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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第六章 初心者と奇怪な道具屋と湖に浮かぶ砦
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H118 強欲に乱暴に突っ走れ!

 無名の新米ギルドが『荒野の闇士』と攻城戦。その噂は、あっという間にペンディアム・シティ中に広まった。俺はすぐに隠れ家まで連絡を取り、仲間の到着を待っていた。


 フルリュに行って貰ったのだが、思い出し草を使って戻って来たフルリュは涙目で、俺に飛び付いた。……どうやら、エト先生に叱られたらしい。せめて、『魔孔』が戻ってから騒ぎを起こせ、と言われたようだった。


 そりゃ、俺だって万全の状態で戦は挑みたい。だけど、時間を掛けていたら『荒野の闇士』が死んだ時に、原因も煙に紛れてしまう。


 今頃、奴等はフィーナをどうしているだろうか。手錠をはめられたままでは、ろくに身動きを取ることも出来ないだろう。


 宿の前でレオの一行を待ちながら、俺は腕を組んで苛々していた。


 さっさと、攻城戦を始めてしまいたい。待っている時間が勿体無い。


「…………ラッツさん、どうしたんですか?」


 ロイスが少し遠慮気味に、俺に問い掛けた。


 フィーナの作戦は悪くない……だが、敢えて捕まったと分かっていたとしても、気になるものは気になる。


「どうしたもこうしたもあるか。……こうしているうちにも、フィーナがどんな目に遭っているのか分からねえんだぞ。今すぐ殴り込みに行きたい所を待つ事程、鬱陶しい事はないぜ」


 キュートが不機嫌な顔をしていた。


「……お兄ちゃんが暗黒聖職者に手篭めにされた」


「されてねえよ」


 フルリュが、頼りない表情で俺の手を握り締めた。


「あの……たまには、私の事も思い出してください」


「忘れてないから大丈夫だよ!!」


 そして、俺は『魔孔』が治るまで、前線に出ることは許されない。外はお祭り状態で、攻城戦をひと目見ようと、通りには人が密集している。そこかしこに、出店も立ち並んでいた。


 紛れもなく、俺が起こした祭だ。ベランダから海を見ながら、俺は騒ぎの声を聴いていた。


 これだけの人数が集まれば、おいそれと脱走する訳にもいくまい。既に攻城戦の魔法陣は張られている。思い出し草は使用不能だ。


 まだ、俺が反撃しているなどと知る由も無いだろう。


 天気が良いからか、ガングは四人部屋まで出て、ベランダで作業をしていた。あちこちに見た事も無いような道具が並び、ガングは何やら試験官を熱している。青と緑のマーブル状になった液体が、試験管の中で渦巻いていた。


 …………あれ、飲むんじゃないよな。まさかな。


「ガングさん、状況は?」


 試験官の中に入っていた液体を、今度はフラスコに移動。予め入っていたゲル状の何かと融合させる。巨大な体躯に似合わぬ、器用な動きだ。中の液体が溢れる様子もない。


 ベランダのパネルの上で屈み、膝を折り曲げたままで、ガングは器用にも空にフラスコを翳した。


「うーん、そろそろ攻城戦ですよね。それには、間に合いそうもありません」


 覚悟はしていたが、あの場で攻城戦を切り出した事によって、ペンディアム・シティは相当な騒ぎになってしまっている。


 当分、俺はサポートに回るとして。問題は、ガングの薬がいつごろ完成するかだ。


「念の為言っておきますけど、百パーセントではありません。そこだけ、ご注意くださいね」


「ああ。もう、その時はその時だ。覚悟はしてる」


 スキルが使えなくたって、戦う方法はいくらでもある。俺はベランダの柵に腰掛け、空を見上げた。


 ベランダには、俺とガングの二人きり。ベランダから先は海になっていて、俺達の様子を覗いている人間はいない。仲間が到着次第、俺達は外に出て、冒険者バンクに『荒野の闇士』との攻城戦を申し出に向かう。


 気持ちは流行る一方だと言うのに、海は驚くほど静かだ。嵐の前の静けさ、と言うべきか。再び現れてから、機械のようにアイテム制作に挑むガングに、俺は顔を見ずに言った。




「――――あんたは、治らなかったんだろ。だったら、そんなもんさ」




 ふと、ガングの手が止まった。


 エト先生が、ガング・ラフィストという人物を紹介した理由。元には戻らない筈の状態をなんとか出来ると言うなら、それは本人が嘗て存在しなかった病気の治療法を、ひたすら研究してきた事を意味していた。


 奇人のような見た目も……まあ実際に奇人だが、顔を見せない理由も。考えれば、俺の中でそれは一つの結論を出していた。


 右腕、杖。魔力反応の感じられる瞬間は幾度と無くあったが、そのいずれも、ガング自身が魔力を放出している現象とは、どこか違ったようにも思えていた。


 だから。


「……いやー、しかし、『魔孔』が閉じるまで無茶をやらかすなど、随分と思い切った決断に出ましたよね。それで生きて帰って来ているのだから、大したものです……そう、あることではありませんよ」


 何事も無かったかのように、作業に戻るガング。しかし、ただ聞いただけでは分からない程僅かな違いではあったが、その声色は優しいものになっていた。


 包帯もレンズも、決して趣味ではない。何か、そういう事情があったのだろう。


「先に、向かっていてください。いやー、後から追い掛けますとも。何しろ完成したら、飲むだけですから」


 あ、やっぱり飲むんだ……


「ラッツ!!」


 怒号がして、勢い良く扉が開いた。部屋に入ってきたのはレオだ。ベランダに居た俺にはそこまで音が聞こえてくる事は無かったが、フルリュとロイスの驚きようからすると、それは大きな声だったのだろう。


 真っ直ぐに、ベランダの扉を開いた。心なしか、レオの真っ赤な短髪が、いつもよりも逆立っているように見えた。


「聞いたぞ!! 『荒野の闇士』と攻城戦やるんだって!?」


「おう。そのつもりだ」


 レオは俺の胸倉を掴まんばかりの勢いで、俺の前に立ち。握り拳を、胸の前に出した。


「幾ら何でも、あんな有名どころとやらなくてもいいだろ!! 俺達はまだ、何の名前も無いんだぜ!!」


 握られた拳は俺に向かうかと思いきや、真っ直ぐに空を目指し。


「燃えてきたァ――――――――!!」


 ……どうやら怒っていた訳ではなく、燃えていたらしい。


 こいつもスイッチが入ると、もうどうにもならないからな。これは、祭が終わるまでこのままなんだろう。


 既にレオは黒ベースの戦闘服を着込んで……よく見ると、ギルド・ソードマスターの頃とは変わっている。鎧が黒いのは元からだが、肩当てと籠手はプラチナ製の強度があって軽いものだし、靴もいつの間にか、濃茶のペコスブーツになっているし……


 そもそも、攻城戦はこれからだって。ここに来てから着替えれば良かっただろ。


「ふおお――――!! なんだこれ!! なんだこれ!! 未知との遭遇にあたしのハートがミラクルクッキングだよ!!」


 ベランダのそこら中に転がっているガングの私物に、チークが感嘆の声を漏らした。……目が輝いている。こいつは鍛冶屋だが、何かを作る職業という意味で、ガングとは気が合うかもしれないな。


 ガングの見た目にも全く動じず、チークはガングの隣に寄った。……ベランダに人が増えてきたな。部屋に戻るか。


「……手伝います? やる事は沢山あるのですけどね」


「マジで!? いいの!? あたし珍獣の中でも最大級レベルにうるさいけどそれでもいい!?」


 珍獣って……


「いやー、ちょうど助手が欲しかったんですよね」


 会話になっているのか、なっていないのか。……とにかく、何だか相性は良さそうだ。チークとガングの様子に苦笑して、俺は部屋の中に入った。


 瞬間、腕を引かれた。視界が反転し、俺は足をもつれさせて、腕を引く何者かの胸に誘われた。


 輝く青い髪に、それとなく香ってくる潮の匂いは。


「おお……ラッツよ……居なくなってしまうとは……なさけない……」


 何言ってんだ、おまえ。


 ササナは俺の顔を胸に抱いて、ふらふらと左右に揺れていた。……尻を突き出した格好のまま、俺の尻が左右に合わせて揺れる。


「おい、おおい!! ササナ!! 体勢的にちょっとつらいから離せ!!」


「もっと……いやらしい体勢が……好み……?」


「言語で会話をしろ!!」


 メンバーが集まった途端、これだ。本当に騒がしいと言うのか、なんと言うのか……。癖がありすぎて、俺でもたまにどうして良いのか分からなくなる。


 ササナの腕を離し、少しだけ不機嫌そうなササナの頭を撫でてやる。レオがベランダから室内に入って来た。俺とササナの様子を見ると、目を丸くした。


「そういえば、魔族組はどうするんだ? 攻城戦なんかできないだろ」


 レオが問い掛けると、ササナはどこからか眼鏡を取り出した。黒縁の眼鏡をキラリと光らせると、ササナはどこからか名刺を……って、本当にどこから出しているんだ。


「大丈夫……。人型のままで……たたかう……」


 ササナはそれが出来るかもしれないが、フルリュとキュートはどうだろうか。そう思い、ベッドに座っている二人を見やる――……いつから遊んでいたのか、フルリュがキュートのツインテールをツーサイドアップにして遊んでいた。


 俺と目が合うと、キュートは不意に、得意気な顔になった。


「あたしはこれを被るから大丈夫だよ!」


 キュートはベレー帽を取り出し、装着した。頭と尻尾さえ隠してしまえば、キュートだけは人間と然程変わらない、ということか。……でも帽子が取れたら危険だしなあ。


「……取れたらやばいだろ、それ」


「じゃあ、開き直ってコスプレってことにする」


 それでいいのか。……まあ、ギルド所属という事なら、確かに誰も気にはしないだろうが。


「まあキュートはともかく、問題はフルリュだよな」


 人型に変身するのもまだ慣れていないだろうし、戦闘時はハーピィ姿で、というのは今までのお決まりだった。そう思ったが、フルリュは苦笑して、首を振った。


「今回は、ちょっと奥の手を用意してあるんです」


「……奥の手?」


 知らない間に、いつからそんなものを。フルリュは口元に人差し指を当てて、少し照れたような顔で、俺にウィンクした。


「ラッツさんが動けない時だけ、使える奥の手です」


 どういう、ことだ……? その奥の手とやらは、人型でも使えるということなのだろうか。……おそらく、そうなのだろう。


 ……まあフルリュがそう言うなら、俺はフルリュを信用するしかない。


 何にしても、全員揃ったな。俺は部屋の中心まで歩き、誰の目にも留まる位置に立った。ガングとチークには頑張って貰うとして、今はこのチームを引き連れて、戦いに行かなければならない。


 王は無力。事実上、俺は途中まで司令塔だ。……なら、やれるだけのことをやろう。


『荒野の闇士』を無力化出来なければ、その先にも届かない。


「皆、よく聞いてくれ。攻城戦が初めての奴も、多いと思う。俺から、簡単にルールを説明したい」


 皆、食い入るように俺の話を聞いていた。


「今回の攻城戦は、敵陣であるペンディアム・シティの砦から、半径二百メートル以内の場所で行われる。この領域には、互いのギルドリーダーが承認した空間魔法を使用し、戦闘不能になったら領域の外へ飛ばされ、死亡事故を防ぐ結界を組む、って仕組みになってる。領域の外に出たら、そのギルドメンバーは行動不能って訳だ。故に、思い出し草などの転移スキルは一切使えない」


 ロイスが頷いた。他のメンバーは、攻城戦初心者か。……状況は、圧倒的に不利だな。


「禁止事項として、領域の外に居る人間を攻撃した者は、即退場。まあこれは退場以前に捕まるとして、建物を破壊する行為もアウトだ。これは故意にでなくても退場になるので、注意して欲しい」


 チークのように、一撃の火力に頼ったスキルを使用することは、それ相応のリスクを伴うということだ。同時に、このルールはベティーナのような、魔法使いの戦力激減を示している。


 だが、ベティーナは微動だにせず……あれ? どうも姿が見えないと思ったら、部屋の隅で両足を抱えて座っていた。


 何やら、ベティーナの周囲だけ光が当たっていない。


「……どうしたお前、焦げたパンみたいな顔して」


「気にしないで。続けて」


 何があったんだろう。もしかしたら、エト先生に余程やられたのかもしれない。


「……えっと、勝利条件としては、互いのギルドリーダーどちらかが領域外に飛ばされるか、ギルドリーダー以外の全員が領域外に飛ばされるか。またはギルドリーダーによる降参。この三つで攻城戦は終了になる」


 単純なルールだ。特に質問もないようで、俺の言葉を持って場は静まり返った。各々、自分がどのようなポジションに立つべきかを考えているようで、既に頭の中は攻城戦の攻略に移っていた。


 良い傾向だ。寧ろ、何をするべきかと問い掛けて来る方が指示する側としては困るもの。自分で考えて動く人間を、的確な路線へと導いていく事が出来るのはベストだ。


「私は、何をすればいいかなあ……」


 …………一人、ベティーナという例外はいたが。


「ひとまず、作戦を説明する。向こうとこっちじゃ、人数に圧倒的な差がある。この差を埋めるためには、それぞれがチームワークを意識して、それぞれのポジションでしっかりと役割をこなす必要がある。問題ないな?」


 それぞれ、頷いた。何故か焦げたパン状態になっているベティーナだけは、鬱々としてその場に座り込んでいたが。……これは、後でちゃんとフォローしてやろう。


 俺はぐるりと一同を見回し、宣言した。




「――――行くぞ。総力戦だ」



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