A11 セコくてアコギな商人を始めよう
さて。何故か始めに潜ったダンジョンで傷付いたゴボウとハーピィ……じゃない、ゴボウと傷付いたハーピィに出会ってしまったが為に、未だ何も出来ていない状況の俺であるが。
俺はそもそも冒険者アカデミーを卒業後、属性ギルドに入れないと決まった時から、ある一つの崇高な野望を持っていたのだ。
それ即ち――――お金を貯めよう。
こんな、日銭をちまちま稼ぐ生活なんて俺は嫌だ!! ゆくゆくは嫁さんを見付けて、沢山のメイドに囲まれ、でかい屋敷で女の子に囲まれて自由な人生を謳歌するのである。
あれ。そんな目標だったっけ。まあいいや。
フルリュ・イリイィというハーピィが、妹を探しているとのことで。本来は傷が治ってそれじゃあバイバイだったかもしれないが、出会ったフルリュは予想外に可愛かったため、何故か妹探しに付き合う事になった俺である。
魔族と魔物の差というものも分かり、一先ずフルリュが危険な存在ではないという事も分かった。
だがしかし。
金は必要だ。先立つものが無ければ砦は立たぬ。
いつまでもホテル暮らしを続けている訳にもいかないしな。
「よし、準備できたかー?」
「はい、ラッツ様!」
俺はフード付きのローブを着たフルリュに確認した。フルリュの耳は普通の人間としては有り得ない程に尖っているので、一応顔も隠す事にしている。
魔族を連れて歩く人間なんて、あんまり見掛けないしな……本当は大丈夫なのかもしれないけれど、用心するに越したことはない。
「主よ、ついに本物の魔族を探し出す決意が出来たのだな」
そんな事は一言も言っていない。
俺が背中に背負っているリュックからは、ゴボウのようなゴボウがはみ出ている。しかもこのゴボウ、喋るのだから困ったものだ。
何でもゴボウは元魔族で、現在は世を忍ぶ仮の姿――ゴボウ――に身を隠しているらしい。隠しているのか封印されたんだか知らんが、何だか妙に物知りなのだった。
魔王がどうとか、古い知識を色々持っているらしいが――――知ったことか!!
そんな昔の伝説なんてどうでもいいのだ。いや、古文学の学者さん等々、一部の人間にとってはどうでも良くないのかもしれないが、少なくとも魔王の存在は俺の懐事情を豊かにしない。
タイム・イズ・マネー。
時は金なりである。
俺はいつも通りの初心者用装備一式と大きなリュック、指貫グローブにゴーグルを装備し、フルリュを連れてホテルを出た。出来れば今日を限りに、このホテル・アイエヌエヌからはオサラバしたい所だ。
だってこのホテル、設備の割に少し高いのだ。何だよ、一泊一万セルって。カプセルホテルみたいな広さのくせに。
「それでは主よ、どこかに入って話そう。私がどうしてこのような物に封印されてしまったのか、その歴史を」
外に出てアイテムカートを拾うと、フルリュがぴったりと横にくっついて来る。
今まではカートに乗っていたので、何だか新鮮な光景である。これも『ルーンの涙』のお陰というものだろうか。
「えへへ……ラッツ様とこうして外を歩けるなんて、夢みたいです」
そう言われては、悪い気はしない。フルリュは俺の腕に自身の腕を絡め、寄り添うように歩いた。
その姿、カップルの如し。
「主よ、聞いているか? このままでは、世界が大変な事になるかもしれないのだ。そして私の頼みを」
――――カップル。
全・夢見る冒険者男子が一度は憧れるパーティー体系、カップル。愛する男女はやがて専用スキルを使えるようになり、目に見えない互いの居場所を把握したり、呼び寄せたりできるらしい。
それがこんな金髪美女と、カップルパーティー。
イエス!!
アイ・キャン!!
……魔族だけど。
「フルリュ、聞いてくれ。フルリュの妹さんは確かに探さなければならない。俺もそれは分かっているんだが、一つ問題がある」
「は、はい」
フルリュはごくりと唾を飲み込んで、頷いた。
「もしも本当に妹さんがダンドから別の人間に売られたのだとしたら、俺達はそれを奪い返すために金が必要になる」
「お金……ですか。……確かに、そうですね」
「そして俺達には今、金がない。妹さんを探すための手掛かりすらない」
俺の手元に残ったのは、『マーメイドの鱗』を売った金が一万セル。今夜の宿代に使えばそれで終わり、飯すら食えない金額だ。
どうしてセントラル・シティで一番安いホテルが『ホテル・アイエヌエヌ』なのか、俺は市長に問い詰めたい。値段が高すぎて住むこともままならない。……ホテルで暮らすなってことだけど。
きっとここの市長は、とんでもなく金にがめつい――どこぞのギャングみたいな男が勤めているに違いない。
「そこで、今日はとにかく荒稼ぎをしようと思う。その間に、妹さんを連れ戻すための手掛かりを探そう」
「あ、荒稼ぎ……」
ふと、フルリュは頬を染め――僅かに涙した。俺の腕に巻き付いた、フルリュの腕に力がこもる。
「……分かりました。ラッツ様がそう仰るなら、この身体……どうとでもしてくださ」「違う違う違うそういう『荒稼ぎ』じゃない」
言い終わる前に軽くフルリュにチョップをかまし、俺は訂正した。まず、魔族に夜の仕事なんかあるかってんだ。
「何か、大きく稼げそうな機会を探すんだ。そうでなければ、俺とフルリュの二人でアルバイトなんかしたって、得られる金はたかが知れてる。――それに」
俺はフルリュの頭を撫で、優しく微笑んだ。
「身体で荒稼ぎなんかした金で妹さんを救って、妹さんが喜ぶと思うか?」
フルリュは潤んだ瞳で、少し熱っぽく俺を見詰めた。
「ラッツ様……」
思わずイケメンになってしまう俺。鼻高々である。
「よし、そうと決まれば妹さんを救うための金を稼ぎに行こう!! フルリュ!!」
「はい、ラッツ様!! 私、ラッツ様の言う通りにします!!」
俺達はセントラル・シティという名の大海に潜り、収益機会を探しに向かうのであった!
「おーい……私の話を……」
○
空になったアイテムカートを転がして、フルリュと歩くこと二、三時間。
特に俺達は目立った収益機会に出会える事もなく、脱力してパスタの店で昼食を食べていた。
「……無いな」
「無いです……」
冒険者バンクは勿論見てミッションを探したけれど、今日に限って大したミッションが無い。パペミントなんか採集していても始まらないし……カジノで荒稼ぎしようにもギャンブルのセンスなんか磨いてないし、ギルドが主催で行うイベントもない。
まずい。このまま行けば今日の宿代は出せず、俺達は揃って野宿をする羽目に……
駄目だ!! 俺はともかく、うら若き乙女のフルリュに野宿なんてさせられない!!
しかし……はあ。どうしたものか。
「ラッツ様、今日の所は私の羽をお金に変えて、一日をしのぐというのは」
「駄目だ駄目だ。そんな事ばっかりしていたらお前、また飛べなくなるだろうが」
その時、ふと気付いた。
「……あれ? そういえばフルリュ、飛べるようになったのか? 試した?」
フルリュは目をぱちくりと瞬かせた。俺と目を合わせること、数秒。
「……忘れてました」
「忘れてたのかよ」
「多分、もう大丈夫だとは思います。どのみち洞窟や人間の街で飛ぶ訳にいきませんでしたが、その……たくさん、癒して頂いたので」
顔を赤らめてそう言うフルリュは、何だか物凄く勘違いを生みそうな言葉で照れていた。くれぐれも、俺がやったのは<ヒール>で、使ったのは『ルーンの涙』だからね。
しかし、そうか。上空からのアプローチという手段があった。
……と、言ってもなあ。俺はテラス席から空を見上げた。何かがあるかと言われれば、別に空が飛べた所で収益機会なんて……
――――あ。
「フルリュ、どのくらいのスピードで飛べる?」
「速さ……ですか。どうでしょう……試してみましょうか」
パスタを食べ終えたフルリュが席を立つ。俺も合わせて、席を立った。残金、八千セルちょっと。
店を出て、セントラル・シティの裏へと向かう。人があまり来ない場所って言っても、セントラル・シティは大きな街だ。おいそれと人気のない場所なんて見付かる筈もない。
ともすれば――……俺達はアイテムカートを転がし、近くの森に避難した。
セントラル・シティの周りは森で囲まれていて、『フェアリーラビット』やら『ランニングバード』やら、襲って来ない魔物が呑気に徘徊しているのだ。
俺もアカデミー時代は戦闘訓練のために、よく潜り込んだ。
「よーし、この辺なら人が来る事もないだろ」
セントラル・シティの敷地を離れ、俺がいつも訓練していた広場まで向かった。ここならアイテムカートを置いておいても邪魔にならないし、誰かに見付かる心配もない。
アカデミーの生徒が居ないかどうかだけ、注意していたが――うん、今日は座学なんだろうな。誰もいない。
「じゃあ、飛んでみます」
フルリュはローブを脱いで、純白の翼を露わにした。こうして見ると、本当に幻想的で美しい。
「俺、抱えられる?」
抱えると言っても、フルリュは腕が翼になっているから難しい。俺はフルリュの背中に走り、腰を掴んだ。
「あっ……くすぐったいです」
……変な気分になりそうだ。
フルリュは翼を広げ、飛び始めた――俺はすぐに、フルリュの足に自分の足を乗せて、位置を安定させた。
ばっさ、ばっさ、と辺りに風が巻き起こる。……おお、身体が浮いたぞ。しかし――重そうだな。
ゆっくりと、フルリュと俺は上昇していく。
「ん――っ!! ん――――っ!!」
顔を真っ赤にして唇を引き絞り、フルリュは一生懸命飛んでいた。……これじゃ駄目だ。
「いいよフルリュ、大丈夫だから、一旦降りよわあっ――!!」
ふと力が抜け、俺とフルリュは落下した。どうやら、限界が来たらしい。
盛大に尻餅をついた。割と痛かった。
うーむ、やっぱり俺を担いで空を飛ぶのは無理か。フルリュはぜえぜえと肩で息をしながら、四つん這いになっていた。……本当に辛そうだ。
「ひい……ふう……」
「ご、ごめん。ちょっと無茶言ったな」
「いえ……すいません、力が無くて……」
しかし、どうしよう。もしもフルリュが俺を担いで飛べたなら、ちょっと面白い事が出来そうなんだけどな。
俺は座り込んで、考えていた。フルリュ一人にお使いを任せるのは、何かがあった時に怖いし……
あ、そうか。このリュックを降ろせば良いのか。俺はリュックを降ろし、アイテムカートへと走った。一応、ナイフくらいは持っておいた方が良いか。財布とナイフをリュックから取り出すと、再びフルリュの下へと走る。
「悪いんだけど、もう一回頼める?」
「あ、はい。やってみます……でも、それくらいじゃあんまり……」
俺は再び、背中からフルリュにしがみついた。フルリュは翼を広げ、今一度羽ばたき始める――……
「――――あ、あれ?」
フルリュはすぐに森の遥か上空へと向かっていく。おお、いつも地面を歩いているセントラル・シティの景色が遠ざかっていく――……すごいな。これがハーピィの能力なのか。
「良いぞフルリュ、前方に小さな街、見えないか?」
背中から声を掛けると、フルリュは辺りを見回す。
「小さな街……あ、あれですね。私達の居た街からは、ちょっと離れていますね」
「さっきまで居たのは、セントラル・シティって言うんだ。んで、あれは『サウス・ウォーターリバー』」
「ウォーターリバー、ですか」
「水が有名な街なんだ。あそこで水を買って行こう」
フルリュはサウス・ウォーターリバーに向かっていく。……おお、速い速い。これなら、ものの三十分もあれば着くんじゃないか。
……三十分、しがみついたままか。ちょっと大変だな。
「すごいです、ラッツ様……どうして? あのリュックは、そんなに重たいものなのですか?」
「ああ、武器とか本が山のように入ってるからね。俺の体重の二倍くらいはあるかな」
「……ラッツ様の強さの秘訣が、少しだけ分かった気がします」
フルリュは苦笑いをしていた。
○
程なくして、俺達はサウス・ウォーターリバーに辿り着いた。すぐにフルリュにローブを着せて、俺達は水の街へと入って行く。街そのものは栄えているが、セントラル・シティからの客は少ない。セントラル・シティとサウス・ウォーターリバーの間に、通り抜けるのが厄介な『迷いの森』があるからだ。
ということで、立地は大変良いのに、何故か中央の街とは交流の少ないサウス・ウォーターリバーである。俺達のように、森を飛んで抜ける事が出来るなら話は別だけど。
「それで、ラッツ様。これからどうなさるのですか?」
俺はにやりと小憎たらしい笑みを浮かべて、フルリュに言った。
「水を売る。一本一万セルで」
「い、いちまん……?」