H110 『活火谷』フレアバレー
冒険者バンクに一度戻ると、あっさりと俺は冒険者としての資格を取り戻していた。
ギルドを作るには、正式なギルドメンバーの申請リストとギルドリーダーの申請、それに活動資金として一千万セルまでの金額を申請し、冒険者バンクに預けるという手続きが必要になるとのことだ。昔は数百万セルからの申請だったものが、今は一セルからでもギルドとして認められると言うのだから、良い世の中になったものである。
ロイスは無事、ペンディアム・シティの中央にある宿を取ってくれていた。俺とフルリュが宿に辿り着く頃には、キュートは既に宿のソファで眠っていた。
「しかし、ベッドが四つもある部屋なんてよく取れたな」
普通、四人で訪れたら二対二に分かれるものだが。ロイスは既に部屋着に着替えていた。風呂に入った後のようで、湯上がりの髪からは蒸気が立ち昇っている。タオルで髪を拭きながら、ロイスは俺に笑い掛けた。
そこはかとなく、エロかった。
「大部屋が空いてると言われたもので。せっかくなので、そこにしてみました」
その大部屋はベッドが四つ並び、その全てが天蓋付きだった。まるで貴族の部屋のように鮮やかな作りで、装飾も凝っている。一面花の模様が描かれた絨毯、部屋の隅とベランダにそれぞれ丸テーブルと椅子が二つずつ設置されており、ベランダからはセントラル大陸とユニバース大陸とを分断する、大きな海が見える。
今はカーテンが閉まっているので、ベランダから先は見えないが。なんとも少女趣味な部屋ではある。
しかし、フルリュのスカートが花柄だったことを考えると、ペンディアムの文化は花の模様が中心なのかもしれないな。
ペンディアム・シティもまた、この街を中心にして各所に小さな街があるのだ。殆どが行った事のない場所なので、探検してみるのも楽しいかもしれない。
「ロイス、ちょっと聞きたい事があるんだけど、いいか?」
俺はそう言って、ロイスにベランダを指差した。ミルクを飲んでいたロイスはきょとんとして、俺に付いて来る。
カーテンを僅かに開き、キュートを起こさないようにしてベランダに出た。
海風が俺の頬を撫でた。ペンディアムは眠らない街なのか、夜になってもイルミネーションがうるさいほどに輝き、道を照らしているようだったが――――海の上に浮かぶ様々な光を除いてしまえば、暗い夜の海には何もない。遠くは向かえば確実に迷う暗闇で、どこか吸い込まれそうな印象も受けた。
「どうしたんですか、ラッツさん?」
ロイスがベランダに出て来ると、俺は柵を背にしてロイスを見た。
「ロイスさあ、『ハバネロスナック』ってどこにあるか、知ってるか?」
確か、羽音のような騒音が撒き散らされる中、ガングは俺にそう言ったはずだ。
俺が問い掛けると、ロイスはああ、と呟いた。
「あの、匂いを嗅ぐだけでどんな眠りに落ちた人間も起きると言われている、伝説の香辛料ですか……」
香辛料なのか……ますます、何に使うのかさっぱり分からねえな……
でも、ガングが必要と言っている以上は、必要なんだろう。エト先生の勧めで会った人だし、話してみた感想も奇人ではあったが、悪人ではないように思えた。
「どうやら、俺の魔力を復活させるために必要みたいなんだ。どこにあるのか分からないか?」
「ええ、聞いた事はありますし、確かここから近いですよ。ユニバース大陸に上がって少し歩いた先にある、『活火谷フレアバレー』というダンジョンの奥の方に咲いているらしいです」
やっぱり、ダンジョンだったか。確認して良かった、と俺は内心で思っていた。
「咲いている……? 花なのか?」
「はい。燃えるように真っ赤な花で、触れると火傷しそうな程に熱くなりますが、本当に熱を持っている訳ではないというのが特徴です」
変なアイテムだな……。ガングの欲しがるアイテムらしさ、みたいなものはあるが……。
「でも、ただの香辛料ですよ? 『ハバネロフラワー』と呼ばれるもので、花を油で揚げると『ハバネロスナック』になるんです。後はすりおろして、料理に使うもので」
「薬に使われることは?」
「ない……と、思いますが……」
……まあ、本当に治るかどうかはさて置いて、ここはガングの言う通りにするべきなのだろう。
思いも寄らず、ダンジョンに行く事になってしまった。……ここは、仲間に任せるべきだろうか。
――――いや。
「それを取りに行かないと、いけないんだけどさ。協力してくれないかと思って」
『活火谷』と呼ばれるくらいだから、谷のダンジョンなのだろう。……だとすれば、サバイバルの技術はどうしても必要になってくる、筈だ。
歩いては登り切れない傾斜、行き止まりのようにそびえ立つ岩。攻略するだけならいざ知らず、アイテム探しとなると……攻略者のコースをそのままなぞれば手に入るとは、限らない。
俺は炭鉱で育ってきたし、地形的問題には慣れている面がある。……ならば、俺も行くべきだろう。
「それは構わないですけど……ラッツさんも、行くつもりなんですよね?」
「ああ。ロープやら何やら、使い慣れている人間が必要だと思って」
「なるほど…………確かに、未開拓のコースを探る可能性もありますよね」
あまり言いたくはないが、こればっかりはロイスに相談しなければならなかった。俺は少し目を逸らして、ロイスに言った。
「……勿論、後で皆には話すけどさ。その前に、お前に確認取っておこうと思って……。ほら、俺、こんな状態だろ。付いては行きたいんだけど、多分一番ロイスに苦労を掛けるだろうと思ってさ」
ロイスは目を丸くして、俺を見た。
「え? ……苦労?」
……くそう。純粋さが、胸に痛いぜ。
「いや、ほら、あるだろ。重荷になるから、ちょっと後ろめたいんだよ」
俺が戦えないとなれば、間違いなく最も負担になるのは、物理攻撃と魔法攻撃を両立できるロイスだ。前衛はキュートだろうが、あいつはフリーダムに戦う所があるから俺を護るとまでは行かないだろう。ならパーティー全体を支えるためには、どうしてもロイスの力が必要になる。
本当は、そういった意味合いも含めてロイスを連れて来た節があるのだ。他のメンバーに出来ないことが、こいつには出来る。
即ち、パーティーとして俺を護りながら戦うこと。時には援護をして、時には最前線で戦うということが、弓士だからこそできる。
だがそれは、逆に言えばロイスに重荷を背負わせる事になる。『戦闘』の一任――――俺の魔力が復活するまで戦闘が無いようであれば、黙っていようかとも思っていた。
「――――はは。ラッツさんって、そういう人ですよね」
ふとロイスは、可愛らしく笑った。……急に、なんだか恥ずかしくなってきた。
「な、なんだよ」
「人には『無理するな』とか『俺に任せろ』みたいな事を言うのに、自分が人を頼る番になると嫌がったり、情けなくなったり。なんか、ちょっと可愛いですよね」
「可愛くはないだろ」
キモいと言われてきた事は数多くあったが、可愛いと言われたのは初めてだ。
ロイスは俺の目の前まで歩いて来ると、俺を見上げた。相変わらず小さなその身は、見上げなければ俺の顔を見ることも出来なかったが。
その瞳には、覚悟があるように見えた。
「心配しないでください。ペンディアム・シティに来る時も、僕を指名してくれたこと、嬉しかったんです。ギルドに入れって、言ってくれたことも」
ただ、淡々と、ロイスは俺に話す。それが、自分の使命であると言うかのように。
「ラッツさんが復活するまでは、僕にとっての雪辱戦です――――今度こそ、護り切ってみせますから。どこにでも行きましょう」
雪辱戦ってのは、『先住民族マウロの遺跡』のことか。
なんて頼もしいんだ。隠れ家では、あんなに自信を無くしていたのに――やっぱり、エト先生に認められたのが嬉しかったのだろうか。それと同時に、自分の弱点が『妥協する弱さ』にあることも、気が付いたのかもしれない。
ロイスは強い。初めから、俺もそう言っている。悔しいが、やっぱりエト先生の指摘というのは上手く、人を成長させるために最善の方法・タイミングを心得ているということだ。
「……すまん。頼む」
俺はロイスを抱き寄せ、頭を撫でた。男だということを忘れさせてしまうかのような、細い身体だったが――芯は強い。それを、強く感じさせられた。
「全力を、出します。それだけです」
微笑みを浮かべるロイスに、俺も笑みを返した。……ロイスも、成長していくんだなあ。
なんて思いながら、顔を上げた俺は。
カーテンを僅かに開いて、驚愕の目で俺の事を見ているフルリュと目が合った。
○
次の日。頼りないながらもリュックの中を武装し、『流れ星と夜の塔』攻略時に失ってしまった全ての装備を整えた俺は、ペンディアム・シティからユニバース大陸側へと移動し、『ハバネロフラワー』のあるという『活火谷フレアバレー』を目指していた。
「なあ、フルリュ。マジで勘違いだから」
道中、フルリュは余所余所しい態度だった。その理由を知っているのは俺だけで、ロイスもキュートも意味が分からず、ただ様子を見守っていた――――が、今ではフルリュの足が速すぎて、二人の姿は見えなくなってしまった。
当のフルリュはショック半分、諦め半分といった様子だった。ただ誤魔化すように笑って、一番先頭を歩いて行く。
「いえ、大丈夫ですよ? 私、ラッツ様がそういう趣味でも、別にどうという事はありませんし」
ユニバース大陸に入って、『活火谷フレアバレー』までは森を抜けて行かなければならない。……本当は、こんな風にギクシャクしたくない所なんだが……フルリュはご覧の有様だ。
「……やっぱり、胸が無い方が好きなんじゃないですか」
聞こえないように呟いたつもりなのか知らんが、しっかり聞こえているぞ。フルリュよ。
しかし、随分と気温が高くなってきた。近くに活火谷があるせいだろうが――……そもそも、活火谷ってなんだよ。火山みたいに、マグマが噴き出してきたりするんだろうか。……だとしたら、とてつもなく危ないが。
フルリュも暑さには弱いのか、ぱたぱたと顔を仰ぎながら歩いていた。俺はジャケットを脱いで、リュックに仕舞う。元々薄着なフルリュは、脱げるものがない。
「……フルリュ、大丈夫か? 暑いの駄目なら、宿に戻ってても大丈夫だけど」
「いえ、これくらい。なんてことないです。私はラッツ様に尽くすのが生き甲斐ですから!」
そう言うフルリュは、活火谷フレアバレーに到着する前だというのに、既に汗だくだった。……ハーピィも森に住む生き物だから、もしかしたら火には弱い方なのかもしれない。
いや、待てよ? ……そしたら、キュートだって同じな筈だ。どこまで行けるか分からないが、様子はしっかりと見ておいた方が良いな。
俺はフルリュの肩を抱き寄せ、辺りの様子を窺った。……危ないのは、俺だけではないかもしれない。
「あっ」
ここまで魔物は出て来ていないが、一体どこからがダンジョン内なのかも、今のところは分からない。フルリュが機能停止してしまったら、今の俺にフルリュを護る事は出来ないかもしれない。
「やばくなったら、すぐに言えよ。今の俺にも、出来ることがあるかもしれないから」
見ると、フルリュは更に熱暴走を起こしたような顔だった。ぎょっとして、思わず肩を離した。
「は、はいっ。ありがとう、ございます……」
俺と目を合わせてくれないのは、やっぱりロイスの件があるからだろうか。フルリュは顔をぱたぱたと仰いで、熱を冷ましているようだった。
程なくして、『活火谷フレアバレー』の入口まで辿り着いた。その異様な光景は恐ろしいの一言で、見るもの全てをマグマに飲み込むのではないかとも思えた。
ダンジョンはどこまでも下り坂で、一見普通の谷に見える。だが、最深部に見えているのは水の川ではなく、マグマの川。どろどろとした発光する赤い液体が、地面の遥か下で渦巻いているのが見える。
崖の上にいて、この気温だ。最深部まで行く事は出来ないかもしれない……だが、目的は『ハバネロフラワー』だ。それさえ手に入れば、目的は達成される。
「あ……あつい……」
俺は振り返って、入口の前に待機しているメンバーを見据えた。
ロイスはまだ余裕があるようだったが――……フルリュもキュートも、どうしようもない状態だった。既に立ち上がる事さえ出来ず、座り込んで汗を流している。
……潮時か。こんな状態じゃ、魔物が現れても戦えないだろう。
「フルリュ、キュート。二人共、宿に戻ってろよ。ここから先は、俺とロイスで行くから」
そう言うと、キュートが唇を尖らせて、不機嫌そうな表情になった。
「駄目だよ、お兄ちゃん! 今お兄ちゃんは戦えないんだから、誰かサポートがいないとさあ!」
いや、それは分かっているけども。戦えないサポートが居ても仕方がないと思う。言いながらもキュートは、既に地面に寝そべっているし。言葉と行動が全く噛み合っていない事がおかしかったのか、ロイスが苦笑した。
「大丈夫ですよ、ちょっと下に降りるだけですから。日が暮れるまでに戻りますから、先に宿で休んでいてください」
ロイスが手渡した思い出し草を、フルリュが受け取る。汗だくのフルリュが四つん這いになっている様は……何か堪らない衝動を感じるが、俺は努めて冷静でいた。
「ごめんなさい……そうさせて、もらいます……」
思わぬ展開だったな。まあ、暑いダンジョンに来るという事そのものが想定外ではあったけれど……。フルリュはキュートのそばまで行き、思い出し草を発動させた。
嫌がるキュートの手を握り、フルリュは笑う。
「キュートさん、行きましょう」
「えええ、それでいいの!? 私達が居ないと、お兄ちゃん何も出来ないんだよ!?」
……分かるが、妹よ。それはあんまりだ。
青白い光に包まれ、フルリュとキュートがペンディアム・シティに戻る。その場には、俺とロイスの二人だけになった。……こんな事なら、レオとフィーナを連れて来るべきだったか。……まあ、大した問題ではないか。ガングも「集めておいてください」と軽く言っていた事だし、手に入れるのはそこまで難しくないアイテムなのだろう。……と、期待する。
ロイスが照れたように笑った。
「あは、男臭いパーティーになっちゃいましたね」
俺はそうは思わんが。
後ろから、どたどたと足音が聞こえてきた。俺もロイスも驚いて、歩いて来た道を目を凝らして見詰める――――程なくして現れたのは、角刈りの……デブ!?
「おーい……!! ちょっと、待ってくだせえ!!」
なんで、こんな所に……




