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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第六章 初心者と奇怪な道具屋と湖に浮かぶ砦
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H105 剣士エトッピォウの過酷な修行

 エト先生が現れた事で、レオが慌てて家から出て来た。遅れて、フィーナとチークも顔を出す。チークはアカデミー時代の教え子だったし、フィーナはどうも親父が繋がりを持っているみたいだったからな。窓の外から、ベティーナがドラゴンを見て怯えていた。魔族組は――――多分、家の中で何かやっているのだろう。


 エト先生はドラゴンから降りると、自身の下顎を撫で、腕を組んで不敵な笑みを浮かべた。……ジジイのくせに、その姿は妙にかっこいい。


「……ふむ。レオとラッツが居るのは知っていたが、チーク、フィーナ。それから――――君は、クレイユ家の末っ子じゃないか! ロイスだったか」


 ロイスの事も知ってるのか……? この人、本当にどれだけの繋がりを持っているんだろう……ロイスはエト先生を前にして、慌てていた。


「あっ、えっと、はいっ! ……どこかでお見掛けしましたか?」


「どこかも何も、生まれる瞬間を目撃しているよ。はっはっは、流石に覚えてはいないだろうな」


 すっかりロイスはエト先生のペースに呑まれてしまっていた。恐縮して、その場に立ち尽くしている。エト先生は再び辺りを見回すと、再び顎鬚を撫でた。


「家の中にも、四人。……随分と大きな組織になったな。嬉しい限りだが――……実は、残念な知らせがあってな。おーい、家の中の者も出て来なさい」


 残念な、知らせ?


 エト先生が指を鳴らすと、ドラゴンがふわりと飛び上がった。向かう先は……ポチの居場所の近くか。森の方に飛び去ると、一瞬だけポチの姿が見えた。ポチは嬉しそうにエト先生のドラゴンを迎えている――――随分と仲が良いな。レオもエト先生の弟子なわけだし、あの様子だと親子か何かなのかもしれない。


 しかし、エト先生の老いていながらも凛々しい表情からは、笑顔が消えていた。家の扉が開き、ベティーナ、フルリュ、ササナ、キュートも顔を出す。


 魔族を見ても、エト先生は全く動じない。……それどころか、少し安堵するような表情も確認することができた。


 だが、エト先生は言った。


「今のうちに『セントラル・シティ』を離れなさい。……間もなく、この場所は戦場と化すだろう。その時に、君達を護れる保証がない」


 はっきりと、エト先生は『護る』と、そう言った。


 俺は、予想していた事が確かな現実となったことに納得を覚えると同時に、その現状に恐怖もした。セントラル・シティの人口は莫大だ。セントラルを取り囲んでいる街々も含めたら、一体どれだけの人が住んでいるのか分からない。……そんな場所が戦場になったらと思うと、気が気じゃない。逃げ惑う人々も、一体どこに逃げると言うのか。


 だが、エト先生は俺を見ると、言った。


「――――ラッツ。お前が、真っ先に狙われる可能性があるからだよ」


 その場に居た全員が、俺を見た。


 俺は、頭の中に浮かんでいた単語を言葉にして、エト先生に伝えた。


「ゴールバード・ラルフレッドか?」


 エト先生は落ち着いた、柔和な笑みを浮かべる。


「彼と、対峙していたのだったね」


 やっぱり、スカイガーデンやリンガデム・シティで巨大な化物が暴れた事は、ゴールバードにしてみれば、ただの試験だったのだろう。フォックス・シードネスがフィーナを化物に乗せようとしていた事から考えても、あの化物の数を増やそうとしていることは明らかだ。


 ゴールバードはセントラルの治安保護機関に手を出していた。ならば、やはりセントラル・シティをあの化物――鎧で、どうにかするつもりなのだと考えるのが自然だ。


 この際だから、聞いてしまおう。


「エト先生。……どうして、『ギルド・ソードマスター』の次期後継者をシルバード・ラルフレッドにしたんだ」


 それだけが、ずっと気になっていた。弟子を持っていたというエト先生は、何故か自分の弟子ではなく、『ギルド・チャンピオンギャング』に居たはずのシルバードを後継者として選んだということ。


 エト先生は、真っ直ぐな瞳で俺を見た。その瞳に、嘘偽りが無いことを示していた。


「――――その件については、私が読み切れていなかった。……本当に申し訳ない事をしたと思っているよ」


 誤算、だったのか。エト先生の言葉から、俺はそのように読み取った。謝罪したということは、何らかの失敗があったということだ。


 ……あれ、もしかしてまずい事を聞いてしまっただろうか。どうしても気になる事ではあったけれど、もしかしたらエト先生の弟子っていうのは、未だ行方不明なままなのかもしれない。


 エト先生は苦笑し、腕を組んだ。俺達を一瞥する姿は、どこか頼もしく見えてくるから不思議だ。


「だが、見えない事よりも、見える事の方が先だ。ラッツ、聞いているぞ。リンガデムでゴールバードと戦い、コフールの娘も無事助け出したようだな。……ゴールバードは弱みを見せるタイプではない、今は大人しくしているだろうが――――もう、お前は奴から危険視されていることだろう」


 ゴールバードが、俺を? ……試作段階の鎧を壊して、フォックス・シードネスと戦っただけではあったが……だが、フォックスが赤い宝石を持っていた以上、ゴールバードと何らかの繋がりがある事は確実と見て良いだろう。……ならば、フィーナを奪われた事も誤算だったりするのだろうか。


 フィーナはあの鎧の操縦者になる予定だったみたいだからな。


 エト先生は鼻を撫でると、ふむ、と微笑んだ。


「少なくとも、ここには平均以上に魔力の高い者が――――五人。非属性ギルドとしては、かなり珍しい。タイプが違うというのもいい。……ゴールバードにとっては、襲って不服無い相手だろう」


 五人っていうと、フィーナ、ロイス、ベティーナ、……あと、フルリュとササナか。


 魔族も、対象になるってことなのか……? まあ、魔力さえ吸えればあの鎧は動くんだろうからな。当然と言えば当然か……。


「このままでは、多勢に無勢だ。この場所を突き止められるのも時間の問題。一刻も早く、ここから逃げるべきだ。……そう、ギルドでも作って、な」


 しかし、エト先生は少し勘違いをしている。俺は腕を組んで、その場に座り込んだ。エト先生は少し驚いたように、俺の様子を見詰めた。


「先生。俺は、別にゴールバードから逃げるためにギルドを作って、煙に巻こうってんじゃない。……ゴールバードが準備を終えて俺達とぶつかる時、戦えるだけの戦力、立地を得るためにギルドを作ろうと思ってるんだ」


 ゴボウも戻って来たら、今度こそ総力戦だ。その面子なら、俺はゴールバードともまともに戦える自信があった。


「…………それは、辞めておいた方が良い。今、当時のギルドリーダー達に声を掛けて回っている。ゴールバードがどれだけの勢力を揃えてくるかは分からないが、腕の立つ者でなければ足手纏いになるだけだ」


「足手纏いにはならない」


 俺は、はっきりとエト先生に宣言した。


 俺がどうかは知らないが、ここに居る奴等は多分、そんじょそこらのギルド連中には居ないような腕の立つ者ばかりだ。ドラゴンを従えるまでに成長したレオ、元ギルド・セイントシスターの聖職者フィーナ。ロイスも実力だけならアーチャートーナメントを勝ち抜く程度にはあったし、ベティーナだって『高速詠唱』という、他にはない武器を持ってる。


 チークは一般的なレベルかもしれないけれど、そもそも戦闘要員じゃない。


 人間からすれば戦闘スタイルは相当特殊ではあるけれど、フルリュもササナもキュートも、自分の身を護れる程度には実力を持っている。


「ギルドを作って、ゴールバードとぶつかる。セントラルの危機は、セントラルの人間がどうにかしないと、だろ」


 俺の言葉を聞いて、レオが笑った。


「……そうだな。あんなにヤバいもん見せられて、黙って引き下がる訳にもいかねえし」


 ササナはエト先生と面識がなかったので狼狽えている様子だったが、おずおずと前に出て言った。


「あの趣味の悪い紫の男……たぶん魔族とも、つながってる……。どこに逃げても、逃げ場……無いかもしれない……」


 ベティーナは苦笑して、目を逸らした。


「わ、私は逃げる方に賛成かなあー……」


 既に、ゴールバードの話はメンバーの全員に行き渡っている。ロイスは実際に被害になった男だし、フィーナも危うく連れ去られ掛けた。


 後ろを向けば、背後から刺される。ここは前を向くべきだと考えた。


 俺達の意思が通じたのか、エト先生は不敵に笑い、俺達をずい、と見回した。


「なるほど……良いだろう。そういう事なら、少し鍛えなければならんな」


 ん?


 何を言っているんだ、この男は。……そして、どうして腰の剣を抜くんだ。


 ふと、その柔和で理知的な瞳が突如として獲物を狩る野獣のそれに代わり、笑みは崩さないままで俺達を睨み付けるのを、俺は確かに見た。


「一人ずつ、掛かって来なさい。戦力に足るかどうか、私が見よう」




 ○




 一人ずつって。前衛は良いとして、後衛はどうなるんだよ。前衛とも後衛とも言えないポジションもあるんだけど。ササナとか。


 と思っていたけれど、エト先生の『実力を測る』っていうのは、一応それぞれに合わせた試験になっているようだった。何故か名前を知らない人間組ということで指名されたベティーナが、震える両腕で杖を握り締めていた。


 足下に、ベティーナ特有の桃色の魔法陣が現れる。


「受け継がれし火の意志よ汝の呼び声をもって答えよ獰猛なる野獣の如く空を駆け我が前に立ちはだかる理知乏しき危害を消し飛ばせ<ダイナマイトメテオ>!!」


 ほう、とエト先生は呟いて、顎鬚を撫でた。エト先生に向かって現れた多量の隕石は、豪炎を纏って隠れ家に落ちて来る。……大丈夫なのかな、こんな所でこんな魔法使って。崩れたりしないんだろうか。


「なかなかの速度だな。これなら、隙は殆ど出ない。威力としても申し分ない――――ベティーナ・ルーズだったか。君は、魔法塾に通っていた事があるのかな?」


 なんで隕石降って来てんのにまったりしてんだ、このジジイ。


 認められた事が嬉しかったのか、ベティーナは表情を明るくさせて、言った。


「は、はい! パパ……ゴールバードに拾われた時に、そこのフィーナと同じ所に通わされ……通って。スピードだけなら、私の方が上で――……」


 エト先生は、なるほど、と頷いた。


 次の瞬間、ベティーナの隕石は全て粉々になっていた。既にエト先生は、ベティーナの目の前にいる――――何、したんだ。速すぎて何も見えなかったじゃないか。


 ベティーナが、え、と呟く前に、エト先生は既に剣を振っていた。


 チッ、という小さな音がして、ベティーナのカールの掛かった金髪が数本、斬り落とされて地面に落ちた。剣が振り抜かれるまで、ベティーナは一歩もその場を動く事が出来ずにいた。


「しかし、魔法以外の事がおろそか過ぎる。疎かを通り越して、愚かと言ってもいい――――折角の速い詠唱が活かせていない。最低限の格闘が出来なければ、戦場ではゴミだな」


 遅れ、ベティーナはがたがたと震え出した。今の瞬間、自分が死んだ事を悟ったのだろう。蒼白になって、目尻に涙を浮かべていた。


「泣くな、ベティー。君が今、固まってから泣いているまでの間に、何度死んでいるか分からんぞ」


 エト先生に一切の迷いはなく、また穏やかに笑う訳でも、鬼の顔で脅迫する訳でもなかった。ただ淡々と、事実を語る。


 ……やっぱり苦手だ、このジジイ。


「次。ロイス・クレイユ。こちらへ来なさい」




 ○




 意外にも、ロイスは落ち着いていた。ちょうどウォーミングアップの後に出会ったからなのか、ロイスは靭やかな動きでエト先生と距離を取り、緑色の魔力を放出させていた。


 距離を詰めてくるエト先生に対し、ロイスはバックステップを二度ほど踏んで、反撃体勢に入った。


「良い動きだ…………!!」


 エト先生も、楽しそうだ。ロイスからは、全く余裕などは感じられないが――……しかし、ロイスも充分動けている。弓を引くかと思ったら、足下に魔法陣を描いた。……魔法か?


「<パラレル・アクション>」


 ロイスを中心として、左右に二つの球体が現れた。二つの球体は、ロイスに付いて行くような動きを見せている。付与魔法の類だろうか、ロイスがそれを使った事によって、エト先生に攻撃の機会を与えていた。……ベティーナの時と比べて動きは緩やかだから、やっぱり全力を出しては居ないのだろうけど。


 弱点を突くという事に関しては死ぬほど厳しいからな、この人は。


 更に押されるロイスだが、ついに弓を構えた。何か、戦闘をしながら魔力をコントロールすることに必死になっていたように、俺には見えたが。


「<ライトニング・アロー>!!」


 ロイスから、お得意の電撃の矢が放たれ――――あれ? ロイスの左右にあった球体からも、同じように<ライトニング・アロー>が飛び出した。


 ……そうか、<パラレル・アクション>っていうのは、遠隔的に矢を放つ魔法なのか!


「素晴らしい」


 エト先生はロイスの放った<ライトニング・アロー>を鮮やかに斬り落とし、ロイスと距離を詰めた。ロイスは下がらずに対応されると思っていなかったようで、慌てて弓を引いたが、もう間に合わない。


 流れるような動きでロイスの胴に長剣を当て、その場で止まった。……ロイスも動けなくなり、緊張に顔が引き攣っていた。


「良い動きだ。充分に弓士として通用するレベルにあるが――――君はどうやら、本当の戦闘になると萎縮する癖があるようだね。克服したと思っているかもしれないが、まだぎこちない」


 そう……なのか? もう、ロイスのビビリはすっかり直ったものだと思っていたけれど。ロイスは唇を固く結んで、弓を取り落とした。


「君なら、これだけの余裕があれば<シャイニング・アロー>を撃てただろう。魔力の溜めが間に合わないと妥協したな? それでは、妥協せずに技を放ってくる相手に抗う事は出来んな」


 剣で斬り付ける代わり、エト先生はロイスの側頭部を殴った。


 たったそれだけでロイスが気を失って倒れたことに、レオ以外の全員が恐怖していた。


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