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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第六章 初心者と奇怪な道具屋と湖に浮かぶ砦
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H115 静かな疑問と想像世界の証人

 水上都市ペンディアム・シティには、有名な無属性ギルド『荒野の闇士』の拠点がある。


 それはタウンマップにも書いてあった事だし、見ずとも知っていたが、これは。


 ペンディアム・シティの外れも外れだ。セントラル大陸からユニバース大陸までを結ぶ、巨大な橋の上には無かった。そこから大人が両手を広げて二十人程並べるかといった幅の橋が伸び、小さな島へと続いていたのだ。


 いや、島と言うのが正確なのか。ペンディアムの巨大な橋から二本の架け橋が伸び、三角形を結ぶように設置された橋の先には、湖から城壁が伸びていた。城壁の上に見える砦は見るからに広く、流れ星と夜の塔で見た、コフール一族の屋敷と同じ程ではないかと想像させた。


 中に席が敷き詰められているとしたら、二百人は楽に入るのではないかと思える大きさだ。


「……これ、ですか」


『荒野の闇士』拠点前には、沢山の人集りが出来ていた。新聞を作るつもりなのか、拡声魔法を掛けてインタビューをしている者。インタビューをされているのは、『荒野の闇士』の人間達だ。


 予想通り、冒険者バンクのスタッフも駆り出されている。その状況を見て、すぐに俺はピンときた。


 インタビューを受けて偉そうに喋っているのは、俺が初めてガングに出会った手前、ゴンをどついていた剣士の男だったからだ。


 茶髪を伸ばして、中央で分けている青年だった。誠実そうに振舞っているが、どことなく軽い印象が滲み出ている。


「リスクさん、解散のきっかけになったのは何ですか?」


 予感は的中したと言うべきなのか、どうやら連中は『ギルド・荒野の闇士』の解散についてインタビューをしているらしい。冒険者バンクの前で言い争っていたのは、よく知っているが――……しかし、解散までこうも早く事が進むなんて。


 仮にも、百では収まらない程の人数を抱えている大型ギルドだ。解散となれば、こうして一大事として取り上げられるし、冒険者バンクにもそれなりの影響を及ぼす筈だ。


 手前から事が運んでいたのか、どうなのか……。


「やはり、ギルドリーダーへの不信感ですね。勝手な選択も多く、ギルドメンバーからの不満が多かった。……それでも、新ギルドリーダーのゴン・ドンジョさんには、私も期待をしていたんです」


 ……ん?


 ゴンと真っ向から言い争っていたのは、この男だった。それは、顔を覚えているのだから間違いない。少なくともこいつは、ゴンに期待をしていなかった。それは明らかだ。


「ついこの間も、勝手に一人で行動して、誰にも連絡せずにこの砦を空けてしまったのです。いい加減、ギルドメンバーの怒りを抑える事が出来ず……。とはいえ、ギルドリーダーを降格させる事は難しい。一度、『荒野の闇士』が築いて来たものを、白紙に戻す必要があると考えました」


 俺は眉根を寄せて、インタビュアーに囲まれて楽しそうに喋る、リスクという男に近付いて行った。


 まるで、『自分はゴンとの事について、何の関係もなかった』と公言しているかのようだ。……しかし、この場でそれを訂正する者はいない。人が多いので隠れているのかもしれないが、その場にゴンの姿は見えない――――おそらく、隠れているという事は無いのだろう。


 もう、ここからは追い出されてしまったのか。今も当てもなく、ペンディアム・シティのどこかを徘徊している可能性だってある。


 それにしても、このリスクという男から発されている魔力は、一体どういう理由なんだ。元々、こういう体質なのか……?


「ちょっと待てよ。ゴン・ドンジョは怪しい場所に行っていた訳じゃない。俺と一緒に、『活火谷フレアバレー』に行ってたんだ」


 黙っている事でもないと思ったので、素直に話す事にした。リスクへと向いていたインタビュアーの視線が、一斉に俺の方を向く。リスクは俺の割り込みに少し驚いて、直後に怪訝な表情を浮かべた。


「……なんだ? お前は」


「『活火谷フレアバレー』に『ハバネロフラワー』を取りに行くのを、手伝ってくれてたんだよ。それは別に、悪いことじゃないだろ?」


 言外に、リスクへと疑惑の視線を向けた。そもそも、ゴンをギルドに帰り難くさせたのは、リスクを始めとする『荒野の闇士』の奴等が、ゴンに強く当たったからだ。戻って来ないのも自然なことで、何もギルドを解散させるような事とは結び付かないはずだ。


 と思ったが、リスクは軽く咳払いをして、笑顔を戻した。


「……ま、まあ、それは分かった。その件については撤回しよう。突然の失踪はともかくとして――……」


 こいつは、冒険者バンクの前でゴンと揉めていた時に、近くに俺が居たことに気付いただろうか。それは分からなかったが、それきりリスクは俺の方を向く事はなかった。




 ○




 真夜中の出来事だった。


 徹夜で作業を続けると言ったガングのために、新たに俺達は、もう一つの部屋を借りる事にした。俺達だけで三部屋借りるというのは少し申し訳なく思えるが、人数も多いので勘弁して貰いたい。


 ガングが別の部屋に移るなら、もう一部屋借りる必要はないのでは……と少し思ったが、フィーナが参加してきた事で、俺達は都合五人になってしまった。四部屋では足りないと言うのだ。


 というわけで、ロイス、フルリュ、キュートを元の四人部屋に押し込み、何故か俺はフィーナと二人部屋で寝ていた。フィーナがどうしてもと言うので、そうなったのだ。


 ふと、目が覚めてしまった。俺は天井を見詰め、奇妙にも自分の身体が重い事に気が付いた。


「んー……」


 小さく唸りながら、寝返りを試みる。……何かが、隣にいた。俺は仕方なく目を開いて、隣のベッドを確認した。


 フィーナがいない。


 やはりか……


 俺は身を捩らせ、隣で寝息を立てるフィーナを一瞥し、ベッドを立った。フィーナがこっちで寝るなら、俺は反対側のベッドで寝るしかない。


 どうしても二人で寝たいんだったら、ダブルの部屋にすれば良かったじゃないか。ラインナップに無かったのかもしれないけどさ。


 カツン。


 おかしな音がしたのは、少し不機嫌になりながら、フィーナのベッドを目指した瞬間だった。部屋の中には月明かりが僅かに漏れるだけで、特別変な事は起きていない。


 カツン。


 不規則な間隔を置いて、再び音は聞こえた。ベランダの方か……? でもベランダ側は海になっているから、何か異変が起こる事は無いはずだ。


 俺は僅かにカーテンを開いて、外の様子を見た。


「なんだ……?」


 ベランダに、小石のようなものがいくつか乗っている。窓が割れるようなサイズではないが――……小石? 俺は寝惚け眼を擦り、海の方を睨んだ。


 誰かが、船に乗っている……?


 その姿を発見した時、俺はすぐにカーテンを閉めた。気付かれただろうか。カーテンが一瞬でも僅かに揺れた事を、悟られなければいいが。


 瞬間的に、目が覚めた。窓際の壁に背を向け、肩で息をする――……船に乗っているのは、茶髪の長い髪を中央で分け、剣を下げた男。リスクと呼ばれた、『荒野の闇士』所属の男だ。


 船の上に、男は一人。特に、仲間が居る様子もない。……いや、もしかしたら表に居るのかもしれない。


 どうして、こんな時間に?


 時計を確認した。午前四時前……まだ、太陽も昇らない時間だ。俺を呼んでいる……?


 ゴン・ドンジョとは、『活火谷フレアバレー』を出てから会っていない。あの男がこんな時間に、俺と接触する必要は無い筈だ。……いや、逆か? ゴンが、俺の宿の位置を教えた?


 ……或いは誰か、俺の宿の場所を知り得る何者かが、あの男に宿の位置を教えたのか。


 ――――カツン。


 音が、少しずつ近付いて来る。不気味に、そして鮮明な音だった。やっぱり間違いなく、あのリスクと呼ばれた男は俺を呼んでいる。……奇妙にも、戦闘時程に魔力を剥き出しに放出して。


 何をしに来たんだ? ……朝方、おそらく通りには人も居ない時間帯だろう。俺はカーテンに触れないよう注意しながら、窓とカーテンの隙間から、再びリスクの顔を見た。


 ピンホール状態になって僅かに輪郭をはっきりとさせたリスクは、笑みを浮かべている――……


 ぞっとするような、冷たい笑みだった。


「……現れましたね」


 ふと、すぐそばで声がした。視線を戻すと、先程まで寝ていた筈のフィーナが、俺に寄り添うようにして摺り足で近付いて来た。人差し指を口元に立てて、俺に合図をする。


 壁に手をついて、フィーナは俺に寄り掛かって来た。甘ったるいような匂いが鼻をつき、先程までとは違う意味で心臓の鼓動が跳ね上がる。


 ……何も、こんなに近付かなくても。そう思ったが、その理由はすぐに分かった。フィーナは極力、外に俺達の動きを悟られまいとしているのだ。


「昼間から、何か様子がおかしいとは思っていたんです。……あの、魔力のこと」


 囁くように、フィーナは言った。……やっぱり、そうなのか。常時立っているだけで、あの魔力の放出具合はやっぱりおかしい。


 薄気味悪い笑みを浮かべているのも、どこか思考停止したような、感情を伴わないような雰囲気を醸し出している。


「おそらく、目を付けられましたね」


 フィーナの言葉に、俺は目を丸くした。


「……どうしてだ? 理由がない」


 俺が問い掛けると、フィーナは頷いて、俺の耳元に口を近付ける。


「『スロウビースト』という薬があります。裏ルートで流通しているもので、入手することはとても困難だと言われていますが……まるで酔っ払ったように、人の理性的な部分のみを停止させ、神経に快楽を得る、というものです」


 理性的な部分のみを、停止。


「いや、待てよ。……ってことは、わざと自分でその薬を飲んで、壁を壊す事も可能、ってことか」


「どちらかと言うと、その時に見える幻覚や幻聴に快楽を感じ、使う事が多いようですが……一度だけ、見たことがあります。半催眠状態に陥った人のように、初めはあまり常人と差はなく、やがて奇言を吐くようになると」


 半催眠状態、か。確かに、そうと言われれば、あの奇妙な笑みにも納得がいく。


 なら、リスクが俺という存在を知ったことで、純粋に怒りを感じて、奇襲を掛けに来たということも……有り得るか? リスクがもし本当に『スロウビースト』を飲んだ事で、人には分からない程度に理性を失わせているとすれば。


 なら、インタビューを受けていた夕刻の時点では、既に『スロウビースト』か、何か類似するような薬品を使っていたのか。


 ……いや、待て。そもそも、ゴンが『ギルド・荒野の闇士』のギルドリーダーだと分かった時点で、何かが変じゃないか……?


 はっきりとは言えないが、そう。何か、違和感のようなものが……


「昼間からドラッグなんて、おかしな人ですわ……」


 ――それだ。


 初めてゴンを発見した時から、既に変なんだ。


 ギルドリーダーであるゴンをどつく事が出来る程度には、立場が上であると思われるリスク。そいつが、公然とゴンに向かって「くそデブ」なんて口にするだろうか?


 ならば、奴が『スロウビースト』漬けになったのは、たった今の話ではないのだ。


 ガン!


 という強い音と共に、飛んで来たのは少し大きめの石。窓枠に当たり、壁に背を付けていた俺にぴしゃりとした衝撃が走る。


 船の音は既に、すぐそこまで近付いて来ていた。……まさか、ベランダから屋内に侵入してくるなんてことは……いや、そんな事をすれば周りが黙っていない。夕刻には、まだインタビューを受ける事が出来る程度には平常心を保っていたリスク。その程度のことは、把握しているだろう。


 でも、もし本当に襲って来たら――――――――


 フィーナを抱き締めたまま、俺は固まっていた。今、この状態で、暴走気味の男に抗う力はない。相手も戦闘のプロフェッショナルだ。人を呼ぶ時間もなく、そのままやられるということも――……


 ……思考を休めるな。この出来事の裏には、何か大きな事件が控えているのかもしれない。


 ふと、俺を抱き締める力が強くなった。


「ラッツさん、大丈夫です。私が付いています」


 震えに気付いたのか、フィーナが穏やかに笑って俺を見た。――それを見ることで、少しだけ俺の頭に冷静さが帰って来る。


「……フィーナ、聞いてくれ。……頭の中を、整理したい」


「はい」


 俺は徐ろに、一つ一つの事柄を確認していった。


「フィーナが来る前、『荒野の闇士』のギルドリーダーであるゴン・ドンジョと、あのリスクという男が喧嘩をしていたんだ。内容はゴンに対する不信と怒りを全身に表すような感じで、リスク以外の奴等もリスクに同調していた」


「……ああ、あの、小太りの……複数ということ、ですか?」


「かもしれない。若しくは、ゴンを除く上層部連中の一団なのか……そんな人数で、薬なんかやると思うか? ……例外はあるかもしれない。でも、ギルドの幹部全員では、そんな事はしないだろ。まして、無属性ギルドなら尚更」


 フィーナがはっとしたような顔で、俺と目を合わせた。


 インタビューも受けていた位だから、きっとリスクは『荒野の闇士』でも重要なポジションのはずだ。


 無属性ギルドで有名ってのは、属性ギルドとは訳が違う。言わばスターのような集団で、地位が高くなればなるほど、冒険者に興味を抱いているミーハーな連中が目を光らせる。


 かのシルバード・ラルフレッドでさえ、俺に正面から突っ掛かってきたのは『ギルド・ソードマスター』を辞めてから、暫くしての事だった。


 こういう事を起こすなら、誰か別の下っ端を使うべきだ。


 そうだ。


 ――――そうでないなら、『あのリスクという男が、下っ端』ってことだ。


「親玉がいる。あいつを動かして、『荒野の闇士』に何かをさせようとしている連中が、誰か」


 ……圏内は、既にペンディアム・シティの敷地内全てか。『荒野の闇士』が暴れれば、街一つ無くなったっておかしくはない。


 なんとか、しないと。




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