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G102 娘達の介護合戦(前編)

 動くことが出来ないというのは、中々どうして他人に迷惑を掛ける。その相手が幼馴染のフィーナであることは、少しだけ俺の気持ちを楽にしてくれたらろうか。


 いや、寧ろ逆だ。フィーナが俺の介護をしているせいで、俺は気苦労が耐えない。


 せめて、レオにして欲しい。百歩譲ってもロイスだ。……いや、ロイスは顔が女っぽいから駄目だ。


「はい、ラッツさん。あーん」


 この行動に他意などない。そう、自分に言い聞かせるんだ。この行動に他意などない。そう、これは俺が身動き取れない以上、必然的にやって貰わなければ食事が出来ないという部分にある訳であってだな。


「喉が乾きましたね」


 そう言って、コップに入ったストローに口を付けるフィーナ。……まず、食事はこれが良くない。そのままではカップから水が溢れてしまうからと言って、この娘は自分の口に水を含んでから、口移しで飲ませると言うのだ。


 せめて、そのストローを寄越してくれれば自分で飲めると言うのに。……やめてくれ。俺が恥ずかしさで死ぬ。恥ずか死ぬ。


 構わず、口付けされた。冷たい液体が、口の中に入り込んでくる。


「ん……」


 あと、妙に艶かしい吐息を漏らすのもやめてくれ。


 否応無しに、心拍数が上がる。過度の緊張で別の病気が発症するのではないかと思えるくらいだ。


 フィーナは唇を離すと、俺の目を見てにっこりと笑った。それは、屈託のない真の笑顔ではあったが――――こんな所で、素直に笑われても。と思う。


「次は何を食べたいですか、ラッツさん」


「あー……じゃあ、カレー」


 こんな調子である。


 フィーナは何を思い付いたか、ふと真剣な表情になった。俺を見ると、僅かに頬を染めて上目遣いに俺を見詰める。


 …………今度は一体、どんな拷問を思い付いたのだろうか。


「やっぱり、食べ物も私が咀嚼するべきでしょうか……」


「いや、頼んでない。マジ頼んでないから。噛めるから。ね?」


「……そう、ですよね。私ってば、失念しておりました」


「俺の話聞けよ」


 私ってば、じゃないよ。どいつもこいつも、最近は俺の話を全く聞かないから困る。フィーナは自分の口にカレーを放り込むと、その小さな愛らしい口で咀嚼して……いや、こんなんで味も何も分かるか、もう!!


 再び、俺の口に迫った時だった。


 突如、背中からどつかれたフィーナは喉を鳴らし、口に含んだものを全て、飲み込んだ。


「それは既に……介護の領域を……超えていますっ……!!」


 フィーナの背後に、鬼神の如きオーラを纏った翼の少女が一人。純白の翼と金色の長髪はなんとも神々しく幻想的な雰囲気ではあったが、そのエメラルドグリーンの瞳に宿る炎は、見ている者にとてつもない現実味を与えていた。


 ……フルリュよ。ちょっとだけ助かった。


 フィーナが俺にも分かる程に悪い顔で舌打ちをして、後ろのフルリュを見詰めた。


「ちっ……入って良いと、言った覚えは……ありませんが……?」


 その剣幕に、怒っていた筈のフルリュがたじろいだ。少し涙目になりながらも、しかしフィーナに対する怒りは収まらないようだ。


 びし、とフィーナを指差して、フルリュは言った。




「――――そもそも、ラッツ様はマーメイド族の現姫君であるササナひめさ……ササナさんの旦那様なのですよ!?」




 ……あ、言ってて自分で落ち込んでいる。フィーナはフルリュの百面相に、少し対応を決め兼ねているようだった。


「姫だか紐だか知りませんが、誰と結婚していようが、私には関係ありませんわ。あなたに介護の何が分かりますの? ハーピィ風情が」


 段々フルリュに遠慮が無くなってきたな、フィーナ。……誰と結婚していようが関係ないって。すげえな。


「わ、私だって風邪の看病をするくらいは……」


「甘く見て貰っては困りますわね。全身の筋肉が切断され、満足に歩くことも出来ない状態なのですよ。聖職者は付与魔法・回復魔法の専門職です。フルリュさんの入る余地はありませんわ」


 俺は一応お前を助けるために傷を受けたんだけどね。そんな、得意気な顔で『ラッツさんを治せるのは私だけです』みたいな顔をされてもね。


 まあ助かってるのは本当だし、良いんだけどさ。


「えう……ら、ラッツ様ー!!」


 俺に泣き付かれても。……そもそも、フィーナは何だかんだで俺の介護をしてくれているからなあ。妙にエロい誘惑が多い事以外は、特に不自由もしていないし……


 しかし、このままだとフルリュやササナは面白くないだろうな。キュートがどうだかは知らないが、そういえば最近ベティーナにも会っていない。


 ……ふーむ。


「じゃあ、こうしよう」




 ○




 次の日。唇にふわりと、柔らかい感触があった。軽すぎる身体は上に乗っている事を感じさせない程で、特に俺を圧迫することはない。


 隠れ家に、鳥がやってきたらしい。窓の外ではチチチ、と小鳥の泣く声が聞こえる。


「起きてください、ラッツ様」


 目を開けると、そこにはフルリュがいた。嬉しそうに頬を染めて、俺に向かってはにかんだ。


 おお、俺の心のオアシスよ。今日も金髪は朝日に照らされて輝いていて、エメラルドグリーンの瞳は見ているだけで心が洗われていく程に美しい。


 特にキスの魔法に掛かっている訳でもなく、俺は朝方のフルリュに魅了されていた。


「……おはようございます、ラッツ様」


「おはよ、フルリュ」


 カーテンを開け、フルリュは窓も開ける。爽やかな風は、満足に動けない俺の肌を優しく撫でた。フルリュは人差し指を立てて、第二関節を曲げて鳥達に合図している。


 一体、何をしているんだ……?


「おいで」


 おお…………!! まるで引き寄せられるように、フルリュの下に小鳥が集まっていく…………!!


 鳥類としての一面も持ち合わせているからなのか。フルリュが話し掛けると、小鳥も反応するようにフルリュの周りを飛んでいた。部屋の中で、小鳥はぐるぐると回転しながら飛び回っている。まるでダンスをしているかのようだ。


「すげえ……なんじゃこりゃ……」


「ここは気候が安定しているから、巣を作るのに持って来いなんだそうです。裏の木の陰で、子供を育てているんだとか」


「分かるのか? 鳥語」


 俺が問い掛けると、フルリュは微笑んだ。


「言葉というより、気持ちで会話をしています。心を開けば、自然と入って来てくれますよ」


 俺も試しに、自分の心を開く、というのを意識してみた。こんなんで鳥語が分かるようになるとは思えないが……


「こうか……?」


 鳥達はぎょっとして俺を見ると、瞬く間に窓の外へと去って行った。フルリュは呆然と、俺と鳥とのコミュニケーションを見ていた。


「ラッツ様、そこまで敵意を見せなくても……」


「見せてないよ!?」


 鳥語というのは、俺には難しいらしい。


 フルリュは俺に近付くと、ベッドに腰掛けた。未だ指一本でさえ動かす事の出来ない俺だったが、しかし腹は減る。内臓が生きていただけマシというものだ。


 予め用意されていたらしく、俺のベッドの隣にはリンゴが剥かれていた。懐かしいな、リンゴ。メイシーと並んで、北国の貴重な果物だ。特に、雪が降らない地方での栽培が盛んだから、ノース・ロッククライムでもよく食べていた。


 フルリュはフォークをリンゴに突き刺すと、俺に向かって差し出した。


「ラッツ様……あ、あの……」


 顔を真っ赤にして、何やらうにょうにょと呟いていた。


「な、なんだよ」


 決死の表情で俺を睨むと、フルリュは固く目を閉じて叫ぶように言った。


「あ、あーん…………しても、いいですか!!」


 俺に許可を求めるなよ!! こっちまで恥ずかしくなるだろうが!!


「……別に、いいけど。ていうか、前もやってなかったっけ?」


「いや、あれはササナさんの前だったので……」


 普通、他の人が居た方がやり辛いと思うのだが。どうなんだ、そこんとこ。


 フルリュはきょろきょろと辺りを見回して……どうやら、部屋に誰も居ないことを確認しているらしい。当然、この部屋には俺とフルリュの二人きりだ。


 覚悟を決めて、フルリュは熱でもあるかのような顔で、俺に向かってリンゴを差し出した。


「あ……あーん……」


 そんなに緊張されると、当然俺の方も平常心ではいられなくなる。


 不思議な気分だ。何もされていないのに、まるで抱き合っているかのような……食べさせられてるだけだぞ!? しっかりしろ、俺!!


 口を開くと、フルリュが震える手でリンゴを差し出した。口を閉じて咀嚼するが、当然味など分かる訳がない。


「お、おいしいですか?」


「ああ、リンゴの味がする。たぶん」


 俺がそう言うと、フルリュは嬉しそうにはにかんだ。……顔が蕩けている。そんなに嬉しかったのか。


「良かった……もしかして、二人の時は食べて貰えないかと思ってました」


「え? なんで?」


「人目がある所では、私に恥をかかせない為に食べると思うんです。でも、二人だけの時は……分からなかったので」


 なるほど、そういう考え方もあるのか。改めて、自分とは違う考え方を持っている生物なんて、世の中には掃いて捨てるほど居るということを実感させられた。


 二人きり故に、気になってしまう事もあるのだろう。


「あの、ラッツ様。もし良ければ、なのですけど……ちゃんと動けるようになったら、また、二人で手を繋いでお散歩……したいです」


 だからどうして、もじもじとしながらそういう事を言うのか。俺の一挙手一投足を確認して、嫌がっていないかを見極めようとしていた。


 フルリュって、なんで仲良くなる方向性が『奉仕』なんだろう。


「別に、いいけど」


「やった…………!!」


 小さくガッツポーズをして、喜ぶフルリュ。……なんだか、出来立ての恋人が尽くしてくれているような気分だった。


 いや、なんか初々し過ぎてどうもな……




 ○




 フルリュが戻って行き、暫くした後。今度は部屋の扉を開き、顔だけ出して、こちらを覗き込んでいる娘の姿があった。目を細めて、俺の様子を窺っている。


 ……ただ、見ているだけだった。青い髪と対照的な紅の瞳は、どこか興味本位で俺を眺めるような意志を持っている気がする。


「入れよ、ササナ」


「ここには…………誰もいない…………」


 いるだろうが。


 ゴールバードの鎧にやられてからずっと動けなくなっていたササナなので、随分と久しぶりに感じる。そういえば、流れ星と夜の塔から戻って来てからも、すっかり会っていなかった。もしかして、久しぶりに会うので恥ずかしさのようなものを感じていたり、するのだろうか。


 だとしたら、少しだけ可愛い所もあるじゃないか。


「なあ、ササナ。水飲みたいからさ、ちょっと手伝ってくれないか」


「たかがそれだけの事に……嫁を呼び付けるとは……亭主関白?」


「ちげーよ。俺の状況を見ろよ」


 前言撤回。やっぱり、こいつは何を考えているのかよく分からん。


 そそくさとササナは部屋に入って来て、扉を閉めた。鍵を掛ける……必要は、あるのか?


 緑がかった青髪は、俺に懐かしさを感じさせた。今日は人間の姿だ。それを見ると、人として街をうろついている時のササナの事を思い出す。


 既に懐かしさを感じる。初めて出会った時は下剤を飲まされそうになって危うく腹を下しかけたし、魔界から帰って来た時は長靴を食べさせられそうになったし……


 …………


 …………あれ? 俺、あんまり愛されてなくない?


「一人で行っちゃうから、心配した……。ちゃんと戻って来てくれて、ほっとした……」


 ササナはそう言うと、ベッドの隣にある椅子に腰掛けた。部屋着なのか、簡素な白シャツとホットパンツ姿だったが、これはこれでササナの魅力的な尻が強調されてエロい。


 俺は苦笑して、ササナに答えた。


「ああ、ありがとうな。やっと戻って来られたよ」


「サナを置いて、娘を助けに行くと言うから……浮気調査の為に犬を離しておいて……よかった……」


「『戻って来る』ってそっちの意味かよ!!」


 少しでも感謝して、損をした俺だった。


「『実は一人で行かせると、危ない』ということを、よく説明しておいた……サナは疑われない……完璧……」


「何してくれてんだよ」


「あわよくば百合になって、サナに美味しい展開になるかと思ったけど……そこは……誤算……」


「どんな旨味だ!!」


 そもそも、犬ってベティーナの事かよ。確かに首輪付いてるけどさ。


 隠れ家のササナがベティーナに何か吹き込んだのか。それでベティーナもあんなに必死に……いや、何だよそれは。どうして今ここで種明かしをする必要があったんだ。


 ササナは目を光らせているが、無表情を貫いている。……相変わらず、表情が無いのによく感情表現ができるものだと思う。


 どうやって光ってるんだ、その眼。


「…………それで?」


「褒めて」


「褒めるか!!」


 何故得意気なんだ。今のどこに褒める要素があったのか、小一時間問い詰めたい。


 いや、それは電波のループに嵌るから駄目だ。やっぱり、何も聞かないでおこう。


 ササナは椅子から立ち上がり、窓へと向かった。まだ、昼前だ。少し開いた窓からは、相変わらず暖かい風が入り込んでくる。


 窓枠に体重を掛けて、ササナは振り返った。


「でも……家族のために頑張る旦那は……嫌いじゃない……」


 微笑む姿は、どこか王者の風格を感じさせる。俺が死ぬとは思っていない絶対的な信頼と、強さがそこにはあった。


 ササナは外に向かって、得意の歌声を披露していた。陽気の中に、静かな音楽が聞こえてくる。……このまま、もう一度眠ってしまいたい衝動に駆られる。


 …………本当に、変な奴だ。


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