表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第六章 初心者と奇怪な道具屋と湖に浮かぶ砦
117/174

H112 仲間を信じる、ということは

 不意に、悪寒がした。


 この煮え滾るマグマの上、真夏の海よりも暑い灼熱の大地で。今にも岩は火傷しそうな程に熱くなっているのに、その熱を忘れてしまう程に、強い魔力の反応を感じたのだ。


 ハバネロフラワーを掴んだ状態のまま、俺は硬直した。崖の上ではロイスとゴンが、何事かと俺の様子を見ている。


 まだ、気が付いていないのか。距離に差があるからか――……


「ロイス!! 『思い出し草』はまだ、使えるか!?」


 俺が叫ぶと、ロイスは慌てて腰のポーチから、思い出し草を取り出した。魔力反応は……ある、か。あの場所では、まだ使えそうだな。


「はい!! まだ、大丈夫だと思いますけど!!」


 直感的に、ダンジョンマスターの反応だと思った。俺が降りて来た事で、気付かれたのかもしれない。俺は岩を掴み、素早く上に登ろうと力を込めた。


 瞬間、右腕に痺れたような痛みが走る――――しまった!!


「づっ…………」


 堪らず、その手を離してしまった。


 ふわりと浮いたような感覚があり、俺は目を見開いた。最も恐れていた事が実現した恐怖に身体が硬直し、想いとは裏腹に、俺はマグマ目掛けて落下していく……!!


「ラッツさん!!」


 ロイスが叫んだ。


 風を切る音。固く目を閉じ、全身を襲う恐怖をどうにか押し留めた。こうなる事は、まだ計算に入れていた。俺がもしも失敗したとしても、大丈夫なように。命綱を、壁に突き刺しておいたのだ。


 腹回りに強い衝撃を感じ、危うく意識が飛びそうになる。


 頭を振って、俺は意識を覚醒させた。……まだ、俺の身体はマグマに落ちていない。手と足を強く擦り剥いてしまったが、俺は崖に接触した状態で、腹から吊るされていた。


「……大丈夫ですか、ラッツさん!!」


「ああ、大丈夫だ……!!」


「すぐ、引き上げますから!!」


 ロイスはそう言ってくれているが、問題はそこにはない。宙吊りになっているこの状況で、俺に何ができる……!? 魔力はどんどんと近付いて来ているが、目視で確認することは出来なかった。……なら、何かの魔法が掛かっているのだ。


 姿が見えなくなる何か、或いは空間を移動するための何か……何れにしても、ダンジョンマスターが近付いて来ている事は間違いない。 リュックから、俺も思い出し草を取り出す。やはりと言うべきか、色褪せている。このままでは……いや、ちょっと待て。


 思い出し草を発動させるためには、トリガーとして使用者の魔力が必要だ。……意識をする程の事ではないが、魔力に反応するものだ。


 もしかして俺、一人じゃペンディアムに帰る事も出来ないんじゃないか。


 ――――なんてこった。思い出し草をこの手に握るまで、そんな事はすっかり忘れていた。


 ま、まあ、どの道今は思い出し草は使えない。結果は同じだ。


「ってことは、やっぱりダンジョンマスターが近くに居るって事じゃねーかよ…………!!」


 独り言を呟いて、俺は目の前にある岩を掴んだ。ロイスとゴンが、一生懸命に俺のロープを引っ張ってくれている。一刻も早く、陸地に帰るべきだ。さもなければ、あっさりとマグマに落ちてそれまでになっちまう。


 流れ落ちる汗は、マグマが近くにあるせいではなかった。寧ろ、この状況で寒気すら感じるのだ。戦う事のできない今の俺に、ダンジョンマスターが近付いて来る。たったそれだけで、頭の中がパニックに陥りそうになる。


 流れ星と夜の塔で、五十体ものダンジョンマスターと戦ったのだ。今更そんなもの相手にビビッてられるか……!!


「ラッツさん!! ゆっくりでいいですから!! そう、そのまま上がって来てください!!」


 ロイスの声に従い、慎重に壁を登っていく。ダンジョンマスターは俺の近くをゆらゆらと揺れているように感じられた。何故、姿が見えないのか。その答えは、俺の背中で一際強く、マグマが噴き上がった瞬間に把握した。


「くそが…………!!」


 轟音と共に現れたのは、燃え盛る炎だった。しかし、その姿は半透明で、向こう側の壁も透けて見えている――――人の頭蓋骨を模したものが不定形な姿の核になっているようで、顎の骨がカタカタと揺れている。


『シャドウフレイム』。そう呼ぶに相応しい、火の谷のダンジョンマスターだ。


 幽霊のようなダンジョンマスターに当たる時は、いつも運が悪い。形の定まらないその姿は、どことなく『ガスクイーン』のそれを連想させる。


「シャドウフレイム…………!! 現れましたね!!」


 ロイスがゴンにロープを任せ、弓を構えた。シャドウフレイムの標的は今、俺になっているようだ。骨の奥に薄っすらと見える眼光は、確かに俺を射抜いている。


 今の俺は、ロイスに任せて崖を登るしかない。手に入れた『ハバネロフラワー』をリュックに戻し、俺は岩を掴み、登った。ゴンが一生懸命ロープを引いているが、どうしても動きは鈍い。


 やっぱり、自分で登らなきゃ駄目だ。


「<ハイドロ・アロー>!!」


 小手調べのつもりなのか、ロイスがシャドウフレイムに向かって<ハイドロ・アロー>をぶっ放した。威力も速度も申し分ない、シャドウフレイムに避ける術は無さそうだ。


 骸骨の頭は、滝のような水に呑み込まれる。真っ直ぐに<ハイドロ・アロー>はマグマの川まで到達し、瞬間的に蒸発していく。


 ロイス達の居る足場までは、後五メートル程だろうか。距離はそこまで問題ではないが、一度落下してしまったため、足掛かりになるものの目処が付いていないのが問題だ。岩を慎重に掴みながら登って行くが、その岩が安全かどうかが分からないため、どうしても探索に時間が掛かってしまう。


 焦るな。焦って掴んだ岩が脆いものだったら、その場で終わってしまう。


「ラッツさん、気にしないで登ってください!! 敵は僕が引き付けます!!」


 シャドウフレイムの姿が、再び出現した。……避けていたのか。


 火の玉が、俺の居る周辺に当たる。これも、あいつの攻撃か――――崖に捕まり、身体を支えた。ゴンの引っ張る力は意外と強く、俺が登りさえすれば、俺の身体はスムーズに上へと進んでいく。


 シャドウフレイムの攻撃は単調で、俺には当たらない。ロイスの<ハイドロ・アロー>を避けるのに必死なのだろうか。……しかし、ロイスの攻撃を避け、俺がターゲットになった瞬間に終わりなのは間違いない。


 どうする。俺も、何か手を打つべきか――……? しかし、どうやって?


 ふと、ロイスの顔が視界に入った。


 その表情は真剣そのもので、そして覚悟に満ち満ちていた。それだけではない、何か決意のようなものが――――そう見えたのは、俺だけだろうか。


「早く!!」


 ――――いや。


 俺は、ロイスを信じる。背後のシャドウフレイムを決して振り返らず、ただ上へと急いだ。ロイスの表情には、まるで『マウロの遺跡』で起きた事を清算するのだと言っているかのような、静かな怒りが感じられたからだ。


 それは、恐らくロイス自身に対する怒り。


 ならば、信じなければ。


 一度は落下して擦り剥いた足が、僅かに痛む。だが、こんなものは『流れ星と夜の塔』で潜って来た危険に鑑みれば、遊びのようなものだ。焦りは辺りの危険を察知する為の集中力に変わり、恐怖は上へと進む為の推進力に変わった。


「危ねえです!! ラッツさん!!」


 ゴンが叫ぶ。恐らく、俺の真後ろにまでシャドウフレイムが迫って来ているのだろう。魔力だけでなく、僅かに伝わる熱からも、危機的状況にあることは明らかだった。


 だが、振り返る必要はない。ただ、目の前の崖にだけ集中した。ロイスの<ハイドロ・アロー>をシャドウフレイムが避けた以上、奴にとって有効な攻撃であることは明らかだ――――なら、水の攻撃は有効ということだ。


 俺の意見を踏襲するかのように、ロイスは全身に魔力を展開した。この形、この魔法公式の組まれ方は、弓の攻撃によるものではない――――俺も扱った事のある、魔法公式。ロイスは俺を、シャドウフレイムから隔離するつもりだ。


「<ブルーカーテン>!!」


 現れた滝は、崖際の俺とシャドウフレイムを遮るように配置された。熱だらけの世界に水飛沫が上がり、僅かに周囲の温度が下がる。こんなものでは、シャドウフレイムの攻撃を防ぐ事は出来ないだろうか。しかし、シャドウフレイムが怯む瞬間の、僅かな時間さえ確保できれば充分だ。


 ロイスの選択は、間違っていない。我武者羅に<ハイドロ・アロー>を撃っていては、隙を付いて俺が引き摺り降ろされる事も考えられた。


 ゴンは有り得ないものを見たと言わんばかりの顔で、俺とロイスを見ていた。勿論手前に打ち合わせをしていた訳ではないし、咄嗟に互いが判断した行動の結果でもある。端から見れば、俺は迫り来るダンジョンマスターを前に無防備な背中を曝け出した間抜けのように映るかもしれないし、ロイスは本職の弓を捨てて不器用な魔法攻撃を放った、浅はかな弓士に映ったかもしれない。


 俺はリュックから投げナイフを取り出し、岩の壁に突き刺した。しっかりと刺さった事を確認し、両腕に力を込める。


 咄嗟の事でなければ、魔力を抑えこむ事は出来ない事じゃない。突き刺したナイフを足掛かりにして素早く登り、崖の上まで辿り着いた。


 改めて、ロイスの魔力量は大したものだ。<ブルーカーテン>でさえ、俺が出すそれとは比べ物にならない威力を持っている。その代わり、持続する魔法はロイスの魔力を根こそぎ奪っていくが――……


 ロイスは慣れない魔法に肩で息をしながらも、俺に微笑み掛けた。


「サンキュ、ロイス」


 俺も微笑みを返して、ロイスの頭を軽く撫でた。


 さあ、ここからが本番だ。このシャドウフレイムを倒さなければ、どの道思い出し草は使えない。場に居るのは、俺とロイス。ゴンは何が出来るかよく分からないので、パーティーとして考えない方が無難だろう。


 何だか呆然として、俺達に付いて来られていない様子だしな。


 魔法の使えない今の俺に、何が出来るだろうか。


 リュックから取り出したのは、短剣だ。俺が長剣を使う理由は八割方<ソニックブレイド>の威力強化の為だし、スキルが使えないなら手軽に扱える武器がいい。


 軽く、ストレッチをした。どれだけの反応が出来るか分からないが、黙って立っているよりはマシに立ち回ろう。


「あんまり、マニアックな技は使って来ないみたいだな。弱点もベターか?」


 俺の問い掛けに、ロイスが答える。


「ですね。ラッツさんに仕掛けようとしていたのは<レッドボール>ですから、大魔法を使ってくるタイプでも無さそうです」


 ってことは、何か奥の手があるということだ。


 一端のダンジョンマスターが、攻撃に<レッドボール>なんて有り得ない。ロイスの<ブルーカーテン>で動きを止めた事もそうだし、辺りの魔物が『マグマゴブリン』なら、それを統一せんとするだけの実力を備えている筈だ。


 空中浮遊。不定形。人の頭部を模した骸骨。威力の高い弓系の攻撃に狼狽える理由。


 体力は少ない。元々、こいつは姿を消していた。なら、思い当たる事は一つしかない。


「ロイス!! 相手の動きを確認する、援護してくれ!!」


「分かりましたっ!!」


 俺は短剣を構え、シャドウフレイムに向かって走り出した。魔力を抑え、筋力だけで地面を駆ける――――ペンディアム・シティに辿り着いた時から、ずっと魔力のコントロールは無意識に神経を使っていた。ある程度の行動は、出来るようになっていた。


「ちょっと……その身体で戦うつもりっすか!?」


 ゴンの悲鳴にも似た言葉は無視。黙って立ってりゃ、弱点になるのは俺だ。それは間違いないのだから。


 別に、黙ってりゃ役立たずなのは、今に始まった事じゃない。スキルが使えないからといって、俺が機能停止する訳ではないという事を証明してやる。


 宙に浮かぶ目標の下をスライディングで滑り込み、シャドウフレイムの背後に回る。敵の様子を観察しながら、俺は短剣を地面に突き刺し、その反動を利用して鋭角に方向転換した。


 熱いだろうか。通り抜ける訳にはいかないな。シャドウフレイムのターゲットは、ロイスに向いたようだ。鈍足に浮遊するその身体の真後ろまで迫り、俺は捻りを加えて垂直に跳躍した。


「聞いた話では、遥か東の島国には『ダルマ落とし』って遊びがあってさ……!! 吹っ飛べよ!!」


 火の粉が身体に降り掛かるが、この程度ならどうという事はない。右脚を空中で大きく水平に回し、身体のバネを意識して踵から振り抜く。放たれた後ろ回し蹴りはシャドウフレイムの頭蓋骨目掛けて、的確に放たれた。


「<スマッシュ・アロー>!!」


 ロイスが放った衝撃の矢は、シャドウフレイムを照準としていなかった。俺の放った蹴り、その右脚の先端に向かって矢が飛んで来る。


 威力は控えめ。俺の蹴りは、直前でロイスに阻まれる。その事自体は、全く問題ではなかった。突如、地面から這い上がるように伸びた漆黒の豪炎が、俺とシャドウフレイムの間を遮ったからだ。


 やっぱり、か。そんな予感はしていたんだ。マグマの川を直下に構え、足場の上でなければ戦えない、この立地。俺を狙っていた時の鈍重な動きと、渦巻くように棘々(おどろおどろ)しい魔力の塊に反した、基礎スキル。


 シャドウフレイムから離れ、俺は体勢を立て直した。……あの黒い炎は、ただの炎ではなさそうだな。何が起こるか分からない、注意しておかなければ。


「ラッツさん。どういう事なんすか……?」


 いつの間にか隣まで移動していたゴンが、俺にそう問い掛ける。……一応、手伝ってくれるつもりなのだろうか。どういう特性を持った冒険者か分からないが、説明はしておくか。


「『シャドウフレイム』は、影のある所でしかその実力を発揮できない。さっきまでとは、事情が違うってことだよ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ