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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第六章 初心者と奇怪な道具屋と湖に浮かぶ砦
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H119 総力戦

 ペンディアム・シティ、『荒野の闇士』が管理する冒険者の砦前。俺達は二本ある架け橋のうち、片側に集まり、横一列に並んだ。


 腕を組んで、相手を待っていた。既にペンディアム・シティのメインストリートには沢山の人が集まり、無名の新米ギルド対『荒野の闇士』の戦いを一目見ようと、身を乗り出している。


 そもそも、無名のギルドが攻城戦を挑む事自体がかなり稀なことだ。興味が移るのは当然――――まして、相手は無属性ギルドの中でもかなりの大御所、『荒野の闇士』ときている。観客が集まるのも当然というものだ。


 俺のギルドメンバーは、それぞれ好調な様子だ。ウォーミングアップを済ませて、戦闘準備に入っている。


 ただ一人、鬱々としていたベティーナは、あの後に一応、話を聞いた。エト先生の修行だけでなく、俺に置いて行かれた事にも少しショックを受けていたらしい。


 今の自分では俺の護衛は出来ないと言われ、更に修行が進み、『パーティーで一番のお荷物』という烙印を押されたらしいのだ。エト先生も言う事がストレート過ぎるので、もう少し気を使って欲しい。


 ……まあ、ベティーナはやれる事がかなり限られていたのだから仕方がない。元々、大魔法を撃つだけの仕事だったのだ。それだけでも、火力を持っていない俺のギルドにとっては優秀な存在だったんだけどな。


 と、なくてはならない存在であることを説明したところ、少しだけベティーナは意識を回復させた。今回の作戦、最も先発で仕事をして貰うのはベティーナなのだ。修行如きでテンションが下がって貰っては困る。


「んじゃ、始めますか」


「あの、えっと、私、始まったら……」


 ギルドの砦から、沢山の冒険者が俺達の下に向かって歩いて来る。先頭に居るのは勿論、リスク・シンバートンだ。未だ、あいつがどのような武器を得意とするのか、それは分かっていないが――……


 独特な見た目をしている。長い茶髪は中央で分け、性格の悪そうな目つき。腰に剣を差している所を見ると、剣士のようだが――――どうにも、小さい。両手剣を構える剣士なら、もう少し剣のサイズは大きいはずだ。


 ということから、ただの剣士でないことが分かる。


 まあ、戦ってみなければ何も始まらない。


「おう。頼むぜ、ベティーナ」


 俺はそうベティーナに言って、リスクに向かって歩いて行った。


 勝てば伝説、負ければ笑い草。とはいえ、誰も俺達が勝つなんて思っていないだろう。


 リスクが俺の対面に立ち、不愉快な笑顔を浮かべながら、右手を前に出す。俺もリスクに合わせて、右手を差し出した。目を閉じてリスクの顔を視界から消すと、自然と心は落ち着いてくる。


「随分と、寂しいメンバーだな。せめて、攻城戦らしさは演出してくれよ」


 勝つ為の算段は――――付いている。


 目を開いた。


 互いの右手は交差し、巨大な攻城戦専用の魔法陣のトリガーとなる。




「<聖戦の誓い(オース)>!!」




 宣言と同時に、魔法陣が発動。仕込まれていた転移の魔法陣によって、互いのギルドリーダーは、それぞれの拠点に移動する。今この瞬間から攻城戦は開始され、ギルドメンバーは敵陣に攻撃する事が可能となった。


 俺の視界は暗転し、肉体は転移される。転移先は、魔法陣の一番端。ペンディアムの冒険者の砦から最も離れた、架け橋の反対側だ。


 リスクは当然、冒険者の砦の最上階。これから動く事はあるかもしれないが、今この瞬間はそこに転移される。


 遥か前方に、俺の仲間達がいる。しかし、俺の脳内には幾つもの視界が広がっていた。前方に仲間達が見える視界は、そのうちのひとつ。俺の、視界だ。


 俺にしても、攻城戦など初めてなので、どうにも慣れない。各ギルドリーダーは、まるで眼球を交換しているかのように、鮮明に各ギルドメンバーの視界を監視することができる。これは<モニタリング>というスキルで、攻城戦の間だけ使える特殊なものだ。


 リスクのように何十人、何百人もの人間を監視する事は勿論無理があるが、俺のギルドメンバー程度なら、全員同時に監視していても何ら不都合はない。


 開幕直後、ベティーナとササナを除いて全員後退させる。ベティーナの全身から桃色のオーラが溢れ、その圧倒的な魔力量に数名の戦士が怯み、立ち止まる。


 しかし、架け橋を埋め尽くす程の人数が俺達に襲い掛かってくる様は、圧巻の一言だった。ギルドメンバーが敗れれば、今の俺一人が相手に出来る冒険者など、一人も居ないかもしれない。


「ここから先は、通さないわよ…………!!」


 ベティーナがそう宣言し、足下に魔法陣を描いた。


「水帝の賢人の理に従い災いを有るものとせん聡明な双眸は高波賢明な意思は突風海底都市エルガンザルドの掟に従い汝らを解き放ち給え<タイダルウェイブ>!!」


 あまりにも速過ぎる詠唱に、魔法使いの攻撃に反撃しようと飛び込んだ冒険者は、慌てて立ち止まった。ベティーナの背後より現れた津波は、もう止まる事はない。


 普通と同じタイミングでは、飛び込めない。先発で攻撃をするに当たり、最も相応しい存在だと判断した。


 俺が知る限り、未だベティーナよりも速く大魔法を詠唱する人間というのを見た事がない程だ。当然、そのスピードは『荒野の闇士』にだって、通用する筈だ。


 エト先生はなんだかんだと言うかもしれないが、今や俺のパーティーにおいて、高速範囲攻撃の絶対的地位を握っているのがベティーナなのである。


 橋を破壊する事はできないから、<タイダルウェイブ>。これも、予め俺達が取り決めをしておいた魔法だ。ベティーナにはギルドの攻城戦において、魔法使いが気にしなければならないことを一通り教えてある。


 基本は<タイダルウェイブ>。<シャイニングハンマー>は、少し高めに。


 前衛のすぐ後ろで待機していた聖職者集団が、こぞって<サンクチュアリ>を唱える。流石、人海戦術も取れる大型ギルドはやれる事が多いな。顔はまだ見えないが、ギルドリーダーとしてリスク・シンバートンが出てきた以上、奴が全体の戦況を把握しているのだろう。


 今まさに俺の隣まで走って来ようとしているゴン・ドンジョは、既に『荒野の闇士』から追放されたも同然というわけだ。


「後衛ー!! 攻撃ー!!」


 前衛の剣士と武闘家、すぐ後ろで待機する聖職者。その更に後ろは、魔法使いと弓士の集団だ。ここまで把握して、初めてリスクが取っている行動が、ギルドの攻城戦において最もオーソドックスなパターンだということを把握する。


 確かに、人数の少ない俺のギルドに、ギルドメンバーを拡散させて配置する必要はない。この架け橋に集中させた方が、効率も戦力も良いだろう。


「<タイダルウェイブ>!!」


「<ライトニング・アロー>!!」


 魔法使い集団の津波攻撃と、弓士集団の雷の矢が、一斉にベティーナ目掛けて飛んで来る。思わず詠唱を止めそうになるベティーナだが、ここは耐えて貰いたい所だ。


 しかし、やはり<タイダルウェイブ>か。向こうもこのペンディアム・シティで攻城戦をするに当たり、橋の破壊は気を付けたい所なのだろう。破壊したギルドメンバーはすぐに退場だから、何らかの対策は講じなければならない。


 破壊が許されるのは、基本的に冒険者の砦だけ、だからな。


 津波にしたって、こんなにも大勢の連中で撃てばどうなるか分からないと思うが――――そこは海に浮かぶ街、ペンディアム・シティ製だ。強度は良いのかもしれないな。


 だったら、こっちも攻勢に出られるってことだ……!!


「ラッツさん!! 砦の中にも、それなりの人数が居るみたいです!!」


 人型に変身して降りてくるフルリュには、水色のローブを巻いてある。上空で飛んでいる時は空に隠れ、降りてくる時には既に人型になっているという戦略だ。一応辺りを見回したが、上空のフルリュに気付いた者は居ないようだった。


 俺が後続の弓士と魔法使いの数を把握する事が出来たのは、フルリュに上空から偵察して貰っていたからだ。フルリュを通して、俺にも視覚情報が伝わってくる。


「ナイスだフルリュ。ササナ、出番だぞ」


「分かってる…………。まかせて…………」


 ベティーナと対にして、王である俺までの架け橋を護る存在、ササナ。ササナには、ベティーナの護衛と架け橋の突破を防ぐ役割を任命した。妨害魔法と幻覚魔法に長けているササナには、通常の人間には出来ない動きをすることが可能だ。


 ササナはベティーナの前に出て、魔力を展開。人型でもどことなく人魚を思わせる魔法陣が、ササナの真下に現れる。それは水色に輝き、ササナ自身を淡く照らした。


 ターバンを巻いたササナは、宣言する。歌いながら組まれていく魔法陣がこれからどうなるのかなど、ササナを始めとするマーメイドのスキルを見た事がない者には理解しようもないだろう。


 見たことがあったとしても、この特殊なスキルに対処できる者が何人居るというのか。


「<シンクロ・ノイズ・ノイズ)>」


 両手を合わせ、世にも迷惑な騒音を口から発するササナ。ササナから発された音は地上に浮かぶ黒雲のように、ササナと敵陣の冒険者達を遮る。放たれた<タイダルウェイブ>と<ライトニング・アロー>の攻撃をまとめて逸らせる。


 やはり、ササナは範囲攻撃や多人数の戦い向きだ。ササナの能力を見た時から思っていたけれど、一人で多人数の攻撃をまとめて防御できる、しかも威力を無視できるというのは、他には無い長所だ。


 そして、それを攻撃にも転換させる。


「奥義……卓袱台返し……!!」


 ササナは自身の放った<シンクロ・ノイズ・ノイズ>を掴み、<タイダルウェイブ>と<ライトニング・アロー>を飲み込んだそれを、ぐるりと一周して跳ね返した。敵が強い攻撃を放ってくる程、強い攻撃を跳ね返す事が出来る。これが分かっていたから、ここにササナを配置したのだ。


「なっ……!! なんだこれは……!!」


「一度後退、防御しろ!! ギルドリーダーの命令だ!!」


 よしよし、出だしは順調だ。このまま攻勢に出させて貰おう。


「フルリュ、ちょっと見ていなかったんだけど、フィーナはやっぱりリスクのそばに居るのか?」


「はい。裏回って確認して来ましたが、砦の窓から小さな姿でしたが、確認する事が出来ました」


「他には?」


「居なかったと……思います」


 そうか。窓のある部屋で待機してくれていたら、楽だったんだけどな。


 ゴンが俺の隣でフルリュの報告を聞き、苦しそうな表情を浮かべた。


「元々、喧嘩を吹っ掛けるような男ではないんです。親父が死ぬタイミングと同時に、次第に荒っぽくなって……」


「分かってる。そうでなければ、『荒野の闇士』の二番手なんて張れねえだろ」


「……え?」


 まだ、ゴンにはリスクの件について話していなかった。ゴンには、唐突に性格が変わってしまったように見えたのだろうか。


「あいつは今、正常な状態じゃないんだ」


 そう話すが、ゴンはあまり理解していないようだった。……長い間一緒に居る相手だと、体格や性格の微細な変化に気付かない事が、往々にしてある。ゴンにしてみれば、親父が居なくなってから人が変わったと認識しているから、まさか薬を使っているとは思わなかったのかもしれない。


「だから、目を覚まさせるんだ」


 さて。ベティーナの攻撃で、相手が良い具合に怯んだ。通常とは違う戦いであることは、相手に驚きを与える。それこそ、この圧倒的人数差を覆すための突破口となり得る。


 混乱させるんだ。恰も、一人一人が何十人を相手にしても、戦えるのではないかと思わせるように。


「頃合いだ、突っ込めキュート!! ロイスは援護!! 道を開けさせろ!!」


 俺の指示を受けて、キュートが目を輝かせた。フルリュを抱き寄せ、砦突破のための鍵を発動させる。フルリュは目を閉じ、静かに魔法公式を唱え始めた。


 フルリュの言う、『奥の手』発動には、また時間が掛かるみたいだからな。


「いよっしゃー!! 待ってました!!」


 キュートが魔法陣を展開し、キュートの十八番、<キュートダンス>を使用。その速度を、瞬間的に向上させる。


 ロイスはキュートの速度には付いて来られない。だが、中・遠距離のどこへでも攻撃が出来るロイスは、キュートの援護をする役割としては完璧だ。ベティーナとササナの壁を飛び越えて走り始めるキュート、後からロイスがそれを追い掛けていく。


「キュートさん!! 僕の攻撃にうっかり当たらないようにしてくださいよ!!」


「今のあたしに当たる攻撃などないっ!! いえーい、お兄ちゃん見てるうー?」


 ロイスの忠告も聞かず、キュートは俺に投げキッスをして走って行った。


「ちくしょー、楽しそうにしやがって。俺もさっさと出たいぜ……」


 レオが二人の様子に苦笑して、架け橋の柵に腰掛けた。レオの出番は少し後。これから発動する『奥の手』とやらと、幹部を倒すために活躍して貰うつもりだ。


 後はガングが戻って来れば、チークも戦闘に参加することができる。まあ、チークは今回出番があまり無いかもしれないが……


「かっ飛べ野郎共ー!! ひゃくまんトンき――――っく!!」


 キュートの掛け声と共に、数十名の冒険者が爆風に当てられたかのように吹っ飛び、海へと落ちて行く。……あいつ一人でも勝ててしまうのではないかと思える程だが、キュートには穴が沢山あるからな。そこは、気を使ってやらなければならないだろう。


「フルリュ、どのくらいで魔法公式は完成する?」


「十五分……いえ、十分です。少しだけお待ちください」


 幾つもの複雑な公式が動いているのを、感じる。フルリュは今回の作戦において、なんと前衛をこなすと言ってきた。俺にも分からない、未だ見たことがないフルリュの『とっておき』。


 俺はリュックを架け橋の地面に降ろし、笑みを浮かべた。



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