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G103 娘達の介護合戦(後編)

 昼過ぎになると、キュートが唐突に登場した。……登場したと言うよりは、昼飯を食べて昼寝をしていたら、いつの間にか俺の隣に寝ていた、というのが自然だろうか。


 小さな身体と茶色のツインテール。今日も元気に、猫耳がぴくぴくと動いている。キュートにしては珍しく、ベージュのブラウスにフレアスカートなど履いていたが、これはこれで可愛らしい。


 すうすうと寝息を立てている。俺の右腕に乗っているが、特に感覚はなかった。


 ……こんなにも、弱ってしまったのか。あまりに無理をし過ぎたというのもそうだけど――――動けなくなってしまうなんて、予定外だ。


 幸い、満月まではまだ時間があるようだったが。早く回復させて、走り回る事が出来るようになりたい。


「…………ん? お兄ちゃん?」


「おー、起きたぞ。キュートも起きてくれ」


 寝惚け眼で、俺の胸に顔を擦り付ける。あまりに無防備なその姿に、自然と心は緩んでしまう。キュートは嬉しそうに、胸に甘えていた。


「やったー。なんか銀髪の人とか金髪の人とか厳しくて、なかなか来られなかったよ」


 フィーナとベティーナ……だろうな。キュートはフルリュのこと、『金髪の人』なんて言わない。


「もう、足はいいのか?」


 そう言うと、キュートは身体を起こした。……全身感覚を失っているからか、特に腹は苦しさを感じないが。この体勢は良くない。


 感覚が無いので、特にこれといってまずい気持ちになる事もなかったが。


「おかげさまで、すっかり良くなったよ!! これでようやく、お兄ちゃんを魔の手から護れるよ!!」


「どの手だよ。……重いから降りてくれ」


「およ? お兄ちゃん、感覚戻って来たの?」


 ……ちっ、感覚が無いことを知っていたか。


 純粋に目を丸くして問い掛けるキュートに、俺は真面目な顔で答える。


「本当は重さそのものを感じないが、実は妹属性というのは通常の三倍の体重を感じるんだ。このままだと、俺の背骨が折れる」


「えっ!? そうなの!?」


 信じるなよ。


 いそいそと俺から降りるキュート、ふと俺の身体が気になったようだ。じっと見詰めると、シャツを捲り上げる。俺の白い腹が――……やばい、鍛えてないからすっかりプニプニじゃないか。これは復活したら、相当トレーニングする必要があるな。


 ちょっと、突付かれた。


 特に感覚はない。


「やっぱ、これだと感じない?」


「ああ、まあな」


 今度は両手の指を動かして、わしゃわしゃと脇腹を擦る。……いかん、ちょっとムズムズしてきた。


「これでも感じない?」


「…………ちょっと、くすぐったい」


「ほんと!?」


 何で嬉しそうなんだよ。


 キュートは目を輝かせて、更に指の動きを速めた。……ちょっと待て、俺は動けないんだ。この状況でくすぐったい衝動に狩られても、ただ苦痛が広がっていくだけだ。


 俺に跨るように膝立ちになり、本格的に俺をくすぐり始めるキュート。……肉体系だけあって、その速さはとてつもない。脇腹を触るだけでは飽き足らず、尻尾を使ってヘソをこちょこちょとくすぐり始めた。


「おまっ……!! やめろ!! ……くはは、やめろって!! やめ……」


「もしかして、これで感覚戻るかなあ!!」


「戻らないっ!! 戻ろ……ひーっ!! おひゃひひぇ!!」


 身動きが取れない。奇天烈な言葉が俺の口から強制的に発され、呼吸困難に陥っていた。


 既に涙で視界が滲み、はっきりとキュートが見えないが…………あれ? なんか、ちょっとだけ俺を見る目が変わっているような……


 やばい。……何か分からないが、とてつもなくやばい気がしてきた。


「……なんか、興奮してきた……」


 背筋が凍った。


 アレだろうか。猫がこう、虫を見付けた時に生きたまま捕まえて、いたぶる時のような。そんな感覚なのだろうか。


「落ち着けキュート!! 良いからさっさと降りろ!! 目を覚ませ!! 俺が死――――ッ!?」


 言い終わらないうちに、指の動きを再開させたキュート。今度は試している様子もなく、本格的に俺をくすぐり始めた…………!!


 やばい!! 今度は気配とかじゃなく、本当にやばい!!


 俺は動けないんだ!!


 キュートの瞳は、まるで獲物を狩るためのそれだった。首筋に鼻を寄せて動かしながら、求めるように俺をくすぐり続ける。


「はあっ……はあっ……」


 いや怖えよ!!


「あひゃひゃひゃひゃ!! やめ……おああ!! やめうぉ!! やめ……!!」


 喘いでいるのは、他の誰でもない俺である。これ、一応名目上は介護なんだぜ? 信じられるか?


 騒ぎを聞き付けて二階に上がって来たフィーナにキュートが取り押さえられ、入室禁止になったのは数分後の出来事だった。




 ○




 夕方になると、チークが登場した。今日もタンクトップにデニムのホットパンツと、薄着も薄着だ。冷えないんだろうか。腹とか。


 俺を見ると悪戯っぽい笑みを浮かべて、何やら部屋の中にアイテムカートを……入れるなよ。外に置いておけ。しかも、何かを企んでいる顔だ。……嫌な予感がする。


 俺は努めて冷静に、チークに挨拶することにした。


「……よう、チーク」


「おっす、ラッツ!! 無事目覚めたようで何よりだよ!! いやあー、でも残念だったなあー深淵の耳。欲しかったなあー。でもいいの。ラッツが無事に帰って来ただけで充分だよ!!」


 ……頼むから、俺が喋る余裕を与えてくれよ。一人で起承転結を全て話されたら、俺の介入する余地が無いじゃないか。


 しかし、チークが介護に立候補してくるとはな。とても、そんなキャラクターではないと思っていたが。


 レオは元気になってから顔を見られれば良いと言っていたそうだし、ロイスは「今のままでは顔向けできない」などと言って、絶賛特訓中らしいのだが。


 朝のフルリュ以降、介護らしい介護を受けていないというのは内緒の話である。


「チークも、元気になったみたいだな」


「いや、あたしは別に怪我とかしてないからね。朝日が昇れば全回復、お手軽ってもんですよ。あ、それでねラッツ。ラッツの疲労回復のためにと思って、ちょっと街に行ってアイテム買ってきたんだけど急にアイス食べたくなってアイス買ってきた!!」


「…………あの、俺のアイテムは?」


「はっ!? そう、アイスはついでだったんだよ!! すっかり忘れてた!!」


 本題とオマケを混ぜて喋るなよ。


 チークがアイテムカートをごそごそと弄り……そして、俺に向かって微笑み掛けた。


 いや、意味が分からない。


「はい、ラッツ。アイスだよ」


「おう、ありがとう。……アイテムは?」


「アイスだよ」


 買い忘れたらしい。


 本題とオマケを混ぜるどころか、本題を置いて来やがった。チークはカップに入ったアイスを掬って、俺の口に放り込む。……こいつにこんな事をされると、堪らなく違和感があるな。


 チークは俺がアイスを食べているのを見て、少しほっとしたようだ。珍しく落ち着いて、俺の様子を見守っていた。


「……いやー、しかし、ボロボロになって帰って来た時はびっくりしたよ。あたし、あそこでリタイアして良かったのかって疑問に思っちゃったよね」


 俺のことを気にかけてくれているのだろうか。……チークとはアカデミー時代からの付き合いだし、ちょっと嬉しい。


「俺がそうしたかっただけだから。……ま、気にすんなよ」


「そうだね!!」


 だが、憂いは本当に一瞬だった。


 元気良すぎだろ。


 呆気に取られている中、チークは赤銅色の瞳を大きく開いて、俺の目を見ていた。ただ見られているとどうにも気不味くなり、俺は身を引いた。


 ……引こうとしたが、身体が動かなかった。


「ねえ、ラッツさあ」


「……なんだよ」


「あたしはラッツの中で、『女の子』に見えてる?」


 ――――へ?


 どういう質問だ……? そりゃ勿論、チークは俺にとって異性の存在で、でも……あれ? まあ、他の娘に比べるとあんまり、女の子女の子した所が見られないから、あまり女の子としては扱っていない……かもしれない。


 それって、女の子に見えてるかと聞かれると、どう答えれば良いんだ……? どうしてチークはこんな事を俺に聞いている?


 反応に困ってしまい、俺は首を傾げた。


 チークは少し不機嫌な様子になって、立ち上がった。


「……ま、いいよ。あたしはあたし。他は他だから」


 それだけ言って、チークは俺の部屋を離れた。……変な謎を残して行くなよ。俺はどう反応したら良いんだ。




 ○




 入れ替わり立ち代わり、人が現れるというのも。なんとも奇妙ではあったが、飽きなくていい。ここの所は何も出来ずに、正直退屈していたからな。


 というわけで、俺の目の前に現れたのはベティーナだ。よく怒ったような表情になるこいつだが、今日は一段と不機嫌だった。既に顔は沸騰したかのように赤く染まり、今にもこの場所から逃げ出しそうな雰囲気だった。


 時刻、夜。既に夕食は終えている。


 フィーナが何故こいつをこの時間にセッティングしたのか、俺はもう狙ってやったとしか思えない。


「…………き、来たわよ」


 夜といえば、アレである。フィーナは顔色一つ変えずにやっていたが、こいつにとっては無理難題だろう。


 そう。


 入浴だ。


「おう。頼むよ」


「じゃあ……<フロウ>」


<フロウ>自体はギルド・マジックカイザーやギルド・セイントシスターでは必ず教えられる魔法だ。だが、重たいモノを動かす事でより多くの魔力を必要とするから、人間一人を運ぶとなると大変だ。


 俺の体勢を変えずに浮かせる事のできる、ある程度の魔力を保有している奴じゃないと難しい。そして、物を浮かせる基礎魔法<フロウ>がコントロールを失わずに長時間、掛け続けられる者に限定される。


 だから、<フロウ>を使い慣れていて、魔力の多い人物――――この場合、フィーナかベティーナが妥当な所だろう。


 理屈は正しいと思うが。


 ベティーナは俺の方を見もせずに、<フロウ>を難なくやってのける。扉を開いて、俺を誘導する――――すごいな。もしかしたら、フィーナよりも魔力のコントロールと絶対値については秀でているのかもしれないと思える。


 フィーナは俺を見ながらでないと、やれないからな。まあ、こいつは恥ずかしがっているだけかもしれないが。


「頼むから、落とさないでくれよ……」


「落とさないわよ!! 良いから黙って付いて来なさいよ!!」


 自分の意思では動けない俺に、付いて来いと仰る。


 そんな事を言っている間に階段を降り、あっという間に風呂場まで辿り着いた。宙に浮かぶ島には水の循環魔法が常時掛かっており、真下の海へと向かって流れ落ちている。その水を拝借している、というわけだ。


 隠れ家の風呂は、少し広い作りになっている。脱衣所の前まで辿り着くと、ベティーナは俺の服に手を掛けた。


 指が震えている。


「……おい、やっぱり他の奴に」


「いいから黙って!!」


 俺を下着一枚にすると、風呂場まで誘導して扉を閉めた。……俺の下着、どうするんだ。濡らして洗うのかな。


 程なくして、布の擦れる音が聞こえてくる。……隣で服を脱いでいるというのも、何とも官能的ではある。


 だがまあ、水着を着て出て来るので、そこまで驚く事でもな――――


「きゃああああああっ!?」


 瞬間、宙に浮いている俺の身体が一瞬、落下した。俺は蒼白になって、地面を見詰める。こんな状況で落下したら、せっかく治して来た怪我が元に戻っちまう……!! おおおおい!!


 地面に接触する瞬間、ぴたりと手前で止まった。……地面に触れている。


 死ぬかと思った……


 ベティーナの奴、一体どうしたんだ。何なんだ本当に。俺はどうにか顔を上げて、扉の向こうを見詰めた。……動くのは首から上だけなのだ。首から上も動かなくなったらどうするつもりなんだろうか。


 扉が開いた。


「殺す……フィーナ、後で絶対に殺す……」


 呪いの言葉を吐きながら現れたベティーナは…………バスタオル一枚だった。


 バスタオルと首輪。……何か、狙っているようにしか思えない。


「ど、どうしたんだ?」


「なんでもない!!」


 扉を閉める手前、ビキニタイプの水着が脱衣所に落ちているのが見えた。……もしかして、壊れるように作ってあったのだろうか。


 本当にこいつは、誰かの悪戯が尽きない奴だな……憐れな。最初の一件以降、俺は何もしていないのに。


 身体が回転し、俺はベティーナを背にして座ったような格好になった。椅子はないが、全く辛くはない……大したコントロールだな。


 程なくして、頭が洗われ始めた。


「なあ、ベティーナ。フィーナと知り合いなのか?」


 俺が問い掛けると、心なしかベティーナの態度が更に不機嫌になったような気がした。


「……知り合いっていうか、幼馴染っていうか……腐れ縁よ。学校終わってからの魔法塾が一緒で、私はよく悪戯をされていたわ」


「ああ、やっぱり『されていた』のか」


「やっぱりって何よ!!」


 こいつ見ると弄りたくなるのは、やっぱり皆一緒なんだな。その気持ちはよく分かるぞ、フィーナよ。


 だって、ベティーナ弄りは面白い。それは周知の事実だ。


「ねえ…………あんた、私のこと…………」


「ん?」


「なんでもない!」


 痛い。そんなに頭を強く擦るな。禿げたらどうするつもりだ。


「…………信じてるから」


 謎の一言を投げ掛けられ、俺は頭に疑問符を浮かべた。ベティーナが俯いた瞬間、身体に巻いていたバスタオルがはらりと落ちる。


 ああ、知ってるよ。こういうの、お約束の展開って言うんだよね。


「――――あっ」


 その後、ベティーナに思い切り殴られるまでがお約束だった。






 ○




 一日が終わって、フィーナが俺に問い掛けた。


「ラッツさん。結局、誰の介護が一番良かったですか?」


「フルリュがい……」


 虫ケラを見るような目で見詰められ、俺はその場で口を噤んだ。


「……フィーナが良いです」


「はいっ!! では、これからも一生懸命奉仕させて頂きますわ!!」


 やっぱり、安心して任せられるかどうかというのは大事だ。うん。


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