。
背筋が凍った。……人海戦術を取る事のできるギルドは、往々にして刺し違えてでもギルドリーダーを討つという作戦が取られる。何しろ、街を破壊した所で攻城戦から外れるのは、攻撃を放った人間だけなのだ。負ける訳ではないのだから、使われて当たり前。
俺の防衛は大丈夫だ。それは、予め考えていた――――
真っ直ぐに飛んで来た隕石は、しかし俺に当たる直前で真っ二つに割かれ、架け橋付近の海に向かって落下した。爆風で海水が真上に打ち上げられる。
分かっていても、心臓に悪い。
「おっと、あぶねえなあ!!」
……レオが、<ダイナマイトメテオ>を斬ったのか。上空から落下してくるレオは、しかし楽しそうだった。
「すまん、助かった。……しかし、ササナの包囲網を抜けて来たのか」
「ああ。何しろ、魔法を撃って来る奴の数が多い。ガードするのは良いが、自殺同然の攻撃を助けちまうってのもなんかな」
確かにそれはそうなんだが、こっちにも被害がある以上、どうしようもない。
ガングとの約束では、攻城戦が終わる前にはこちらに到着すると話していた。どうにか、間に合ってくれればいいが……
フルリュが目を開き、全身から緑色のオーラを立ち昇らせると、俺に笑みを浮かべた。どうやら、準備は完了したようだ。俺も頷いて、フルリュの腰を抱く。
「あの……、お手柔らかに……」
甘酸っぱい声色で、そう言われた。初恋の時のような甘い感覚が身体を駆け抜けたが、今は戦闘中だ。俺は苦笑して、フルリュに口付けた。
俺の身体から何か、得体の知れないものが吸い取られていくようだった。
「<パワーシェア・キッス>!!」
フルリュの奥の手と呼ばれたそれは、まだ俺が聞いたこともないスキルだった。直前まで内緒にされていたので、俺もそのスキルの実体は初めて目にする事になる――……フルリュは人型のままで、軽く飛び跳ねた。少し照れた笑みを浮かべて、俺と意識を合わせる。
俺の足下に置かれているリュックを、フルリュが背負った。事前にの打ち合わせで、レオと同じタイミングで最前線に立つ、と言っていたのだ。俺にはどうしてフルリュがそんな事を言い出したのか分からなかったが。
パワーシェアか。つまり、そういうことらしい。今はスキルが使えないが、俺がフルリュのスキルを使う事も可能になるのだろうか。
相変わらず変則的なその戦闘方法だ。フルリュの全身から魔力が放出され、両手であちこちに魔法陣を描きながら、フルリュは使用感を確認しているようだった。
「……ラッツ様は、このような……単純なスキルで戦っておられるのですね」
まあ、他に使えないだけなんだけどね。
「フルリュちゃん、俺達も行こう!! もう、身体がうずうずして来やがったぜ!!」
レオが業物の黒刀を腰から引き抜き、フルリュにそう言った。フルリュも頷いて、目を閉じる。すう、と息を吸い込むと、俺の中にもある魔法公式がフルリュに移動していく、不思議な感覚を覚えた。
この状態だと、俺は魔法を使えなくなる……のか? 俺の中から、放出もしていないのに魔力が失われていく。なんとも言えない感覚に、身を捩らせたくなる。
そうして、フルリュは双眼をしっかりと開いて、前方を見据えた。
「<限定表現>!!」
他者が俺の編み出した魔法を使っているのを見るのは、どうにも奇妙だ。フルリュの真下に魔法陣が現れ、大地の魔力が吸い上げられる。……吸い上げられているのは、フルリュの身体だ。媒介がフルリュだからなのか。
ということは、俺とフルリュの魔力は今、共有されていない。やっぱり、<マジックリンク・キッス>とは違うということだ。フルリュは顔を顰めて、その強大な大地の魔力の扱いに苦戦しているようだった。
「なっ……こんなものを、扱っていたんですか……!?」
確かに、俺もそれは慣れるのに相当の時間を要した。魔法を発動させることに成功したとして、扱い切る事はまた別のスキルだ。
フルリュは諦めたのか、<限定表現>を一度解除した。その上で――……それとは別のスキルを発動させる。
「<重複表現>!!」
今度はフルリュ自身の魔力を大幅に消費することで、スキルを発動させた。フルリュの全身を包み込み、渦を巻くような強大な魔力。フルリュはそれを、まるでピアノの鍵盤に指を這わせるように、的確な速度と力加減で扱っていく。
やはり、『魔族』か。自身が保有する魔力のコントロールにおいては、俺など足下にも及ばない。
『……良かったです。こっちは、どうにか扱えそうですね』
その声は、俺の頭の中に直接響いてきた。フルリュは信頼したような笑顔を俺に向け、リュックから二本の短剣を取り出すと、構える。
どういうことだ……? まるで、フルリュと意識を疎通しているような状態だ。俺の頭の中を見られているような……頭の中……?
そうか、これは俺の頭の中にある魔法公式を、フルリュにトレースしているようなイメージなんだ。発動母体もコントロールもフルリュの配下にあるけれど、フルリュは魔法の内容そのものを理解している訳ではないのか。
棚にある薬を手に取るように、フルリュはそれがどんな薬品なのかを理解しなくとも、自由に使用することができる。
或いは、人の体内に持っている、薬品庫の鍵を開けるための儀式のようなものだったのかもしれない。
「フルリュちゃん、そいつは……」
「……ふふ。今だけ私が、『ラッツ・リチャード』です」
その、魔族として生まれつき保有している、圧倒的な魔力量で。
「<ホワイトニング><ホワイトニング(+1)><キャットウォーク><キャットウォーク(+1)>」
俺が使った事のあるスキルを、フルリュは自身で選択して利用していく。その光景は美しく、ひとつの絵画を見ているような気分にさえなった。美しい金髪の少女は、流れるように短剣を構え、そして俺と同じ動きをトレースしていく。
この優雅さは、フルリュにしか無いものだろう。
「<マジックオーラ><マジックオーラ(+1)>」
そして、フルリュは既に、俺の<重複表現>では扱い切れない領域にまで手を出し初めた。
付与魔法、三つ目とは。
「行きましょう、レオさん。私達で、ギルドリーダーまでの道を開けます」
「お、おう……分かった。いっちょ、やってやるか!!」
そうして、フルリュとレオは走り出した。
ちょうど、今のフルリュとレオは同じ程度の速度なのだろうか。僅かに、フルリュの方が速いのか。それとも、フルリュがまだ本気を出していないのか。
だが、二人は風よりも速く、空のように自由だった。まるで大地に重力という足枷を嵌められていないかのように、架け橋の上で戦う人の間をすり抜けていく。
ただ、すり抜けていくだけではない。フルリュは短剣を、レオは黒刀を使い、通り過ぎる相手を戦闘不能にしていく。こんなもの、相手にもならないと言うかのように。
これで、架け橋の一番端――――王である俺を護る存在は、ゴンだけとなった。前方でベティーナとササナは相変わらずドンパチやっているが、人数が人数だからか、互いの戦況は拮抗しているように感じた。
あれだけの人数とベティーナ・ササナの二人で拮抗しているなら、充分過ぎる程の働きだ。
「ゴン、俺の事を頼む。……今から暫く、別の事に集中する」
俺がそう言うと、ゴンは慌てたような素振りを見せた。
「へ、へえ。それは構わねえですが……あっしだけっすよ? この状況で、何をするおつもりで?」
目を閉じ、視点を切り替える。暗闇の中、頭の中に浮かんできた光景に、意識を統一した。
ダークグレーの直方体で構成された、落ち着きのある空間。カーテンのなびいている部屋から、出て行こうとしている。視界は足下から上がり、木製の扉を見詰めていた。
カーテンの向こう側で椅子に座り、愉しそうな顔をして外を覗いている男、リスク・シンバートン。
俺は、笑みを浮かべた。
「……決まってんだろ。敵の位置を、炙り出す為だよ」
何か、戸惑っているような雰囲気も見る事ができた。木製の扉のそばで壁に背を付け、少し俯きがちになると、長い銀色のもみあげがはらりと視界に入って来る。
カチャリ、と音がした。リスク・シンバートンが、まだ窓の外に気を取られている事を確認して……
その拘束されていない右手が、視界に入って来る。
再び、その手は後ろに回った。
俺が幼い頃にフィーナと会っていた時の事を、俺は最近になってようやく思い出した。あの時は、クール・オウルに関する事しか把握することができなかったが――……しかし、フィーナと会っていた頃。
フィーナからは、魔法を色々と教えて貰った。当時の俺が扱い切る事など不可能かと思えるような、難しい魔法についても。
代わりに、俺が教えたのは。
壁登り、登山ロープの使い方、穴の掘り方、関節の外し方、それから――……
「リスクさん。……ちょっと、良いかしら?」
手錠の、抜け方だ。




