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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第六章 初心者と奇怪な道具屋と湖に浮かぶ砦
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H104 俺のスキルが使えない!

 これは、問題だ。


「はーい!! やっぱり、ギルド名は『お魚咥え隊』が良いと思います!!」


 丸テーブルに座ったキュートが小気味良く手を挙げて、そう表明した。


 ようやく動けるようになった俺は、軽いジョギング程度なら身体にも響かなくなっていた。まだリハビリは必要だし、早々に動けるとも思っていない。自分がどれだけ限界の戦いをして、どうやってフィーナを助けて来たのかは、自分が一番良く解ってる。


 でも。


「あまりにダサすぎるので……却下……」


「がーん!!」


 キュートと対面に座ったササナが、キュートの案を容赦なく斬り捨てた。ただ眺めている限りでは仲睦まじげな様子で、見ていて微笑ましいものだ。


 ……しかし、今の俺は放心状態で、リビングに集まったロイス以外のメンバーを前にして、椅子に座ったままで動くことが出来ずにいた。


 メンバーの中で最も背の高いレオが腕を組んで、まるで団長のような顔をして言った。


「――――では、やはりここは俺の案『スタイリッシュライオン』で」


「どの辺がスタイリッシュなライオンなのよ」


 間髪入れず、ベティーナが突っ込みを入れた。レオは不機嫌な表情でベティーナを見ている。……不服なようだ。


「じゃあ、お前は何が良いんだよ」


「お前じゃない、ベティーナよ!! 名前くらい呼びなさい……私は、『ベティーナ親衛隊』が」


「却下」


 言い終わる前に制止を掛けたレオ、確かにベティーナ親衛隊はないだろう。ないだろうが。


 俺はまるで霞のように、その場に座り込んでじっとしていた。フィーナが手を挙げ、にこやかな笑顔で言った。


「ここは、ギルドリーダーであるラッツさんの意見を尊重すべきだと思いますわ」


 全員、じっと黙って俺を見る。俺はと言うと、ぶっちゃけギルドの名前なんてどうでも良いほどに、困った状況になっていた。


「すまん。気のせいだと信じていたんだが……それ所じゃないのかもしれない……」




 ○




 魔法が使えなくなった。


 冗談抜きで、全ての魔法が使えなくなってしまったのだ。正確に言うと、魔力が放出できない。従って魔法公式を組むことも出来なければ、身体強化を始めとする様々なスキルを使う事が出来ない。


 魔力を使えないんじゃ、冒険者アカデミーで習ってきた事が水の泡だ。いや、冒険者としてでなくても、この世に生きる一人の人間として死活問題だ。


 ようやく満足に動けるようになった手前、この状況。せっかく編み出した数々のオリジナルスキルも、今となってはただの一つも発動させることができない。


 どうしてこんなことに……


「……ま、まあ、ラッツ様。大丈夫ですよ、私がいますから」


 ギルドの名前決めに一切関わらなかった俺に、フルリュが励ましの声を掛ける。確かにフルリュが居れば、<マジックリンク・キッス>を使う事でスキルの使用も可能になるだろうか。


 いや、それにしたってどうするよ。フルリュと魔力をリンクさせても、<重複表現デプリケート・スタイル>を発動させる程に、魔力に余裕を持つ事が出来るだろうか。そもそもトリガーにしている基礎スキル自体、俺の魔力を使わなければ発動が難しい所だってあるのに。


 今まで通りの基本的な戦闘だったら、フルリュが居れば出来るかもしれない。しかし、爆発的なスペックを出すことが出来ない以上、今の俺の実力はアカデミーを卒業した段階と、ほぼ同じってことだ。


 俺はテーブルに突っ伏したままで、フルリュに向かって笑った。


「心配するなよ、フルリュ。……こんな事ァ、慣れっこさァ。逆境に強いのが俺……だと……思いたい……」


「ラッツ様!! お気を確かに!!」


 フルリュに心配されるほど、今の俺は弱ってしまったのだろうか。


「そもそも、どうして魔力が使えなくなったのよ」


 そう聞くのはベティーナだ。ベティーナのすぐ近くで首輪に手を触れようとしていたフィーナが、不意に真面目な表情になって答える。


 相変わらず、ベティーナ弄りに抜け目がない。


「極度の魔力枯渇を起こすと、体内に必要な魔力量を維持するため、身体の放出線が閉じると言われていますわ。調べていない以上確証はありませんが、今のラッツさんの状態はそれだと判断するのが妥当なところかと思います」


 …………とっても分かりやすい説明を、してくださった。


 つまり今の俺は、放出し過ぎた魔力がこれ以上減らないように、身体に蓋をしているような状態、ってことか。俺の魔力量は回復したのに、身体が拒絶反応を起こしている。……そりゃ、俺だって『流れ星と夜の塔』攻略時のような魔力の使い方は、もうしたくないけれど……


「いや、待てよ。ってことは、フルリュと<マジックリンク・キッス>で魔力を共有したところで、今の俺は魔力が放出出来ないんだから、結局スキルは使えないってことに……」


 俺は椅子から崩れ落ち、その場に倒れた。


「ラッツ様ぁ――!!」


 フルリュが泣きながら、俺の肩を揺さぶっている。……ああ、良いんだフルリュ。お前だけでも逃げろ。


 レオが俺の肩を叩いて、言った。


「今度はお前が休む番だな、ラッツ。俺達が冒険してくるから、お前はここで休んでると良いよ」


「お前等だけに任せられるかよ!! そもそも、ゴボウの正体を見たことがあるのだって俺だけなんだから!!」


 苦しくも起き上がって反抗する俺。不意に、俺の肩が叩かれた。いつの間にか背後に回っていたササナが、俺に向かって頷いた。


「大丈夫……サナ達、ラッツを護る……。戦闘の時は中心にいて、動かなければいい……」


 まさかの戦闘禁止!? 神が許しても、俺のプライドがそんな事許さねえ!!


「ハハハ!! なら、ギルド名は『ラッツ・リチャード親衛隊』だな!!」


 くそっ。レオは正論を言っているだけなのに!! 悔しいっ!!


 ベティーナが俺を見て怪訝な表情を見せながら、腕を組んで言った。


「……ていうか、あんた動き過ぎなのよ。ちょっとくらい大人しくしてなさいよ」


 くっ。……しかし、いつゴールバードが俺達を狙うとも分からない状況で、黙って指を咥えて見てろってのも……。ゴボウだって、未だどうやって探せば良いのか、皆目見当もつかない状況にある訳だし。


 何か、満月の夜にゴボウが寄って来られるような場所があれば、話は別かもしれないが……隠れ家を公開するのは駄目だよな。ゴールバードに襲って下さいって言ってるようなもんだ。


 …………あ。


「そうだ、拠点を作ろう」


「拠点? 拠点ならここにあるじゃねえか」


 レオの言葉に、俺は首を振った。俺の後ろで未だ肩を掴んでいるササナに、俺は指を向けて言った。


 ここが危ないなら、危なくない場所に行けば良いんだ。


「城、作ろう」


 ササナが眉をハの字にして、小首を傾げた。


「…………白?」


「いや、お城。俺達の砦。ギルドの」


 そこそこ大きなギルドの本体は、大体どこかに一つの拠点を構えている。イーグルアーチャーのように端々に滞在場所を設けている特殊なギルドもあるが、基本的には防壁のある、城を構えているのだ。


 それがコフール一族のように、一族だけで持っている場合もごく稀にある。ギルドは城を建てて拠点を構える事で、外敵から身を守るための城壁を持ち、また冒険組と休憩組に分け、ダンジョン攻略を行っているのだ。


 パーティーってのも、三人から五人が主流。それ以上は逆に互いの戦闘を邪魔してしまう場合があるからな。多くても六人くらい、というのが普通だ。


 だから、他のメンバーは安全な城の中に居ればいい。襲われても迎撃可能だし、ゴボウが分かる名前にしておけば、満月の夜に勝手に帰って来る事だって可能だろう。


「とすると、どこが良いか……ゴボウの見つけやすい場所か……」


 この前レオが下に降りて、冒険者バンクで俺の情報を集めたらしい。なんでも治安保護機関は一度、ラッツ・リチャードに対する罪を撤回したという事らしいのだ。


 本来ならば、俺のアカデミー卒業証書はもう機能を取り戻している。魔力さえ戻っていれば、俺は晴れて冒険者として復帰できた筈なのだが。


 ……まあ、どの道ゴールバード・ラルフレッドについての情報を集めなければ、セントラル・シティがいつどうなってしまうのか分からないので、安心はしていられない。


「そうか、セントラルじゃダメだ。どこか別の場所じゃないと……」


「ラッツ……? 何ぶつぶつ言ってるの……?」


 ベティーナが心配したような顔で俺を見ているが、俺は思い直す。やっぱりセントラル・シティに砦を構えるのはナシだ。その場所がいつ危険な状態になるか分からないのだから、ここに居るのだって本当はあまり良くない――……


 ……なら、セントラル・シティ以外の場所に拠点を構えれば、いいのか?


 ふと、そんな事が頭を過った。そうだ。別に街はセントラル・シティだけじゃないんだし。……リンガデムは既に襲われているので候補には入らないかもしれないが、色々な街があるのだ。場合によっては魔界に拠点を構える事だって……難しいが、出来ない訳ではないだろう。


 空の島は分かり難くて良いが、やっぱりここは『隠れ家』だ。ゴールバードが大きな組織を動かそうとしているなら、こっちも大きな組織を構えておく必要はあるかもしれない。


「目には目を…………か。ククク……」


「ねえ、あんた大丈夫? ……まだ寝てた方が良いんじゃない?」


 ベティーナが不安そうに俺を見詰める。俺はベティーナを無視して、ふらふらと部屋を出て、家の外へと向かった。


 セントラル・シティでも、リンガデム・シティでもない。ともすれば、さらに西へと向かうってことか。いい加減、普段の俺が活動している範囲など、とうに越えている。


 ギルドの城ってのは作るのに金が掛かるから、基本はギルド生命を賭けた攻城戦で奪い合う。現地の事情も全く分からないのに、無属性ギルドと攻城戦しろってのか。


 ……なるほど。少し、面白くなって来そうだぜ。


 魔法は使えないけど。


 外に出ると、近くの木々に的を引っ掛け、ロイスが弓の訓練をしていた。緑色の髪は肩よりも少しだけ長くなり、益々女子力を発揮していた。着ている服もサイズが無かったからなのか、明らかに女物の、フリルのついた部屋着だ。スカートではないけれど。


 四つ、五つ……か。それぞれ、距離も場所も違う位置に的は仕掛けられている。ロイスは白い指を巧みに操り、瞬く間に矢を的の中心へと命中させた。


「相変わらず、見事なもんだな」


「ラッツさん!」


 ロイスが滴る汗を拭い、俺を見た。ブラウンの瞳は大きく、睫毛も長い。


 ……こいつはロリではなくショタだ。それを忘れるな。


 ロイスは僅かに頬を染めて、俺から隠れるように背を向けた。


「す、すいません、こんな格好でっ。……まだ街に降りてなくて、服がなくて……」


 こいつはロリではなくショタだ。それを忘れるな。


「ああ、問題ない。寧ろ見た目的にはグッドだ」


「はあ……」


 俺の言った言葉の意味が分からないようで、気の抜けた返事で首を傾げるロイスだった。……良いんだ。お前はどうか、そのままでいてくれ。


 ロイスは弓を置いて、俺の下に駆け寄った。若さが弾ける。


「もう、大丈夫なんですか?」


「ああ、一応今日から復帰だ。……なんか向こう、ギルド名の打ち合わせしてたけど。ロイスは参加しなくて良かったのかよ?」


 俺が問い掛けると、ロイスは笑顔のままで首を振った。


「いえ。僕は、まだ皆さんとはレベルが釣り合いませんから。……一刻も早く、強くならないと」


 ……うーむ。


 ロイスの真面目な所は好きなんだけど、こうやって自分にプレッシャーを掛け続けるというのも如何なものだろうか。……ロイスは別に、弱い訳じゃない。それは昔からそうで、ただビビって戦えなくなる所が問題だったのだけど、それもスカイガーデンの一件で克服した……筈な訳で。


「お前はもう、充分強いと思うけど」


「いえ。……スカイガーデンでの一件は、本当に申し訳なく思ってます。僕がもう少し強ければ、皆を助けて帰る事が出来たかもしれない。……ラッツさんに折角助けて貰ったのに、変な連中に捕まって変なモノの実験台にされましたし」


 マウロの遺跡での事はロイスが弱かったからと言うより、俺が上手く動けなかった事の方が問題なんだけどな。


 一生懸命な所はすごいと思う。だからこそ、ここまで強くなったということもあるのだろう。だが、この思い詰める性格がマイナスに働かなければ良いけどな。


 まあ、その時は俺がサポートしてやればいいのか。


 ロイスは笑顔で、言った。


「ひとまず、また修行の旅に出るつもりです。だから、僕のことは気にしないでください。……でも助けてくれて、本当に嬉しかったです」


 …………なんだって?


 俺は、何を言われているのかさっぱり分からなかった。


「…………お、おい。ちょっと待てよ。もう俺のギルドメンバーリストにはお前が候補に入ってるんだけど」


「いや、僕なんて。もう少しまともな弓使い、幾らでも居ると思います」


 ロイスは――――幾ら何でも、自分の事を過小評価し過ぎだった。だが、どうやら本気で言っているらしい。全国の『ギルド・イーグルアーチャー』所属の弓士がキレてもおかしくないな。


「……ガンドラの所に帰るのか?」


「いえ、ガンドラさんの所と言いますか、イーグルアーチャー自体から離れてしまったので。今後はソロで、地道に頑張ろうかなと思ってます」


「だったら、一緒にやろうぜ。遠慮する事ねえよ」


 ロイスは気まずそうな顔をした。……あれ、これはもしかしてアレか。引き止めても行ってしまうタイプのアレなのか?


「だって……僕を加えたら、また危ない事になるかもしれないから……」


 俺はロイスの両肩を掴んで、言った。


「そこは大した問題じゃない!! お前が居なくなったら!! ギルドの男の娘成分は誰が補うんだアァ――――!!」


「はっ? ……えっ? ……おとこ……?」


 全く理解されなかった。


 ふと、俺達の立っている場所が影になった。……空に浮かぶ島で、影? 不思議に思った俺達は、上空に視線を移した。


 巨大な緑色のドラゴン――――ポチよりも、一回り大きいものだった。ドラゴンは鼻息を荒くして、家の庭一面に風を巻き起こし、着地した。


 長い白髪と髭は、全く昔のままだった。……一年経っても、何も変わっていない。屈強な身体は歳を思わせず、しっかりとドラゴンの背に立っていた。


 腰に据えられた長剣と、高価な茶色のマント。


「ついにギルド設立か? ……面白そうだな、私にも話を聞かせてくれ」


 俺は、思わず苦い顔をしてしまった。


 …………エト先生。




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