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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第五章 初心者と腹黒聖職者と夜の塔の幻影
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F97 さよならの影に見えたもの

 ドッペルゲンガーが反応する前に、俺は動いていた。


 世界中のあらゆるものが、今の俺にとっては遅く感じる。まるで止まっているかのようだ。使っているのは、移動速度を上げるための基礎スキル。しかし、たったそれだけで。


 今の俺は、世界中のどんな無機物有機物よりもはやい。


「<レッドトー」


 未だスキルを言い終わる前のドッペルゲンガー。俺は背後に回り込み、その背中を全力で蹴り飛ばした。


 本当に俺が相手なら、俺の体力と魔力の少なさは、俺自身が一番よく知っている。何か一度でも攻撃を受けた時のヤワさは折り紙付きで、スペックで勝てず、弱点も見出せない相手との戦いを最も苦手とする。


 だから、攻撃力なんて必要ないのだ。俺は純粋に、俺が反応出来ない攻撃をすればいい。


 その、圧倒的なスピードで。


 速度は威力に換算され、ただの蹴りにも関わらず、ドッペルゲンガーは激しく吹っ飛んで地面を転がった。リュックを背負っているから、背中からの不意打ちに対処し辛いのも俺の特徴。そして、受け身を取ってもダメージが抜けないのも、俺の特徴だ。


 両手両足で空白の大地を掴んで速度を殺し、ドッペルゲンガーは俺を驚愕の瞳で見詰めた。


「俺よ…………一体何をした…………!!」


 奴から見て今の俺は、一体どのように映っているのだろう。


 全身傷だらけ、身体中血まみれで、リュックを落とし、武器は長剣のみ。腹は割かれた上から<刺突しとつ>を喰らい、最早立っていることさえ、奇跡的とも思えてくるだろう。


 だが、立ち上がるのだ。血で視界が塞がれば目を見開き、意識が遠くなれば黄泉からでも引っ張り出してやる。


 何度でも。


「俺にも分からないさ、俺よ。…………命を、賭けた。それだけだ」


 ドッペルゲンガーは口を切ったらしく、僅かに血を滲ませていた。その両手に魔力が集中される、魔法公式の動きを感じる。考えなくても、俺には分かる。


 だってそれは、俺が何度も使ってきたスキルだったから。


「<限定レストリクション……」


 魔法公式が発動される前に、俺はその両手を長剣で斬り付けた。ドッペルゲンガーから俺までの位置は、軽く見積もっても十メートル以上はあった。言葉が発されてから言い終わるまでの一秒足らずの時間に、俺はドッペルゲンガーまでの距離を詰め、攻撃を仕掛けたのだ。


 当然、『俺』が反応できる筈もない。


<ホワイトニング>は掛かっていない。俺の腕を切断するまでには至らない。しかし、魔法を中断させるための攻撃としては、十二分にその性能を発揮するはずだ。


「があァ!!」


 左から入り、ドッペルゲンガーの右腕を斬り付け、流れるように右へと抜けた。振り抜いた長剣の速度が残っているうちに、俺は左足を振り上げ、踵からドッペルゲンガーの後頭部目掛けて振り下ろした。


 首の付根目掛けた、踵落とし。衝撃を与え、そのまま地面に向かって蹴り落とす。


 全く余裕などはない。気を抜けば一瞬にして闇に墜ちるという恐怖を前にして、どうにか震えを押さえ込んでいるだけだった。


「がッ…………!! くそが…………<計画プランニング


 立ち上がり、別の詠唱に入ったドッペルゲンガー。その肩に向かい、速度を強化した右脚を振り上げ、叩き付ける。


 ……まだ、分からないのか。そもそも俺の魔法は、そう簡単に戦闘中、何度も切り替えられるような代物じゃない。相手の隙を窺い、針に糸を通すような意識で状況に集中し、積んでいかなければならない付与魔法なのだ。


 俺の能力はコピーできても、俺の意識そのものをコピーすることは出来なかったようだな。


 蹴り上げられ、宙に浮いたドッペルゲンガー。つまり、『俺』だが――――その無防備な腹を狙った。長剣を持っていない、空いた左拳を叩き付ける。


 上方向への衝撃は、横方向のそれへと変わる。吹っ飛んだ先に、もう俺は待機している。右の脇腹に右脚を振り上げ、更に上方向へと蹴り飛ばした。


 飛んだ先に移動。蹴り上げ。また、移動。蹴り上げ。制御など出来ない筈の空中で、まるで計算されたように特定の場所に現れ、攻撃を仕掛ける。


 それを可能にしているのは、圧倒的な移動速度。壁を駆け上がる事もできる今の俺は、蹴りを放った反動で壁に着地し、更に反対側の壁まで跳び移る事さえ可能にしていた。


 不自然な軌道を描いて、ドッペルゲンガーの俺が天空へと昇って行く――――しかし、ここは建物の中だ。真っ白な空間に継ぎ目など見えないが、必ず『天井』は、あった。


 俺は上空に居るドッペルゲンガーの真上の天井を目指し、跳躍する。


 見えない天井に、両足を掛ける。


 着地する。


 俺に向かって飛んでくるドッペルゲンガーが見える。


<ホワイトニング>を使えない今の俺では、普通に攻撃しても駄目だ。決定的なダメージを与えるには、何か速度を攻撃力に転換させるものが必要。


 なら、こうだ。


 両足を目一杯踏ん張り、重力の向く方向へ、更なる勢いを付ける。長剣を一度手放し、自然に流れるままに落下させた。


 そうして、跳ねる。


 隕石のように、落ちる。


 両手で交差するように両肘を掴み、頭の上に腕でガードを作った。狙うのはドッペルゲンガーである俺の、まだ割れていない腹。


 腕では、流石に剣で付けた切り傷のようにはいかないかもしれない。


 だが腹を割る覚悟で、身体から当たりに行った。無防備な俺に、腕をめり込まえる。


「ごふっ…………」


 ドッペルゲンガーが、強く息を吐き出した。


 目の眩むような速度の中、攻撃はほんの一瞬だっただろう。だが、俺は自らの攻撃の反動に耐えられず、血を吐いた。。


 速度に、俺の傷付いた身体は付いて来ていないのだ。限界はとうに超え、<暴走表現オーバーヒート・スタイル>の解除と同時にどうなるのか、想像もつかない。


 或いは、麻痺してしまって何も起こらないか。気が付く頃に俺は、死んでいるだろうか。


 だが、フィーナにもう一度逢うまでは。


 絶対にこの意識を、手放すものか。


「おおおおおおああああああ!!」


 天井から、地面へと急降下。どこが着地点かは、黄金色の扉の位置から推測していた。ドッペルゲンガーの胸に両足も添えて、全身で俺の身体を押し潰す。


 激突の瞬間、ドッペルゲンガーが目玉を飛び出しそうな程に、目を見開いた。


 瞬間の衝撃は、傷付いた俺の身体にも、確かな反動を与えた。気を抜けばそのまま昇天してしまいそうな程の痛みが、全身を襲った。


 だが、負けるな。


 限界まで、動き続けるんだ。


 常識なんて、既に捨ててきただろう、俺は。


「…………ぐぁっ…………!!」


 どうにか呻き声を上げながらも、ドッペルゲンガーから離れ、立ち上がった。俺よりも緩やかな速度で落下してきた長剣を、左手でキャッチした。


 ――――ドッペルゲンガーは、もう動かない。


 僅かに胸が動いている。……なら、意識は無くとも最後の手段が来るかもしれない。俺は油断せず、ドッペルゲンガーに最後の一撃を与えようと、近付いた。


 顎を引き、奴の様子をじっくりと観察する。こいつは俺ではなく、俺の形を真似た魔物だ。……ならば、俺の記憶を持っていたとしても、俺の知略まで引き継ぐ事はできない筈だ。


 経験から得てきた、俺の確かな力。


 その、予測も。


 気付けば、ドッペルゲンガーはそこには居なかった。俺は立ち止まり、その場に立ったまま、目を閉じた。


 僅かな風の音。呼吸の音も聞こえる。俺のものと、もう一つ。……もう少し、意識をより深くまで落とし込む。……今度は、二つの心臓の鼓動が聞こえる。『影』にも活動源があるのだと、少しだけ驚きもした。


 目はかすみ、足は鉛のように重く、長剣を持つ両腕は麻痺していて、ゴムか何かを握っているようにすら感じる。


 俺の背後に、恐ろしい程の魔力が発生していた。生命力を犠牲にした、最初で最後の技。


「<凶暴表現バーサーク・スタイル>」


 分かっていた。


 最後にこの魔法を使う事は、奴が『ドッペルゲンガー』である限り、必然と言っても良かった。どうせ死ぬなら道連れにしよう、などというのは、こんな場所に居る魔物であれば、簡単に引き金を引くだろうと。


 だから、その時既に俺は、地面を蹴っていた。


 魔力の発生源。生命力を変化させたもの。その姿はどれだけの傷を負っていようとも、瞬間的に回復し、やがて意識を失い、死ぬまで攻撃し続けるだけのモノと成り果てる。


 後悔、するなよ。


 その魔法を使ったのは、俺じゃない。他ならぬ、『ドッペルゲンガー』。お前一人だ。


 流れるように、腕と足の筋繊維を切断した。


「ごォッ――――――――!?」


凶暴表現バーサーク・スタイル>は、生命力を魔力に変換する魔法だ。魔力に変換してからでなければ、強化までには至らない。


 そもそも、付与魔法っていうのは発動の瞬間、僅かな溜めを必要とするものだ。


 宣言と同時に切り裂いた腕と足は、すぐに再生する。死ぬまで動き続けるため、それだけのために。


 なら、死ね。


 お前が宣言した<凶暴表現バーサーク・スタイル>のせいで、無限に回復し、魔力を消費し、生命力を消費する。その再現のないループの中で、命尽きるまで苦しみ続ければいい。


 再生した瞬間、俺はまた切断する。崩れ落ちる事もできず、俺を攻撃するには至らず、ものの数秒で莫大な魔力が消費されていく。


 過去の自分に、俺はずっと、こう言いたかった。


 命を捨てれば、何でも出来るなんて思うな。


 命を大切にしてこそ、護れるものだってあるんだ。


「おおおおおおおおおお――――――――!!」


 再生。回復。再生。回復。魔力を消費。生命力を消費。


 命の灯火が、少しずつ小さくなっていく。


 とうに音など、俺の速度に付いて来られずにいる。目的の為だけに動き、俺は目的を達成する。


 切り刻む。


 消滅させる。


 過去の俺。


 切り刻む。




 切り刻む――――…………




 気が付けば俺は、見ていた。


 無限に広がるとも見える、空白の空間の中。無機質にそびえ立つ、二つの黄金色の扉。ひとつは、俺が入って来た扉。そして、もう一つは――――…………


 その扉が、徐ろに、悠久に変化を起こさない空間に、孔を開ける瞬間を。


 言葉もない。


 そもそも言葉とは、そこにいる誰かに自分の意志を伝える為のものだ。独りきりの今の俺に、言葉など必要なかった。


 あちこちに転がった、俺の武器。転がった弓と鈍器。折れた杖。既にそこにはない、二本の短剣。


 俺が右腕に握っていた長剣が割れ、カランと、その場に乾いた音を立てた。


 おそらく、速度に耐え切れなかったのだろう。


 ただの棒となった長剣をその場に捨て、呆然と、ただ歩き出した。


 リュックの中には、盾だけが入っている。それを拾い上げて。もう、弓や鈍器を拾いに行く気力はなかったが。


暴走表現バーサーク・スタイル>の効果時間は、とうに切れている。ここから俺が上がっていったとして、もう戦闘という戦闘をすることは、出来ないだろうか。


 だが、俺は歩いた。


 まだ、戦ってみせるさ。


 黄金色の扉を抜けると、真っ白な空間は唐突に終わりを告げた。再び現れた石の階段を、俺は一段ずつ、確認するように上がって行った。


 やがて、階段の向こう側に扉を見付けた。


 今まで潜って来た扉とは違う、ひどく簡素で、飾り気のないもの。ただの木製の扉に、俺は手を掛け。


 開く。


「…………すげえ」


 そこに広がったのは、途方も無い大陸の姿だった。


 雲は俺の遥か下。飛び降りれば乗れるのではないかと思える程に、明確に形を作っていた。雲の隙間からセントラル大陸と、遥か広大な海が見える。


 数本の円柱に支えられ、その上にはまだフロアがあるようだった。だが、上へと続く道はない。ここが、試練の塔の屋上ということなのだろう。


 柵も何もない。地平線を見詰めると、僅かに昇った太陽の姿が見える。どういう理由なのか、永遠に夜であるはずの塔の屋上から、俺は朝日を見ていた。


 或いは、『永遠の夜』そのものが、ダンジョン内の魔力が起こした現象なのかもしれない。


 ということは、ここは既にダンジョンの外、という事なのだろうか。


 すうと、俺を風が通り抜けた。あまりにも高い、高い場所。下に居た時はレオを呼び出して上から行こうだとか、そのような事を色々と考えもしたが。……もしかしたらこの高度に達するのは、ドラゴンでも無理かもしれない。


 だからこそ、コフール一族の隠れ家として機能していたのではないだろうか。


 屋上と言うには、もう一段上にフロアがある様子ではあったが。窓も壁もないその場所の中央には、不自然に配置された岩があった。近付いてみると近くに棒のようなものが置いてあり、岩に印を付けられるようになっていた。


 これが、クリア者が書くリストというやつだろう。


 何名かの名前が書いてある――……その中には、エト先生の名前もあった。あれだけの厳しい戦いを強いられた、試練の塔。そんな所にも先生の名前があったことに、少しだけ嫉妬を覚えもした。


 まあ、俺もクリアだ。


 その場所に、自分の名前を彫った。


 岩の隣には一階へ続くと思わしき魔法陣がある。……だが、俺の用事はそこにはない。用事があるのは、まるで塔の屋上に誂えたかのような、上階のフロア。


 俺はそこへと向かわなければならない。


「…………行くか」


 一歩、前へと進んだ。円柱には足が引っ掛けられる程度の窪みがあり、登れない事は無さそうだ。こんな時に、セントラル大監獄で壁を昇っておいて、良かったと思った。


「少年よ」


 ふと呼ばれて、俺は振り返った。


 そこには、いつかのフクロウがいた。俺にとってはあまりにも短い時間、幼い頃に出会っていた。


「お嬢を、よろしく頼む」


 そうして、偶然にも俺が看取った。その最後の瞬間まで、フィーナの事を気に掛けていた。


 まさか、こんな所で助けられるなんて。


「良いのかよ、自分で助けなくて」


 そう言って、顔を背けた。


 おそらく、もう二度と出会う事はないだろう。だから、振り返る必要はない。


 そもそも俺は、そいつとあまり関係していた訳ではないのだから。


「――――任せろよ」


 ただ、その想いだけは。引き継いで行こうと、そう思った。


 それはきっと、苦難を極める塔が見せた、ひとつの幻影のようなものだったのかもしれない。



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