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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第六章 初心者と奇怪な道具屋と湖に浮かぶ砦
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H108 水上都市ペンディアム・シティにようこそ!

 その人は、名をガング・ラフィストと言うらしい。


 アイテムエンジニアらしいライトブラウンのコートと、清潔そうな白シャツに黒いジーンズ。ストライプの帯が巻かれ、左右の角が尖った不思議な形のハットを被っていて、帽子だけを見れば広大な大海原を旅する船長のようでもあった。


 何より変なのは、全身を包帯のようなもので巻き、右目は見えず、左目は眼鏡のような……いや、望遠鏡のレンズのようなものがはまっていたことだ。


 ……寧ろ、人間と言うより魔物と言われた方がしっくりくる。


『居るとしたら、今はペンディアム・シティに居るかもしれん。隠れ家の方は修行を続けるから、ラッツは最低限のメンバーを揃えて向かってみるといい』


 エト先生はそう言い残して、隠れ家に戻って行った。自分の怪我を治す為に人探しをするというのも、何とも奇妙な事ではあったが。


 まあ、あの状況(フィーナ・ササナ・ベティーナ、大娘総進撃)からは逃げられたので良しとしよう。


「いや、しかしフルリュさん、すごいですね。三人も運べるんですか」


 フルリュはエト先生に指名されていたので付いて来るのは当然として、俺はもう一人のパートナーとしてロイスを選んだ。ロイスは良い。素晴らしい。可愛いし、弓も魔法も使えて機動力も高く、何よりパーティーに居ても波風が立たない。


 俺の知らないうちに、フルリュは更に風魔法のコントロール力を高め、隠れ家から人を運ぶために巨大な鳥籠を用意していた。どうやら、製作者はチークらしい。足の形に合わせて、鳥籠の上部にリングが作られていた。


「本来、ハーピィはこれくらいの重量ならば、持って飛ぶことが出来るんですよ。私が未熟だったので、今まで出来なかったのですけど」


 ポチほど速くはないが、上空をのんびり飛ぶ俺達。名付けて、敬語パーティー。


「お兄ちゃんと一つ屋根の下……ラブラブだねっ!!」


「いや、屋根ねえから。雨降ったらラブラブどころの騒ぎじゃねえから」


 プラス、猫。


 エト先生がその場を離れ、フルリュが俺を掴んで飛び去った時、その持前の機動力を活かして最速で付いて来たキュートは、人知れず俺とエト先生の会話を聞いていた。気が付けば、俺の隣をキープして離れず、今回の旅にも付いて来ていた。


 ここぞとばかりに甘えて来るのは、やはり猫だった。


 とても平和だ。隠れ家に居る残されたメンバーは、今頃訓練を繰り返しているのだろうか。エト先生しか行き先を知らないから、追い掛けようがないしな。


 あっちはレオとエト先生に任せるとして、俺達は俺達でガングって人を探しに行こう。


「ねえねえ、ロイスって髪がすっごく綺麗だよね!」


 キュートが無邪気に、ロイスに話し掛けた。……今まさに気が付いたけど、このパーティーは年齢層が低いな。そのように意図して組んだ訳では無いんだけどな。


「いや、まあ……ありがとうございます。でも、キュートさんの方が綺麗ですよ」


「スカート履かないの? ミニだとラッツが喜ぶよ」


 ロイスは俺を一瞥すると、気まずそうに視線を逸らした。……これは、明らかに勘違いをしている。キュートは目を輝かせて、見た目は同世代と思われるロイスに近寄った。


「妹よ。……念の為言っておくが、そいつは男だぞ」


 瞬間、落雷を受けたかのように、キュートの顔が引き攣った。


 まあ、そうだよなあ。短パンにマント、腰のポーチって組み合わせは、弓士としては男女共に変わらない。中には短パンを嫌って、長いズボンを履く輩も居るが。


 因みに、スカートは弓士として、『姿を見せずに敵を討つ』とは明らかに相性の悪いヒラヒラ要素があるので、あまり好まれない。


「男なのに娘なの?」


 俺は目を閉じて、首を振りながら言った。


「――――ああ。妹よ、世はそれを『男の娘枠』と呼ぶ」


「ラッツさん!! 変な事教えないでくださいよ!!」


 ロイスに怒られるのは新鮮で、俺はちょっとだけ満足感を覚えた。


 しかし、ロイスが女の子なのは見た目だけだからな。そう、百合が好きなお姉さんが居たらちょうど良いかもしれない。……どこかで見付けたら、ロイスに紹介してやることにしよう。


 などとバカな話をしていたら、気付けばリンガデムを通り過ぎていた。空を飛ぶと速いな。地上を歩くとどうしても山にぶつかるから、移動が遅くなるんだよな。


 誰かが山を切り開いて、歩き易くしてくれないものだろうか。


「おお、フルリュ。あれじゃないか、『ペンディアム・シティ』」


 それは、エト先生が教えてくれた街の名前だ。


 セントラル大陸の端も端、ずっと西に行った所にある街。セントラル・シティの街々からも遠く離れるから、いよいよ別世界だ。遠目には、海に街が浸食しているように見えるが――――水上に家が埋まっている? その光景は、どうにも新鮮だった。


 隠れ家がイースト・リヒテンブルクの先にあるから、セントラル大陸を東から西へ横断した形になる。気候は殆ど変わらないけれど、そろそろ時差を感じるレベルではないだろうか。


「あれを目指してくれ、フルリュ」


 ……あれ? フルリュの返事がない。


「フルリュ?」


「……あっ、ああっ!! はいっ!! あの街ですね、分かりましたっ!!」


 なんだ……?




 ○




『ペンディアム・シティ』。初めて来る街だったが、その圧倒的な存在感に俺は驚き、そして感動した。


 一面、見えるのは海、海、海だ。にも関わらず、海の上に建てられた数々の家。どういった建築法が使われているのか想像もできないが、板で作られた足場は道となり、殆どが橋だけで構成されており、立ち並ぶ家の間は海によって遮られている。その間を、いくつもの船が通り過ぎるのだ。


 ロイスが前に出て、言葉もなく感動している俺達に笑みを浮かべた。


「――水上都市、『ペンディアム・シティ』。セントラル大陸とユニバース大陸を繋ぐ、観光地としても有名な街です。地震などに頼りない作りに見えますが、地面の板は遥か深海まで伸び、炎でも燃えない『チタニ』という植物で出来ています。高波も、魔力の堤防で遮っているんです」


「ロイス、来たことあるのか?」


「はいっ。昔、家族で旅行に来る時は大体ここだったんです」


 セレブめ。俺なんか、家族旅行なんて行った事無かったぞ。


 土地勘のあるロイスを先頭に、俺達は辺りを見回しながら歩いた。……やはりマーメイドの姿はなかったが、どことなくマーメイドが泳いでいたとしても、おかしくないように思えた。


 出店は四六時中、並んでいるのだろうか。あちこちで、見たことも無いような食べ物の宣伝をしている――――お祭り騒ぎだな。何か出し物があるのかと思ったが、特にそのような張り紙がされている様子もない。


 不思議な気分だ。


「ふおおー!! すごいよ、すごいよお兄ちゃん!!」


 キュートが肩車の格好で、俺の首に巻き付いて言った。……別に良いが、今の俺には重いんだが。もう少し、病人を丁重に扱えよ。


「キュートさん! ラッツ様に迷惑を掛けちゃいけませんよ」


「えー、だってこっちの方が妹っぽい」


 なるほど、観光地だけあって宿も沢山あるんだな。土産物店にあったタウンマップを見て、俺は今夜の宿を考えた。


 ペティネクレープ紛いのものをリンガデムで売った時に結構稼いだから、当分金の方は大丈夫だろう。隠れ家に置いて、誰でも使えるようにしてあることだし――――しかし、大人数になってきているからな。そろそろ、別の収入を考えなければならない頃だろう。


 まあ、無属性ギルドとして拠点を構えてしまえば、ダンジョン攻略もずっと楽になる。収入には困らないのかもしれないが。


 そうだ、晴れて冒険者に帰って来た事だしな。久しぶりに、冒険者バンクでミッションを探しても良いかもしれない。


「ロイス、お勧めの宿とかないかな」


「お勧め……ですか。そしたら、昔僕が家族と泊まっていた宿に入ってみますか? あそこは料理が美味しいと評判で」


「おお、いいね。そこにしよう」


 ロイスの指示した宿を探す。『レイクリゾート・ペンディアム』……?


「湖……なのか?」


「遠い昔は、ここは海と直接は繋がっていなかったらしくて、セントラル大陸からユニバース大陸までは歩いて行けたそうなんです。その時からの老舗で、『レイクリゾート』という名前が付いているそうですよ」


 へー……歴史があるんだなあ。宿泊料金は……げ、一人一泊二万セル付近じゃないか。セレブめ……


 だがまあ、今の俺には出せない金額じゃない。久しぶりに羽を伸ばしたいし、今日はここに泊まるか。ちょうどセントラル大陸とユニバース大陸の間に位置する宿だから、移動や調査も楽になりそうだ。


「よし、ここにするか」


「ロイス!! 温泉は? 温泉はある?」


「ええ、確か露天風呂があったと思いますけど……」


「混浴は?」


「それは…………なかったかと…………」


「なんだあ。ロイスが本当に男なのか確認できる、良い機会かと思ったのに」


 一体何を期待しているんだ、キュートよ。


 あれ? そういえば、いつの間にかフルリュが居なくなっている。土産物売場に入った時から、くらいだろうか……? 外を歩いている時は、まだ居たよな。


 道中、冒険者バンクも発見していた事だし。本当は、最近の市場や需要みたいなものを見に行きたい、という思いもあるのだけど。


 そうだ。せっかくパーティーなんだし、役割分担をしよう。


「ロイス。ちょっと、宿の予約だけしといて貰えるか? 夕方ごろに、また宿の前で落ち合おう」


「え? はい、大丈夫ですけど。ラッツさんは?」


「冒険者バンクを見てくる」


 それだけ言って、土産物売り場を出た。


 しかし、平和なパーティーだ。厄介な奴等を根こそぎ隠れ家に置いてきたからな。強いて言うならキュートが一番問題を起こしそうだが、あいつの基本行動は誰かに付いて回る事なので、主人がまともなら大丈夫だろう。


 タウンマップを見ながら、水上都市を歩いた。改めて、この構造はすごいな。橋そのものが巨大な街になっているなんて。フルリュはどこに居るだろうか……そもそも、どうして俺達から離れる必要があったんだろう。買い物にでも出掛けているのだろうか。


 リンガデムに戻る方向へ歩いて行くと、陸地に上がっても街は続いている。やっぱり、冒険者バンクみたいな重要な機関は橋の上にはないんだな。


「ざけんじゃねーよてめえ!! あと一息だっただろうが!!」


 どこからか、声が聞こえた。あまりに荒々しい声だったので、俺はつい声のした方へ顔を向けてしまった。


「……すんません。でも、あのままじゃ全滅してたと思ったんです」


 なんだ……? あれは、無属性ギルドだろうか。穏やかじゃねーな……頭を下げているのは、角刈りの……武闘家、だろうか。道着に腰巻き、赤い鉢巻を締めていた。ただ、武闘家にしちゃ随分と筋肉が少ない。眉は太いが、弱そうな印象は抜けなかった。


 率直に言うと、小さいのにデブだった。


 普通の冒険者としても、三流っぽい印象は拭えない。取り囲んでいるのは剣士、魔法使い、弓士……職業がバラけている所を見ると、属性ギルドではないだろうな。


「おめえがそう思ったってだけだろうが……!! くそデブが、本当に使えねえ……!!」


 騒がしい。周りの人々は男達が強そうだからか、見て見ぬふりをしているようだったが――……しかし、どちらも譲る気はないようだ。武闘家の男はついに剣士の男に胸倉を掴まれたが、その瞳にはまだ抵抗の意志が残っている。


「おい、もうこいつ切っちまおうぜ!! 要らねえだろ、初めから!! トロいし弱いし……」


 やっぱり弱いのか……剣士の男は武闘家の男に唾を吐き掛けると、舌打ちをしてその場を離れて行った。蹴られ、武闘家の男はその場に倒れ込んでいた。


 まあ話を聞く限りだと、あの武闘家の男が『思い出し草』を使ってダンジョンから逃げた、って雰囲気だけどな。ダンジョンか、または重要なアイテムを手に入れるために、他のどこかに行っていたとか。


 武闘家の男はすっかり肩を落として、ペンディアムの海で顔を洗いに向かった。……憐れな。しかし、何をどうしたら武闘家がこんなに太れるんだろう。食べている飯の量が尋常ではないのか。


 身体に気を遣う職業だから、あんまり脂肪で太ったりしないんだけどなあ。


 助けるべきか……? いや、でも一段落したみたいだしなあ。特に俺が首を突っ込む事でもないか……。


 俺は振り返り、冒険者ギルドへと入ろうとした。


「いやー、大変でしたね。大丈夫ですか?」


「ひいっ!? ……け、怪我ですか……?」


「いえ、これは趣味でしてね」


 魔力反応があった。それは、転移系のものではないかとすぐに分かった。そして、武闘家の男が言った「怪我ですか」の一言に、俺はすぐに振り返り、その男を確認した。


 全身、包帯で巻いていた。片目から不気味にもレンズが飛び出していて、何よりあの変な形の帽子は、忘れられそうになかった。


 なんだか分からないが、左右が尖った帽子。


「いやー、実はとある人を探していましてね。ペンディアムに居るとの情報を得たのですが、この方に心当たりはありませんか?」


 気が付けば、俺は走り出していた。その人物こそ、俺がこのペンディアム・シティに来る事となった理由の人物だったからだ。


 本当に、神出鬼没すぎる。転移の魔法ったって、どこから出て来たのか想像も付かない。


 まさか、こんなに早く見付かるなんて。


「いえ、分かりません……」


「いやー、そうでしたか。いやー、すいませんね。では、他の人を当たることにします」


 そう言って、男は杖を取り出した。頭の上に横向きに掲げると、不意にその右腕に魔力反応があった。


 くそ、全力で走ることが出来れば……!! 既に冒険者バンクに入る直前だった俺は、その男まで少し距離があった。


 不意に、男の包帯だらけの腕、その手首から先が回転して……回転!?


 男の手首から先が、高速回転を始めた。杖に魔力反応……左手に転がすタイプのスーツケースを持ち、男の身体がふわりと奇妙な動きをしたかと思うと、靴が地面を離れて――……


 え!? いや、飛ぶの!? 何だよそれ!!


「ちょっ……!! ちょっと待てー!! あんた、『ガング・ラフィスト』だろ!?」


 俺が叫ぶと、男は……ガング・ラフィストは俺の方を向き、その不気味な片目レンズを光らせて。


「いやー……?」


 首を傾げた。




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