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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第六章 初心者と奇怪な道具屋と湖に浮かぶ砦
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H107 さすらいのアイテムエンジニアを探せ!

 嘗てまだ陥った事がない程に、無力な俺。


 エト先生にあんな事を言われて、少し取り乱してしまったが。……いざ我に返ってみると、改めてこの状況に危機感を覚えた。隠れ家の庭に設置してある椅子に腰掛け、庭の様子を眺めながら、今後の事を考える。


 暫く、エト先生はここに居るという。あまり時間がないというのはあるが、ゴールバード・ラルフレッドに目を付けられている俺を放置して、仲間集めには行けないと言うのだ。


 庭は少し広い草原になっていて、エト先生の来た今では訓練場にもなっている。


 戦っているのは、エト先生とレオ。二人とも剣士であるからして、その戦いは拮抗している。まして、レオはエト先生の弟子だ。間合いも足遣いも、殆ど同じ。違いといえば、エト先生が両手で剣を握っているのに対し、レオは左手を格闘に使っているという事くらいだろうか。


 エト先生が来てから今まで、俺は戦闘も修行もしていない。……今まさに、これからトレーニングに復帰しようかという所だったのだ。まさか魔力を放出しようとすることで、あんなにも強烈な痛みが走るとは思っていなかった。


 この際だから仲間に助けを求める事は仕方がないとして、これからどうしろと言うのか。


「あんた、大丈夫? なんか、ここだけ哀愁漂ってるんだけど……」


 そう言って紅茶を片手に、隣に座ったのはベティーナだ。俺は空虚な笑みを浮かべ、ベティーナに向けた。


「……ハハ。ベティーナは今日も綺麗だなあ」


「ねえ、マジでちょっとしっかりしてよ! 顔が色々と有り得ないわよ」


 そんなにひどい顔をしているのだろうか、俺は。


 右側にフィーナが腰掛けた。ベティーナがフィーナのことを、ふと睨み付ける――――魔法塾が同じだって言ってたか。ベティーナはフィーナにいじられる役だったとか……名前だけ見ると、まるで姉妹のようなんだけどな。


 まあ、片やセントラル・シティで猛威を振るう権力者の娘、片やセントラルのスラム街で這いつくばって生きてきた娘だ。全く似てはいないが。


 フィーナは俺にも紅茶を配る。ついでに、持ってきたのはイチゴのショートケーキだ。どこから買ってきたのか知らないが…………ふと、ショートケーキに入れたフォークを、俺の方に向けた。


「はい、ラッツさん。煮詰まった時はひとまず、甘いもので忘れましょう。あーん」


 何も言わず、無心でフィーナの差し出したケーキを頬張る俺。ベティーナがフィーナを睨み付けて、窓から部屋に一度戻り、フォークを持参して戻ってきた。


 そのまま、フィーナのケーキにフォークを突っ込もうと手を伸ばすベティーナ。キン、と小さな音がして、ベティーナのフォークはフィーナのフォークに弾かれた。


 ベティーナがぎろりと、フィーナを睨み付けた。


「…………別にこれ、あんたのケーキじゃないでしょ。独り占めしないでよ」


 フィーナは涼しい顔をしてベティーナの言葉を流し、ふふん、と鼻で笑った。


「ええ、ラッツさんのお見舞いにと、フルリュさんが買ってきたケーキですが……それがなにか?」


 これは一体、何の戦いなんだろうか。フィーナの背後に龍、ベティーナの背後に虎が見えた。……そういえば、ベティーナはフィーナに弄られる役回りだったと言っていたな。もしかして、昔から犬猿の仲なのだろうか。


「はあ? 何かも何も、ご主人様に仕えるのは犬の役目よ。人間は引っ込んでなさいよ」


 …………お前はそれでいいのか、ベティーナよ。


 フィーナは目を閉じて、呆れたように首を振った。


「何か勘違いをしていらっしゃるようですが、怪我人の介護をするのも、聖職者として立派な勤めですから。攻撃魔法しか撃てないワン子は黙っていてくださいますか?」


 恰も正論のようだけど、ベティーナに対する敵意が見え見えだよ、フィーナ。


 ベティーナが一瞬の隙をついて、ケーキにフォークを入れ、一欠片奪った。唐突なことで慌てたフィーナに得意気な顔をして、ベティーナは俺にケーキを差し出した。


 いや、そもそもお前等、自分で取ってきたもんは自分で食べろよ。


「はい、あーん」


 別に悪意ではないためそうは言えず、仕方なしに口を開く俺だった。だが。


「させません!」


 ベティーナのフォークに刺さったケーキを、今度はフィーナが口で奪った。呆気に取られるベティーナを前に、勝ち誇ったような表情でケーキを頬張るフィーナ。


 ハンカチで口を拭うと、紅茶を口に含んだ。


「……ごめんなさい、犬の餌をラッツさんに食べさせる訳にはいかなかったもので、つい」


 いや、お前は食べた事になるんだが、それはいいのか?


「ぐぐぐ……べ、別にあんたは助けて貰っただけでしょ!! 私なんて、お嫁に貰ってくれるって約束までしたんだから!!」


 え?


 冷静な表情で、俺を見詰めるフィーナ。対照的に、熱のこもった視線を俺に向けるベティーナ。……何? 誰が嫁に貰うって話、したの?


 と聞ける筈もなく、俺はただ、硬直していた。


「…………そうなんですか? ラッツさん」


「え? えっと、いや、俺は……」


「したでしょ!? 流れ星と夜の塔で、したわよね!?」


 …………いつだ? マジで思い出せない……どのタイミング? 俺、何かベティーナに勘違いさせるような事、言ったっけ?


 一生懸命記憶を掘り起こそうと努力したが、当時は如何せん塔を登るのに必死だったため、既に記憶が曖昧になっていた。……まあ、一ヶ月も寝てたんじゃ仕方ない。


 したっけ……いや、フィーナを助ける事に必死になっていた俺が、よもやベティーナに告白する訳はないし……


「……もしかして、嘘だったの……? 私を元気付けるためで……」


 やばい、ベティーナの目尻に薄っすらと涙が!! いつだっけ!? したっけ!? そもそも、既に俺はササナにプロポーズしたという前科があるんだ。勢いでそんな事を言うとは思えんが……


 どうしよう。この場をどうやって乗り切れば良いんだ。


 …………そうだ。


「えーと、ぶっちゃけると俺、塔の中の事、殆ど覚えてないんだ。だから、もしかしたらベティーナにそんな事、言ったかも……しれない」


「ほらね!! 聞いたでしょ!? あんたの出る幕は無いのよ!!」


 勝ち誇るベティーナに対し、すました顔でケーキを頬張るフィーナだった。


「覚えていない告白なんて、無意味。役無し。お手付きですわ。早い話がノーカウントです」


「誰が何と言おうと、私がお嫁にして貰うんだから!! あんたは精々、介護役がお似合いよ!!」


 うーん……そんな事、言ったっけなあ……


「おまえら……人の旦那に、何してる……」


 いつの間にか、テーブルの下からササナが顔を出していた。ぎょっとして、思わずササナを見詰める一同。……こいつ、スパイになれるんじゃないか。偵察要員とか、向いているかもしれない。何でこんなにも、気配を消すことが出来るんだよ。


 ササナはフィーナとベティーナを、拳骨で殴った。


「ラッツは……誰のものでも、ない……。取り合いをするなんて、無意味……を通り越して、愚か……」


 おお、ササナよ。お前はなんて素晴らしい嫁なんだ。こういう所で仲裁に入ってくれるし、何だか珍しくまともな事を言ってくれているし、これなら俺も人魚島にササナを助けに行った甲斐があったというものだ。


「強いて言うなら…………サナのもの…………」


 そうだよな!! お前は期待させといて落とすボケ要因だったな!! 更に場が混沌としてきたじゃねえか!!


 フィーナが立ち上がった。ササナに珍しく狼狽えている様子だった。流石のフィーナも、こいつの電波発言に対抗する術は持っていないのかもしれない。


「聞き捨てなりませんわね。ラッツさんは今、魔力も使えず、激しい運動も出来ない存在なのですよ!? 貴女にラッツさんが守れると!?」


 ぐふっ……フィーナの言葉が、地味に胸に突き刺さる。


 負けじと、ベティーナも立ち上がった。


「そうよそうよ!! 元から器用貧乏の極みみたいな事しか出来なかった奴が、今度は本当に何も出来ないのよ!? あんた、リンガデムでも真っ先にやられてたじゃない!!」


 人知れず、やられていく俺。……やめろ。もう、それ以上はやめてくれ。情けなさで俺が死んでしまう……


「例えラッツが、かよわい乙女のような存在でも…………ラッツは、サナの旦那…………。見よ、この圧倒的存在感を…………」


 そう言って、ササナが左手の薬指にはまっている指輪を見せた。ぎょっとして、それを見守るフィーナとベティーナ。


 既に椅子から崩れ落ち、庭に転がっている俺。……遠くで、今はエト先生とキュートが戦っているのが見える。いいなあ、キュートは無邪気で……


「ゆ、指輪なんて関係ありません!! ラッツさんと一番古くから付き合っているのは私です!!」


 幼馴染というアイデンティティを誇示して、存在感を出そうとするフィーナ。


「どうせ一回や二回なんでしょ、ラッツに助けて貰ったの!! 私なんてもう、数え切れないくらい守ってもらってるんだから!!」


 言外に、自分が役立たずであることを主張しているベティーナ。


「ひれ伏せ愚民ども……何を言おうとも、この虹色の指輪には叶うまい……」


 …………一体この女達は、何と戦っているんだ。


 ふと、テーブルの下で縮こまっている俺の袖が引かれた。三人はまだ、テーブルの上で戦っている――――見ると、長い金髪と純白の翼を持った少女が、屈んで俺の袖を引っ張っていた。


 目を合わせると、苦笑する。


「…………あの、エト先生さんが、話があるから島の端で待て、と」


「フルリュ!! 俺の事役立たずだって言わないのはお前だけだ!!」


 あと、『エト先生』までが名前だと勘違いしている所も大好きだ!!


 泣きながらフルリュに飛び付く俺。瞬間、フィーナとササナとベティーナのターゲットがフルリュに向いた。


「――――えっ」


 唐突に鬼のような形相を向けられ、挙動不審になるフルリュ。だが、ここで止まっているのは得策ではないと判断したのだろう。


 瞬間的にハーピィの姿になり、軽く飛び上がり、鍵爪の付いた足で俺の肩を掴んだ。


「ラ、ラッツさんは私がもらっていきます!! あしからず!!」


 驚愕の瞳で俺とフルリュを見詰める一同。フルリュは大きな翼を広げ、庭から目の届かない場所へと向かって飛んで行く。


 去り際に、「しまった……」という、なんとも言えない台詞が聞こえた。




 ○




「なんとかなる!?」


 元・スカイガーデンだった場所は面積こそ狭くなってしまったが、それでも人が住むには広すぎる程の広さがあり、無人島になっている。隠れ家の周辺は草原だが、少し進むとポチが寝床にしている森があるのだ。つまり、無人島の中心は森になっていて、その周りは広い草原があるという構成なのだが、エト先生は森を挟んで反対側に俺を呼び出したようだった。


 度肝を抜くエト先生の言葉は、しかし錆び付いて傷付いた俺の心に、僅かな救いを齎した。


「な、なんだよ……。本気で今までの俺にサヨナラかと思ったぜ……」


 いかん、涙が……。


「まだ治るとは言っとらん。なんとかなる、かもしれないと言っただけだ」


 可能性があるなら、まだマシだ。本当にこれ以上何をどうしても駄目なのだったら、それはもう今までのスキルを全て捨てて、新しい道へと漕ぎ出さなければならなかった。


 エト先生の話は、こうだ。


 まだエト先生がギルド・ソードマスターのギルドリーダーとしてやっていた頃、各地の属性ギルドのギルドリーダーと先生は仲が良かった。それは、ゴールバード・ラルフレッドを含めてそうだったらしいのだが。


 その頃、万病を治す術を得たとまで言われた、『ギルド・アイテムエンジニア』のギルドリーダーが居たという。戦闘は元より、様々なアイテムを錬成・開発して、旅往く先の人々を助けていたらしいのだ。


「しかしなあ……ラッツを奴に会わせるのはそもそも難しいし、出来るかどうかも分からん……し、そいつは少し変わり者でな。少し……いや、かなり……果てしなく変わり者でな」


「ものすごい変わり者なんですね……」


 思わず、フルリュが眉をひそめて言った。エト先生が困るくらいには、変わり者らしい。だから、全員揃った場では言い辛かったのだろうか。


「まず、世界各地に転移の魔法陣を設けて、神出鬼没に現れるのだ。<マークテレポート>とも違う特殊な技術で、殆ど自分の魔力を必要としないらしい」


「……なんだそりゃ。それって、他の人も利用できるって事じゃないか」


「それが、どういう訳か奴しか移動できんのだよ」


 エト先生の言っている事は、まるで理解できなかったが。エト先生も理解はしていないようだ、恐らく何らかのアイテムによる技術を持っているのだろう。


「どんな人なんだ?」


 エト先生は言った。


「変だ」


 いや、だからそれは分かったよ。


「まず、これを見てくれ」


 エト先生は懐から、一枚の写真を取り出した。そこには、俺も僅かに見たことがある、当時のギルドリーダー達の顔ぶれがあった。エト先生もこの頃は若かったんだなあ……


 ふと、エト先生は写真のうちの一人を指差した。


「こいつだ」


 だが、並んでいるギルドリーダー達ではなく、指差されたのは右上に貼られた空間だった。


 ……あの、なんかアカデミーの修学旅行を欠席しちゃった可哀想な生徒みたいになっているんですが、これは。


 右上に、別の写真が合成されていた。顔は確かに写っている……いや、頭は確かに写っているが……


「…………ミイラの魔物?」


 写っている顔は、大火傷をしたのかと思えるような、包帯姿だった。


「いや、人間だ。訳ありでな」


 …………なるほど、確かにこりゃ変だ。



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