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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第六章 初心者と奇怪な道具屋と湖に浮かぶ砦
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H114 絶対に嫌ですっ!

 ガングと再び出会ったのは、初めてガングと出会ってからきっちり一週間後だった。まるで最初から俺の取っている宿の位置が分かっていたかのように、穏やかな晴天の空より現れ、例の奇妙な飛び方で降りて来たのだった。


 天気は快晴、びっくりするほど良い天気だ。少し暑いくらいだが、海風が程良く身体を撫でて、体温を下げてくれる。俺は初日から同じ宿に泊まり、冒険者バンクからギルドの設立申込書に悪戦苦闘している所だった。


 何しろ、登録メンバー全ての名前を書かなければならないのだ。俺、レオ、フィーナ、チーク、ロイス、ベティーナは良いとして、魔族の三人はどう経歴を書いたらいいのかさっぱり分からない。


 いや、そもそもギルドの設立申込書に、魔族の名前なんか要らないのかもしれないけれど……


 ……まあギルドリーダーはともかく、ギルドメンバーが必ずしも冒険者である必要はないからな。ギルドを運営する立場なら、職業は問われない。


 詳細を疑われないよう、使用人とでも書いておこう。使用人ってスラム街出身で身分証明書がなかったりするので、最も裏を取られない、安全な方法なのだ。


「はいラッツさん、コーヒーですわ」


「ああ、ありがとう」


 ベランダの明るい場所を選んで、紙にペンを走らせる俺。フィーナがその様子を見守りながら、自分のコーヒーをテーブルに置いた時だった。


「おや、ギルド設立ですか。いやー、若い者は良いですねえ」


 顔を上げると、ちょうど手にしていた杖をどこかに消した、ガングの姿が見えた。


 最初だけが例外だった訳ではなく、どうやら常にこの格好のようだ。左右が尖った奇妙な形の帽子を、軽く持ち上げて挨拶をするガング。レンズと包帯に包まれた顔は口しか見えないため、その表情を読み取る事は難しかったが。どことなく、ガングは嬉しそうに見えた。


 相変わらず、背が高い。ベランダから部屋の中に入ろうと思ったら、姿勢を屈めないと扉が潜れない程だった。


「……ガングさん、例のアイテム、作っておいたけど」


「いやー、『さん』付けとは、一体どういう心境の変化ですか?」


 初めて会った時はその奇妙さに驚いてしまったが、一応エト先生と同期の人間だからな……。なんとなく、その見た目から敬語は使う気になれなかったが。


 ロイスに依頼して、活火谷フレアバレーから取ってきた『ハバネロフラワー』から、『ハバネロスナック』を作ってもらった。一度揚げると形の変わる奇妙なアイテムで、今は花ではなく、スティックのような形をしている。


 それとも、ロイスの調理法によるものなのか。原型を留めていないのは、一体どういう事情なのか。


 どこかからガングが現れそうな気がしていたので、テーブルには既に『ハバネロスナック』を用意しておいた。それをガングに手渡すと、ガングは右手でそれを受け取り、左手でレンズを回しながら言う。


「如何にも。これは『ハバネロスナック』ですね」


「これで本当に、俺の病気……状態は良くなるのか?」


 ガングはスーツケースをベランダに倒し、開けて中身を確認した。いくつもの見たこともないようなアイテムが所狭しと詰め込まれている――……ガングはその中から、フラスコといくつかの試験管を取り出した。


「ええ、問題ないと思いますよ。見た所、ただ『魔孔』が閉じているだけのようですし……いやー、良かったですねえラッツさん。こんな所で、私の技術が役に立つとは思っていませんでしたよ」


 騒ぎを聞き付けて、ロイス達もベランダに集まってきた。フィーナが俺とガングの事を気味悪そうに見詰め、俺にアイコンタクトで想いを伝えた。


 言葉にしなくても分かる。……曰く、「この方は?」だ。


「ガングさん、こちら、俺の仲間。フィーナ、ロイス、フルリュ、それからキュート」


 今更気付いたかのように驚いて、ガングはいそいそと立ち上がり、帽子を取った。帽子を取ると、包帯巻きの顔面はまるでスキンヘッドのようだったが……髪の毛があるのかどうかも分からない。


「おや! おやおやおや……これはこれは、いやー、初めまして。お会いできて、いやー、嬉しいですよ」


 その決まり文句、直した方が良いぞ。


 自己紹介だというのに、キュートを除いて誰も良い顔をしないのは……やっぱり、見た目の問題なんだろうな。二回目のフルリュは舐めるようにガングの全身を見ているし、ロイスも表情が硬い。フィーナに至っては、少し怯えている様子も見て取る事ができた。


 キュートは……何故か、少し嬉しそうだった。


「初めまして。私は、元ギルド・アイテムエンジニアのCEO、ガング・ラフィストと申します」


「おじさんおじさん!! 何で全身、包帯で巻いてるの!? 魔物みたい!!」


 キュートは、何故か嬉しそうだった。ガングは俺よりも遥かに大きな右手でキュートの頭部を鷲掴みにして、荒っぽく撫でた。


「これはですね、そういう趣味バァッ!!」


「キャ――――――――!?」


 突如としてガングが吐き出した緑色のスライムを見て、誰よりも先にフィーナが悲鳴をあげた。素早く俺の後ろに隠れ、俺の腰に手を回して、きつく抱き締めた。


 ガタガタと震えている。……まあ、気持ちはよく分かる。緑色のスライムはキュートの頭に吐き出され、不規則に形を変えながら動いていた。


「キチガイキチガイキチガイキチガイ…………」


 フィーナが念仏のように、怯えながら呟いていた。……誰にでも、弱点というものはあるんだな。


 緑色のスライムを吐き出されたキュートの方が、トラウマもののショックを受けそうなものだが。ロイスとフルリュは素早くキュートから離れ、ベランダの隅で様子を見守っていた。


「あ、こちらはジョージです。可愛い子なので、仲良くしてあげてください」


「可愛い!?」


 ロイスが驚愕の呟きを漏らした。


 キュートは……そうか、まだ頭の上に何が吐き出されたのか理解していないんだな。ジョージの身体に目玉が産まれ、身体の形を変えてキュートの顔の前まで降りて来た。


 キュートと、目が合う。


「ほら、ジョージ。自己紹介しなさい」


 できるのか……? ガングがそう言うと、ジョージの伸びた身体から口のようなものが現れた。


 奇妙な動きで、唇は動く。


「ごバ…………ゲぅ…………」


 よく分からないが、なんかグロい。


 低音で唸るように喋ったそいつを、キュートは頭の上から拾い上げる。すると、胸の前でジョージは形を変えた。キュートは真剣にその様子を見詰めている――……


 程なくして、ジョージは……クマの人形? を模したような形になり、キュートの腕の中に収まった。


「おやー。懐かれたみたいですねえ」


 頼むからもう少し分かりやすくしてくれ!!


 しかしキュートは、どちらかと言うと目を輝かせている。……冷めていく俺達とは対照的に、興味津々のようだった。


「ふおお…………!! 可愛い!! ガングさん!! 借りていい!? これ借りていい!?」


 どこに可愛い要素があったのか、俺にはよく分からなかった。


 ガングはキュートの頭を撫でると、徐ろに頷いた。


「遊んであげてください」


 顔を見れば分かる。今、キュートの中で、ガング・ラフィストは『良いおじさん』に認定された。反面フィーナは、完全にガングの事を敵だと認識したらしい。


 あれ? ロイスとフルリュが居ない……と思ったら、いつの間にかベランダから室内に入り、茶を飲んでいた。


 窓の向こう側で、仲良く談笑している……既に理解不能と判断したのだろう。無理もない。


 ジョージの件が一段落し、キュートは笑顔で部屋の中に戻って行った。ガングは帽子を被り直すと、俺に向き直った。


 背後のフィーナが、びくんと跳ねる。


「それではラッツさん、アイテムを作りますので。数日ほど、部屋をお借りしてもよろしいですかな?」


「ああ、それはいいけど……結構、時間が掛かるもんなのか?」


 スーツケースに俺が取ってきた『ハバネロスナック』を戻し、ガングはベランダの扉を開いた。奥に居るフルリュとロイスが、ガングを見ていた。


 不意にガングは立ち止まり、その無機質なレンズの向こう側に、俺には理解のしようもない感情を渦巻かせて、言った。


「――――あまり、余計な時間は掛けたくない。しかし、薬の調合には少しだけ時間を必要とします。私の家より、ここでやった方が移動に時間が掛からなくていい」


 それは、今までに見た事が無い、聞いた事が無いような声色だった。おどけた口調のそれではなく、どちらかと言えば切羽詰まったような、重苦しい声だった。


 何か、事情があるのか。……その見た目と何かが関係しているのか、それは分からなかったが。


 なんとなく、俺に『ガング・ラフィスト』その人の印象を改める為の、何かのきっかけになったように感じられた。


 まるで嘘のように、今度は俺に首を向けて、楽しそうにガングは言った。


「……まっ、そういう事ですから。いやー、観光でもして、のんびり待っていてくださいよ」


 俺は苦笑して、ベランダから部屋へと入って行くガングを見守った。


 ふと、俺の袖が引かれた。すっかりガングが部屋の中に入り、ベランダに残ったのは俺と、背中で震えているフィーナのみだった。だから、俺の袖を引いたのが誰なのかは、すぐに分かった。


 見ると、未だ青い顔をしているフィーナが、何故か俺を睨んで、涙目になっていた。


「なんで、宿に入れるんですか……!!」


 すっかり、ガングの事が苦手になってしまったらしい。……まあ、気持ちは分からなくもない。


「仕方ないだろ。エト先生から聞いたかどうか知らないけど、俺の『魔孔』を治す事が出来るとしたら、あの人しか居ないらしいから」


「だっ……だからって……吐き出したんですよ!? 緑色の……あああ、思い出しただけで寒気が……」


 まあ、気持ちは分からなくもない。ゾンビの魔物の方が、まだ可愛いかもしれないと思えるレベルだからな。


「なんなら、事が終わるまで隠れ家に戻っていても良いぜ? どうせ、思い出し草くらいは持ってるんだろ?」


 俺がそう言うと、フィーナは眉を怒らせた。覚悟を決めたのか、未だ目尻に涙を溜めたままで俺を見据えると、フィーナは俺の袖をきつく握り締めた。


「絶対にっ…………!! 嫌ですっ…………!!」




 ○




 結局、フィーナは俺達の泊まっている部屋の隣に入る事で、俺の様子を見ると決めたらしい。『流れ星と夜の塔』の一件以来、すっかり俺の隣にくっついて離れない。ペンディアムに訪れてからもまた、フィーナはそうだった。


 ガングの治療薬……なのかどうかは分からないが、これから俺のために作ってくれるというアイテムもまた、すぐには完成しない。ということで、俺は冒険者バンクに訪れ、ギルドの設立申請書を届け出る事にした。


 俺の左腕には、当然のようにフィーナが絡み付いていた。一歩後ろをフルリュとロイスが、辺りをちょろちょろと動き回りながら、キュートが付いて来る。


 これだけの美少女(一人は男だが)が集まっているのだ。周囲の注目を引かない訳がない。俺は内心鼻高々で、冒険者バンクまでの道のりを歩いていた。


「おい、見ろよアレ……。レベル高くねえ?」


「こっちじゃ見ない顔だな。セントラルの方か……?」


 ふっふっふ。俺一人は無力でも、こうして女の子を沢山横に添えて歩くとまた違った貫禄があるな。一体俺がどんな大物なのかと、周囲も気になって仕方がない事だろう。


「それにしても男の方、全然釣り合ってなくね……?」


「田舎から出てきた感が半端ないな……」


 ……いや、分かっていたよ。分かっていたけどね。


 良いさ、なんとでも言え。このパーティーを引き連れて、この美少女軍団とギルドを組むのは俺なのだから。そう思いながら、冒険者バンクの扉を開く。中に入ると、俺は真っ直ぐに受付を目指して歩いた。


 しかし、ペンディアム・シティまで来ても、冒険者バンクの中っていうのは殆ど変わらないものなんだな。落ち着いた黒い室内と、オレンジの照明はまるで、劇場か何かのようでもある。


「あれ……?」


 入ってすぐに、その異変には気付いた。冒険者バンクの中は静まり返っていて、誰も居なかったからだ。


 受付嬢すら居ない。冒険者と思われる数名の男女が、それぞれミッションを受けるためか、『ビジネス』コーナーの前で右往左往している。


 キュートが目を瞬かせて、小首を傾げた。


「……なんか、人が少ないね」


 少ないどころじゃない、スタッフが一人も居ないんだ。……どういう、ことだ? 扉が開いていたということは、冒険者バンクは営業中の筈だ。俺達よりも先に到着している冒険者の面々が、怪訝な表情で室内をうろついているのがその証拠。


「何かがおかしいですわね」


 すぐに、フィーナが目を光らせて言った。冒険者バンクの受付は、そう簡単に持ち場を離れたりしない。


 ……スタッフが居ないということは、どこかに駆り出された、という事だろうか。冒険者バンクのスタッフが駆り出される状況……というと、やっぱり冒険者絡みだよなあ。


『今、『荒野の闇士』はギルド設立以来の危機的状況なんでさあ』


 ふと、そんな言葉が頭を過ぎった。ゴンの辛辣な顔色と、土下座までさせるほどの内容。


 冒険者バンクが通常運営出来ないような状態って、やっぱり呼び出されたって事だろう。ペンディアム・シティ周辺の冒険者で、バンクの人間が呼び出されるような権力を持った集団。


 荒野の闇士。


 ……居るとしたら、そこだろうか。別にあの無属性ギルドに何か関係している訳ではないけれど、様子は見に行った方が良いかもしれないな。


 ペンディアム・シティのタウンマップを広げ、俺は場所を確認した。戻って来たら受理して貰えるよう、ギルドの申請書は置いて行く。


「『荒野の闇士』の敷地に、行ってみよう」


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