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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第六章 初心者と奇怪な道具屋と湖に浮かぶ砦
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H109 その怪我を治すには、ハバネロスナックが必要だ

 間一髪、俺は右手の手首を高速回転させて空を飛んでいるバケモ……ガングの真下に来た。声を掛けられた武闘家のデブは、俺とガングの様子を見守っている。


 冗談じゃない、規格外どころのレベルじゃないぞ。見た目も魔物なら、動きも完璧に魔物じゃないか。ガングは不意に杖を回転させるのを止めた。帽子を押さえながら、俺の近くに向かって落下する。


 どすん、と音がして、ガングはその場に立った。……俺は思わず、見上げてしまった。


 でかい……二メートル? もしかしたら、それ以上あるのか……? 俺だって成人男性の一般的な身長はあるのに、まるで子供みたいじゃないか。


 全身包帯巻きの男。これが噂の、ガング・ラフィストか……アイテムエンジニアらしい茶色のコートは、裏側に幾つものポケットを備えている。


 ガングが杖を一振りすると、杖は光の粒になって消えた。まるでそれは、魔物がアイテムをドロップする瞬間とは逆のようで、不思議な魔力を伴っていた。


 左手の人差し指と親指でレンズを持ち、僅かに回転させながら言う。


「おやー、貴方は……いやー、こんな所で出会うとは。出会えて、いやー、嬉しいですよ」


「嫌なのか嬉しいのかはっきりしろよ……」


 確かに、変だ。……これは、ものすごく変だ。ガングは首をぐるりと回すと、玩具のようにカタカタと揺れ始めた。その光景は悍ましいもので、俺は眉根を寄せてガングを見てしまった。


 武闘家の男は呆然として、ただ様子を見守っている。


「如何にも、私がガング・ラフィストですが。私に何か御用ですかな? いやー、実は私、とある人を探しておりましてね。あまり時間が無いのですが……うぼァ!!」


「うおォ!?」


 不意にガングの口が開いたかと思うと、中から何か、目と口を持っていて形の定まらない謎の生物が飛び出した。俺は後ろに跳ぼうとしたが、足が追い付かずに尻餅を付いてしまった。


 な、何だ、これは……。緑色のスライムみたいな化物が、ぎょろりとした目を俺に向けていた。


 広場に叫び声が聞こえたのは、俺のものではない。


 ガングはその緑色の何かを、再び口の中に押し込んだ。


「……失礼。いやー、初めて見る人に、少しジョージが興奮してしまったようで」


「誰!?」


 ねえちょっとエト先生、この人本当に大丈夫なんですか!? 俺、殺されたりしませんか!? 流石にこんな人とは話した事ないよ!!


 武闘家の男は空気のように立ち上がった。どうやら、この場からそれとなく立ち去るつもりらしい。男は滝のように汗を流して、俺に向かって頭を下げた。


「失礼します!」


 いや、俺に挨拶されても。話し掛けたのはガングの方だし。


 まあ、何の関係もない男なので、良いんだが……。ガングは武闘家の男の声に気付いて振り返ると、帽子を取った。


 ただし――――振り返ったのは、首だけだった。ガングの首が百八十度ほど回転し、武闘家の男を向いた。


「おやー、それでは。ごきげんよう」


「ぎゃあああああああ――――!!」


 武闘家の男は悲鳴を上げて、去って行く。まあ、この形相じゃあ無理もない……俺だって、正直な所は即刻逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。本当なら真っ先に関わりを断ちたい外見である。


 ガングは俺に首を戻すと、頭に疑問符を浮かべた……本当に、頭の上にクエスチョンマークが現れた。……これは、一体どういうアイテムなんだろうか。


「はて……? 何の話をしていたのでしたか……」


 はっと何かに気付いたような顔をして、ガングは俺の肩を掴んだ。


「まさか、一目惚れですか?」


「しねえよ!?」


 誰か俺を助けてくれ!!




 ○




 会話の出来ないガングとどうにかコミュニケーションを取り、茶をする時間を設けて貰った。時間がないと言っていた割には、あっさりとガングは俺の相談に乗ってくれた。


 神出鬼没で目立たない男かと思ったら、目立ちまくりだった。身長は有り得ない程高いし格好も奇抜だから、どうしても周りの目を引いてしまう。『水上喫茶店アクア』という、ペンディアムの名物と言われる喫茶店に入ったは良いが、俺は人の目が気になって仕方がなかった。


 しかし、ガングは特に周囲の反応には目もくれない様子で、コーヒーを啜った。


「……いやー、なるほど。『魔孔』が閉じてしまいましたか」


 一応、エト先生と同期ってことなら、俺にとっても先生に当たる筈なのだが。顔も見えないので、年齢も分からない。動きも鈍くはないし、寧ろ化物だった。


「そ、そうなんだ。そのせいで俺は今、魔法が使えない状態にあって。エト先生……エトッピォウ・ショノリクスに言われて、アンタに会えってさ」


「そうですかァ。いやー、エトが私にねぇ……」


 どうでもいいけど、この人「いやー」って言い過ぎだろ。


 ガングは一泊置いて、コーヒーに向けていたレンズを俺の目に合わせた。俺は判決を受けるかのような気持ちで、びくんと背筋を伸ばし、ガングの発言を待った。


 長い間があった。俺は訳も分からず、ガングと二人、硬直していたが。


 ふと、そのレンズがコーヒーに戻る。


 ……また、長い間があった。


「あの、何か言って欲しいんすけど」


「あ、私待ちですか?」


 突如、得も言われぬ苛立ちが俺を襲った。……会話の波長が合わないのはササナを始め、今に始まった事じゃないが。これはササナよりも遥かに質が悪い。


 殴りたくなる衝動をぐっと堪えて、俺は笑った。


「……ガングさんに会えば、なんとかなるかもしれないって言われたんですよね」


 俺がそう言うと、ガングは腕を組んで、うーん、と唸った。


「いやー、如何にも私がガング・ラフィストですが」


 それは知ってるよ。


 再び、ガングは沈黙してしまった。……もしかして、相談してもどうしようもないのだろうか。エト先生も、基本的には治らないって言われていたし……諦めて、俺は武闘家か何かにでも方向性をシフトさせなければならないのか。


 これだけ悩んでるって事は、そうなのだろう。俺は溜め息を付いて、諦めて立ち上がろうとした。


「あ、一応誤解の無いように言っておきますと、治るんですけどね」


「治るのかよ!!」


 思わずテーブルを叩いてしまった。今まで、一体何について考えていたんだ。


 挑発されているようにしか思えない……だけど、相談に乗ってくれているのだ。ここは苛々せず、ちゃんと話を聞くべきだ。


 俺は一度は立ち上がった椅子にもう一度座り、ガングに向き直った。ガングはふと、懐から一枚の写真を取り出して……もしかして、さっきの武闘家に見せたヤツだろうか。


「時に聞きます旅の方。この男に見覚え、ありますでしょうか?」


 そこには、紫色の前髪で顔を隠した、猫耳の姿があった。


「ロゼッツェル……!?」


「おおお!! いやー、ご存知でしたか!!」


 予想もしない所で、予想もしない男の顔を見た。一体、これはどういう……考える間もなく、ガングは動き出してしまった。


 ガングは立ち上がると、勝手に喫茶店を出て行く。俺は慌てて、ガングの後を追った。あれ? 会計は……既に払われた後らしく、店員も俺達を引き止める様子がない。


 いつの間に済ませていたのだろうか。


 店を出ると、唐突にガングは立ち止まった。ポケットから白い手袋を取り出し、包帯巻きの両手にそれをはめると、ガングは言った。


「取引しましょう、ラッツ・リチャードさん。私は、貴方の魔力を元通りにする。貴方はその代わりとして私に協力し、この男を捕まえる」


「あ、ああ。それは、構わないけど……」


 ガングはゆらりと帽子を左手で上げ、大空を見詰めた。右手を一振りすると、その手に再び杖が現れた。


 あ、あれ? これで会話は終わり……なのか?


「ちょっと待てよ。協力するって、ロゼッツェルを探して、どうするんだ?」


「ええ。探して――――そして、始末することです」


 不意に、奇人にしか見えなかったガングのレンズが、怪しく光ったような気がした。あまりに奇想天外な行動、言動。こいつだけは敵に回したくないと心の中で思い、俺は言った。


「どうして、始末したいんだよ……?」


 背の高いガングが俺を見下ろすと、ただでさえ不気味な顔面が影になる。既に右手を天に掲げ、手首の回転を始めたガングの表情は、包帯に隠れているために読み取る事は出来ない。


 だが、僅かにその声は、怒りに満ちていた気がした。


「盗まれたんですよ……私の、とある重要なアイテムをね」


 それが何かを、ガングが言う事はなかった。名前を出したくないアイテムだという事は、すぐに分かったが――……謎を残して、ガングは宙に浮く。まるで虫の羽ばたきのような、気持ちの悪い音が聞こえた。


 手を挙げて俺に挨拶すると、ガングは空中に制止したままで言った。


「それでは、ちょいと準備をしますのでお待ちくださいね。一週間後、またこの場所に訪れます故。あ、塞がれた『魔孔』を再び活性化させるには、『ハバネロスナック』が必要なので手に入れておいてください」


 杖の音が煩すぎて、ちゃんと聞き取れねえ!!


「は……!? 何!? ハバネロ……!?」


「いやー、はい。では、またお会いしましょう」


 ガングは何やら虫のように羽音のようなものを立てて、その場所から飛び去った。空を見上げると、やがてその姿が小さくなっていく――――そして、程なくすると光の粒になって消えた。


 俺は耳を塞いだまま、その場で呆然と空を見上げてしまった。


 アレ、一体どうなっているんだ……魔力反応っぽいものもあったけれど、何で手首が回転するのだろうか。……やっぱり、とても人とは思えない。


 謎が謎を呼んだままで、ガングはその場を離れた。


 なんだったんだ…………


「ラッツ様!!」


 遅れて、俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。振り返ると、フルリュが金髪を揺らして、俺の下に駆け寄って来ていた。フルリュも空を見詰めている――……そうか。フルリュも、今の様子を見ていたのか。


 狐に化かされたような顔をしていた。


「今のは、もしかして探していた……」


「ああ、そう。ガング・ラフィストって人だよ。こんなに早く見付かるとは思ってなかった」


 エト先生がここに居ると言っていたのも、今思えばロゼッツェルを探していたから、という事なのだろうな。……あれ? ということは、もしかしてロゼッツェルも今、この辺りに居るのだろうか……?


 いや、それはガングの勘違いという可能性もある。ロゼッツェルとぶつかれば『深淵の耳』を取り返すチャンスもあるだろうけど、ここは俺の魔力が回復するまでは我慢だな。


 しかし、本当に戦えなくなってしまっている。走るだけでこんなにもキツいとは……。いかに普段から日常的に魔力を使っているのかということが、よく分かる。


「ところでフルリュ、お前はどこに行っていたんだ?」


 俺が問い掛けると、フルリュは僅かに頬を染めた。そういえば、いつの間にか紙袋を手に下げているし……上はいつもの露出の多い衣装だが、下は変わっている。


 どこで仕入れてきたのか、鮮やかなハイビスカスの模様の入ったミニスカートを履いていた。いつもはハーピィの羽根が幾つも縫い合わさったような、独特のスカートなのに。


「あの、キュートさんがミニスカートだとラッツ様が喜ぶと、仰っていたので……どう、でしょうか」


 ただでさえ肌が白くて足の長いフルリュがそれをやると、最早美しいを通り越して悩殺的だった。少し恥ずかしそうに、生足を擦り合わせている……


 抱き締めたくなる衝動をぐっと堪えて、俺は正確に感想を告げるべく、フルリュの頬に手を添えて、目を合わせた。


「適度にエロく、適度に清楚な感じがして、とても良いと思います」


 ……少し、正直になりすぎた。


 フルリュは嬉しそうに頬を緩めて、俺の腕に自身の腕を巻き付けた。


「へへ……ササナさんの偽装魔法に感謝、ですねっ!」


 これは多分、「とても良いと思います」の台詞しか理解していなかったな。


 そういえば、こいつに人の姿に変身する魔法を覚えさせたのはササナだったか。スカートの見た目も相まって、衣装はさながら南国少女のようだが、肌は白い。完璧だった。


 最近フルリュに構ってやれなかった事だし、少しだけペンディアムをフルリュとのんびり観光するというのも……いや、しかし『ハバネロスナック』とかいうアイテムを取りに行かなければならないのだが。


「ラッツ様、そういえば、とある無属性ギルドの本拠地がここにあるみたいですよ」


 ペンディアムを歩きながら、フルリュはそう言った。改めてタウンマップを広げてみると、確かに水上都市の端に砦がある。ギルド名は……『荒野の闇士』! すげえな、有名所じゃないか。メンバーをちゃんと見たことはないけれど、それなりに居た筈だよな。攻城戦をやるには、少し厳しい所はあるだろうか。


 でも、セントラルからの立地を考えると、そんなに悪くない場所なんだよな。もしかしたらゴールバードの化物が水を弱点としていたりすれば、水上という条件はかなり良い。


 まあ、やるにしてもちゃんと相手の情報を得てから、だな。攻城戦をやるためにはまず、ギルドを作らないといけないわけだし。


 …………あ、冒険者バンク。



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